カレントアウェアネス
No.274 2002.12.20
CA1478
動向レビュー
デジタル・ミレニアム著作権法施行から2年(米国)
1.はじめに
デジタル・ミレニアム著作権法(Digital Millennium Copyright Act:DMCA)は,1998年10月28日に制定され,2000年10月に施行された(Pub.L.No.105-304)(CA1232参照)。この連邦法は,米国自身が大きな役割を演じて1996年12月に作成されたWIPO著作権条約とWIPO実演・レコード条約の二つの条約上の責務を果たし,デジタル時代に見合った著作権制度を,連邦議会が構築しようとしたものである。
2.DMCAの構成
後述する最近の関係動向の理解を助ける意味もあわせて,ここでDMCAの構成について簡潔にふれておきたい(1)。
この法律は,5つの部分から構成されている。第1章は上に言及した「WIPO(両)条約の実施」であり,その103条は,米国著作権法である合衆国法典17巻に第12章として’著作権保護および管理制度’というあらたな章を加えるものとしている。この章は1201条から1205条までの5つの規定を含んでいる。1201条はデジタル著作物に施されたアクセス・コントロールにかかる技術的手段を回避してはならないとする。しかし,このアクセス・コントロール技術の保護はWIPO著作権条約に定められたところを超えており,権利者側の保護に大きく傾いている。1202条は除去,改変行為等からの著作権管理情報の保護を定めている。1203条は1201条,1202条の前2条の違反行為に対する民事救済の規定であり,一方1204条は刑事罰を課している。1204条はインターネット利用に関するプライバシーの権利の優越を定める留保条項となっている。
第2章「オンライン上の著作権侵害責任の制限」においては,その202条で著作権法典に512条を加えるとし,そこではBBS(電子掲示板)などにユーザが書き込んだ著作物の侵害行為に対するサービス・プロバイダの責任の制限を定めている。
第3章は,「コンピュータの保守・補修にともなう著作権にかかる適用除外」との題をもち,302条において著作権法典117条として,コンピュータの保守・補修作業にともなうRAM(Random Access Memory)に発生する複製物が著作権侵害とならないとする規定を新設した。
第4章は「雑則」である。401条は’特許商標庁および(議会図書館)著作権局長に関する規定’でそれらの職務にかかわる権限を定める。402条は放送にかかわる’一時的固定’,403条は’排他的諸権利に対する制限;遠隔教育’,404条は’図書館および公文書館に関する適用除外’,405条は’録音物に関する排他的諸権利の範囲;一時的固定’,406条は’映画の著作物における諸権利の譲渡に関する契約上の義務の存在’を定めている。
第5章は「特定の創作的デザインの保護」についての諸規定で,内容的には船舶船体のデザインの保護をうたっている。
3.議会図書館著作権局長の報告書(2001年8月)
DMCAの104条は,議会図書館著作権局長に対して,DMCA第1章の影響,および著作権法典109条’排他的諸権利の制限;一定のコピーまたはレコードの移転の効果’と同117条’排他的諸権利の制限;コンピュータ・プログラム’の両規定にかかわる電子商取引とそれに関連する技術の発展について,DMCA制定後2年以内に連邦議会に報告することを命じている。著作権局長は,パブリック・コメントや証言の聴取など幅広い調査を行い,2001年8月29日にその報告書を連邦議会に提出した(2)。
(1)デジタル著作物とファースト・セール・ドクトリン
ここでは,同報告書から,’評価と勧告’の部分について紹介することとしたい。そこでは,WIPO著作権条約に関連して定められたDMCA第1章の諸規定は,著作権法典109条および117条の両規定の運用に大きい影響は与えておらず,立法的措置の必要はないとの認識が示されている。109条には,著作権者の譲渡権を制限するいわゆる’ファースト・セール・ドクトリン'(T22参照)が含まれているが,109条は著作物の中古市場の存在を保障するものではない,という。電子図書のように特定のデバイスに緊縛された著作物には従来のファースト・セール・ドクトリンが作動しないが,まだそのようなものが社会に広がっているとはいえない。著作物へのアクセスをコントロールする技術的手段の回避の禁止については,適法なコンピュータ・プログラムの複製物の所有者に対して,バックアップ・コピーや用途に応じた改変を認める117条に抵触するところはあるが,現在のところ,その影響は極めて小さい,という。
また,CDやDVDのようなパッケージ型デジタル著作物については,アナログ著作物同様,ファースト・セール・ドクトリンに服し,所有者が自由に処分できるとしているが,ネットワーク上で行われる著作物の伝送がファースト・セール・ドクトリンの射程の範囲に入るかどうかを問題にしている。そこではファースト・セール・ドクトリンは著作者が専有する複製権を制限するものではないはずであるのに対し,インターネット上の著作物の伝送は相手方コンピュータへの複製にあたり,違法だとの見解が示されている。地球規模で展開されるデジタル情報の複製が劣化せず,迅速かつコストを考慮する必要がないことにも言及され,デジタル著作物の伝送が市場に大きな影響を与えることも指摘している。伝送にあたり,相手方コンピュータにあらたなデジタル著作物の複製ができたとき,もとのデジタル著作物を消去することや,それにかかわる技術には懐疑的な姿勢をとっている。ひるがえって,判例法上形成されてきたファースト・セール・ドクトリンは,有体物に封じ込められた著作物に妥当するもので,無体のデジタル著作物の伝送にはあてはまらないともいう。
デジタル著作物の市場取引による使用許諾の条件やコストの問題のために,図書館においてILLや非来館利用,保管・保存,著作物の利用,寄贈資料などに関して大きな問題が発生しているとの指摘に対して,著作権局は,現時点で’デジタル・ファースト・セール’規定の採用を勧告しないことは,図書館界が提起しているこれらの問題が間違っているといっているわけではないという。しかし,将来真剣に検討すべき課題としながらも,市場でうまく処理して欲しいというにとどまっている。
