E2561 – 欧州における「研究評価の改革に関する合意」とその展開

カレントアウェアネス-E

No.438 2022.12.08

 

 E2561

欧州における「研究評価の改革に関する合意」とその展開

大阪大学社会技術共創研究センター・標葉隆馬(しねはりゅうま)

 

●はじめに

  先端的な知識の生産が鍵を握る現代において,知識生産のためのより良いエコシステムの構築が,科学技術政策上の大きな関心事となっている。そして,研究評価は重要な役割を担う。

  研究評価が持つ主な役割としては,「研究費の効果的・効率的配分」,「研究開発活動の振興・促進」,「説明責任」などが指摘されてきたが,研究評価の現在の在り方が果たして適切なものであるのかは絶えず問われ,各国で試行錯誤が繰り返されてきた。またいくつかの国際的な合意,あるいは研究評価に対するある程度標準的とみなされるような議論がまとめられてきたといえる。

  本稿ではそのような展開を短く概観しながら,2022年7月に欧州において最終合意された「研究評価の改革に関する合意」(Agreement on Reforming Research Assessment)の内容について紹介することにしたい。

●研究評価に関する議論の展開

  研究評価,とりわけ計量書誌学的な指標を用いた評価に対してはかねてよりその活用に際しての限界と課題が指摘されてきた。

  その中で代表的なものとして,「研究評価に関するサンフランシスコ宣言」(DORA)や「研究計量に関するライデン声明」がある。ここで指摘されている事項は,量的指標の使用に限らず,研究評価システムにおいて留意されるべき課題や前提条件もある程度包含する原則群と考えられる。より多様な評価の在り方が志向されているという点で共通しており,幅広い視点を包摂する評価の在り方が模索されている。

  このような議論をもとに,英国のイングランド高等教育財団カウンシル(HEFCE)の独立委員会から2015年に発表された「メトリクスの潮流」では「責任ある研究・イノベーション」(RRI)の視点を参照しながら,「責任ある研究測定」というコンセプトが提起されている。

  そして,最近では,「多様で包摂的な研究文化のもとで,複数の異なる特性を有する質の高い研究を促し,把握し,報奨するような評価のアプローチを指す包括的用語」として「責任ある研究評価」(RRA)という言葉も登場している。

  これらの議論については詳しくは林氏と佐々木氏の論考を参照されたい(CA2005 参照)。

●「研究評価の改革に関する合意」

  2022年7月に成立・発行された「研究評価の改革に関する合意」は,欧州委員会(EC),欧州大学協会(EUA),Science Europeなどが主体となっており,350以上の研究機関・組織が関心を表明しており,今後2023年末までの合意への参加,2027年末までの評価システム見直し等への取り組みの推進などが期待されている。この合意は,主として以下の10の提案から構成されている(下記主文のみ仮訳)。

  1. 研究のニーズや性質に応じて,研究への貢献やキャリアに多様性があることを認識する。
  2. 研究評価は,主にピアレビューを中心とした定性的評価に基づくものであり,定量的指標の責任ある活用により支援される。
  3. 研究評価において,ジャーナルや出版物に基づく評価基準,特にインパクトファクター(IF)やh-indexの不適切な利用をやめる。
  4. 研究評価において,研究機関のランキングを使用することを避ける。
  5. 研究評価の改革に必要な資源を投入し,組織的な改革を実現する。
  6. 研究評価基準,ツール,プロセスの見直しと開発を行う。
  7. 研究評価改革に対する認識を高め,評価基準やプロセス,またその使用方法について透明性のあるコミュニケーション,ガイダンス,トレーニングを提供する。
  8. 欧州の連合内外の相互学習を可能にするための実践と経験の交換を行う。
  9. 原則の遵守と組織的なコミットメントの実施に関する進捗を共有する。
  10. 確かなエビデンスと最先端の調査研究に基づき,実践,基準,ツールを評価し,エビデンス収集と研究に関するデータをオープンにする。

  この合意文書で論じられる中身は,これまでに概観してきた研究評価をめぐる議論を踏まえたものとなっている。とりわけ,研究活動やそこに参加する人の多様性への認識の強調(必然的に多様な評価の必要性が求められる),不適切な研究評価や指標の使用をなくしていくこと,研究ランキングの濫用の回避,評価をめぐる改革への組織的コミットなどが強調されている点は,これまでの国際的な議論の流れからするとごく自然なものではあるものの,改めて強調された意味は大きいと言える。またこれらの改革は,研究の自治や研究公正にも貢献するものであると考えられている点,また評価基準とプロセスの原理として「質とインパクト」,「多様性・包摂性・協働」の視点が強調されている点も重要である。

●日本に対する示唆

  研究評価,そして評価をめぐる取り扱いの議論は,現在日本においても注目を集めているテーマである。しかしながら,研究活動の活発化にせよ,限られた資源の効果的運用にせよ,あるいはどのような評価制度の改革であれ,ここまでに叙述したような過去の議論の蓄積と教訓を踏まえながら行われないならば,期待されるような効果は得られないだろう。研究者側も,政策担当者側も,現在世界的に行われている政策枠組みや評価システムの課題を巡る試行錯誤を十分に把握することが必要であり,研究評価をめぐる議論へ積極的に参加をしていくことが期待される。

Ref:
日本学術会議. 提言 学術の振興に寄与する研究評価を目指して―望ましい研究評価に向けた課題と展望―. 2021, 95p.
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-t312-1.pdf
“研究評価に関するサンフランシスコ宣言”. DORA.
https://sfdora.org/read/read-the-declaration-japanese
Agreement on Reforming Research Assessment. 2022, 23p.
https://coara.eu/app/uploads/2022/09/2022_07_19_rra_agreement_final.pdf
Hicks, Diana et al. Bibliometrics: The Leiden Manifesto for research metrics. Nature. 2015, vol. 520, p. 429-431.
https://doi.org/10.1038/520429a
小野寺夏生,伊神正貫.研究計量に関するライデン声明について.STI Horizon. 2016, vol. 2, no. 4, p. 35-39.
http://doi.org/10.15108/stih.00050
Wilsdon, James et al. The Metric Tide: Report of the Independent Review of the Role of Metrics in Research Assessment and Management. HEFCE, 2015, 163p.
https://doi.org/10.13140/RG.2.1.4929.1363
標葉隆馬. 責任ある科学技術ガバナンス概論. ナカニシヤ出版, 2020, 303p.
三成美保. 日本学術会議の研究評価に関する提言について. カレントアウェアネス-E. 2022, (431), E2476.
https://current.ndl.go.jp/e2476
林隆之, 佐々木結. DORAから「責任ある研究評価」へ:研究評価指標の新たな展開. カレントアウェアネス. 2021, (349), CA2005, p. 12-16.
https://doi.org/10.11501/11727159