ドキュメント・デリバリー・サービスの将来
The Future of Document Delivery Services
メアリー E. ジャクソン(米国研究図書館協会 蔵書・利用プログラム部長)
Mary E. Jackson(Director of Collections and Access Programs Association of Research Libraries, Washington, DC USA)
デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービスに関するセミナーにお招きいただき大変光栄です。本日は他の講師の方々,そして会場の皆さんに私の考えをお話し,意見を交換することを楽しみにしております。
まず,私の経歴を簡単に紹介させてください。私は,相互貸借(ILL)とドキュメント・デリバリー分野において専門的なキャリアを積んでまいりました。フィラデルフィアのペンシルヴァニア大学図書館に20年間勤務し,現在は研究図書館協会(ARL)で10年ほど勤めております。ARLは非営利法人で,北米の123の研究図書館から構成されています。私はARLでILL/DD事業のパフォーマンスに関する2つの調査研究を実施しました。また,学術ポータルプロジェクトや特別コレクション作業部会など,利用者サービスに関する新規構想にも関わってきました1)。このように,私は大規模なILL/DD部門の管理や国・国際レベルの戦略的・政策的な諸活動に携わってきた経験があります。
私は「相互貸借」「ドキュメント・デリバリー」「ILL/DD」という用語を同じ意味で使います。私の理解では,これらの用語には,図書の貸出と複写物の提供の両方が含まれます。
ドキュメント・デリバリー・サービスは,新しい需要,新しい技術,新しいサービス・モデルによって変化し続けています。この講演では10の主要なトレンドに焦点を当て,米国の事例と国際的な事例を用いて私の見解を述べたいと思います。私が取り上げないトレンドもありますが,その他の問題についてもこのセミナーにおいてお話しする機会があるとよいと願っております。なお,私が取り上げるトレンドの順番は重要度によるものではありません。
1 電子出版・電子ジャーナルの影響
私が提示する最初のトレンドは,電子出版と電子ジャーナル(CA1512,CA1515参照)の影響です。電子ジャーナルが広く普及し導入が進んだことによって,多くの図書館では,現在,資料費を大きく増やすことなく,以前よりも多くのコンテンツを提供できるようになっています。これは,電子ジャーナルがもたらした便益のひとつです。「ビッグ・ディール」(ある出版社の全タイトルを,通常,電子的なフォーマットで,あらかじめ定められた一定の期間購読するライセンス)契約を取り交わすことで,図書館やコンソーシアムは,これまで印刷体で購入していたタイトル以上に,当該出版社の全タイトルを利用者に提供できるようになります。理論的には,利用可能なタイトル数が増えることによってILLの依頼は減少するはずです。なぜなら,利用者は以前よりも多くのタイトルを電子的に利用できるからです。
ARLは,加盟館の電子情報資源への支出額を過去10年にわたって追跡してきました(E235参照)。2001/02年には,電子ジャーナルへの支出は,図書館の雑誌に対する支出全体の4分の1(26%)を占めています。1994/95年の5%に比べて著しく増加しました2)。電子本への支出は現在の図書への支出の4%未満にすぎません。2001/02年のARL統計によると,ILL/DD借受件数は年平均7%増加し,ILL/DD貸出は年平均3.7%増加しました3)。これらの累積統計によれば,当該図書館に所蔵されていない資料への需要は減少しておらず,実際には増加しています(4)。しかし,特定の図書館においては,ビッグ・ディール方式のライセンスによって電子ジャーナル数を拡大した後に借受依頼件数が減少した,と報告している論文があります。これらの矛盾した結果から言えることは,電子ジャーナルがILL/DD件数に及ぼす真の影響を測るのは時期尚早だということです(CA1530参照)。
雑誌の電子版を刊行する出版社が増えていますが,これらの多くは自らのウェブサイトからドキュメント・デリバリー・サービスも提供するようになっています。利用者は出版社のウェブサイトにアクセスして雑誌の目次を無料で見ることができますが,論文本文にアクセスしたりプリントするためには料金を支払わなければなりません。こうしたペイ・パー・ビュー・サービス(pay-per-view)の利用は複雑です。研究助成を得ている教員は,自費で支払わなければならない教員や学生に比べて,多くの論文を購入するでしょう。出版社のドキュメント・デリバリー料金は,図書館のILL/DD料金よりもかなり高い場合が多いのです。コスト意識の高い利用者の中には,出版社のウェブサイト経由よりもILL/DDによる論文取寄せに対して図書館が課す料金の方が安いことに気がついている人もいます。多くの引用には出版社の名前が記載されていませんので,論文の出版社とそのウェブサイトを探すのには労力がかかり,研究者はそうしたことをやりたがらないでしょう。
