CA1777 – 動向レビュー:利用者要求にもとづくコレクション構築:大学図書館における電子書籍を対象としたPDAを中心に / 小山憲司

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カレントアウェアネス
No.313 2012年9月20日

 

CA1777

動向レビュー

 

利用者要求にもとづくコレクション構築:
大学図書館における電子書籍を対象としたPDAを中心に

 

日本大学文理学部:小山憲司(こやまけんじ)

はじめに

 PDA(Patron-Driven Acquisitions)とは、利用者からの要求をきっかけとして資料を収集し、コレクションを構築するしくみのことで、DDA(Demand-Driven Acquisitions)やPOD(Purchase On Demand)などともよばれる。College & Research Libraries Newsの2012年6月号に掲載された、「2012年、大学図書館の動向トップ10」の一つに電子書籍のPDAが取り上げられたり(E1306参照)(1)、米国教育諮問会議(Education Advisory Board)の報告書『大学図書館の再定義』(2011年)において、デジタル・コレクションを活用する方策の一つとして、電子書籍のPDAが扱われたりするなど(E1255参照)(2)、米国の大学図書館界、そして高等教育界において、広く注目されるトピックとなっている(E1310参照)。

 PDAは、図書館間相互貸借(ILL)の依頼を契機とした資料の購入なども含む幅広い活動であるが、本稿では電子書籍を対象としたプログラムを中心に扱う(3)。また、本稿では、電子書籍のPDAのしくみやその効果を紹介するとともに、学術情報のデジタル化によって米国の大学図書館界の蔵書構築法がどのように変化してきているのかについて考察する。

 

1. 利用者要求とコレクション構築、そしてPDA

 利用者の要求に沿ったコレクション構築は、これまでも行われてきた。たとえば、教員による図書の推薦や学生を対象としたリクエスト制度があげられる。

 伝統的に図書館は、利用者の顕在化された要求はもちろん、潜在的な需要をも視野に入れたコレクションの構築を目指してきた。ジャスト・イン・ケース(Just in case)モデル、すなわちこれから起こるであろう利用者からの情報要求を見越して、事前に準備をしておくという方法である。しかしながら、一つの図書館で、すべての資料要求をまかなうには限界がある。そのため、図書館はこれを補うサービスとして、ILLを発展させてきたが、依頼から入手までの手続きや物理的な配送をともなうILLは、即時性という意味で利用者の要求に十分応えてはいなかった。

 1990年代後半に始まった学術情報の電子化とその普及は、情報要求の補完を目的としたILLサービスに大きな影響を与えつつある。特に、学術雑誌の電子化は、ビッグ・ディール契約(CA1586参照)にもとづく電子ジャーナルの大量導入(収集)を可能にし、いつでも、どこからでも求める論文を入手できる環境を整備した。また、図書館が購読契約していない雑誌掲載論文も、ペイ・パー・ビュー(pay-per-view)を使えば、すぐに利用できる。雑誌の電子化と同時に、抄録を含む論文情報もまた電子化、公開されたことにより、二次情報データベースはもちろん、検索エンジンなどからも検索できるようになり、論文の発見可能性が高まったことも重要な変化の一つである。

 同様の変化が図書の世界にも起きつつある。それが電子書籍を対象としたPDAの導入である。

 これまで図書館は、利用者の求める冊子体図書を所蔵していない場合、収集方針や予算に照らして新たに購入するか、他館が所蔵する図書をILLを通じて提供するのが一般的であった。いずれの場合も手続きや配送に時間がかかるため、利用に供するまでに早くても数日を要した。一方、要求のあった図書が電子書籍であれば、図書館が購入契約の手続きさえすれば、利用者にすぐに提供できる。しかしながら、利用者自らが「利用したい」と申し出なくてはならないこと、また購入契約の手続きに手間と時間がかかることという課題が依然として残る。電子書籍利用のハードルをできるかぎり下げるするとともに、利用という形で表れた情報要求を図書館が把握し、コレクション構築に生かすためのしくみがPDAである。

 

2. PDAのしくみ

 では、具体的にPDAとはどのようなしくみなのであろうか。ここでは、PDAを提供するベンダ(4)の一つであるEbooks CorporationのEbook Library(EBL)を利用している米国のデンバー大学(University of Denver)(5)、およびテキサス大学オースティン校(University of Texas, Austin)(6)の事例を参考に、PDAのしくみを紹介する。

 PDAの基本的な流れは、(1)利用者に発見してもらうための準備、(2)利用、(3)利用にもとづく購入、である。順を追って説明していこう。

 

