E2560 – フランスの図書館にみる公共:みんなに届けるための地方分権

カレントアウェアネス-E

No.448 2022.12.08

 

 E2560

フランスの図書館にみる公共:みんなに届けるための地方分権

金城学院大学文学部・薬師院はるみ(やくしいんはるみ)

 

  2022年7月付で,フランスの文化省と文化に関する地方公共団体全国連盟(Fédération Nationale des Collectivités Territoriales pour la Culture:FNCC)の協力により,『地域の図書館:国による支援措置と議員の証言』(以下「便覧」)が作成され,翌8月よりそれら両機関やフランス図書館員協会(ABF)等のウェブサイトで公開されている。

  便覧の主な対象範囲は,フランスで地方分権法が制定された1982年より現在に至るまでの約40年間である。便覧にもあるように,この間,フランスの各地域は時代の要請にも応えながら図書館を大きく発展させてきた。フランスの地域の図書館が担うべき最も重要な役割は公読書活動であるとされている。公共文化施設である地域の図書館には,読書を公共のもの,すなわち,みんなの手に届くものにするという役割が課せられているのである。

  ただし,今日,公読書の「読書」には,そのための能力や機会,環境といった意味も込められるようになっている。加えて,現在,公読書は,文字だけではなく,音や映像など,記録可能なあらゆる知識や文化や情報に関することも含めた表現として使用されている。そのため,公読書活動は,あらゆる紙媒体資料はもちろん,電子媒体も含む多様な資料を用いて実施されているのである。また今日フランスの地域の図書館は,貸出しに代表される伝統的な役割のみならず,第三の場としての機能も果たしている。

  便覧によれば,1982年当時において,フランスの地域の図書館は,様々な面で不十分な状態だったということである。しかし,例えば,2021年3月の国民議会文化教育委員会による報告書にも記されているように,現在,フランスには図書館が1万6,500館存在し,人々は平均してそれぞれ図書館から歩いて20分以内に住んでいる。同報告書及び便覧にもあるように,今や地域の図書館は,フランスにおける最も身近な文化施設なのである。ただし,その背景には,国からの財政措置を含む積極的な支援があった。その役割を果たすため,便覧に記されているように,同じく1982年に,地域の図書館を管轄する文化省図書局は図書読書局に改組され,その予算も2倍に増額された。

  便覧は2部構成となっている。第1部では,まず,地域の図書館ならではの存在意義が改めて確認されている。便覧では政治的な切り札(atout)という単語が採用されているのだが,要するに,図書館という公共文化施設が持つ政策的優位点ということである。次いで,40年の変遷を概観する章と,新しい役割に着目した章が設けられている。その上で,2021年12月制定の「図書館と公読書の発達に関する法律」,すなわち「図書館法」や「ロベール法」などと通称されている法律や,公読書に関する地域の組織網の形成ないし充実など,近年の特筆すべき出来事が,元老院議員ロベール(Sylvie Robert)氏等,関係者による証言を交えながら記録されている。

  第2部では,国による支援措置,とりわけ財政的支援を利用して改築や開館時間の延長など,図書館活動の充実を実現した地域や,公読書憲章を定めた地域など,各地の事例が当該地方議員の証言を交えながら紹介されている。というのも便覧では,地方の図書館は,当該地方議員が採用した文化政策を体現するものとみなしているからである。

  フランスでは,地方分権政策で国の権限の多くが地域に移譲され,地域の図書館の運営も,それぞれ当該地域が担うことになっている。そのため,1982年の地方分権法には,「権限移譲に起因する負担の純増分は,全て財源の移譲により補償される」と規定され,1983年1月の権限配分法で地方分権一般助成基金の制度が創設された。1986年には,この助成基金を図書館にも適用することが定められ,この措置により,多くの地域が図書館の活性化を実現させた。例えば,1990年代から2000年代にかけて,フランス本国の計12か所で,地域拠点図書館が次々と開館したのだが,それらにしても,地方分権一般助成基金を受けて創設されたものである。

  国による支援は金銭面だけに留まらない。地域の図書館を発展させるための全国計画がいくつも実施されている。例えば,2016年には,「もっと開く,よりよく開く」等の標語の下で,日曜開館や開館時間を増やすための計画が開始された。もちろん,この計画も,地方分権一般助成基金の対象となっている。

  上記「図書館法」を引用する形で便覧にも記されているように,図書館の使命は,全ての人に文化,情報,教育,研究,知識,そして娯楽を平等に保証することである。そのためフランスでは,地方分権政策下,むしろそうであるからこそ,国による地方への積極的な支援がなされ続けているのである。

Ref:
Le ministère de la Culture ; La fédération nationale des collectivités territoriales pour la culture. Bibliothèques territoriales : dispositifs d’accompagnement de l’État et témoignages d’élus. 2022, 109p.
https://www.fncc.fr/wp-content/uploads/2022/08/guide_livre_mcc_fncc_juillet_2022%C2%B0.pdf
Bergé, Aurore; Tolmont, Sylvie. Mission « flash » sur les suites données au rapport Orsenna-Corbin sur les bibliothèques. Commission des Affaires Culturelles et de l’Éducation, Assemblée nationale, 2021, 19p.
https://www2.assemblee-nationale.fr/content/download/336465/3293502/version/1/file/Communication+MI+flash+biblioth%C3%A8ques.pdf
薬師院はるみ. フランスの〈図書館法〉. 中部図書館情報学会誌. 2022, 62(104), p. 41-51.
https://doi.org/10.57491/chuubuslis.62.104_41
“Article 102 de la loi n° 82-213 du 2 mars 1982 relative aux droits et libertés des communes, des départements et des régions (Version en vigueur du 03 mars 1982 au 24 février 1996)”. Légifrance.
https://www.legifrance.gouv.fr/loda/article_lc/LEGIARTI000006338547/1984-01-27
“Article 96 de la loi n°83-8 du 7 janvier 1983 relative à la répartition de compétences entre les communes, les départements, les régions et l’État. (Version en vigueur depuis le 09 janvier 1983)”. Légifrance.
https://www.legifrance.gouv.fr/loda/article_lc/LEGIARTI000006338844/1983-01-09/#LEGIARTI000006338844
“Décret n°86-424 du 12 mars 1986 relatif au concours particulier de la dotation générale de décentralisation pour les bibliothèques municipales. (Version en vigueur au 15 mars 1986)”. Légifrance.
https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000000337514/1986-03-15
Toulouse Métropole. Charte de la lecture publique de Toulouse Métropole: Lire, comprendre, innover, coopérer. 2016, 23p.
https://web.archive.org/web/20170313160155/https://www.toulouse.fr/documents/4171884/10703805/Charte+Lecture+Publique/63e5a873-49a6-475e-b6a6-9b5fe0eb983d
薬師院はるみ. フランスの地域拠点図書館と地方制度改革. 図書館界. 2014, 66(4), p. 254-267.
https://doi.org/10.20628/toshokankai.66.4_254
薬師院はるみ. 休日労働という言語矛盾: フランスの図書館員が問いかける課題. 図書館雑誌. 2022, 1(116), p. 40-41.