Googleといくつかの商業出版社が連携してコンテンツへのアクセシビリティを高めるために行っている取組みは,より多くの利用者を出版社のウェブサイトへ導くかもしれません。逆に,GoogleとOCLC,マサチューセッツ工科大学(MIT)および16の学術機関が取り組んでいる,各機関の学術論文コレクションへのアクセシビリティを高めるためのパイロットプロジェクト(E149参照)は,利用者にとってまた別の機会をもたらすことになるかもしれません5)。OCLCは最近,WorldCatデータベースの全件をGoogleから検索できるようにすると発表しました。これも利用者が学術資料を見つけ出す方法の一例となり,その結果,利用者はILLの申込みを行うかもしれません。
2 オープン・アクセスの影響
2番目のトレンドは,オープン・アクセス(E294参照)の影響です。オープン・アクセスは伝統的な購読ベースの出版モデルに代わるものであるとARLでは見なしています。新しい技術とネットワーク・コミュニケーションによって実現可能になりました。オープン・アクセスは,直接的な金銭の見返りを期待せずに作成され,そして教育・研究目的のためにインターネットを通じて読者に無料で提供される著作物のことを指しています6)。
伝統的な学術雑誌出版においては,図書館が当該タイトルを購読している場合,あるいはILL/DDで論文を依頼した場合にのみ,利用者は論文を読むことができます。オープン・アクセスはこれとは異なります。オープン・アクセス・モデルは雑誌に用いられる場合が多いため,「オープン・アクセス雑誌」(CA1543参照)という用語が,無料で読者に提供される雑誌論文のことを意味するようになっています。オープン・アクセス雑誌の生産には,査読から印刷,電子版の作成まで,依然としてかなりの費用がかかります。これらの費用を誰が負担するのかという問題,つまり,論文を投稿した著者か,刊行する大学か,またはオープン・アクセス・タイトルを購読する図書館かという問題はまだ答えがありません。タイトルによって,また大学によって異なっています。
オープン・アクセス・モデルはこの12か月でかなりの勢いを得ています7)。オープン・アクセス・モデルは,次第に,大規模な多国籍商業出版社によって提供されている購読ベースのモデルに対する魅力的な代替モデルとみなされるようになっています。この代替出版モデルの策略は,米国の国立衛生研究所(NIH)が2004年9月に,自らが助成した研究の成果論文の無料公開を提案した(CA1544参照)ときに,一気に広まりました8)。NIHは著者の最終原稿(雑誌への掲載が認められたもの)と補足資料をPubMed Centralを通じて発行から6か月後に利用提供することを計画しています。予想されるように,商業出版界からは即座に非常に否定的な反応が返ってきました(E241参照)。同様の議論や論争は英国でも行われています(E270,E297,E338参照)。
オープン・アクセス運動はほんの数年前から始まったものですので,それがILL/DDに及ぼす影響は未だはっきりしません。私は,今後5年間に,オープン・アクセスがILL/DDに及ぼす影響は非常に緩やかなものだろうと考えています。オープン・アクセス雑誌の数が増えると,読者は関心のある論文をオープン・アクセスのタイトルの中から今よりもたくさん見出すようになるでしょう。このような読者はILLの依頼を減らすでしょう。なぜなら,オープン・アクセスの論文で大半の研究や調査を行うことができるからです。このように,ILL/DDの処理件数の増加は緩やかになるか,あるいは減少することすらあるかもしれません。医学分野のオープン・アクセス雑誌論文の依頼件数は,かなり減少するというシナリオを描くことができます。しかも,学者・研究者がPubMed Centralから発行後6か月で論文の全文にアクセスできるようになれば,依頼件数はもっと急激に減少するでしょう。しかしながら,もしオープン・アクセス雑誌の数が劇的に増えないならば,ILL/DDにはほとんど影響を及ぼさないだろうというのが私の見解です。なぜなら,学者は図書館に所蔵されていない商業学術雑誌の論文を引き続き必要とするだろうからです。
3 機関リポジトリの影響
3つ目のトレンドとして,機関リポジトリ(E323,E382参照)の影響に焦点をあてます。オープン・アクセスと機関リポジトリは同じものではありませんが,同じ目的を共有しています。ネットワーク情報へのアクセスを提供し,研究や学問を支援するという目的です。機関リポジトリは大学の教員の知的生産物がこれまで歴史的に商業出版社に引き渡されてきたことに対して異議を唱えるための戦略です。機関リポジトリは今や,高速接続と瞬時のコミュニケーションというデジタルの力をベースとした全く新しい学術コミュニケーションの方法を促す可能性をもつまでに至っています。機関リポジトリは学術雑誌論文に限定されません。論文のほか,データセット,地図,授業のノートやテスト,図書,大学の記録文書,教員や学生の学術プロジェクトの成果など様々なタイプの著作物を含むことができます。
