CA1776 – 数字でみるイラン児童書の昨今の出版状況 / 酒井貴美子

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カレントアウェアネス
No.313 2012年9月20日

 

CA1776

 

 

数字でみるイラン児童書の昨今の出版状況

 

国際子ども図書館資料情報課:酒井貴美子(さかいきみこ)

はじめに

 筆者の働いている国際子ども図書館は「世界のすぐれた児童書を集める」を、収集方針のひとつにしている。現在のところ外国書担当は3人である。この3人で世界を分割しているので、チンギスハーンもアレキサンダー大王もびっくりの広大な版図がそれぞれの担当となる。中東地域は私の担当地域のひとつである。しかし、選書して、はるばる旅をして国際子ども図書館にたどり着いてくれた資料はみな可愛い。この可愛い資料たちをどうしたらもっと知ってもらえるだろうとは私ども外国書担当がいつも考えていることである。

 そうした日々の中で4、5年前のことだったと記憶するが、ある図書館関係の方に「イランに児童書なんてあるんですか?」と言われたことがあった。まさに、「うちの可愛いイランの児童書の存在を否定する発言」である。今回は機会をいただいたのを幸いに、日頃の児童書の選書を通じて知りえたイランの児童書の出版状況などを述べてみることにする。

 

1. イランの児童書の出版数

 イランの児童書の選書に使うツールやサイトはいくつかあるが、筆者が最も便利に使っているのは「本の家」発行の「今月の児童書(Kitāb-i Māh Kudak va Nujuvān、英文名:Iranian Children & Adult Youth’s Book Review & Information Journal. Monthly)」という月刊誌である。

 「本の家」は文化イスラム指導省に属する機関で、イランで出版される本についての情報を提供するために1993年に創設された。雑誌やデータベースなどさまざまな形で本に関する情報を提供するほか、ブック・フェスティバルを開催したり、ベスト・ブックやいくつかの賞の選定にも関わったりしている。

 しかし、「本の家」が文化イスラム指導省に属しているということについては別の見方もある。イランには検閲制度があり、イランのあらゆるメディアは検閲の対象である。児童書といえども例外ではない。そして、こうした検閲を行っているのがこの文化イスラム指導省なのである。そのせいか、「本の家」は出版物についての情報を、値段、ページ数に至るまでかなり詳しく把握しているようである。

 「本の家」による分野別出版統計のうち児童書部分を抽出したのが下記の図1である。

図1 2002-2010年の児童書出版数

図1 2002-2010年の児童書出版数

出典:““Iran’s Publication Statistics” from site”. Book House”を元に筆者が作成した(1)

  

 日本の場合は出版統計に出るのは新刊のみなので、重版の扱いは不明だが、イランでは各年とも重版の数が新刊よりも多いことがわかる。2005年に出版数の急激な増加がみられるが、これはイラン政府が出版振興のために、出版社に対する税金免除、用紙の安価な供給、資金貸付などを行ったことによる。ただ、この出版振興策は良い面ばかりではなく、税金免除などを受けるため出版界に参入し、どんな本でも一冊出すという形ばかりの出版社も出現した。その結果として、出版数が増えたという事情もある(2)。こうした出版社は翻訳書を出すことはないので翻訳書の増加は見られなかった。

 

2. 価格帯、出版部数、ページ数、出版社など

 「今月の児童書」には、児童書・学習参考書の出版数、「一番安い本、高い本」「一番刷りを重ねた本」「一番出版部数の多い本、少ない本」などが記載された「一目で:****年**月に出版された児童書統計報告(Dar Yak-i Nigāh:Guzārsh-i Āmāry-i Kitāb’hā-yi Kudak va Nujuvān muntash shudh dar ****)」という表が、毎月掲載されている。それぞれの「一番」には書名、著者(訳者がある場合は訳者も)、出版社名、ページ数、出版部数、定価、刷が記載されている。2010-2011年の1年間の月ごとの「一番」は下記の表の通りである(3)

