E1874 – デジタル包摂社会と公共図書館の課題(米国)<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.317 2016.12.22

 

 E1874

デジタル包摂社会と公共図書館の課題(米国)<文献紹介>

 

John Carlo Bertot ; Brian Real ; Paul T. Jaeger. Public Libraries Building Digital Inclusive Communities: Data and Findings from the 2013 Digital Inclusion Survey. The Library Quarterly. 2016, 86(3), p. 270-289.

   2013年9月から11月にかけて,米国図書館協会(ALA)とメリーランド大学情報政策アクセス・センター(iPAC)は共同で,全ての人がICT技術の恩恵を受けて,生活の質を維持・増進することができるデジタルインクルージョン(包摂)社会を支える公共図書館(以下,図書館)の役割を立証するために,全国調査“The Digital Inclusion Survey 2013”を行なった。本文献は,その実施担当者が,調査によって明らかになった知見・分析結果等を取りまとめたものである。そこでは,パソコンやWi-Fiの無償提供(E1580参照),デジタルリテラシーに関する講習の実施,失業者の就職活動・政府情報の入手・医療保険/失業給付の電子申請に対する支援(E1346参照)といった図書館の取組が紹介され,それらが米国内で広く行われていることから,図書館が地域社会のデジタルデバイドの解消,住民のデジタルリテラシーの促進にとって重要な役割を担っており,図書館はデジタル包摂社会を支えていると結論付けている。

   一方,本文献では,図書館がデジタル包摂社会を支えるにあたっての課題についても言及している。本稿では,それらの課題について,図書館サービスの地域間格差と,図書館の資金不足の2点に注目し紹介する。

   地域間格差でまず言及されるのが,図書館に導入されているインターネットの通信速度の差である。地方には,ブロードバンドの加入費用を支払うことができない,低所得者・高齢者・低学歴者層が居住する傾向が強く,そのため,地方の住民のブロードバンドの加入率(62%)は,都市部(70%)や都市周辺部(73%)と比べて低くなっている。そのような住民を支援するため,地方の図書館は,より高速なインターネットアクセスの提供を望んでいるという。しかし,回線の敷設工事に掛かる経費が地方のほうが多額となるために敷設が進まないという,米国の市場先導型のブロードバンド普及政策の弊害等により,地方の図書館のインターネット回線の通信速度が都市部より遅く,十分な支援が実施できていないという課題が指摘される。

   また,図書館が実施するデジタルリテラシーに関する講習でも,地域間の格差が指摘される。調査によると,パソコン設置エリアでの個別の説明も含めて,98%の図書館が,データベースの利用方法や,電子メールや各種ソフトウェアの使い方についての講習を行なっているという。近年では,図書館で導入が進む電子書籍の専用端末の利用方法や,政府情報入手の手段としてのソーシャルメディアの活用に関する講習も実施されている。しかし,地方の図書館では常勤職員が少ない等の理由により,公式の講習会は実施しにくいのが現状という。また,英語以外の言語での講習を実施している館は,全体の7.9%と全国的に少ないが,特に地方においては,多言語での講習実施について,コミュニティ内でのニーズに関心が払われていない点も問題点として挙げられている。

   次に,図書館の資金不足であるが,政府への電子申請の支援や,失業者の就職支援といった形で,電子政府の促進によるコスト削減や,市場による失敗の相殺に貢献している図書館の役割が,政府や企業に認識されていないことが原因であると指摘する。例えば,予算が縮小する時代において,地域内でのサービスの重複を避けるため,図書館では,レフェラルサービスや他機関との連携により,多言語でのデジタルリテラシーの講習や,メイカースペースを紹介し,地域のニーズを満たしている。それにもかかわらず,現状では,レフェラルサービスや他機関との連携における調整役という図書館の重要な役割が評価されていないことに問題があるとする。また,ビジネス支援や失業者支援への住民ニーズに対応するために必要な予算を算出するための根拠となる,ハード・ソフト両面での正確な導入経費が調査されていない点も,多くの政策決定者に参照されている本調査の今後の課題として言及されている。

   総務省の『情報通信白書』平成28年版によれば,2015年度末時点で,日本国内の固定系ブロードバンドの契約数は3,781万,移動系ブロードバンドの契約数は3.9‐4世代携帯電話(LTE)で8,739万,広帯域移動無線アクセスシステム(BWA)は3,521万となっており,その数は,特に移動系において年々大幅に増加しているとされる。一方で,インターネットの利用率の調査では,首都圏の方が高いという地域差や,高齢者や低所得者層の利用が少ないという属性差が指摘されている。国際図書館連盟(IFLA)は,ICT技術を利用できる施設としての図書館の適性を指摘するが(E1569参照),日本の図書館がデジタル包摂社会を支えるための課題を考えるに際し,本文献の指摘は参考となるだろう。

関西館図書館協力課・武田和也

Ref:
http://doi.org/10.1086/686674
http://digitalinclusion.umd.edu/content/2013-digital-inclusion-survey-public-release-data-file
http://digitalinclusion.umd.edu/sites/default/files/uploads/2013DigitalInclusionExecutiveSummary.pdf
http://digitalinclusion.umd.edu/sites/default/files/uploads/2013DigitalInclusionNationalReport.pdf
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/h28.html
E1580
E1346
E1569