また,機関リポジトリは学問分野ごとに作られているアーカイブズを包含しつつあります。これらのアーカイブズは,著者や会員が作成した学術的な著作物のためのリポジトリとして,各学会が提供しているものです。
マサチューセッツ工科大学(MIT)がヒューレット-パッカード社とともに開発したDSpace(CA1527参照)が最もよく知られた機関リポジトリでしょう9)。MITは自らが開発したソフトウェアを他の研究機関とDSpace連盟をつくって共有しています。機関リポジトリには多くの関心が集まっていますが,すべての北米の大学がリポジトリを運用しているわけではありません。多くはコンセプトを考案中か,または機関リポジトリを導入している最中です。
ILL/DDに対する機関リポジトリの影響は緩やかでありますが,しかし増大しています。OAI-PMH(Open Archives Initiative Protocol for Metadata Harvesting)(CA1513参照)を使うことで,物理的に別の場所にあるリポジトリのコンテンツを集めることができます。そしてこれによって,コンテンツの発見を促すことができるのです。しかし,個々の研究者が特定のコンテンツを機関リポジトリから見つける可能性は低く,機関リポジトリにある資料をILL/DDで依頼し続けるのではないかと私は思っています。同様に,ILL/DD担当の職員も求める資料が機関リポジトリで利用できることに気付かず,他の図書館やドキュメント・サプライヤーに依頼するかもしれません。機関リポジトリの現状は,図書館が所蔵資料を総合目録に出さなかった時代に似ています。所蔵情報は明らかにされているけれども,図書館ごとにしか提供されていない時代のことです。図書館の歴史をみれば,図書館とその利用者は個々のリポジトリの所蔵資料を簡便かつ統合的に発見する手段を見出すと思われます。このような意味において,OAI-PMHは機関リポジトリの成功にとって鍵となるものなのです。
4 出版社との関係
図書館と出版社は互いに互いを必要としています。両者は共生関係を何十年間にわたって維持してきました。わかりやすく言いますと,図書館は商業出版社や非営利出版社の出版物を収集しています。また,多くの出版社の出版物を保存する機能も果しています。商業出版社と研究図書館コミュニティとの関係はこの20年間悪化しています。それは,雑誌の危機(serials crisis)や商業出版社に有利な内容に改正された米国著作権法,いくつかの商業出版社によって報告されている極めて好調な収益の帰結といえます。図書館は伝統的に代理店を介して出版社と交渉してきました。代理店とは,図書や雑誌のベンダーのことで,図書館から注文と支払いを集約し,それらを直接出版社へと送ります。図書館の利用者が直接出版社と取引を行うことはありませんでしたが,出版社のウェブサイトやビッグ・ディール,ペイ・パー・ビュー・サービスの登場によって変わりつつあります。
ドキュメント・サプライヤーが出版社コミュニティと維持しなければならない関係は,図書館と出版社との関係とは大きく異なります。一般的に,ドキュメント・サプライヤーは利用者に電子的なコピーを提供するためには出版社の許可を得る必要があります。なぜなら,これらの活動は実際にかかる費用以上の対価を得ようとしているという意味で営利目的からです。また,著作権法が電子的な提供について規定していない国があるからです。カナダ科学技術情報機関(CISTI)の新しいSecure Desktop Deliveryサービス(CA1545参照)は,CISTIが主要な出版社から,電子的な文献デリバリーを特定の条件のもとでのみ利用者に提供することについて許諾を得た後で導入されました10)。多くのドキュメント・サプライヤーは著作権料率を直接出版社と交渉することで,他の図書館やドキュメント・サプライヤーに比べて低い料金を提示できているのかもしれません。これは図書館にとって有益な影響のひとつだといえます。
5 著作権法とライセンス問題
電子ジャーナルやオープン・アクセス,機関リポジトリと密接に関連して私が憂慮していることは,著作権とライセンスという双子の問題です。これが5つめのトレンドです。歴史的にみると,著作権は印刷資料を管理してきました。最近では,ライセンスが電子ジャーナルや類似の電子コンテンツの契約として望まれるようになっています。著作権法は国によって異なりますので,国際的な合意,例えばベルヌ条約のようなものが多様な著作権法を調和させるために形成されてきました。
著作権とライセンスに関する私の見解には偏りがあります。もし,私が商業出版社の協会を代表しているならば,著作権保護を強化し,著者ではなく出版社が著作権を保有すべきだとお話するでしょう。しかし,私の見解は図書館と図書館利用者の考えを反映しています。したがって,著作権者の権利保護と,著作権のある資料を利用したいという研究者や教員のニーズへの対応との間のバランスを維持することが重要であるという考えを強調することになります。
