CA2056 – 「ユネスコ公共図書館宣言2022」:2022年版に至る歩みとその活用 / 永田治樹

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カレントアウェアネス
No.359 2024年3月20日

 

CA2056

 

「ユネスコ公共図書館宣言2022」:2022年版に至る歩みとその活用

未来の図書館研究所:永田治樹(ながたはるき)

 

1. 1949年初版とこれまでの改訂版

 国際機関の決議や宣言による意思決定の表明には、勧告的な意味合いがある(1)。ここで取り上げる「ユネスコ公共図書館宣言」も、加盟国において関連法規に参照されたり、理解促進・政策提言などアドボカシー活動に用いられたりしてきた。国際連合憲章のもと「教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによって、平和及び安全に貢献する」ために設置されたユネスコは、創設3年後の1949年にいち早く本宣言により、公共図書館を「民衆教育のため、そして国際理解の進展のための、ひいては平和を促進する活力(a living force)」(2)と位置づけた(3)

 公共図書館は「民主的な教育機関」であり、「人々によって人々のために」設置・運営され、表現の自由を維持し、それぞれの国と世界にとってよりよき市民を育むため、「民衆の大学」として、識字だけでなく継続的な学習機会を提供し、知識の進展を促すとともに、「コミュニティの活力」として機能するものだと、この宣言は強く訴えた。民主主義を称揚しつつ、公共図書館のあり方を示した宣言のこの骨格は、以降20数年ごとに行われてきた改訂においても引き継がれている。

 「すべての人に本を」を標榜し1972年に開幕した国際図書年(1970年ユネスコ総会決議)(4)に際して、国際図書館連盟(IFLA)も加わり、最初の改訂が行われた。この改訂(5)では当時の新たなメディアに触れつつ、知識の保存や伝達において大きな役割を果たしている図書の大切さが強調された。公共図書館は「人類の思想や知識の記録」などを図書によってすべての人が自由に利用できる「手段」であり、また「気晴らしや楽しみのための図書」によって人々の心を活気づけるものだとする。「児童による利用」や「学生による利用」などの見出しを設け、図書館活動の広がりも示唆している。他方、十分に図書が行き渡らない「本の飢餓」(Book famine)(6)(7)からの脱却という途上国(8)の課題に留意し、同様に深刻な状況にある「障害をもつ読者」を取り上げたのは、この改訂においてであった。

 国際図書年からさらに20年あまりを経て、図書館を取り巻く状況は激変した。多様化するメディアや通信技術の発達によって、情報が広範囲に迅速に流通するようになった。このような状況を踏まえ、二度目の改訂では図書の代わりに「情報」という概念に力点が置かれる(9)とともに、文字体系のない文明における口承など、多様な文化遺産への配慮も加えられた。また、改訂の検討過程で生じた「情報に対する料金」問題については、IFLAの公共図書館分科会が1986年に発表した『公共図書館のガイドライン』における「一般原則「無料の原則のこと」を覆すべきではない」(10)との方針に沿った。名称には“IFLA/UNESCO”と冠し、「前文」「公共図書館」「公共図書館の使命」「財政、法令、ネットワーク」「運営と管理」「宣言の履行」の順で体系化された宣言が1994年に公表された(11)

 

2. 2022年の改訂

 「連携」という節が挿入されたが、「IFLA-UNESCO 公共図書館宣言 2022」(12)は基本的に1994年版の体系を踏襲している。ただし、「持続可能な開発」と「知識社会における図書館」という新たな観点の追加が行われている(13)。2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)が目指した公正で人間的な社会の建設に、情報、リテラシー、教育や文化などの公共図書館の使命を重ね、また急速な情報技術革新によって知識の生成・共有・利用が高度化している状況に図書館を対応させようと、次のように公共図書館のあり方を規定した。

 公共図書館は「知識社会の不可欠な構成要素であって、ユニバーサル・アクセスを実現し、すべての人に情報の意味のある利用を可能にするという責任を果たすため、情報伝達の新しい手法を継続的に取り入れる。また、知識の生産と情報や文化の共有・交換に必要な、そして市民の関与を推進するための、公共スペースを提供する」と、知識社会への対応策を明示するとともに、「図書館は地域社会を育むもので、積極的に新しい利用者にも手を差し伸べ、実効ある聞き取りによって、地域の要求を満たし生活の質の向上に貢献するサービス企画を支援する。人々の図書館への信頼に応え、地域社会への積極的な情報の提供と啓発が公共図書館の目指すところである」と、持続可能な開発への方向づけをしている。

 これに加え2022年版で際立つのは、事前に行った調査(14)からもたらされた社会的包摂の重要性の強調である。2022年版では上述の文言に続き「公共図書館のサービスは、年齢、民族性、ジェンダー、宗教、国籍、言語、あるいは社会的身分やその他のいかなる特性を問わず、すべての人が平等に利用できるという原則に基づいて提供される。理由は何であれ、通常のサービスや資料の利用ができない人々、たとえば言語上の少数グループ(マイノリティ)、障害者、デジタル技能やコンピュータ技能が不足している人、識字能力の低い人、あるいは入院患者や受刑者に対しては、特別なサービスと資料が提供されなければならない」(15)とある(引用の下線部が1994年版にはなかった部分)。

