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CA1545
動向レビュー
小特集:デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス
近年,電子ジャーナルに代表される電子情報資源や,図書館を経由しない情報流通手段の出現が目立っている。これらがドキュメント・デリバリー・サービスにどのような影響を与えるのか,またこれらにどのように対応するかがこの先重要になるものと思われる。
本稿では,電子的手段によるドキュメント・デリバリー・サービスに積極的に取り組んでいる機関の中から,英国BLDSC,ドイツsubito,フランスINIST,カナダCISTIの4機関を取り上げ,各機関のドキュメント・デリバリー・サービスについて,最近の動きを紹介する。
1.複写物を電子的に送信する:英国図書館Secure Electronic Deliveryの試み
英国図書館(British Library:BL)は1993年の戦略計画(British Library’s Strategic Objectives)の発表以後10年に渡って情報通信技術を文献提供サービスに活用するべく検討を重ねてきた(CA1367参照)。この流れの中で2003年末,文献の電子的な送信をより安全かつ便利に行うことを可能とする新サービスSecure Electronic Delivery(SED;E093参照)が導入され,複写の申込の際には従来の郵送,ファックス,Arielによる送信に加えて電子メールと組み合わせた電子的送信が選択肢に加わることになった。
SEDによる送信を選択した複写の申し込みがあると,BLではまずスキャナを使用して対象資料のイメージを読み込む。このイメージをBLの管理下にあるサーバに保存し,申し込み時に資料の送信先として指定された電子メールアドレス宛てにファイルへのハイパーリンクを張った電子メールを送ることで複写物の送信が完了する。申し込みからここまでにかかる時間は最短で2時間以内を指定することが可能であり,電子メールを受け取った利用者は都合のよい時間にハイパーリンクから保存されたイメージファイルを開き,その場でそのイメージをプリントアウトできる。
これまで行われてきた郵送以外の文献送信方法と比べても,SEDはファックスより画質の点で優れ,Arielのように特殊なソフトウェアを必要としない点で個人利用者への直接送信に適している。電子情報を直接送信するという点では出版社の提供する電子ジャーナルのサービスに近いが,SEDのサービスはBLのドキュメント・デリバリー用資料のほとんど全てが対象となるため,より広範囲の需要に対応することが可能となった。このようにSEDは,今後の電子的送信サービス仕様の標準となりうる条件を備えている。
一方で,資料を出版する側がこのような電子的送信サービスに難色を示す大きな理由に,電子ファイルの副次的配布の問題がある。この問題に対しては,アドビ社との提携により暗号化されたファイルを同社のソフトウェアAdobe Readerを用いて利用する仕組みを築いたことと,イメージファイルそのものを利用者に渡すのではなく図書館の管理下にあるサーバ上で利用に供し一定期間経過後に削除することにより解決が図られている。
Adobe Reader 6.0.1はアドビ社のホームページから無料でダウンロードでき,ファイルを不正に改変することを防ぐとともに,ファイルからのプリントアウトも一度のみに限定している。但し最初の印刷指示がなんらかの問題で失敗に終わった場合は,再度印刷を行うことも可能である。
サーバ上にイメージファイルが保存されている期間は,フェア・ユースとして著作権料の支払いを免除されるサービスにおいては電子メールの送信日付から14日間に限られている。著作権料を支払って複写を依頼する場合はさらに最長で3年間ファイルを保存し,Adobe Readerの機能を使用して画面上に書き込みを表示することも可能となる。
英国で開催されたデータベースに関する国際展示会“Online Information 2002”でBLが電子的送信サービスの導入を検討していることが発表された時点では,同館のInsideWebサービスの発展形として,電子ジャーナルを含むエルゼビア・サイエンス社の雑誌論文から約100万件の論文を,著作権料を徴収した上で電子的に送信することが想定されていた。しかし,その後の開発段階における同社との協議の結果,上記の条件の下にSEDのサービス対象は著作権料の支払いを伴うサービス以外にも拡大することで合意が図られ,現在のサービスが実現することとなった。
SEDの利用を希望する利用者にとっての問題は利用環境の整備にあることが多い。利用者の機器操作の習熟度によるもの以外にも,OSやソフトウェアの旧版を利用しており何らかの事情で更新することができない場合や,機関利用者においては機関のシステム上またはファイアーウォール等の安全設備上ソフトウェアの導入や必要な電子メールの受信が妨げられる場合などがある。このような問題の解決に向けてBLは利用者教育に力を入れると共に,利用を意図する機関と協議を行って解決方法を模索している。
SEDによるサービスは2004年7月現在で全体の1割弱を占めるまでに普及している。一般利用者へのサービス開始から1年が経過して,今後認知度の上昇とともにこの割合も増えていくことが予想される。
関西館資料部文献提供課:井上 佐知子(いのうえ さちこ)
Ref:
Robinson, P. Introducing SED: Secure Electronic Delivery from the British Library. Newsletter of the IFLA Document Delivery and Interlending Section. July 2004, 12-14. (online), available from < http://www.ifla.org/VII/s15/pubs/Document-Delivery-Newsletter-July04.pdf >, (accessed 2004-10-05).
