E2137 – 「ニューヨーク公共図書館と<図書館の未来>」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.369 2019.05.30

 

 E2137

「ニューヨーク公共図書館と<図書館の未来>」<報告>

 

 2019年4月9日に日比谷図書文化館コンベンションホール(東京都千代田区)で,株式会社ミモザフィルムズ/ムヴィオラ主催のパネルディスカッション「ニューヨーク公共図書館と<図書館の未来>」が開催された。

 アカデミー名誉賞受賞の映画監督フレデリック・ワイズマン氏による,米・ニューヨーク公共図書館(NYPL)の舞台裏に迫ったドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』の日本での公開を記念し,ウェルチ(Carrie Welch)氏(NYPL渉外担当役員)を迎えて行われたものである。イベントは二部構成で行われ,第一部では,ウェルチ氏と,『未来をつくる図書館:ニューヨークからの報告』の著者でもある菅谷明子氏(在米ジャーナリスト,米・ハーバード大学ニーマン・ジャーナリズム財団役員)による講演と映画の紹介,第二部では,野末俊比古氏(青山学院大学教育人間科学部教授)をモデレーターとしたパネルディスカッションが行われた。

 第一部のはじめに,ウェルチ氏は映画について,200分を超える作品だが,映し出されるのはNYPLのほんの一部にすぎないと述べた。続けて,米国では図書館を「普通の人々の宮殿(people’s palace)」と呼ぶことがあり,NYPLは普通の人のための図書館機能の充実と研究者のための学術研究の場としての図書館という機能の両立を目指しているという。NYPLは4つの研究図書館と地域社会のためのサービスを提供する88の分館からなるが,映画では分館は12館しか登場しない。しかし,ワイズマン氏により知性とユーモアのある映画になっており,見終える頃には,NYPLがどんなことを目指しているのかが見えてくるという説明があった。

 菅谷氏は,自身が米国で図書館に興味を持ったきっかけは,フリーランスになって気付いた情報の格差であるという。組織から離れるとデータベースを含め,入手できる資料に制限が生まれる。米国では,日々図書館に通い,そこで得た情報を使って行動し次のステップに進む人が多いが,日本ではこういう場はあるのだろうかということに興味を持って調べて本にするようになったと話した。

 第一部の後半では映画のダイジェスト版が上映され,ウェルチ氏と菅谷氏の解説が行われた。多くのアーティストが参考にしたという,雑誌に掲載された写真を分類しているピクチャー・コレクションや,点字の読み方を教える講座も行う障害者サービス,そしてたびたび登場する幹部職員による会議の場面についても紹介された。会議で話されていたのは,寄付で得たお金をどのように使っていくのかということが中心で,これはNYPLが寄付金と市からの財源を組みあわせてサービスを行っているという特異な部分を表している場面でもある。

 第二部では,パネリストとして,第一部に登壇したウェルチ氏,菅谷氏に加え,田中久徳氏(国立国会図書館総務部部長),越塚美加氏(学習院女子大学国際文化交流学部教授)が参加した。

 はじめに野末氏から,日米による違いを認識したうえで,図書館の可能性について考えるきっかけにしたいという話があり,主に,市民のニーズと,デジタル社会の図書館の役割という2点について話が進められた。

 菅谷氏はピクチャー・コレクションや,研究図書館の1つである舞台芸術図書館について,印刷物に限らない情報を収集し提供することで,利用者が気づいていないニーズに対応していると述べた。

 また,越塚氏は,分館の1つである科学産業ビジネス図書館(SIBL;CA1224参照)を例に,受講者に合わせた講座開始時間の設定などニーズとサービスの関わりについて述べた。そして,映画内の会議の場面に触れ,サービスの組み立てや寄付をどのように集めるかを検討する際に,ウェルチ氏のように資金集めについて説明ができる専門職の重要性を話した。

 ウェルチ氏は,識字教育など,ニューヨーク市長が目指す政策と図書館が行っていることが重なる点を予算獲得につなげていると述べた。利用者のニーズをつかむのは,「ネイバーフッド・ライブラリー」と呼ばれる分館によるものが大きく,その人自身が持っている最高の自分を実現するためのお手伝いを続けている,と話した。映画内でも紹介されるWi-Fiのホットスポットの貸出(E1580参照)については,ニューヨークの学校では子どもが宿題を解くためにはインターネットに接続する必要があり,不可欠な情報インフラを提供するために実施しているという説明があった。

 田中氏は,国立国会図書館も,どの組織に属していなくても,データベースを含め多様な情報にアクセスできる場所であると述べ,情報や知識にアクセスできることが社会を支え,人間らしく生きる根幹であると話した。

 ウェルチ氏はまた,NYPLではデジタルだから特別なのではなく,情報や知識・機会について誰でも平等にアクセスできる状況を整えていると話した。一方でデジタルの時代だからこそ,物理的な空間としての図書館の重要性は増すと考えていると語り,ニューヨークでお金を払わずに安心して過ごせる場所であり続けることや,孤立せずに人が集う場所であることは大切であると述べた。

 本イベントでは,NYPLが幅広い活動を行っている理由について知ることができた。何をしているかにばかり注目が集まるが,市民や地域の状況を把握し,なぜそれを実施するのかも合わせて発信する必要を感じた。

墨田区立緑図書館・三浦なつみ

Ref:
http://moviola.jp/nypl/event.html
https://www.eventscribe.com/2019/ALA-Annual/fsPopup.asp?Mode=presInfo&PresentationID=496277
E1580
CA1224
CA1286