米国著作権法(CA1478参照)は,とりわけ図書館に対して,個人のためにコピーを作成し,またILL/DD業務を行うことを認めています。この10年以上,米国議会は著作権保有者,それはしばしば多国籍の商業出版社であるのですが,その保護を強化する法制度を提案したり,時には議決することもありました。私は出版社の代表者が次のようなことをほのめかしているのを聞いたことがあります。つまり,米国著作権法が図書館に対してILL/DDを依頼し受理することを認めた部分は削除すべきである,なぜなら,ILL/DDが原因で雑誌購読が減少しているからだ,と言うのです。図書館はこれに対して,購読価格の急激な高騰こそが図書館が購読を中止せざるを得ない主要な原因であると反論しています。
他の国々とは違い,米国著作権法では文献の電子的な送信に関して規定がありません。一方,法律によってArielのような電子的送付の技術を使用することを明確に禁じているところもあります。米国の図書館がArielを使って,その可否が法律で明確に規定されていない国の図書館へ論文を送信すると,興味深い法律問題が生じます。この場合,法律が破られているのでしょうか?もしそうであるならば,どの国の法律が破られたのでしょうか?
商業出版社は国際的に協働して著作権の強力な保護を確保しようとしています。この10年間で,英国図書館文献提供センター(BLDSC)とCISTIは,米国の図書館に対して著作権料無料のサービスをやめました。これは私の個人的な見解ですが,私はBLDSCとCISTIは商業出版社の圧力に屈したのではないかと考えています。これがひとつの原因となって,商業ドキュメント・デリバリー・サプライヤーの利用が減少したと思われます。利用の減少は,ARLの2003年ILL/DD調査で明らかになりました。
最近では,商業的な著作権保有者とその協会が,ドイツのsubitoのドキュメント・デリバリー・サービスに対して異議申し立てを行っています。その結果,subitoはドイツ,オーストリア,スイス以外の国の図書館へのサービスを2003年9月に停止しました11)。2004年6月には,商業出版社の一団が,EU著作権指令のドイツ法への適用によって,著作権保有者の独占的権利が十分に保護されていないと訴えました。もし,商業出版社がsubitoを停止させるのに成功した場合,商業出版社は米国のドキュメント・デリバリー・サービスや図書館を次のターゲットとするのではないかと個人的には心配しています。少なくとも,米国のある研究図書館は最近,出版社の協会からドキュメント・デリバリー・サービスに関して質問を受けています12)。
著作権は伝統的に印刷資料を支配してきました。一方,ライセンスは電子ジャーナルの主要な保護手段となっています。米国では,ライセンスが著作権法に優先します。つまり,利用者は,ライセンスで禁じられている利用については,著作権法に依拠できないのです。例えば,ライセンスによって,図書館がILL/DDの依頼を処理するために論文のコピーをプリントアウトするのが禁じられている場合には,たとえ米国著作権法によって印刷体の雑誌からコピーするのが認められているといえども,コピーは取れないのです。ILL/DDの依頼を処理するためにコピーを作成できるか否かは,図書館と商業出版社との間の契約交渉において強い緊張を孕む分野のひとつになっています。ARL加盟館に対して行った最近の調査では,9つの図書館が,ライセンスの中にILL/DDが含まれるべきであり,そうでなければライセンスにサインしないと回答しました。
実務レベルでは,ILL/DD担当の職員は各々のライセンスを読んで電子ジャーナルの論文のコピーが取れるかどうか判断しなければなりません。これによって,依頼の処理時間は長くなりますが,図書館がライセンス条項を遵守しようとするならば必要なことです。
もし,各図書館が学術資料の大半をライセンスによって受け入れており,しかも,著作権法の範囲内の利用がライセンスでは認められていない場合,ILL/DDの処理件数はかなり減少する可能性があります。幸いなことに,そうしたシナリオが増えていく可能性はなさそうです。なぜなら,図書館はライセンス交渉においてILL/DDの権利を得ることにどんどん成功しているからです。たとえ,その意味するところが,電子ジャーナルからプリントアウトした論文を再びスキャンしてArielで送るということであったとしても,ILL/DDの権利を得ることには変わりありません。
6 学術ポータルの影響