 

表 2010-2011年の月ごとの「一番」の価格、出版部数、ページ数など
表 2010-2011年の月ごとの「一番」の価格、出版部数、ページ数など

出典:Dar Yak-i Nigāh. Kitāb-i Māh Kudak va Nujuvān. No.159- No.170を元に筆者が作成した。
※リヤルから円の換算は2012年7月21日のレート、1,000リヤル=6.6円を使用。

 

 この表によってイランの児童書出版の様子を覗いてみる。

 まず、一番安い本は、750リヤルの『たべもの大好き』である。これは日本のサンリオで出版された浅野ななみ監修『ハローキティのしつけえkkほん』の中の1冊『なんでもたべよう』の翻訳本である。この本は既に12刷を重ね、今回の出版部数は5,500部となっている。『ハローキティのしつけえほん』は全部で8冊刊行されているが、すべて翻訳されている。750リヤルは初版の価格のようで、販売サイト(4)では、現在は10,000リヤルとなっている。

 現在の価格で一番安いのは1,150リヤルのアブド・アル・タワーブ・ユーセフ『夕べの話』である。これはアラビア語からの翻訳のようで、上述の販売サイトに掲載された表紙及び、この著者の他の著作は主に預言者ムハンマドに関するものであることから類推すると、同書もイスラム関係の本のようである。初版で出版部数は5,000部である。

 一番高い本は250,000リヤルで3点あるがいずれも百科事典である。そのうちひとつは『なぜなぜオドロキ百科事典:青少年の質問に答える』の12版目で、出版部数は2,200部出ている。もうひとつはその13版目である。もう1冊は『天文と宇宙百科事典』の2版目で5,000部出ている。この本は、2012年の児童書科学部門の翻訳(何語からか不明)で、先に述べた「本の家」主催のブック・フェスティバルでベスト・ブックに選ばれている。

 一番刷を重ねている本は134刷であるが、『数学分野別練習:小学5年生』という学習参考書である。30,000リヤルで5,000部出ている。100刷以上のものはいずれも数学の学習参考書で毎回5,000部ずつ刷り増ししているようである。

 一番部数が多く出ている本として100,000部が2つある。ひとつは『一番容易にできるデザインと絵画の教育:本書の利用によりデザインと絵画を子どもたちにうまく教えられる』という教師用指導書で、4版目で価格は8,000リヤルである。もうひとつは『青い波の国にて』という価格表示がない初版12ページの冊子である。

 一番部数が少ない本は200部で、『試験勉強(4と3)基礎5(天才児)』というもので値段は29,000リヤル、2版目である。

 一番ページ数が多いのは、1,016ページの“Le Robert junior poche”でこれは子ども向けの仏仏辞典である。初版、値段は90,000リヤル、1,000部出ている。これに次いでページ数が多いのは864ページのJ. K. ローリング『ハリーポッターと死の秘宝』で、12版目で2,000部出ている。価格は90,000リヤルである。「ハリーポッター」シリーズはすべて翻訳出版されている。オルコット『若草物語』も498ページでリストに入っている。2版目で部数は3,000部、価格は85,000リヤルである。

 一番ページが少ないのは4ページの絵本『フルフリーと魔法の色』2版目、5,000部出ていて価格は25,000リヤルである。6ページのものとして『まるまるふとっちょ』初版、3,000部、価格は7,000リヤルである。ページ数が8ページくらいの絵本はたいていのものが良く親しまれている話で、イラン作家によるものだが、10ページの絵本に英語からの翻訳でメリー・アン・ドゥドコ『バーニーの色でびっくり』が登場している。このバーニーは、米国で作られた幼児向け英語教育「バーニー&フレンズ」というシリーズのキャラクターである。

 

