CA1523 – 英国公共図書館のビジネス支援ポータル / 桂まに子

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カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20

 

CA1523

 

英国公共図書館のビジネス支援ポータル

 

 米国の公共図書館におけるビジネスサービスが日本に紹介されて以降(CA1224CA1286参照),我が国でもビジネス支援図書館推進協議会が発足し,同協議会の事業・普及活動を通じて「ビジネス支援サービス」を新サービスに掲げる公共図書館が一部登場し始めている。ただし,図書館による積極的なビジネスサービスの傾向は見られるものの,図書館が地域のビジネス情報の窓口(ポータル)として機能する段階にはまだ達していない。本稿では,英国公共図書館におけるビジネスサービスの状況を把握するために,バーミンガム中央図書館のビジネス情報部門「ビジネスインサイト(Business Insight:BI)」が管理・運営するビジネス支援ポータル“Best for Business”を紹介する。

 

1. ビジネスインサイト

 英国中部(ウェストミッドランド州)に位置し,18世紀には産業革命の一翼を担った英国第2の大都市であるバーミンガム市は,1992年にブックスタート(CA1498参照)を開始した都市としても有名である。現在同市が抱える重要課題は,1970年代からの不況の打撃を受けて低下した地域経済の再生を図ることであり,近年は電気通信,金融,観光などの産業が振興され,産業構造のソフトサービス化が進められている。地域経済の活性化に伴いビジネス情報の要求が必然的に高まる中,バーミンガム中央図書館でビジネスサービスを担当するBIは,利用者ニーズを考慮したサービスの再編成に着手した。BIの新たな試みの1つとして,有用なインターネット上の無料ビジネス情報源にアクセスを提供するウェブサイト“Best for Business”が注目されている。

 BIのサービスは1919年にバーミンガム市の商業図書館で開始され,戦後の経済再生を今日まで支援してきた歴史をもつ。しかし,近年見られるインターネットの急速な普及と,図書館における最新のビジネス情報源の不足が影響し,BIの利用者は一時期減少する。特に,1997〜2002年にはレファレンス件数が以前に比べて60%も低下するという事態に陥り,サービスも縮小傾向にあった。このような危機を打開するために,BIのスタッフは2002年からサービス・アプローチを市場主義的でビジネスライクなものへと転換させた。BIが設定するサービスの主要な目的は,(1)バーミンガム市内の創業促進と雇用創出を支援すること,(2)ビジネス情報をより広範なコミュニティに関連づけること,(3)経済再生に貢献し,図書館のサービスおよび施設利用を増大させるために地域の関連企業とのパートナーシップを築くこと,(4)限られた予算内で持続できる新しいサービスを考案することである。再編成されたBIのサービスは,「ビジネス情報」というメインカテゴリーが細分化され,市場調査,会社情報,統計,創業,信用調査,輸出入,規制のようにサブカテゴリーごとの具体的な内容になっているのが特徴である。中央図書館内のBIコーナーは毎月20,000人に利用され,約10,000件のビジネスレファレンスが寄せられている(2003年11月現在)。

 

2. ビジネス支援ポータル:Best for Business

 BIはインターネットを用いた情報提供にも積極的である。バーミンガム市が所属するウェストミッドランド州は14の地方自治体から形成され,州政府の図書館情報サービス課のもと,各図書館はパートナーシップを結び,教育・文化・ビジネス支援に必要な情報源を広く提供するためのプロジェクトを戦略的に推進している。BIが管理・運営する非営利のビジネス支援ポータル“Best for Business”もその一環として構築されたサイトであり,欧州地域開発基金(ERDF)の出資によりウェストミッドランド地域の経済的な見通しを改善するために計画された“Interall Project”の成果である。第1段階の2001〜2003年には,バーミンガム,コベントリー,ソリハルなど州内7都市の図書館が,中小企業向けに無料のビジネス情報を提供した。さらに,ビジネス情報専門の職員が雇われ,地元のビジネス・コミュニティとの連携強化,顕在/潜在ニーズの発掘,“Best for Business”の構築がなされた。同サイトは2002年よりBIの管理下にある。

 “Best for Business”は,インターネット上に存在する無料のビジネス情報源へのアクセスを豊富に提供し,図書館コミュニティのもつ広範な知識を活用しながら州内のビジネス,ビジネス顧問,図書館を支援し,ウェストミッドランド地域のためのビジネス支援ポータルとなることを目指している。具体的には,インターネット上にビジネス情報を公開しているサイトへリンクを張り,ビジネス情報(創業,ビジネスアドバイス,購買,電子商取引,雇用問題,経営,助成,法規制,特許,不動産,営業,貿易他),会社情報,ビジネス研修関連情報,入札情報,地域内のビジネス顧問リストなどを提供している。その他,競合他社,国内外の経済事情,雑誌記事,マーケットリサーチ,中小企業などに関する情報検索やサイト内検索ができ,質問フォームを使用すれば専門家に直接質問することも可能である。情報の品質と適合性を保証し,利用者が望むサービスを常に保持するために,サイト内の情報源は情報の専門家および専用のソフトウェアによって監視・評価される。

 

3. 自己資金運用によるビジネスサービスの維持

 BIの主要資金はバーミンガム市から提供されるが,BIが運営する非営利サイト“Best for Business”については,サイトの管理,職員の給与,既存のビジネスサービスの維持,さらなる開発の創造のために必要な資金の多くを自己資金で運用する仕組みをとっている。ここでの運用益は有料サービスやプロジェクトの収入であり,最近加わった「Company Formation(会社設立情報)」「Creative Insight(知的財産サービス)」などの新規サービスもBIの自己資金で賄える範囲で設計された。また,BIは民間機関だけでなく自治体の各課や他の図書館などの公共機関に対しても定額制のサービスを開始し,官民問わず持続性のあるビジネスサービスを一貫して提供しようと試みている。

 

4. おわりに

 以上のように,BIはビジネス情報を必要とする地域のニーズに応えるために,サービス内容の細分化とインターネットを用いた現代的なビジネスサービスの強化を実践している。BI独自のビジネス支援ポータル“Best for Business”は月間のサイトアクセス数が70,000件近くあり(2003年11月現在),図書館による公的なビジネス情報サイトとして英国内での評価も高い。多くの利用者に支持されるサービスを提供するには,顕在/潜在ニーズの的確な把握と,ニーズの変化への柔軟な対応が求められる。公共図書館主導のビジネスサービスを行なうBIが,英国の地域経済再生に向けてどのような戦略を今後展開していくのか注目される。

東京大学大学院教育学研究科:桂 まに子(かつらまにこ)

 

Ref.

Birmingham City Council. “Business Insight”. (online), available from < http://www.birmingham.gov.uk/businessinsight.bcc&gt;, (accessed 2004-04-01).

Business Insight. “Best for Business”. (online), available from < http://www.bestforbusiness.com/index.htm&gt;, (accessed 2004-04-01).

Prosser, Catherine. Getting down to business. Update. 2(11), 2003, 42-43.

Black, A. et al. Understanding Community Librarianship. Ashgate Publishing, 1997, 173p.

 


桂まに子. 英国公共図書館のビジネス支援ポータル. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.4-6.
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