 「公共図書館の使命」の項目は1994年版の12項目から11項目と減ったが、SDGsの意図を含み、それぞれを詳述して前版の項目記述はほぼ収容されている。また、これまでにはなかった「デジタル技術を通じて、情報、コレクション及びプログラムの利用を対面でも遠隔でも可能にする」、「利用者の生活に影響を与える可能性のある研究成果や健康情報など、科学的知識の利用を地域社会に提供し、科学的進歩に関与できるようにする」といった追加がなされている。

 

3. 宣言の活用とわが国の今後

 この宣言は、視野を広げ、ねらいを状況に合わせて改訂されてきた。その歩みのなかで、冒頭にも指摘したようにこれを国内法令に参照するといった活用があった。近年の事例に、フランスの「図書館及び公読書の発展に関する2021年12月21日の法律第2021-1717号」(16)がある(1994年版を参照。なお、これはフランスにおける初めての公共図書館に関する法である)(17)

 また、特に1994年版以降では、多くの国々でアドボカシー活動に使われている。2022年版についても『アドボカシーの10のステップ』(18)という文書がIFLA公共図書館分科会により作成されている。最初のステップは自国語への翻訳であり、2022年版も本稿執筆時点ですでに31の言語の翻訳が公表されている(19)。北欧ではこの宣言がどのような意味をもつのかを考えるウェビナーが実施されている(20)。わが国においては、宣言が公共図書館について適切に記述している文書だと評価され(21)、これまでも図書館情報学のテキストブックには引用されてきた。しかし、図書館現場でのアドボカシー活動はさほど定着しているとはいえず、一層の努力と果敢な活動戦略が望まれる(22)

 それとともに活用の問題は、宣言に述べられているところが、ときに深刻な問題ともなる。例えば、今回強調された包摂性のうち、ジェンダー問題は、わが国でも性差の不平等な扱いや性的少数者LGBTに関する議論がくすぶるように、国によっては容認されず、違法であったりする。この宣言が原因とは言えないが、2024年の世界図書館情報会議(WLIC)・IFLA年次大会は開催予定国に対する懸念が持ち上がり、意向投票を行った後、予定国の辞退によって中止に追い込まれた(23)。また、ユネスコ加盟国といえども表現の自由が保障されていない国もなお存在する。そうした国々には、この宣言が尊重されることを強く望みたいが、それが許されない困難な状況もある。

 一方、宣言の内容に抵触するわけではないものの、宣言中に示されていることが実施できていない状況もある。この場合、宣言は目標の提示だといえる。例えば、知識社会に貢献する公共図書館という新たに掲げられた観点に関し、わが国におけるデジタル・サービスの現状を鑑みると、かなりの遅れがあり、厳しくいえば、それについての状況の認識さえも心もとない。

 ユネスコ公共図書館宣言2022の提示している使命を読み解き、その適切な活用を改めて考えてみる必要がある。

 

(1)衆議院憲法調査会事務局. 「国際機関と憲法―安全保障・国際協力の分野における―」に関する基礎的資料 :安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会 . 2003, p. 10.
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi026.pdf/$File/shukenshi026.pdf,(参照 2023-12-31).

(2)UNESCO. The Public Library: A Living Force for Popular Education. 1949.
https://www.ifla.org/wp-content/uploads/2019/05/assets/public-libraries/documents/unesco-public-library-manifesto-1949.pdf, (accessed 2023-12-31).

(3)ちなみに、日本のユネスコ加盟は1951年であり、「図書館法」制定は1950年で、ほぼ同時期だが、そのあたりを関連づけるものは、私の手元にはない。

(4)国際図書年の「すべての人に本を」というテーマは、1970年総会の「事務局長報告及び提案」にみられる。ただし、正式設定は1972年総会のコミュニケーション小委員会において行われた。また、それに基づく行動計画が作成され公表されている。
UNESCO General Conference. International Book Year: report and proposals by the Director-General. 1970, 9p, (Document code, 16c/83).
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000161021, (accessed 2023-12-31).
Miscellaneous. Bibliography, Documentation, Terminology. Unesco Press, 1971, 11(2), p. 51.
Books for all: a programme of action. UNESCO, 1973, 42p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000156787, (accessed 2023-12-31).

(5)UNESCO Public Library Manifesto.
https://www.ifla.org/wp-content/uploads/2019/05/assets/public-libraries/documents/unesco-public-library-manifesto-1972.pdf, (accessed 2023-12-31).
今まど子訳. ユネスコ公共図書館宣言. 図書館雑誌. 1973, 67(8), p. 332-333.