(1) 利用者に発見してもらうための準備
 PDAは、その名称が示すとおり、利用者からの要求に応じて電子書籍を購入するしくみであるため、利用者が発見できるような何らかのしかけが必要になる。そこで用いられるのがOPACである。

 図書館は、自館に適切と思われる電子書籍の条件をプロファイルとして設定し、EBLが用意する電子書籍コレクションのなかから、プロファイルに合致する電子書籍の書誌情報(MARCレコード)をOPACに登録する。こうすることで、利用者は、図書館のOPACを使って、未契約の電子書籍であっても、他の所蔵資料(アクセス権のある資料を含む)と同様に検索できる。

 EBLのプロファイルでは、電子書籍の価格、出版社、出版年、主題の4つの条件が設定できる。各大学の実情に応じて、前もって購入対象とする電子書籍の範囲を設定できるのである。また、プロファイルに合ったMARCレコードが週に1回、提供される。

 

(2) 利用
 利用者がOPACで検索した電子書籍は、最初の5分間は無料で利用できる。われわれは本を選ぶ際に、ぱらぱらとめくって本の内容を確認する、いわゆるブラウジングをよく行うが、この5分間はそのための時間である。

 5分を過ぎる、あるいは貸出手続きがとられると、その電子書籍は、短期貸出(Short-term loan)の状態となる。短期貸出とは、利用された電子書籍を図書館がすぐに購入するのではなく、ベンダからのレンタルという形で利用者に提供できるサービスである。短期貸出にかかる1回あたりの費用は、その図書の価格のおおよそ5%から15%程度である。

 

(3)利用にもとづく購入
 図書館は、ある一定の利用実績を満たした時点(これをトリガー・ポイントという)で、その電子書籍を購入する。たとえば、短期貸出が一定の回数に達したら、自動的にその図書を購入するといった具合である。EBLを利用するデンバー大学では4回目を、テキサス大学オースティン校では3回目をトリガー・ポイントとしていた。

 

3. PDA登場の背景

 PDAの採用には、電子書籍の登場と普及によるところが大きいが、それは図書の電子化という、単なる技術的側面だけが背景にあるのではない。そこにあるのは、米国の大学図書館がデジタル環境の進展に対応し、いかに利用者が求めるサービスを適切かつ効率的に提供できるかについて、コスト意識をもって検討し、実践してきたことのあらわれともいえよう。

  

図 北米研究図書館協会加盟大学の図書館資料費の推移(単位:100万ドル)
図 北米研究図書館協会加盟大学の図書館資料費の推移(単位:100万ドル)

出典:Association of Research Libraries. “Electronic Resources and Materials Expenditures in ARL University Libraries, 1992-2010”(7)を元に筆者が作成。

 

 図は、北米研究図書館協会(Association of Research Libraries)加盟館における、過去10年間の図書館資料費の推移を示したものである。資料費全体は増加傾向にあるが、その主たる要因は、電子ジャーナル経費の増加である。2009-10年に電子ジャーナルへの支出が全体の50%を超える一方で、冊子体を含むその他の資料費は、ピーク時の2001-02年から約27%減少した。電子書籍の購入経費を加えても約18%減少していることから、電子ジャーナル経費の増加が、他の資料の購入に少なからず負の影響を与えていると推察される。

 図書館スペースの狭隘化も、解決すべき課題の一つとなっている。増え続ける資料の保管場所をどのように確保するかは重要な課題である。一方で、第2章で紹介したデンバー大学では、2000年から2004年の5年間に登録された図書約12万7千冊のうち、1回も利用のなかった図書が約4割にのぼったという事実もある(8)。利用されるであろう図書を前もって購入して準備し、排架・保管し、利用に供するという伝統的なコレクション構築方法の課題が明らかになったともいえる。

 電子書籍のPDAは、まさにこれらの課題を解消できるプログラムである。PDAの場合、購入費用はある一定の利用後から発生するので、初期導入コストがかからない。また、図書館が所蔵(契約)していない資料も検索対象にできるので、利用者の発見可能性の幅を広げられる。そして、利用者が資料を求めるちょうどそのときに、すぐに提供できる。いわば、ジャスト・イン・ケースからジャスト・イン・タイム(Just in time)へのモデルの転換ともいえる(9)

 経済情勢の厳しいなか、大学、そして図書館もこれと無縁ではいられない。投資に見合った効果が生み出されているかという、投資対効果(Return on investment:ROI)への言及もたびたび目にするようになってきた(CA1627参照)。費用負担を抑えつつも、利用者に必要な資料を必要なときに、すぐに提供できるモデルであるPDAが注目される理由がここにある。

 