3. 児童書主題図書目録

 「今月の児童書」にはCDが付いており、雑誌本体と「児童書主題図書目録(Fihrast-i Kitāb’hā-yi Muzuʿi Kudak va Nujuvān, Kitāb-i Māh Kudak va Nujuvān)」が入っている。この「児童書主題図書目録」には初版で発行されたものすべてと再版でも注目すべき本、役立つと思われる本が、国際十進分類表(UDC)に基づき主題別に掲載されている。国際十進分類表では4門を未定義としているが、この「児童書主題図書目録」では言語として使用している。いくつかの本については内容紹介も付いている。2011年7月から2012年1月までにこのカタログで紹介された児童書の数は下記の図2のようになる。

 

図2 2011年7月~2012年1月までの主題別児童書紹介点数(国際十進分類表)
図2 2011年7月~2012年1月までの主題別児童書紹介点数(国際十進分類表)

出典:Fihrast-i Kitāb’hā-yi Muzuʿi Kudak va Nujuvān, Kitāb-i Māh Kudak va Nujuvān. No.167- No.172 収録分を元に筆者が作成した。
※期間はイラン暦の「特定月の後半」と「次の月の前半」を合算したものになっている。日の特定ができないので、例えば「イラン月4月(ティール)の後半とイラン月5月(モルダード)の前半」は西暦で「2011/7~8」と表示した。

 

 全般的にみると8門の「文学」が突出しているが、これは幼児向けのものも含めて絵本や児童文学、またはっきりした主題に分類されない本がすべてここに集中しているためと思われる。

 各部門の詳細は次のとおりである。

 0門(総記)の133点中、113点(85.0%)は百科事典である。8点(7.0%)はコンピューター関係、6点(5.3%)は『小さな学者:探求観察』、『知識探求案内』といった書名の知識関係、残りはメディア、新聞などについてである。

 1門(哲学・心理学)62点中、52点(83.3%)は心理学関係である。6点(9.7%)が倫理関係、4点(6.4%)が哲学関連である。

 2門(宗教・神学)423点中、421点(99.5%)は「イスラム教」である。1点はキリスト教関係、残り1点はその他である。

 3門(社会科学)597点中、328点(54.9%)は「初等教育」、51点(8.5%)が「団体・経営・専門教育」、23点(3.8%)が「大衆文化」、残りは「社会学」「社会サービス」「コミュニケーション」などである。

 4門(言語)465点中、188点(40.4%)はペルシャ語の表記、文法などのペルシャ語関連である。「イランの言語」27点(5.8%)という項目は多言語国家であるイランの諸語が含まれる。英文法、英語の表記などもあるが、「応用英語」242点(52.0%)が4門の半分以上を占めている。「応用英語」というのは、英語の練習問題、会話などを含む英語全般である。これに対してアラビア語は4点で非常に少ない。イランでは中学1年生からアラビア語が必修であるが、学習参考書・児童書の世界では完全に英語に圧倒されている。

 5門(自然科学・数学)625点中、239点(38.2%)は「数学」である。これには数学の練習問題なども含まれるのでこの数になるのであろう。ただし、数学の練習問題などはほとんど初版のみがあげられているだけである。数学関連では「計算」「幾何」「確率」など分野を特定したものもあり、これらは全部で21点ある。これらを加えると数学は260点(41.6%)となる。158点(25.3%)は「自然科学関係教育・研究・主題」である。この2つの項目以外では、「動物学」と「動物関連」を合わせた48点(7.6%)、「天文学」「天体及び天体現象」「地球」を合わせた数が31点(4.9%)の他は、「物理」「化学」「電気」「地質学・水質学」「古生物学」「生物学」「生命科学」「鉱物学」「植物学」「細菌学」などの多数の項目が5点以下の点数で並んでいる。「児童書主題図書目録」での内容紹介がもっとも多いのはこの部門である。

 6門(応用科学・医学・工学)89点中、20点(34.2%)は「生理学」で、19点(21.3%)が「公衆及び個人衛生」である。「建設工学」「食品科学」「果樹」などの項目もあるが、数はそれほど多くない。

