カレントアウェアネス-E
No.150 2009.05.27
E929
これからの電子図書館,著作権,著作の在り方とは?<報告>
2009年5月11日,国立国会図書館長・長尾真氏と,評論家/翻訳家でフリー翻訳プロジェクト「プロジェクト杉田玄白」の主催者・山形浩生氏によるトークセッション『もう,「本」や「図書館」はいらない!?』が,スルガ銀行の「d-labo」で開催された。これはシリーズ対談「図書館は視えなくなるか?―データベースからアーキテクチャへ」の第2回にあたり,進行はd-laboのデザイン等を手掛ける李明喜氏が行った。
セッションの冒頭では長尾氏,山形氏がそれぞれ自身の関わるプロジェクトについての紹介を行った。長尾氏は過去に京都大学で取り組んだ電子図書館システムAriadneや現在の国立国会図書館(NDL)の電子化プロジェクトについて紹介し,電子図書館の要件として目次に従った本の構造化や「人間の頭脳に詰まっていることを図書館システムで実現すること」が必要であり,現在の電子図書館はごく初期の段階にとどまっていると指摘した。山形氏は著作権の切れた文献を翻訳しフリーで公開する「プロジェクト杉田玄白」の経緯と意義,および現在の運営状況について説明した。
続く対談では,「電子図書館における収集対象」「Googleブック検索」「インターネットと著作権の関わり」「インターネットによる著作/著作者の変化」をはじめ,様々な話題が横断的に取り上げられた。
「電子図書館における収集対象」について山形氏は,あらゆるデータが収集可能な状況下では,構造化すべきものを選ぶことが図書館の役割になるのではないかとの見解を示した。長尾氏も図書館ですべてのデータは集めきれず,当面は信頼のおけるものを収集・提供することになるだろうとし,山形氏の見解に同意を示す一方で,可能ならば図書館によるデータの取捨選択はしたくないとの考えも強く述べた。また,必ずしも図書館で統一的に収集したデータを持つ必要がないことも両氏から述べられた。
「Googleブック検索」については,Googleブック検索の和解案(E857,E918参照)等が話題に上った。この和解案を両氏とも肯定的に捉えており,山形氏からは収益の63%を権利者に支払うGoogleの方針への評価が,長尾氏からは反対するのではなく切磋琢磨する相手として積極的に議論すべきとの考えが示された。
「インターネットと著作権の関わり」については両氏とも現行制度の限界を指摘し,長尾氏は「誰でも,どこでも,いつでも同じように活用できる電子図書館を実現する上で著作権が問題となる」とし,山形氏は著者が選択的に著作権を行使する制度の可能性を提案した。
「インターネットによる著作/著作者の変化」については,著作の重要性が「編集」の部分に移ってくるという点で両氏の意見が一致し,「創作と編集プロセスの見分けがつかなくなり純粋な『著作者』の存在は薄れる」(山形氏),「現代は過去の素晴らしい著作を掘り出す目利きが重要な,解説・編集文化の時代」(長尾氏)と言った見解が述べられた。
時間的な制約から,トークセッションで提示された様々な論点について議論を十分に深める余裕はなかったが,異なる立場から電子図書館や著作の在り方に関わる両氏の意見が多くの点で一致したことは興味深い。折しもトークセッション翌日の5月12日にはNDLによる所蔵資料の電子化や検索エンジンのクローリングに権利者の許諾を必要としないとする著作権法の改正案(E900参照)が,5月13日にはNDLの所蔵資料の電子化に係る予算(約127億円)を含む補正予算案が衆議院を通過しており,本セッションで取り上げられたトピックへの注目は今後さらに高まっていくだろう。
(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科・佐藤翔)
Ref:
http://www.d-labo-midtown.com/d-log-detail.php?id=120
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002934168
http://www.genpaku.org/
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20090512/1242127799
http://www.mattoct.jp/blog/2009/05/post_441.html
http://d.hatena.ne.jp/yashimaru/20090512#p1
http://d.hatena.ne.jp/kany1120/20090512/1242142318
E857
E900
E918