これで10のトレンドのうち半分まで到達しました。6番目のトレンドは学術ポータル(CA1542参照)の影響です。多くの図書館員は,ポータルのことを,図書館利用者の情報アクセスを効率化する方法(学部学生に対して,Googleの検索によって発見した情報資源ではなく図書館の情報資源を利用することを促すためのそんなに難しくない方法)であると捉えています。ポータルには異なる定義や説明がたくさんあります。ある人にとっては,ポータルは,単に機能が強化されたウェブサイトまたはウェブ資源へのゲートウェイです。また,別の人にとっては,ポータルは情報発見のためのスーパーツールであり,有益なウェブ資源やライセンス契約された情報資源を一箇所のウェブページに集約し,利用者に対して,ファーマットやメタデータ,出版社のインターフェイス,キャンパス内の認証方法を気にすることなく,コンテンツを検索し発見し受け取ることを可能とするツールを意味します。ポータルは,非常に複雑なコレクションやデータベース,情報資源,サービスを,新しい利用者でも経験豊かな利用者でも容易に理解できる方法で提示するものです。
ポータルがILL/DDに及ぼす影響はまさに認識されはじめたばかりです。ポータルの重要な特性のひとつに,印刷体と電子情報資源の双方を1回の検索で発見できるという特性があります。図書館の中には電子ジャーナルの目録を作成しておらず,オンライン目録に含まれていないところがあります。これらの図書館は単に電子ジャーナルのリストをウェブサイトで提供しているだけです。その結果,図書館の目録を検索している利用者には,図書館が求める電子ジャーナルをライセンス購読していることがわからず,図書館のウェブサイトのリストに掲載されている電子タイトルの論文をILL/DDで依頼するかもしれません。ポータルで検索すれば,図書館目録とともに図書館のウェブサイトを検索し,利用者に対して,印刷体と電子版が利用可能であると知らせることができます。また,ポータルは,Open URLリンキング・プロトコル(CA1482参照)によって,利用者を論文のフルテキストへと導くこともあるでしょう。さらに,ポータルは他の図書館の資料やオンライン情報資源の発見を可能にします。ポータルの中にあるILL/DDの依頼フォームに自動的にリンクするようにすれば,利用者がILL/DDを依頼する機会が増えるでしょう。なぜなら,依頼が非常に簡単だからです。
7つのARL加盟館がARLの支援を受けて行っている学術ポータルプロジェクトでは,学術コミュニティに対して,ウェブ上の単一のアクセスポイントから高品質な情報資源の発見を可能にし,情報や関連サービスをできる限り直接に利用者のデスクトップに送り届けるためのソフトウェアツールを提供しようと努力しています13)。このプロジェクトによって,ARL学術ポータル作業グループがZPORTALとその他のフレットウェル・ダウニング社(Fretwell-Downing)の製品を使って明らかにしたビジョンの実現可能性が示されるでしょう。
ARLポータル・アプリケーション作業グループの2004年最終報告書では,ILL/DDは,回答者が図書館ポータルの中に含めたいと考える主要なサービスのひとつだとされています14)。ILL/DDのリクエスト機能とILL/DD管理ソフトウェアへのリンクの双方または一方が,ワシントン大学やボストン大学,コネチカット大学,カリフォルニア大学アーバイン校,ヨーク大学,ネブラスカ大学で導入されています。
研究者や学生によるポータルの利用がILL/DDの依頼を減少させるかどうかを予測するのは時期尚早ですが,情報発見のためにポータルを用いることによって,ILL/DD依頼件数の増加をかなり緩やかにするでしょう。特に,所属する図書館が所蔵している電子ジャーナルに対するILL/DDの増加は緩やかになるでしょう。一方,利用者がポータルからILL/DDを依頼できるようになると,手続きが非常に容易になりますので,件数が増加するかもしれません。
7 国際的なILL/DDサービス
7つめのトレンドは国際ILL/DDサービスです。このサービスが実現するにあたって,技術標準が重要な役割を果しています。技術標準は私の8つめのトレンドです。Arielやそれと類似したインターネット・ベースの送付技術が,インターネットでアクセス可能なオンライン目録とともに,国際的に受け入れられて利用されるようになったことで,米国の図書館は,米国内の市や州の図書館で論文を発見しコピーを注文するのと同じくらい簡便に(またはもっと簡便に),日本やオーストラリア,南アフリカの図書館を通じて,論文を発見しコピーを注文することができるようになりました。
国際ILL/DDの課題は重要ですが,簡単には解決できないものでもあります。課題には次のようなものがあります。図書館職員や利用者がどのようにして資料の所蔵を見つけるのか?また,そのフォーマット,その形態を見つけるのか?その図書館が海外に貸出を行っているかどうかをどのようにILL/DD担当職員が判断するのか?ILL/DDの依頼を両者が読めて理解できる形式で送受信する方法,現物の送付にかかる高額の費用と国際間の電子的送付手段の欠如,そして支払いの困難と通貨の交換にかかる高額の費用です。