 7門(芸術・スポーツ)208点中、62点(29.8%)は「絵画と絵画作品」である。「装飾芸術」55点(26.4%)がこれに続く。「遊び・レクリエーション」は28点(13.5%)。意外なのは音楽関連が「声楽」「楽器」「児童をテーマにした音楽」などを合わせても7点(3.3%)に過ぎないことである。同じ芸術分野の「絵画」に比べると少ない。

 8門(文学)は1,753点で、全体でもっとも点数が多い。635点(36.2%)が「ペルシャ語の物語」、514点(29.3%)が「ペルシャ語の詩」である。詩の点数の多さはイランにおける詩の位置を示すものとして興味深い。ペルシャ語文学関連としては「ペルシャ語の劇」「ペルシャ語の風刺」などもあるが、数はそれほど多くない。「外国文学」は528点(30.1%)である。日本の場合はだいたい25%から30%の間(5)で、イランのほうがやや翻訳の割合が高い。

 9門(地理・歴史・伝記)は82点で、うち53点(64.6%)が「イラン史」である。その他は各国、各地域が1、2点ずつ並ぶ。イランの歴史はアケメネス朝ペルシャ(紀元前5世紀)から始まるとされる。イラン人のアイデンティティーはこのイランの長い歴史と、イスラムとしての歴史の間で揺れ動いているといわれる。1925~1988年のパーレビ朝は、このイランの長い歴史にイラン人のアイデンティティーを置いた。イスラムとしてのイランは長い歴史からすればほんの一時期であるという考え方である。しかし、イスラム革命後のイランは、何よりもイスラム国家としてのイランに重点を置いている。2門の「イスラム教」421点と、9門の「イラン史」53点の刊行点数の差が、今のイランを象徴しているのかもしれない。

 

最後に

 現在、国際子ども図書館は、ペルシャ語の児童書・参考図書約1,000冊を所蔵している。イランの児童書を見たいが、国際子ども図書館まで行くのはちょっと面倒という方は、子どもの本の国際電子図書館(International Children’s Digital Library:ICDL)のサイト(6)にアクセスすれば出版社はやや限られるものの、ある程度の数のイランの児童書を閲覧できる。美しいイランの児童書をもっと知っていただきたいというのが担当者の願いである。また、イランに限らず、ある国を考える際に「どこの国にも児童書はある」という単純な事実を念頭に置いていただければと思う。

 

(1) この表は同サイトの英文ページに掲載されている。ペルシャ語のページの統計は「あなたはここにアクセスする権限がありません」という言葉でブロックされている。期間を西暦で表記していることも含めて国外向けの統計と思われる。
“Iran’s Publication Statistics from site”. Book House.
http://www.ketab.ir/Statisticsen.aspx, (accessed 2012-07-30).

(2) Shahabadi, Hamidreza. The Children’s Book Market in Islamic Country :In Search of Bilateral Relations. IJB-Report .2005, 23(2), p. 4-5.

(3) この表には、その月一番本を出した出版社、著者、訳者の記載もあるが、半年分、一年分を同じ月に出版する場合もあり、あまり意味を持たないのでこの部分は削った。

(4) 販売サイトはいくつかあるが、たとえば、「本の金曜日(Ādine Bok)」がある。
Ādine Bok. http://www.adinebook.com/, (accessed 2012-08-09).
本文の販売サイトでの言及はすべてこのサイトを参照しての言及である。

(5) NDL-OPACで出版年、請求記号、言語の組み合わせで検索した結果である。
NDL-OPAC. https://ndlopac.ndl.go.jp/, (参照 2012-07-30).

(6) 2012年8月16日現在で466冊が閲覧可能である。
International Children’s Digital Library.
http://en.childrenslibrary.org/, (accessed 2012-08-16).

[受理:2012-08-21]

 


酒井貴美子. 数字でみるイラン児童書の昨今の出版状況. カレントアウェアネス. 2012, (313), CA1776, p. 13-17.
http://current.ndl.go.jp/ca1776