E2624 – 若手研究者向けオープンサイエンス実践ガイド(オランダ)

カレントアウェアネス-E

No.463 2023.09.07

 

 E2624

若手研究者向けオープンサイエンス実践ガイド(オランダ)

北海道大学附属図書館・三上絢子(みかみあやこ)

 

  2023年5月、オランダ大学図書館・王立図書館コンソーシアム(UKB)等が、同国の大学および研究機関に所属する若手研究者を対象としたオープンサイエンスの実践ガイド “Open Science: A Practical Guide for Early-Career Researchers”(以下「ガイド」)を公開した。ガイドでは研究活動における段階ごとの取組やツールが数多く紹介されている。以下、ガイドの内容について簡単に紹介する。

●研究プロジェクトの準備

  研究プロジェクトの準備として、以下等が挙げられている。

  • 研究の早期の段階で専門家や企業、政策決定者等のステークホルダーを探して情報発信を行うことは、現実の課題と強く対応した研究活動を行う助けとなり、研究プロジェクトのインパクトを高めることも期待できる。
  • 研究に関連した資料を収集するためには、各種のオープンアクセス(OA)資料の情報を含んだ無料の検索エンジン(Lens.org、OpenALEX等)が利用できる。
  • 心理学等の定量的な分析や統計を扱う分野においては、研究の透明性を確保し再現性を高めるため、研究開始時に理論や仮説等をあらかじめ登録・共有しておく「事前登録」が行われている。
  • 収集したOA資料を利用する際には、付与されたライセンス(Creative Commons等)を確認することが強く推奨される。

●データの収集と解析

  研究を通して随時生成されるデータを再現可能かつオープンな形で管理するためには、研究の開始段階から研究データ管理計画(DMP)(CA1983参照)を作成しておき、生成時から研究終了後に至るまでのデータの管理方法を明確にしておくことが不可欠である。

  ソフトウェア、アルゴリズム、ソースコードを用いた解析結果はそのバージョンに依存する場合もある。ファイルを保存するだけでは再現性を保証することは難しい(CA2025参照)ため、使用した全てのソフトウェアのバージョンを明記しておくことが重要である。

●執筆と研究成果の公開

  オープンサイエンスの観点から、研究成果はOAとして出版することが最も望ましい。ゴールドOAは、論文にライセンスを付けて即時OAで公開するモデルであり、著者が論文処理費用(APC)を負担する場合もある。ゴールドOAモデルは、適切な査読よりもAPCによる利益を上げることを優先する、いわゆるハゲタカジャーナルの登場も招いているため(CA1960参照)、OA出版者の信頼性を確認することが望ましい。筆頭著者がオランダの大学に所属している場合、大学のコンソーシアムである「オランダの大学」(UNL)と出版社間の合意により、1万タイトル以上の雑誌においてAPCは基本的に全額免除となる。

  一方、出版時に論文をOAにできない場合には、機関リポジトリ等で論文を公開するグリーンOAとして出版することができる。この場合は著作権譲渡契約で定められたエンバーゴ期間が経過した後に公開する必要があるほか、論文の再利用を認めるようなライセンスの付与もできないことが多い(E2346参照)。オランダの大学に所属する著者は改正著作権法(Taverne Amendment)第25fa条により、6か月のエンバーゴ期間の後、著作権譲渡契約の内容に関わらず、最終出版版を機関リポジトリ上で公開することが可能である。

  また、研究に使用したデータについても、可能な限り公開することが推奨されている。データ共有の際にはFAIR原則(E2052参照)に従うことが望ましい。

●研究成果の発信と評価

  従来の査読は、著者と査読者の双方が身元を伏せた上で、査読内容を他者に公開しない形で行われてきた。これに対し、査読内容を公表する、査読者、または著者と査読者の両方の身元を公開した上で査読を進めるといった、よりオープンな形での査読を勧める動きもある(CA2001参照)。また、公開後の論文等に対する議論を促進する狙いから、出版済の論文に公開コメントを付けられる「出版後査読」の導入も進んでいる。出版後査読のプラットフォームを提供する学術雑誌は徐々に増えてきているほか、“PubPeer”や“Hypothes.is”等の汎用的な出版後査読プラットフォームも存在する。

  従来の研究評価においては、高いインパクトファクターを持つ学術雑誌に投稿することが研究の質と影響力を保証する確かな指標であると考えられてきた。しかし、現在ではソーシャルメディアによる発信を通じて、研究のインパクトや引用の機会を増やすことも可能である。オープンサイエンスによる研究評価においても、学術雑誌等の出版物についての指標ではなく、研究そのものの影響力に焦点を当てることが重要とされている。オランダの政府、大学、研究資金助成機関は、従来のような学術雑誌の権威ではなく、政策や実用化への影響等のより幅広いインパクトを考慮すべきであるとした「研究評価に関するサンフランシスコ宣言」(DORA;CA2005E2561参照)に署名している。

●さいごに

  ガイドではほかにもオープンサイエンスに関連したサービスを数多く紹介している。日本国内においても2023年1月に科学技術振興機構(JST)がDORAに署名する等、ガイドの内容とも関連した動きが見られる。これからの日本のオープンサイエンスの動向に注目する上でも、ガイドは参考になると思われる。

Ref:
Brinkman, Loek; Dijk, Elly; De Jonge, Hans; Loorbach, Nicole; Rutten, Daan. Open Science: A Practical Guide for Early-Career Researchers. UKB, 2023, 32p.
https://doi.org/10.5281/zenodo.7716152
LENS.ORG.
https://www.lens.org/
OpenAlex.
https://openalex.org/
Think. Check. Submit.
https://thinkchecksubmit.org/journals/japanese/
PUBPEER.
https://pubpeer.com/static/about
Hypothes.is.
https://web.hypothes.is/
“Publisher deals”. open access.nl.
https://www.openaccess.nl/en/in-the-netherlands/publisher-deals
“研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)に署名”. 科学技術振興機構. 2023-04-11.
https://www.jst.go.jp/osirase/2023/20230411.html
山形知実. 著作権とライセンスからみるオープンアクセスの現況. カレントアウェアネス-E. 2021, (406), E2346.
https://current.ndl.go.jp/e2346
八塚茂. FAIR原則と生命科学分野における取組状況. カレントアウェアネス-E. 2018, (353), E2052.
https://current.ndl.go.jp/e2052
標葉隆馬. 欧州における「研究評価の改革に関する合意」とその展開. カレントアウェアネス-E. 2022, (438), E2561.
https://current.ndl.go.jp/e2561
常川真央. Machine-actionable DMPs(maDMPs)の動向. カレントアウェアネス. 2020, (345), CA1983, p. 12-15.
https://doi.org/10.11501/11546853
西岡千文. 再現性・複製可能性と研究図書館. カレントアウェアネス. 2022, (353), CA2025, p. 9-11.
https://doi.org/10.11501/12345003
千葉浩之. ハゲタカジャーナル問題 : 大学図書館員の視点から. カレントアウェアネス. 2019, (341), CA1960, p. 12-14.
https://doi.org/10.11501/11359093
佐藤翔. オープン査読の動向:背景、範囲、その是非. カレントアウェアネス. 2021, (348), CA2001, p. 20-25.
https://doi.org/10.11501/11688293
林隆之, 佐々木結. DORAから「責任ある研究評価」へ:研究評価指標の新たな展開. カレントアウェアネス. 2021, (349), CA2005, p. 12-16.
https://doi.org/10.11501/11727159