E930 – 作家のボーン・デジタル資料を収集・管理・提供する際の課題 <文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.150 2009.05.27

 

 E930

作家のボーン・デジタル資料を収集・管理・提供する際の課題<文献紹介>

 

Matthew G.Kirschenbaum et al. Approaches to Managing and Collecting Born-Digital Literary Material for Scholarly Use. 2009.
http://www.neh.gov/ODH/Default.aspx?tabid=111&id=37, (accessed 2009-05-25).

 2009年5月,米国メリーランド大学のキルシェンバウム(Matthew Kirschenbaum)准教授を中心とする研究グループによる,現代の作家のボーン・デジタル資料を収集・管理・提供する際の課題について,実際にそのような取り組みを行っている3つの機関の実地調査と,研究者・作家・実務者等の関係者によるミーティングをもとに取りまとめた報告書が,助成元の全米人文科学基金(NEH)デジタル人文科学局から公表された。

 これは,作家の多くがデジタル環境で執筆を行っている現在では,これまでとは異なる作家研究の手法が必要とされているという認識のもと,図書館や文書館など作家の作品を収集・保存する機関は今後どのように取り組むべきなのか,を検討する準備段階の調査として位置づけられている。実地調査の対象となった3つの機関,メリーランド大学人文科学技術研究所(MITH),テキサス大学オースティン校ハリー・ランソムセンター,エモリー大学図書館と,オックスフォード大学ボードリヤン図書館から,研究者,「デジタルアーキビスト」などの肩書きを有する実務者,さらには各地で活動している作家などが加わって,議論が行われた。

 MITHでは,作家・評論家のラーセン(Deena Larsen)氏から寄贈されたコレクションを中心に所蔵している。このコレクションには,ラーセン氏が1980年代半ばから執筆してきたデジタル原稿のほか,年代もののマッキントッシュ,およそ1,000枚のフロッピーディスク,雑誌・新聞・手紙・新聞切り抜き・メモなどの紙の資料も含まれている。MITHでは,デジタル原稿のデータを,オリジナルからコピーして別のサーバに格納し,非公開の「ダークアーカイブ」を作成しているが,メタデータの作成など,学術資料として利用に供するための措置はまだ取られていないという。

 ハリー・ランソムセンターでは,電子的記録を含む35のコレクションを有しており,これらの中にはボーン・デジタル資料のほか,ソフトウェア,ハードウェア,マニュアルなども入っている。同センターでは,ディスクごとにメタデータとコレクション情報を付与するとともに,ソフトウェア「DSpace」で構築されたリポジトリに,デジタル資料を格納している。ただし,このリポジトリは原則として,運用に関係する者だけがアクセスできるようにしており,研究者からの利用申請にはケースバイケースで対応しているという。デジタル資料を保存するだけではなく,紙の資料とデジタル資料とを統合してコレクション全体として組織化し,利用可能とし,さらにケースに入れるなどして展示している点が特徴である。

 エモリー大学図書館でも,作家のラシュディ(Salman Rushdie)氏から寄贈されたアナログ,デジタル双方の資料を所蔵している。この中には,4台のコンピュータと1台の外付けハードディスクが含まれている。同館はこれらのハードウェア内のデータからディスクイメージ(ディスクそのものの完全なバックアップ)を作成し,索引付けして保存している。向こう2年間の予定としては,このうちの文学作品の原稿について段階的にアクセスできるようにしていくという。そして最終的には,手稿文書あるいはそれに関連するデジタル資料についてもアクセスできるようにする予定とされている。

 関係者間の議論では,今後調査が必要な論点として,ハードウェアや物理的ストレージ,メタデータ,保存媒体の劣化(bit rot),エミュレーション,プライバシーや守秘義務と研究者のニーズ,クラウド・コンピューティング環境に保存されているデータの扱い,コンテンツをネットワーク越しに共同利用できるサイバーインフラストラクチャの必要性などが指摘されている。特に,研究者のニーズとして,作家が使っていた情報環境全体をその当時のまま見たい,文書の変更履歴や作業時間を見たい,削除したファイルなども見たいといったものが想定される。こうしたニーズと作家のプライバシーの両方を意識しながら,図書館や文書館は対応を考えていく必要があり,そのためには,研究者・作家・実務者の間の議論をさらに積み重ねていくことが重要である,と指摘されている。

Ref:
http://www.otal.umd.edu/~mgk/blog/
http://www.mith2.umd.edu/
http://www.hrc.utexas.edu/
http://marbl.library.emory.edu/