4. PDAの評価

 PDAは、どのような効果をもたらしているのであろうか。まずは、普及状況等の調査から、PDAに対する評価を確認してみよう。

 米国のウェルズリー・カレッジ(Wellesley College)図書館のリナレス(Deborah Lenares)らが2010年3月に250機関を対象に行った調査(10)では、32機関がすでにPDAを実施していると回答した。また、42機関が今後1年以内に、90機関が今後3年の間にPDAを実施する計画があると回答している。PDAを実施していると回答した32機関のうち、過去6か月の間に開始した機関が47%を占め、過去1年間では59%と半数以上にのぼる。PDAが急速に普及している様子が確認される。PDAに対する満足度を尋ねた設問では、「とても満足している」が50%、「満足している」が38%であり、導入している図書館での満足度は高い。

 では、PDAによってどの程度の効果が得られているのであろうか。ここでは、EBLのソーズ(David Swords)による分析をもとに(11)、特にコスト面での効果について紹介する。

 表は、オーストラリアのビクトリア州、米国のニュージャージーおよびカリフォルニア州にある3大学が2009年12月から2010年12月の1年間に、EBLのPDAを利用した結果をまとめたものである。

 

表 EBLを利用したPDAの導入事例
表 EBLを利用したPDAの導入事例

出典:Swords, David A. “Elements of Demand-Driven Model”. Swords, David A. ed. Patron-driven Acquisitions: History and Best Practices, Berlin, De Gruyter Saur, 2011, p. 169-180.に掲載された表を元に筆者が作成。

 

 いずれの大学も、12万から15万タイトル(購入価格に換算して約1,100万ドル)の電子書籍を対象にPDAを行った。第2章で説明したとおり、EBLでは5分間の無料利用(ブラウジング)が認められており、各大学で、少なくともブラウジングまでたどりついたタイトル数は、ビクトリア州の大学で15.7%(19,032タイトル)、ニュージャージー州の大学で4.0%(6,022タイトル)、カリフォルニア州の大学で1.9%(2,763タイトル)であった。

 短期貸出1回あたりの費用をみるとそれぞれ、10.2ドル、8.7ドル、15.0ドルであった。さらに、購入に至ったタイトル数はそれぞれ1,121タイトル、125タイトル、34タイトルとなった。

 1年間のPDAによる支出は、ビクトリア州の大学で201,255ドル、ニュージャージー州の大学で40,048ドル、カリフォルニア州の大学で31,031ドルであった。これは、購入に至った電子書籍の費用のそれぞれ1.9倍、4.3倍、11.8倍となっている。これまでのコレクション構築ではかなわなかった幅広い資料へのアクセス機会を提供し、かつ1回あたり9ドルから15ドルの負担で、1ないし2回の利用要求を数多く満たすことができたという点は評価できよう。

 

5. まとめと今後の課題

 本稿では、電子書籍を対象としたPDAについて、そのしくみと背景、効果について論じてきた。電子書籍の特徴を生かしたコレクション構築手法として、PDAは大きな効果が期待できることを確認したが、その一方で課題も指摘されている(12)

 たとえば、用意したコレクションのうち、何タイトルの電子書籍が購入に至るのかが予測しにくいため、予算の確保や管理が難しいということがあげられる。ただ、このことは第4章でみたようなケース・スタディが蓄積されれば、おおよその予測がつけられるようになるだろう。

 PDAでは、伝統的な手法によって構築されたコレクションでは内容まで確認できなかった大量の電子書籍にアクセスできるようになる。しかし、大量の資料が用意されることと、そのなかから適切な資料を探し出すことは別物である。たくさんの情報のなかから利用者自身が必要な情報を検索できるよう支援する(情報リテラシー教育やレファレンス・サービスなど)、あるいは利用者に見合った情報に案内する(パスファインダーなど)といったサービスは、ますます重要になるだろう。

 また、PDAは購入こそ利用者の行動が引き金になっているが、そのためのコレクションを構築するのは、やはり図書館員の仕事である。所属する大学の学生や研究者がなにを求めているのか、大学は、各学部は、各研究科はどのような目標を設定し、そのためにどのような学習、研究を推進しているのか、そしてどのような教育や研究の手法が用いられているのかなど、図書館員は図書館の外にも活動の場を広げ、これらを理解する必要がある。同時に、電子書籍を対象としたPDAは、冊子体図書では把握が難しかった利用者の利用行動をログという形で記録し、分析に活用できる。こうしたデータを活用し、より積極的なコレクション構築に生かしていく、新たなサービス・モデルの開発も期待される。

 

(1) ACRL Research Planning and Review Committee. “2012 top ten trends in academic libraries: A review of the trends and issues affecting academic libraries in higher education”. College & Research Libraries News. 2012, 73(6), p. 311-320.
http://crln.acrl.org/content/73/6/311.full, (accessed 2012-08-06).