The British Library. “Secure Electronic Delivery”. (online), available from < http://www.bl.uk/services/document/sed.html >, (accessed 2004-10-08).
長塚隆. データベースの国際会議&展示会. DialogPRESS. 7(1), 2003, 13-16. (online), available from < http://database.g-search.or.jp/support/news/dialogpress/pdf/2003/dp200301.pdf >, (accessed 2004-11-05).
2.訴訟対応に迫られるドイツのドキュメントサプライサービスsubito
CA1484ですでに紹介したように,ドイツのドキュメントサプライサービスsubitoは,発足以来順調に業績を伸ばしてきていた。2003年には,117万7千件の利用件数を記録し,その約49%に当たる約57万3千件が国外からの利用であった。subitoの今後の事業拡大の重要な柱の一つが国外サービスの充実にあったため,この数字は戦略の成功を意味していたと評価することができよう。しかし,著作権問題を契機として,国外における事業拡大にストップがかかることとなった。
前回の記事で紹介したように,subitoの利用料金は,国内外を問わず,グループ1に該当する利用者(学生・大学職員・公法人の職員等)については,1文書あたり,電子媒体4ユーロ(1ユーロ=約136円),郵送6ユーロ,ファックス7ユーロ,グループ3に該当する利用者(個人)については,電子媒体6.5ユーロ,郵送8ユーロ,ファックス9ユーロと設定されていた(なお,グループ3の利用者については,2004年1月から郵送8.5ユーロ,ファックス9.5ユーロに値上げされている)。こうした国際的に見て安価なドキュメントサプライサービスに対し,STM(科学・工学・医学)系出版社が著作権侵害を理由にsubitoを提訴する事態に発展し,双方の交渉の結果,2003年9月20日以降,subitoは,ライブラリー・サービス,すなわち,図書館を通じて利用者に資料を提供するサービスを除き,非ドイツ語圏の国外へのサービスを自粛することとなったのである。
その後,出版社側との紛争はさらに拡大し,2004年6月には,ドイツ書籍出版販売取引業者組合とSTM国際協会が,subitoとsubito参加館のアウグスブルク大学図書館の運営管理者であるバイエルン州とを相手取り,電子媒体によるドイツ,オーストリア,スイスへの資料提供および電子的手段,郵送,ファックスによる図書館を通じた第三者への資料提供の中止を求める訴訟をミュンヘンの州裁判所に提起した。なお,ドイツ書籍出版販売取引業者組合とSTM国際協会は,ドイツ政府が著作権に関するEU指令(Directive 2001/29/EC)を適切に国内法化していないと主張し,現在,欧州委員会に不服申立てを行っている。
出版社側との訴訟に関し,subitoのローゼマン(Uwe Rosemann)理事長は,原則的に現状の法的枠組みを変更することなく,サービス提供を継続することができるであろうとの楽観的な見通しを述べている。一方,国外サービスをめぐるSTM系出版社との交渉も近いうちに妥結し,国外サービスが再開されるであろうとも述べている。とはいえ,基本的なサービスの枠組みを維持できるとしても,こうした出版社側の抗議を受け,subitoは,今後著作権料の引き上げなどの措置に迫られるのではないかと予想される。
調査及び立法考査局政治議会課憲法室:山岡 規雄(やまおか のりお)
Ref:
subito. (online), available from < http://www.subito-doc.de >, (accessed 2004-10-25).
Buchhandelslobby tragt Streit um wissenschaftlichen Kopierdienst nach Brussel. (online), available from < http://www.heise.de/newsticker/meldung/48890 >, (accessed 2004-10-25).
Rosemann, Uwe. ドイツの図書館サービスの最新動向-subitoとvascoda-. デジタル時代のドキュメント・デリバリー・サービス:ビジョンと戦略 (国際セミナー配布資料), 京都, 2004.12, 国立国会図書館. 京都, 2004.
