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カレントアウェアネス
No.280 2004.06.20
CA1522
イラク図書館・文書館の戦禍と復興支援
長期的なスパンで考えた場合,図書館資料の保存にとって最大の敵は災害であり,この中には人為的な災害ともいうべき武力紛争も含まれる。武力紛争の際に,文化財を民族の文化的アイデンティティの象徴とみなして破壊したり,無政府状態に乗じて略奪するなどの行為が跡を絶たない。図書館や文書館も破壊・略奪の対象となることが多く,イラクにおける昨年の戦闘でも,多くの文化施設が被害を受け,文化財が破壊・略奪された。ここでは,イラクの図書館・文書館の被害状況と,ユネスコ等の国際組織や各国によるイラクへの支援についてまとめてみたい。
1. 図書館・文書館の状況
ユネスコは,2003年5月15日〜20日(現地調査は17日から4日間)と6月27日〜7月6日(現地調査は28日から8日間)の二度,イラクに調査団を派遣して被害調査を行った(E082,E091,E104参照)。また,米国議会図書館(LC)も同年10月25日から11月4日に専門家チームによる現地調査(E160参照)を実施している。
これらの調査結果(注)によると,首都バグダッドと南部のバスラ,北部のモスルの図書館・文書館の建物・設備は概ね破壊され,略奪を受けるなど被害が大きい。資料についても,例えばバスラの大学中央図書館のように,その大半が焼失または破壊された館がある一方で,イラク国立図書館や国立文書館(National Archives)等,イラク攻撃前に職員が館の封鎖や資料の移動等の対策を行った館では,その多くが無事である。また,バグダッドのイラク文書センター(Iraqi Centre for manuscripts)の資料もシェルターに隔離されていたため無事であるが,換気や温度・湿度の調節ができない等,その多くが悪環境下にある。また,安全が確保できるまで元の場所に戻せないでいる。
ユネスコの第2回調査に随行したフランス国立図書館のアルヌー(Jean-Marie Arnoult)氏は,現地調査を踏まえて,イラク国立図書館等の再建のために,建物・設備,資料,人材養成,行政・法制度の4点について提言を行っている。その報告書によると,イラク国立図書館の建物は,2003年4月の二度の略奪と放火のために状態がかなり悪く,かつ空調等の設備は不足している。1977年以降の共和制関連文書やマイクロフィルム等が消失したが,避難した資料の大半は無事である。しかし,乱雑な状態にある書庫の蔵書点検と破壊された目録の復旧が緊急に必要な状態にある。また,同館は戦前から資金難等で未整理の資料が多かったうえ,全国書誌も作られていなかった。今後は国際協力の輪を通して,失った資料を回復しコレクションを再構築しなければならない。人材面では,資料修復,マイクロ化等の保存技術のほか,目録,コンピュータ等の幅広い分野の専門家が必要である。そして,サービスの質と人材の確保に財政面等で支援することが行政に求められる。
2. ユネスコ, 国際図書館連盟(IFLA)等の対応
ユネスコは米国軍のイラク攻撃以来,その文化財保護を目的とした国際協力の呼びかけや,現地の情報収集,専門家の意見交換の場の提供に尽力している。2003年4月17日にパリで第1回イラク文化財保護専門家会合,4月29日には大英博物館で第2回会合を開催し,イラク国外への不法な文化財流出の防止,略奪された文化財のデータベース作成等について議論した。第3回にあたる国際会議は8月1日に東京で行われ,前述の調査の参加者やバグダッド博物館長がイラクの現状を報告し,専門家の議論を経たうえで今後の方針が勧告された。そこでは包括的な保存計画に基づいた博物館への設備・資材の供与,ニーズ調査を行うことによる図書館・文書館等の持続可能性の確保,文化施設等の警備強化などが盛り込まれている。
IFLA,国際文書館評議会(International Council on Archives: ICA),国際博物館会議(International Council of Museums: ICOM),国際記念物遺跡会議(International Council on Monuments and Sites: ICOMOS)の4組織で構成されるブルーシールド国際委員会(International Committee of the Blue Shield: ICBS)はIFLAのホームページで,現地の状態やその支援の動き等を日付順に掲載している。2003年の世界図書館・情報会議(第69回IFLA大会)ではアルヌー氏の報告を踏まえて,イラク問題へのIFLAの対応が議論された。結果,IFLA評議会は各国政府に対するイラク図書館等の情報基盤の復旧支援と,イラク文化遺産の不正取引防止の要請等を決議した。
ユネスコやIFLAのこうした動きに呼応して,各国の政府や組織も具体的な取り組みを開始している。日本はイラクの教育支援と文化財保護支援に各100万ドルの拠出を決定した。また2004年3月に,日本とフランス両政府は協同でイラク国立博物館と国立図書館の再建に協力することで合意した。英国図書館・情報専門家協会や英国図書館,米国図書館協会等もイラクの復興支援を表明している。
3. おわりに
国立クロアチア公文書館のパンディッチ(Miljenko Pandzic)氏は,自らがクロアチアで武力紛争に巻き込まれた経験をもとに,武力紛争に備えて取るべき対応として,(1)所蔵目録の整備,(2)資料の重要度に基づいた資料救助の優先順位の検討,(3)避難・疎開の計画,(4)国際的な合意による文化財破壊への抑止力の構築,が必要であると指摘している。イラクの文化施設の被害状況に関する調査結果からも,これらの対策の有効性と必要性が示されているように思われる。
武力紛争時の文化財保護を図るための国際条約として,ハーグ条約(E192参照)等があるが,イラクでの戦闘を含め,頻発する武力紛争に対して十分な実効性を発揮しているとは言い難い。今後は,各館レベルでの備えはもちろんのこと,国際的に文化財の破壊を抑止するための実効性ある制度の整備が求められるのではないかと思われる。
関西館資料部文献提供課:安田 浩之(やすだひろゆき)
(注)
UNESCO. Report on the situation of cultural heritage in Iraq up to 30 May 2003. UNESCO, 2003. (online), available from < http://www.ifla.org/VI/4/admin/unesco300503.pdf>, (accessed 2004-04-05).
ユネスコによる第1回イラク文化遺産調査団の報告書。 日本から調査に加わった松本健氏の報告が『図書館雑誌』97巻8号(2003年)に掲載されている。
Arnoult, Jean-Marie. Assessment of Iraqi cultural heritage Libraries and archives. UNESCO, 2003. (online), available from < http://www.ifla.org/VI/4/admin/iraq2207.pdf>, (accessed 2004-04-05).
ユネスコによる第2回イラク文化遺産調査団報告書。
Deeb, Mary-Jane. et al. The Library of Congress and the U.S. Department of State Mission To Baghdad. Library of Congress, 2003. (online),available from < http://www.loc.gov/rr/amed/iraqreport/iraqreport.html>, (accessed 2004-04-05).
LCの専門家チームによるイラク国立図書館と文書館の調査報告書。
Ref.
松本健. イラク戦争と文化施設. 図書館雑誌. 97(8), 2003, 506-508.
小川雄二郎.“第4章 戦争・紛争を考える”. 文書館の防災を考える. 東京, 岩田書院, 2002, 39-45.
The International Committee of the Blue Shield (ICBS) : Iraq. (online), available from < http://www.ifla.org/VI/4/admin/icbs-iraq.htm>, (accessed 2004-04-05).
UNESCO and Iraq. (online), available from < http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=11178&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html>, (accessed 2004-04-05).
安田浩之. イラク図書館・文書館の戦禍と復興支援. カレントアウェアネス. 2004, (280), p.3-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1522