CA1515 – 電子ジャーナル利用の傾向と対策 / 阿蘓品治夫

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カレントアウェアネス
No.279 2004.03.20

 

CA1515

 

電子ジャーナル利用の傾向と対策

 

はじめに

 どのユーザーがどんな電子ジャーナル(Electronic Journal: EJ)を読んでいるのか,あるいは読みたがっているのか。1990年代のEJ普及初期段階から,EJの提供者側(図書館)ではマーケティング的な観点からこの種の関心は当然高く,国内外の大学等で数々の調査が行われてきた。

 しかしながら,これらの多くは,自機関ではどのEJがよく使われているか,購読を希望しているEJは何か,といったジャーナルのタイトル単位での利用度や購読希望のランキング,または,専攻や世代によるEJ vs 紙の嗜好の違い,などに焦点が置かれているように感じられる。

 誤解を恐れずにいえば,これらは「購読希望誌調査」や「来館者アンケート」の延長線上にあって,利用回数や価格といったEJの外面的価値が分析・評価の主対象となる。これは,確かにその場の利用状況の把握や短期的な状況改善には大いに役立つかもしれない。しかし,その調査結果からは,図書館として本来必要な対EJの基本方針や中長期的戦略に有益なビジョンは見出しにくいと思われる。

 米国スタンフォード大学図書館とハイワイヤー・プレスは,より包括的なアプローチによるEJ利用調査プロジェクト(e-Journal User Study: eJUSt)を実施したが,このプロジェクトの調査結果は,一大学のEJ利用調査の枠を超え,そのようなビジョンを得る上でのヒントや刺激的な提言に満ちた先例として注目に値する。本稿では,従来のEJ利用調査ではあまり掘り下げられなかった,EJの「使われ方」,図書館のとるべき今後の対策,の2点について,eJUStの知見を紹介してみたい。

 

1.eJUStの概要

 eJUStは,メロン財団の助成を受け,2000年から2002年にかけてスタンフォード大学図書館と同館の出版部門であるハイワイヤー・プレスが実施したEJ利用調査プロジェクトである。

 この調査は第一義的にはハイワイヤー・プレスの学術出版業としての今後の戦略を得るのが目的のようであるが,ウェブサイトや報告書においては,むしろ,EJに関わる業界やユーザーに向けたメッセージとしての側面が強く打ち出されている。

 手法としては,研究者や編集者の個別面談調査,学会員を対象とした3度のウェブアンケート調査,EJ提供サーバのアクセスログの分析(データマイニング)という,定性・定量調査を組み合わせたアプローチを採用しており,多面的にEJ利用の実態にせまっている。

 なお,調査対象は,EJの利用が既に確立した学問分野である生命科学分野が中心となっており,面談調査やアンケートの対象は生命科学分野の研究者や学会員であり,データマイニングの対象もハイワイヤーで提供する生命科学分野のEJ14誌に限定されている。

 

2.EJの「使われ方」

 ひょっとしたら,図書館関係者は,検索に引き続きディスプレイ上でその論文を読むことがEJの主な利用方法だと思いこんでいるかもしれない。より多くのタイトルをより安価に購読し,よりアクセスしやすくユーザーに提供することにひたすらまい進してきた立場としては,「アクセスされた後」のEJがどう利用されるのか,あるいは,「アクセスさせる以前」のEJがどうやって形作られるのか,といった「メディア特性」や「学術コミュニケーション」からEJを把握する視点が少々欠けていたと反省される。

 eJUStでは「研究活動」におけるEJというメディアの振る舞いを解き明かしている。その結論によれば,EJの「使われ方」の真骨頂は,ウェブの世界に無数に存在する研究コミュニティ同士をハイパーリンクでつなぐ点,つまりウェブ上に展開する学術コミュニティのノードとして機能する点にある,という。

 例えば,引用文献,執筆者のウェブサイト,執筆者のメールアドレス,などの形で仕込まれたハイパーリンクを用いて,研究者はより多くの知識や人に接し,互いに情報を交換する。そのような相互作用を通じて異なるコミュニティとの交流が図られてゆく。また,交わされるコンテンツも「論文」や「雑誌」と限らず,「論文」より小さい,例えば抄録等の単位での流通が容易である。これはかつての紙を媒介とした学術コミュニティとはかなり様相を異にする。

 他方,ハイワイヤー・プレスのサーバに蓄積された膨大なログを分析(データマイニング)した結果,次のような傾向も明らかになった。

  • EJ利用の最終目的はまだまだ紙出力である
  • 論文の先にある情報源の利用も大きな目的のひとつである

 EJ利用の最終目的は,現段階では論文の紙出力であることが多い。ユーザーは,必ずしも印字に適さないHTML版よりPDF版の方を好む傾向があるようだ。書き込める,持ち歩ける,綴じられる,といった簡便さにおいて,紙の圧倒的な優位性は揺るがない。紙へのニーズを満たすため,冊子に代わりEJを利用しているまでのことである。

