CA1367 – 英国図書館における電子図書館計画とドキュメントサプライサービス / 福田理

カレントアウェアネス
No.258 2001.02.20


CA1367

英国図書館における電子図書館計画とドキュメントサプライサービス

1993年に発表された英国図書館戦略計画(British Library's Strategic Objectives)で挙げられた,

  • 英国図書館(BL)は,2000年までに,調査研究のためのデジタルテキストの保存とアクセスの一大拠点となる。

  • ドキュメントサプライをできうる限り迅速かつ安価に行うために,保存・伝送における情報通信技術を最大限に利用する。

という目標のもと,BLの電子図書館計画”Initiatives for Access”は開始された。このプログラムには,ドキュメントサプライサービス(DSS)の電子化を企図したプロジェクトがいくつか含まれていたが,その中には,よく知られたARP(Automated Request Processing:自動リクエスト処理システム)やinside(カレントアウェアネスサービスとドキュメント申込サービスを統合したシステム)とともに,以下の2つの雑誌論文電子化プロジェクトがある。

  • The image demonstrator:小規模な実験プロジェクト。出版社から電子化利用の権利を得た雑誌について,ページをスキャニングしてイメージデータとして蓄積し,索引づけを行った。オペレータが検索およびプリントアウトするシステムとして,1994年に稼働し始めた。スキャニング,索引づけに多大のマンパワーが必要なことと,多くの記事のリクエストが1回以下であったことにより,コストパフォーマンスが極めて悪いことがわかった。一方で,出版社自らが電子ジャーナルの出版を始める時代が到来していた。例えば,エルゼビア(Elsevier)社の電子ジャーナル事業は,実験プロジェクト”TULIP”の成果を得て,EES(Elsevier Electronic Subscriptions)として本格稼働した。”The image demonstrator”は使命を終えて,TEDSに発展解消した。

  • TEDS(Trial Electronic Document Store):ARPで受けつけるリクエストのうち,頻繁に利用される雑誌について,出版社が作成する電子ジャーナルを利用する実験システムとして開発された。出版社から受け取ったTIFFあるいはPDFフォーマットの論文本文のデータと書誌データをTEDSシステムにロードし,索引は自動的に書誌データより作成する。索引データはARPシステムにも渡される。利用者からARPにリクエストが到着すると,TEDSに蓄積されている論文かどうかを確認し,蓄積されていればプリントアウトする。EESのCD-ROM版に収められた11誌を対象にし,1997年7月から実際の利用者を対象とした試行を行った。

    “Initiatives for Access”プログラムは,電子出版の世界においてDSSを展開する際に考慮すべき経営・運営・技術・顧客に関する諸課題を明確にすることに寄与した。経営に関する部分は以下のとおりである。

    出版社が予約購読者のデスクトップに直接テキストを送ることができる時代にDSS機関が生き残るためには,紙媒体を伴わない「生まれながらの電子出版物」をコレクションの範囲に入れなければならないし,新しい技術に対する顧客の期待にも応えなければならない。そして,コレクションをどう構築し,利用するかが注意深く考慮されなければならない。例えば,電子版が出されている出版物について,紙版もあわせて所蔵する必要があるかどうかも検討すべきことの一つである。電子出版物の蓄積と利用のための契約は個々の出版社と結ばなければならないが,ダウンロードして蓄積することの可否,利用者への電子的伝送の可否などは契約により異なる。契約や著作権法に抵触しないように気をつけるだけでなく,不正なアクセスを防ぐ手段も講じなければならない。

  • “Initiatives for Access”プログラムのもとでは,その他にも多くの電子出版に関わるプロジェクトが行われたが,その後”Digital Library”プログラムとして再出発することになった。BLは政府の民間資金導入政策(Private Finance Initiative: PFI)に従って,デジタル技術,出版,通信の各分野からパートナーを募集した。この共同プロジェクトは最終的合意に至らぬまま1998年12月に中止されたが,プロジェクトの準備のために行われた作業は,戦略を明確にするために大変有益であり,必要なインフラの調達を始めることができた。この間,DSSにおける2つの重要な進歩があった。ArielとESTARである。

  • Ariel:米国研究図書館連合(RLG)が開発したシステムで,スキャナで読み込んだイメージをFTPあるいは電子メールで利用者に伝送するものである。送られてきたイメージは,Arielのソフトウェアを使って表示,プリントアウトができる。BLでは試行の後,1998年から通常サービスの一つとして提供を開始した。現在では,insideの利用者もArielによる伝送サービスを選択することができる。Arielによる伝送は,著作権処理上はファックスと同等に扱われており,利用者は「プリントアウト後にすべての電子版を廃棄する」旨の宣誓書に署名しなければならない。”Urgent Action”サービス以外では,ページ数は30ページに制限される。現在,Ariel利用登録機関は400であり,毎月約5,000件のリクエストがある。

  • ESTAR:TEDSの後継プロジェクト。エルゼビア社の800誌の論文が”Elsevier Science Direct Onsite”からESTARに供給される。BLではセント・パンクラスおよびボストン・スパの閲覧室で公開しており,毎日300件以上のリクエストがある。insideからのリクエストも可能になっている。著作権料払い済み(copyright fee paid)サービスなどを利用することもできる。TEDSと同じ手法により,ARPからの利用も可能であるが,今のところ,まだサービスを行っていない。

福田 理(ふくだおさむ)

Ref: Chivers, Lynne C. Electronic document supply: experience at the British Library. Interlend Doc Supply 28(1) 27-37, 2000