(2) University Leadership Council. “Redefining the Academic Library: Managing the Migration to Digital Information Services”. The Advisory Board Company.
http://www.educationadvisoryboard.com/pdf/23634-EAB-Redefining-the-Academic-Library.pdf, (accessed 2012-08-06).

(3) なお、PDAを特集しているCollection Managementの35巻3-4号は、PDAを広くとらえ、関係論文を収録しているので、参照されたい。
Collection Management. 2010, 35(3/4).

(4) PDAを提供するアグリゲータ系ベンダは、Ebooks Corporation(サービス名EBook library)のほか、EBSCOhost(eBooks on EBSCOhost)、Ingram(MyiLibrary)、ProQuest(ebrary)がある。EBLは、もっとも早くPDAを開始したベンダで(2003年)、19万タイトル以上の電子書籍を提供している。EBSCOhostやProQuestのサービスでは、10ページ以上の閲覧が電子書籍購入のトリガー・ポイントになっているのに対し、EBLは短期貸出の実績をトリガー・ポイントとしている点に特徴がある。なお、これら4つのベンダが提供するPDAの特徴は、次の文献に詳しい。
Polanka, Sue et al. “Patron-driven Business Models: History, Today’s Landscape, and Opportunities”. Swords. David A. et al. ed., Patron-driven Acquisitions: History and Best Practices. Berlin, De Gruyter Saur, 2011, p. 119-135.

(5) Levine-Clark, Michael. “Building a Demand-Driven Collection: The University of Denver Experience”. Swords. David A. et al. ed., Patron-driven Acquisitions: History and Best Practices. Berlin, De Gruyter Saur, 2011, p. 45-60.

(6) Dillon, Dennis. “Texas Demand-Driven Acquisitions: Controlling Costs in a Large-Scale PDA Program”. Swords. David A. et al. ed., Patron-driven Acquisitions: History and Best Practices. Berlin, De Gruyter Saur, 2011, p. 157-167.

(7) Association of Research Libraries. “Electronic Resources and Materials Expenditures in ARL University Libraries, 1992-2010”.
http://www.arl.org/bm~doc/t7_emat_intro.xls, (accessed 2012-08-06).

(8) Levine-Clark. op. cit., p. 47.
なお、このことは、USACO News 212号(2010年11月号)でも取り上げられている。
“Topics: Patron-Driven Acquisition:利用者主導の選書方法”. USACO News.
http://www.usaco.co.jp/u_news/un2fc212.html#topics, (参照 2012-08-06).

(9) この表現は、PDAを扱うさまざまな文献で登場する。たとえば、エスポジト(Joseph Esposito)は、the scholarly kitchenというウェブサイトでPDAに関するさまざまな論考を投稿しているが、その一つで「図書館は、図書が必要とされるちょうどそのときに(just in case)、それらを購入してきた。しかし、PDAでは購入はちょうどそのとき(just in time)、すなわちオンデマンドで行われる」と表現している。
Esposito, Joseph. “The Financial Impact of Patron-driven Acquisitions on University Presses”. the scholarly kitchen. 2012-05-15.
http://scholarlykitchen.sspnet.org/2012/05/15/the-financial-impact-of-patron-driven-acquisitions-on-university-presses/, (accessed 2012-08-06).

(10) Lenares, Deborah et al. “Give the people what they want: Patron Driven Acquisition: Results and reflections on a survey completed by Publishers Communication Group”.
http://www.libraries.wright.edu/noshelfrequired/wp-content/uploads/2010/04/PDA-Survey-STM-Final.pptx, (accessed 2012-08-06).

(11) Swords, David A. “Elements of Demand-Driven Model”. Swords. David A. et al. ed., Patron-driven Acquisitions: History and Best Practices. Berlin, De Gruyter Saur, 2011, p. 169-180.

(12) たとえば、PDAについての多くのブログ記事を執筆しているアンダーソン(Rick Anderson)は、次の記事で、PDAの問題点などについてQ&A形式で紹介している。
Anderson, Rick. “What Patron-Driven Acquisition (PDA) Does and Doesn’t Mean: An FAQ”. the scholarly kitchen. 2011-05-31.
http://scholarlykitchen.sspnet.org/2011/05/31/what-patron-driven-acquisition-pda-does-and-doesnt-mean-an-faq/, (accessed 2012-08-06).

[受理:2012-08-17]

 


小山憲司. 利用者要求にもとづくコレクション構築:大学図書館における電子書籍を対象としたPDAを中心に. カレントアウェアネス. 2012, (313), CA1777, p. 18-21.
http://current.ndl.go.jp/ca1777