3.フランス・INISTによる文献提供の近況
フランスでは,文献提供業務は主に大学図書館や科学技術情報研究所(Institut de l’information scientifique et technique:INIST)によって処理されている。特にINISTは,科学論文の複写サービスを毎年70万件提供しており,フランスの文献提供市場の過半数を占めている。
INISTとは,国立科学研究センター(Centre national de la recherche scientifique:CNRS)に属する文献提供機関であり,CNRSの2つのドキュメンテーションセンターを統合して,1988年に設立された。科学・技術・医学(STM)分野,人文社会分野に関するフランス国内および外国の文献などを中心に,逐次刊行物26,000タイトル(うち8,700タイトルを継続して購入),科学レポート75,000タイトル,会議録115,000点,博士論文125,000タイトルなどを所蔵し,主に,ドキュメント・デリバリー・サービス,STM,人文社会分野の資料の索引作成,オンラインその他電子的手段を通じた情報提供などを行っている。
INISTの蔵書は,Article@INIST(700万点以上にのぼるあらゆる蔵書の中から検索できる),ArticleSciences(特にSTM分野の雑誌の中から記事・論文を検索できる)の2つのオンラインデータベースで検索することができ,検索結果を見て直接ウェブ上で複写を注文することもできる。また,INISTおよび協力館が有する科学技術情報をポータルサイト“ConnectSciences”を通して提供しているほか,2004年9月には,オビッド・テクノロジーズ(Ovid Technologies)社と協力し,人文社会科学関連の情報を提供するポータルサイト“BiblioSHS”を運営することを発表した。
INISTによる文献提供は,文献そのものの貸出ではなく,著作権法に規定された範囲内での複写物(photocopies)の提供によって行われ,提供方法は,Ariel,ファクシミリ,郵送から選択できる。必ずしも利用者からの要求のすべてをINISTの蔵書で賄えるわけではないが,BLDSC,カナダ国立科学技術情報機関(CISTI),ハノーバー技術情報図書館など約200の文献提供機関と協力して,利用者からの要求に可能な限り対応している。1987年の時点では,要求された文献のうち5%が他機関からの取り寄せであったが,現在は他機関からの取り寄せが約20%を占めている。
INISTに対する文献提供の要求は,1990年代前半に急増したが,その要因としては,ドキュメント・デリバリーの流れの自動化,電子的手段での注文の急増,サービスの改善などが挙げられており,特に,工業・ビジネス・調査研究部門における情報の必要性が急増したこと,電子媒体の資料へのアクセスが3〜5年前から増大しはじめたことが大きいと考えられている。
文献の提供にあたって重要となる著作権への対応については,INISTではフランス著作権センター(Centre Francais d’exploitation du droit de Copie:CFC)との契約に基づいて対応しているが,英国,ドイツ,オランダなどの図書館から文献を取り寄せると,それぞれの国内法の適用を受ける提供館とCFCの2機関に対して,著作権料を二重に支払わなければならない場合がある。こういった点については,対象国との間で欧州指令(Directive 2001/29/EC)に沿った見直しを行う必要性が指摘されている。
INISTは最近,科学技術情報を広める手段としてのドキュメント・デリバリー・サービスの向上を目指して,文献提供業務の更なる自動化,提供対象の拡大(論文に限らず写真,映像資料も),サービス品質の向上,といった点について検討を進めているところである。
現在,INISTの文献提供は多くが電子媒体によるもので,ウェブ上で検索・注文ができるなどオンライン化も進んでいるが,これを更に進めて,BLDSCでも検討された,電子ジャーナルを出版社の電子情報を用いて送信する方法(1.参照)も検討に値すると指摘されている。
また,サービス品質については,「INISTを通して,あらゆる文献を早く,安く入手する」という利用者の期待に応えるため,協力機関の書誌情報を収めたデータベースを公開するなどの対応を行っているが,システムの整備だけでなく,担当する職員の質の向上も重要と考えている。これに関連して,INISTでは2005年に,INISTのデータベースの使い方,インターネットを用いた科学技術情報の検索方法や,メタデータ,HTML言語の解説など,幅広い分野の研修が科学技術分野の専門家によって行われる予定である。
関西館事業部図書館協力課:上田 貴雪(うえだ たかゆき)
Ref:
Scoepfel, Joachim. INIST-CNRS in Nancy, France: “a model of efficiency”. Inrerlending & Document supply. 31(2), 2003, 94-103.
INIST. (online), available from < http://www.inist.fr/index_fr.php >, (accessed 2004-09-14).
Creff, Christelle. Opening interlending services to end users: The Catalogue Collectif de France. Interlending & Document Supply. 30(3), 2002, 126-129.
Ovid INIST Partnership On Humanities And Social Sciences Portal. Managing Information. 2004-09-10. (online), available from < http://www.managinginformation.com/news/content_show_full.php?id=3083 >, (accessed 2004-09-30).