米国では,北米以外の図書館からの図書の貸出やコピーの依頼へのニーズが高まっています。しかし,国際的なILL/DDは未だ全貸出・借受依頼の1%にも満たない状況です。AAU(米国大学協会)/ ARL / NCC(北米日本研究図書館資料調整協議会)日本学術雑誌アクセスプロジェクトと日本の国立大学図書館協会によって行われているグローバルILLフレームワーク(GIF)等のプロジェクトは,新しい国際的なパートナーとのILL/DDの関係と信頼をつくりだすことを可能にしました。現在のGIF統計によれば,日本の参加館は北米の参加館に対して1,000件以上の依頼を送付し,北米の参加館は日本の参加館に対して800以上の依頼を送付しています。件数はささやかかもしれません。しかし,北米の図書館では所蔵されていない資料への依頼が充足されて利用者が喜んでいる,ということを私は承知しております。こうした依頼は,以前には謝絶という形で利用者に差し戻されていたものなのです。GIFで依頼された出版物の主題と発行年を調べてみると,古いタイトルと新しいタイトル,また同様に多くの異なる主題エリアのタイトルへの需要が確認されました。
図書その他の返却すべき資料の現物送付には,速達を使えば高額な経費がかかります。一方,経費のあまりかからない送付方法を使うと時間がかかります。米国の図書館は歴史的に外国に資料を送付した場合に紛失する恐れがあることを心配してきました。「水恐怖症」とでも言うべきかもしれませんが,海を越えて相互貸借資料を送ることに対する恐れは今日ではあまり問題になりません。しかし,現在においても海外に図書を貸し出さない図書館があります。研究図書館グループのSHARESプログラムは,北米と英国の図書館が資料を紛失することなく共有したすばらしい例です。
貸出料金の支払いがもうひとつの課題です。国際図書館連盟(IFLA)のバウチャー制度(CA1209参照)は発展途上国の図書館が貸出料金の支払いに際して高額な銀行手数料がかからないようにするために設けられました。プラスチック・クーポンは再利用できます。有効期限もありませんので,受け取った館は他の図書館にILL/DDの料金の支払いとして使用することができます。バウチャー制度は,現在では主に先進国の図書館で利用されていますが,小切手を振り出したり,外国通貨立ての小切手を自国通貨に交換することに比べて安上がりな代替手段です。IFLAのドキュメント・デリバリー・相互貸借分科会は,紙のバウチャーと同じようなものが電子的にできないかどうかを調査しています。
8 技術標準
技術標準が私がお話する8つめのトレンドです。技術標準は多くの図書館員にとって目につかない隠れた存在です。ましてや,図書館利用者は誰も知らないはずです。標準規格を基盤として,目録レコードが作成されたり,また,遠隔地から目録が検索され,ILL/DD依頼がやり取りされます。私は,ILL/DD関係者に直接関係がある標準規格を3つだけ取り上げます。
まずはじめに,ISO ILLプロトコルです。この国際標準規格を用いることによって,2つの異なるILL/DDアプリケーションの間で,ILL/DDの処理に関するデータを交換することができます。この標準規格は,図書館が仲介するILL/DDの過程をサポートするもので,利用者がそれぞれのILL/DD部門へ依頼をどのように送信するかという工程は除かれています。ピア・ツー・ピア(Peer-to-peer)のILLという点が,プロトコルをベースとしたデータ交換の特徴のひとつです。
この標準規格は,NACSISとOCLCのILLシステム間連携で用いられています(CA1409参照)。また,研究図書館グループ(RLG)のILL Managerをはじめとする多くのILL/DD管理ソフトウェア製品に導入されています。しかしながら,ISO ILLプロトコルを用いて送信されたやり取りの件数は,バージョン2が利用されるようになって10年以上が経ちますが,いまだつつましいものです。国際標準化機構(ISO)第46専門部会はこの秋にILLプロトコルの第3版の投票を行いました。現段階では,投票の最終結果はわかりません。ISO ILLの影響はゆるやかですが,増大しています。
図書館は,図書館員が仲介するILL/DDよりも費用対効果の高い方法を提供することに関心を抱いています。NISO貸出交換プロトコル(NCIP),Z39.83は2つの貸出アプリケーションの間の通信,または図書館の貸出アプリケーションとILL/DDアプリケーションとの間の通信を制御するものです。この標準規格には,図書館員が仲介するILL/DDの処理を,利用者が直接申込む方式の貸出処理へと転換させる能力があります。最近のARLのILL/DD調査では,利用者直接申込みのILL/DDのほうが,図書館員が仲介するILL/DDよりも費用対効果が高く,早く,また充足率が高いことが確認されています。貸出ステータスを確認することができたり,宅配便や商業的なデリバリー・サービスを利用できるため,処理時間が早く充足率が高いのです。NCIP規格の影響は,潜在的には非常に大きいのですが,それはベンダーがNCIPに準拠した製品を市場に投入し,図書館がそれらの製品を導入したときにはじめて明らかになるでしょう。