(6)Maheu, René. Books for all : 1972 International Book Year. The UNESCO Courier. 1972, 1972, p. 4-5.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000078271, (accessed 2023-12-31).

(7)Malhotra, Dina N. The book famine in developing countries. UNESCO Bulletin for Libraries. 1970, 24, p. 211-215.

(8)この時点で、ユネスコ加盟国は128か国にまで拡大していた。
“Member countries of UNESCO”. WorldData.info.
https://www.worlddata.info/alliances/unesco.php, (accessed 2023-12-31).

(9)村上泰子, 北克一. 1994年ユネスコ公共図書館宣言改訂の動向. 図書館界. 1996, 47, p. 290-297.
http://hdl.handle.net/10112/6190, (参照 2023-12-31).

(10)IFLA公共図書館分科会編, 森耕一訳. 公共図書館のガイドライン. 日本図書館協会, 1987, p. 17-18.

(11)IFLA. IFLA/UNESCO Public Library Manifesto 1994.
https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/168/1/pl-manifesto-en.pdf, (accessed 2023-12-31).
“ユネスコ公共図書館宣言1994年”. 日本図書館協会.
https://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/237/Default.aspx, (参照 2023-12-31).

(12)IFLA; UNESCO. IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022.
https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/2006/1/IFLA-UNESCO%20Public%20Library%20Manifesto%202022.pdf, (accessed 2023-12-31).

(13)“The Mission of the Public Library Today: Exploring what’s new in the Public Library Manifesto”. IFLA. 2022-07-15.
https://blogs.ifla.org/lpa/2022/07/15/the-mission-of-the-public-library-today-exploring-whats-new-in-the-public-library-manifesto/, (accessed 2023-12-31).

(14)“Librarians Have Spoken! Over 750 Responses to the Public Library Manifesto Survey Received”. IFLA. 2020-06-04.
https://www.ifla.org/news/librarians-have-spoken-over-750-responses-to-the-public-library-manifesto-survey-received/, (accessed 2023-12-31).

(15)長倉美恵子, 永田治樹, 日本図書館協会国際交流事業委員会訳. IFLA-UNESCO 公共図書館宣言 2022.
https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/2766/1/IFLA_UNESCO%20Public%20Library%20Manifesto%202022-Japanese.pdf, (参照 2023-12-31).
長倉美恵子, 永田治樹, 日本図書館協会国際交流事業委員会訳. ユネスコ公共図書館宣言2022. 図書館雑誌. 2023, 117(6), p. 347-349.

(16)以下の末尾に法の抄訳が掲載されている。
奈良詩織. フランスにおける公共図書館及び公読書に関する法律. 外国の立法. 2023, (295), p. 35-56.
https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/12650661, (参照 2023-12-31).

(17)この法の立案過程において,ロベール(Sylvie Robert)議員(元老院)が,開館時間の拡大に関して,ユネスコ公共図書館宣言が根拠になったと言明していた。ただしその言明のあったウェブサイトが追跡できない。
“Remise du rapport de Sylvie Robert sur l’adaptation et l’extension des horaires d’ouverture des bibliothèques publiques de France”. Ministère de la Culture.
https://www.culture.gouv.fr/Thematiques/Livre-et-lecture/Actualites/Remise-du-rapport-de-Sylvie-Robert-sur-l-adaptation-et-l-extension-des-horaires-d-ouverture-des-bibliotheques-publiques-de-France, (accessed 2023-12-31).

(18)IFLA Section Public Libraries. Executive Guide: Implementation of the IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022: 10 Steps for Advocacy.
https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/2777/1/10%20steps%20manifesto%20advocacy.pdf, (accessed 2023-12-31).

(19)“The IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022”. IFLA.
https://www.ifla.org/public-library-manifesto/, (accessed 2023-12-31).

(20)“IFLA/UNESCO Public library Manifesto Webinar : recording now available”. IFLA. 2023-01-31.
https://www.ifla.org/news/ifla-unesco-public-library-manifesto-webinar-norway-and-sweden/, (accessed 2023-12-31).

(21)新出. IFLA/UNESCO公共図書館宣言2022. 図書館雑誌. 2023, 117, p. 120.

(22)三浦太郎. 図書館界の国際協調―IFLAロッテルダム大会. 図書館雑誌. 2023, 117, p. 756.

(23)“IFLA Governing Board Decides on WLIC 2024”. IFLA. 2023-08-11.
https://www.ifla.org/news/gb-decides-on-wlic-2024/, (accessed 2023-12-31).

[受理:2024-02-09]


永田治樹. 「ユネスコ公共図書館宣言2022」:2022年版に至る歩みとその活用. カレントアウェアネス. 2024, (359), CA2056, p. 2-4.
https://current.ndl.go.jp/ca2056
DOI:
https://doi.org/10.11501/13391589


Nagata Haruki
IFLA-UNESCO Public Library Manifesto 2022:Progress towards the 2022 edition and its utilization