(2)RAMにおける複製
電源が切られたり,上書きされると消えてしまうRAMにおける複製は,とくにストリーミングの音楽配信で問題となる。これまでの判例においても,RAMへの複製は複製権の範囲内にあるとされてきた。この報告書では,ストリーミングの過程に発生するバッファー・コピーはその4要件に照らして著作権法典107条に定めるフェア・ユース(公正使用)にあたると考えられている。そして,このフェア・ユース法理の適用の可否がケース・バイ・ケースで不安定なことから,連邦議会に対して,使用許諾の認められた音楽配信に不可避的に伴う一時的なバッファー・コピーを複製権の追及からまぬがれさせる立法措置を勧告している。
(3)バックアップ・コピー
著作権法典117条a項2号は,コンピュータ・プログラムが脆弱なことから,バックアップ・コピーを認めている。ところが,今日ではCD‐ROMに格納されているプログラムをハードディスクにコピーして使用するのが一般的で,このバックアップ・コピーを認める規定の合理性は疑わしいとする。プログラムを適法に入手した所有者は,著作権法典109条と107条を重ね合わせれば,バックアップ・コピーの譲渡・転売が許されているようにみえるのに対して著作権局はそれを望ましくないとして,あらたな二つの方向の立法措置を勧告している。ひとつはバックアップ・コピーをフェア・ユースに適合するとしても,ファースト・セール・ドクトリンに従わないものとする。いまひとつはバックアップ・コピーは頒布できないと明記したあらたなバックアップ適用除外規定を定める。このような対応を迫っている。
(4)契約の優越
著作権法に定められている消費者に認められた諸権利を乗り越える契約条項の効力を認めるべきではないとの議論がある。それに対して,この報告書は,その任務の外にあるとしながらも,問題が複雑で,実務的な意味合いが高まりつつあるものの,立法措置に踏み込むには熟度が足りないとの認識を示している。
4.DMCAに対する学術研究への影響と市民の感覚
DMCAがその制定後の見直しを命じた議会図書館著作権局長の連邦議会への報告は,上にみた通りである。一方,市民はこの鳴り物入りで制定されたDMCAの実施状況をどのようにみているのだろうか。サンフランシスコに本拠をおく市民団体,エレクトロニック・フロンティア財団が2002年5月9日に「意図せざる結果:DMCAのもとでの3年間」という報告書を公表している(3)。
その趣旨は,DMCAによって権利者側に与えられた権限の濫用は,その後の多くの紛争や裁判にみられるように,フェア・ユースの法理,表現の自由,および学術的研究を大いに損ねているというところにある。
DMCAが設けた技術的保護手段の回避の禁止を定めた条項は,違法複製をするという海賊行為を封ずるためにおかれたはずであるのに,権利者側が適法で著作権侵害行為にあたらないものを抑圧する手段に悪用されてきた。権利者側は,技術的保護手段の回避の禁止を定めた規定とそれにともなう民事,刑事の規定をちらつかせながら,学会や国際シンポジウム,BBSなどで,施された技術的保護手段の欠陥などに関する科学的議論の展開を萎縮させ,適法な暗号化技術,セキュリティに関する科学的研究を阻害し,外国の関係研究者が米国にやってこなくなるような状況を生み出したと指摘している。また,ビデオ録画のように,これまでフェア・ユースの法理のもとに認められてきた適法に入手した著作物を時間的にまた空間的に異なったところで私的に楽しむための複製行為が,DMCAを盾にする権利者側の技術的保護手段の回避の禁止の主張によって窒息されてしまった。さらには,結果的にリバース・エンジニアリングを禁止することとなり,企業間の公正競争を妨げ,欠陥のある技術を温存し,技術革新を押し止めることになったと,事実をあげて説得力のある論理を展開している。
5.むすび
2001年から2002年にかけての現在の米国連邦議会第107会期においても,これまで延べ50本の著作権にかかわる法案が上下両院において審議が繰り返されている。著作権について熱い議論がいたるところで繰り広げられているが,一体,誰のためのものか,誰のどのような利益に直結しているのかをしっかり見つめる必要がある。また,あちらこちらで指摘されるように,もう古い皮袋である著作権に名を借りて,狭い土俵で情報政策一般を語るべきではないようにも思われる。
筑波大学図書館情報学系:山本 順一(やまもとじゅんいち)
(1)以下を参照。
U.S. Government Printing Office. Digital Millennium Copyright Act. [http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=105_cong_public_laws&docid=f:publ304.105.pdf] (last access 2002.10.24);山本隆司ほか訳 外国著作権法令集(29):アメリカ編 著作権情報センター,2000. 275p;著作権法令研究会,通商産業省知的財産政策室編 著作権法・不正競争防止法改正解説 有斐閣,1999. p.135-58
(2)Library of Congress. Digital Millennium Copyright Act Study. [http://www.loc.gov/copyright/reports/studies/dmca/dmca_study.html] (last access 2002.10.24)
(3)Electronic Frontier Foundation. EFF Whitepaper: Unintended Consequences – Three Years under the DMCA. [http://www.eff.org/IP/DMCA/20020503_dmca_consequences.html] (last access 2002.10.24)
山本順一. デジタル・ミレニアム著作権法施行から2年(米国). 2002, (274), p.5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1478