4.CISTIのドキュメント・デリバリー・サービス
カナダ国立科学技術情報機関(Canada Institute for Scientific and Technical Information : CISTI)は,カナダはもとより,世界でも有数の科学技術情報資源の所蔵・提供機関である。1924年に国家研究会議(National Research Council)の図書館として設立され,その後1957年にカナダ国立科学図書館へ,1974年にCISTIへと改組されて現在に至っている。
2004年9月現在,CISTIの所蔵資料は,50,000タイトルを超える逐次刊行物(うち11,000タイトル以上が現在受入中のもの),60万冊を超える図書および会議録・テクニカルレポート,世界中のテクニカルレポートのマイクロフィッシュ200万枚などで,主要な科学雑誌はもちろん,世界中のあらゆる言語の科学技術情報資源をカバーしている。
CISTIはこれら豊富な科学技術情報資源をもとに,ドキュメント・デリバリー・サービスに力を入れている。最新の公式統計は確認できなかったが,1999年から2000年の実績で約54万件の文献複写需要を充足させている。また,参加しているOCLCのILL活動の中では,2001年7月から2002年6月までの統計で,ILL総件数の約42%である約7万件を受け付け,その内73%(約5万件)の要求に応えているなど,国際的にも主要なドキュメント・サプライヤーとしてその地位を確立している。
CISTIは世界中からの情報入手要求に応えるため,3種類のサービス・レベルを設定している。Direct Serviceは,科学・技術・医学・農学に関する分野についてCISTIおよびカナダ国立農学図書館の所蔵資料から提供するもので,注文の90%は24時間以内に処理される。オプションとして4時間以内の至急サービスも行っている。Link Serviceは全分野について,所蔵資料のほかBLDSC(英国)や中国科学技術信息研究所(中国)など提携機関の情報源から提供するもので,注文の大部分は72時間以内に処理される。Global Serviceは全分野,全世界のソースから提供するもので,注文の大部分は4週間以内に処理される。
ドキュメントの送付手段も,クーリエ(郵送),ファックスに加え,電子環境に対応するため,ArielおよびSecure Desktop Delivery(SDD)といったインターネットを介した文献伝送システムを用意している。Arielは米国研究図書館グループ(RLG)が開発したファイル転送ソフトウェアで,IPアドレスを指定してのドキュメント送受信を可能にする。ドキュメント・ファイルは,マルチページTIFFフォーマットの画像ファイルと依頼者名や送付先といったファイル情報を合わせたGEDIフォーマットで構成される。SDDは2003年12月に開始したウェブ・インターフェイスでの送付方法であり,利用者のPCにAcrobat Readerのプラグイン・ソフトを組み込むことで実現する。スキャンしたドキュメントをCISTIのウェブ・サーバにアップロードし,同時に利用者には電子メールで書誌情報とURLの情報を送る。利用者はそのURLにアカウントを使ってアクセスし,ドキュメントを閲覧することができる。閲覧および印刷は一度きり有効の設定となっている。同様の送付方法はBLDSCでも実現しており,デジタル時代のドキュメント・デリバリーにおける主流になりつつある。CISTIは個々の出版社と著作権処理の交渉にあたり,2004年2月には全ての雑誌をSDDで提供できるようになっている。
近年,CISTIは資源共有の観点から,大学図書館や医学図書館,それらのコンソーシアムなど,様々な情報機関とのネットワーク活動に力を入れている。例えば,機関契約した大学図書館とは,大学のローカルシステムとシステム連携を図り,検索した文献で大学が所蔵するものは大学図書館の利用へと誘導し,所蔵しないものについてCISTIへ依頼が廻るようにしている。また,電子資源の共有も視野に入れており,連邦科学技術図書館戦略同盟(Strategic Alliance of Federal Science and Technology Libraries)を結成し,政府系研究機関への電子ジャーナル・サイトライセンスを実現する連邦科学電子図書館(Federal Science eLibrary)の設立を政府に働きかけている。このように,CISTIは資源共有の理念の下,各情報機関とのネットワーク化や電子資源の共有化を推進しながら,国際的なサプライヤーとして,研究に不可欠な印刷物のドキュメント・デリバリー・サービスを拡張・強化している。
関西館事業部図書館協力課:筑木 一郎(つづき いちろう)
Ref:
CISTI. “About Document Delivery”. (online), available from < http://cisti-icist.nrc-cnrc.gc.ca/docdel/docdel_e.shtml >, (accessed 2004-09-22).
Krym, Naomi et al. Resource-sharing roles and responsiblities for CISTI: change is the constant. Interlending & Document Supply. 29(1), 2001. 11-16.
VanBuskirk, Mary et al. Resource-sharing roles and responsibilities for CISTI: for better or for ILL? Interlending & Document Supply. 31(3), 2003. 169-173.
OCLC. “Performance report: OCLC Interlibrary Loan Statistics 1 July 2001 through 30 June 2002”. (online), available from < http://www.oclc.org/ill/options/managelenders/customholdings/supplier/docsupplier/performance.htm >, (accessed 2004-09-22).