OpenURLは私が言及する最後の標準規格です。OpenURLは,メタデータのパッケージをリンク・リゾルバーに送信するための構文を標準化したものです。OpenURLは「適切コピー」の問題を取り扱ったものです。つまり,OpenURLによって,利用者は図書館が印刷体のコピー,全文コピーを持っているのか,それともILL/DDまたはドキュメント・デリバリーの依頼ができるのか,商業的なドキュメント・サプライヤーから入手できるのか,他の図書館がその資料を所有しているのかを判断することができるようになります。この標準規格によって,利用者が電子ジャーナルに導かれることから,図書館がライセンス契約している電子ジャーナルの論文へのILL/DD依頼をいくらか減少させることになります。この標準規格は多くの学術ポータルに導入されつつあります。しかし,先に述べましたように,OpenURLの影響は現実のものというよりは,まだまだ潜在的なものであります。
9 利用者直接申込みの(user-initiated)サービス(図書館を経由しないサービス)
米国におけるILL/DD件数の大半は,OCLCのような図書館のILL/DDシステムを経由して処理されていますが,利用者直接申込みの(user-initiated)ILL/DDサービスというトレンドも徐々に大きくなっています。北米では,「利用者直接申込みのILL/DD」という用語を用いるときに,それが何を意味しているかについて,まだコンセンサスがありません。最新のARLのILL/DD調査では,「利用者直接申込みのILL/DD」を次のように定義しています。つまり,図書館利用者が目録を検索し,資料を同定し,資料の依頼を図書館職員の助けや仲介なしに行う,というものです。ソフトウェアによっては,利用者が資料を同定,選択した後,提供できそうなサプライヤーに依頼を送ることもあります。多くの人々は「利用者直接申込みのILL/DD」のことを「遠隔貸出(remote circulation)」や「直接コンソーシアム借受(direct consortial borrowing)」と見なしています。なぜなら,このサービスの特徴は,図書館員が仲介する伝統的なILL/DDのプロセスよりも貸出サービスの方と共通点が多いからです。
INN-ReachとURSAの2つが成功を収めている有標製品で,それぞれInnovative Interface社とDynix社によって市場販売されています。中でもOhioLINKやORBIS,MOBIUSコンソーシアムはINN-Reachソフトウェアを使用しています。URSAは北東部のアイビーリーグの図書館グループであるBorrow Directが使用している製品です15)。
2002年の半ば,米国情報標準化機構(NISO)の投票メンバーは新しい標準規格であるNISO貸出交換プロトコル(NCIP)を承認しました16)。先に述べたように,この標準規格は異なるベンダーの2つの貸出アプリケーションが互いに資料や利用者,機関に関する情報を交換できるように一連のメッセージを定義したものです。ベンダーは現在,既存の製品に対し,NCIPメッセージをサポートできるようアップグレードするために,コーディングしているところです17)。現在まだ広く図書館には配置されていませんが,NCIP準拠のシステムを利用することによって,同一ベンダーの製品を購入しなくても,図書館員は利用者直接申込み型モデルを提供できるようになるでしょう。
10 ドキュメント・デリバリーの新しい役割
10番目の,そして最後のトレンドは将来を見据えたものです。図書館,ドキュメント・デリバリー・サービス,ドキュメント・プロバイダーはこれからの10年も消えることはないでしょう。電子ジャーナルやオープン・アクセス雑誌に掲載された論文や各機関のアーカイブで利用できる論文に対する図書館の依頼は減少するかもしれません。しかしながら,多くの研究者は現在でも古い資料へのアクセスや利用を求めています。現在の資料と古い資料の双方を提供できるかどうかが,ドキュメント・サプライヤー(そして図書館)にとって鍵なのです。
ドキュメント・サプライヤーは多くの領域で役割を拡張するでしょう。例えば,ユニークなコレクションの電子化,独自に設備をもつことができない図書館に対する電子化サービスの提供,翻訳サービス,著作権とライセンスとの調和のとれた環境づくり,既存及び開発中の電子的デリバリー技術の利用の拡大,図書館と競争可能な料金設定などです。
ドキュメント・デリバリー・サービスは利用者のニーズに基づいて発展・成長していくでしょう。主要なドキュメント・サプライヤーがグローバルなネットワークを構築することによって,米国,日本,その他の国々の図書館員は利用者が求める資料へのアクセスを確保することができるようになります。ドキュメント・デリバリーはもはや周辺的なサービスであると見なされることもなくなるでしょう。ドキュメント・デリバリーは中核的な業務であり,図書館が収集する出版物を減少させるにつれて更に鍵となる業務へとなっていくでしょう。
最後に