 2つ目の事実からは,「読みたい論文が即座に入手できること」と同様に,その論文から有益な情報源にリンクがあることも,大きなEJ利用の動機であることが分かる。たとえば栄養学の雑誌から栄養素のオンラインDBへのリンクが非常によく利用されていることが指摘されている。

 このデータマイニングは,2002年2月における生命科学分野の14誌のアクセスログに調査対象を限定しているが,このことを差し引いても,「そんなこと当たり前だ」と思い込んできた事々が数値で実証された意義は決して小さくないといえよう。

 

3.図書館のとるべき「対策」とは−強い図書館になる−

 日本を含め多くの図書館が現在そうであるように,図書館はベンダーからユーザーにEJが提供される際の「通過点」にとどまっていては,寡占化した出版社やベンダーの思う壺であり,なにより図書館の顔が見えない,配分される予算も決して積極的に増えない,つまりこのままではジリ貧である。

 では,EJの蔓延が続く学術コミュニケーションにおいて,図書館はどのようにして存在意義を示すことができるのか?

 この昨今の図書館の持つ切実な関心に対して,eJUStの最終報告書は,一貫して,コンテンツや検索手段で独自色(local value)を打ち出し,ブランド力を持ち,既存のベンダーと差異化を図ること,そして,そのブランドの中身をユーザーにきちんと説明し(articulate),ユーザーから評価(evaluate)を受け,さらなる向上のためにフィードバックすることが求められる,と繰り返し訴えるが,ひとまずは,図書館は体力をつけ,もっと強くなる必要があると説いている。そのための方策は次の4点に集約される。

  • 限られたEJ予算を1社に独占させないこと
  • 提供するEJの中身を評価できる主題専門家を抱え込むこと
  • 大学の蓄えた知的財産は価値の源泉であることに気づくこと
  • 著作権関連と許諾契約は図書館の専門知識を生かせる場であると気づくこと

 1つ目の提言は,いわゆるビッグ・ディール(Big Deal)への依存体質を改めろというものであまり新鮮味はないが,2つ目は,ユーザーのニーズをつかみ,提供するEJの中身(contents)や提供方法(横断検索サイト等)を的確に評価するため,人件費を使ってでも図書館の「シンパ」を抱え込むべきだという提言であり,興味深い。

 3つ目の提言は,SPARCの文脈でもおなじみの「機関リポジトリ」が示唆されている。図書館が大学の情報発信の主役となり,大学の価値を高めると同時に図書館自身の強化にもつながるとされている。事実,欧米では多くの大学が図書館が主体となって「機関リポジトリ」事業に取り組み始めている。

 最後の提言は,上記3点に比べて少し異質であるが,EJの提供やデジタル化などを経験した図書館は,学内の他部署と比べても知的財産に関する知識と経験が豊富であり,このことは実は財産なのだと強調されている。わが国の大学でも同じことがいえよう。

 ちなみに,eJUStの最終報告書のハイライトは,「ガーデニング」になぞらえた図書館と出版業界への提言である。その「さわり」を紹介すると,次の如くである。

 耕す(Plaw):既成概念の問い直し。
 種まき(Sow):新たな環境構築に向けて先行投資。
 育成(Grow):独自色を持ち,ブランドを確立。
 収穫(Harvest):図書館が知的コンテンツの分野で優位に立ち,そこに出版業界のビジネスチャンスも生まれる。

 

おわりに

 eJUStの調査業務は,シリコンバレーのシンクタンクである未来研究所(Institute for the Future)が請け負っているせいか,その最終報告書にも,一貫して前向きな,成功へ向けての刺激に満ちた文言がちりばめられている。それらの全てが必ずしも実現可能性を帯びたものではないかもしれないが,ともすれば地味で沈みがちな図書館,学術コミュニケーションに関わる業界関係者にとって,元気が出るヒント集,として大いに注目すべきではないだろうか。

 

千葉大学附属図書館:阿蘓品 治夫(あそしなはるお)

 

Ref.

Stanford University Libraries & Hiwire Press. e-Journal User Study(eJUSt).(online),available from < http://ejust.stanford.edu/ >,(accessed 2003-12-10).

Institute for the Future. “Final Synthesis Report of the e-Journal User Study December 2002”.(online),available from < http://ejust.stanford.edu/SR-786.ejustfinal.html >,(accessed 2003-12-10).

[Institute for the Future]. “E-Journal User Study Report of Web Log Data Mining December 2002”.(online),available from < http://ejust.stanford.edu/logdata.html >,(accessed 2003-12-10).

 


阿蘓品治夫. 電子ジャーナル利用の傾向と対策. カレントアウェアネス. 2004, (279), p.2-3.
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