以上,10の主要なトレンドを概観してきました。この講演は,図書館やドキュメント・デリバリー・サービス機関が,ローカルな利用者また遠隔利用者に対して,相互貸借とドキュメント・デリバリー・サービスを提供していく方法に影響を与えると思われる領域について,見通しをお示しすることを意図しました。これらのトレンドの影響の度合いを予測することは困難ですが,ドキュメント・デリバリー・サービスが今後20年間消えることはない,という点については確信をもっています。
最後になりましたが,このセミナーにお招きいただき,戦略的な方向性とトレンドについてお話をする機会を与えていただきありがとうございました。このセミナーに参加することができ光栄です。皆様からのご質問やご意見を歓迎いたします。ありがとうございました。
(注)
2) Mary M. Case, “A Snapshot in Time: ARL Libraries and Electronic Journal Resources,” ARL: A Bimonthly Report on Research Library Issues and Actions from ARL, CNI, and SPARC #235 (August 2004): 1-10.
3) “Supply and Demand in ARL Libraries, 1986-2002,” ARL Statistics, 2001-2002 (Washington, DC, Association of Research Libraries, 2003): 12.
4) Mary E. Jackson, Assessing ILL/DD Services: New Cost-Effective Alternatives (Washington, DC, Association of Research Libraries, 2004): 49 – 51.
5) “OCLC Research will Harvest DSpace Metadata,” http://www.oclc.org/research/announcements/2004-04-09.htm/
6) Mary M. Case, “Framing the Issue: Open Access,” ARL: A Bimonthly Report on Research Library Issues and Actions from ARL, CNI, and SPARC #226 (February 2003): 8-11.
7) For more information about open access see http://www.earlham.edu/~peters/fos/
8) “Notice: Enhanced Public Access to NIH Research Information,” http://grants1.nih.gov/grants/guide/notice-files/NOT-OD-04-064.html/
10) http://cisti-icist.nrc-cnrc.gc.ca/docdel/sdd_e.shtml/; Andrew Braid, “The Use of a Digital Rights Management System in a Document Supply Service,” Interlending and Document Supply 32, no. 3 (2004): 189 -191.
11) “Important Information about SUBITO Delivery to Foreign Countries.” http://www.subito-doc.com/.
12) Case.
13) http://www.arl.org/access/scholarsportal/
14) The Current State of Portal Applications in ARL Libraries: Results of a Survey Conducted by the ARL Portal Applications Working Group, compiled by Mary E. Jackson, May 2004. http://www.arl.org/access/portal/PAWGfinalrpt.pdf/
15) Danuta A. Nitecki and Carol L. Jones, “Borrow Direct: its Impact on Service Quality at Yale University Library.” Interlending and Document Supply 32, no. 3 (2004): 146 – 151.
16) A list of approved NISO standards is available at: http://www.niso.org/standards/index.html/
17) The NCIP Maintenance Agency is available at: http://www.cde.state.co.us/ncip/