E2476 – 日本学術会議の研究評価に関する提言について

カレントアウェアネス-E

No.431 2022.03.03

 

 E2476

日本学術会議の研究評価に関する提言について

奈良女子大学教授・三成美保(みつなりみほ)

 

  2021年11月,日本学術会議が,研究評価の望ましい在り方を提言した包括的文書として,提言「学術の振興に寄与する研究評価を目指して-望ましい研究評価に向けた課題と展望-」(以下「提言」)を公開した。本稿では提言の背景・概要について紹介する。

●研究評価をめぐる現状-定量的指標への「過度の依存」への警戒

  研究評価制度は1990年代に本格化し始めた。それは,2004年の国立大学法人化に代表される大学改革の推進とともに,日本の国際競争力を高めるという成長戦略の一環であった。しかし,現実にはむしろ論文数が減り,日本の「研究力低下」が嘆かれている。また,研究評価はアカデミアのピアレビュー(専門家による評価)のみに委ねられるのではなく,大学・研究機関の機関評価(予算配分)や研究者個人の人事評定に使われるようになり,特定の定量的評価指標(数値指標)が一人歩きしている。

  数値指標は一見わかりやすく,客観的エビデンスとして有効なように見える。しかし,数値の恣意的操作の可能性は排除されておらず,数値化できる対象や期間は限定される。例えば,「運営交付金等コスト当たりTOP10%論文数」,「ジャーナルインパクトファクター」,「被引用数」等の頻用される指標も,国際ジャーナルを前提としており,書籍や国内ジャーナルは対象外である。そのため,研究者が数値に反映されやすい研究テーマやジャーナルを選ばざるを得ないという弊害が顕著になっている。発表媒体・使用言語・社会的インパクトが多様で,「スローサイエンス」としての特性をもつ人文社会科学の分野は,そもそも定量的評価になじまない。

  研究評価をめぐって長年の蓄積がある欧米では,定量的指標への「過度の依存」が強く警告されている。2012年のサンフランシスコ宣言(DORA)や2015年のライデン声明を始めとする国際文書では,研究評価の基本は各分野の特性を活かした定性的評価にあり,定量的評価はあくまで補助的に用いるべきと指摘されている(CA2005参照)。

  研究評価をめぐっては,日本学術会議も何度か検討を行ってきた。2008年対外報告では,研究評価の目的は説明責任を果たすことと研究の質を高めることにあるとした。2012年提言「我が国の研究評価システムの在り方 ~研究者を育成・支援する評価システムへの転換~」では,研究評価のメタ評価の必要性を指摘し,専門人材の育成を求めた。2021年提言は,これらの先行提言を継承している。

●日本学術会議「研究評価」提言-6提言

  提言本文は,6章構成をとる。第1章では本提言の背景と目的,第2章では日本における研究評価の制度化と現状,第3章では「定量的評価手法の問い直し」を掲げた代表的な4つの国際文書,第4章では諸外国の動向を紹介した。第5章は分野別特性に応じた新しい研究評価の方向性を示した。最後の第6章で6つの課題を提言した(以下「6提言」)。

  6提言は,提言1「研究評価の目的に即した評価設計の必要性」,提言2「研究評価における研究の多様性の尊重」,提言3「研究評価手法の基本原則」,提言4「研究評価と資源配分」,提言5「定性的評価の信頼性の確保」,提言6「科学者コミュニティの責務」からなる。

  提言1および3においては,資源配分に研究評価を連動させる場合には定性的評価を基本とすべきであることや,定量的評価指標を個人の研究評価に不用意に用いることは多様な目的を有する研究活動を阻害する恐れがあることなどを述べている。

  提言2「研究の多様性」は文理を問わず,もっとも尊重されるべき価値である。多様性こそ独創性の根源だからである。現在の研究評価の最大の問題は,評価手法の偏りと評価対象の限定にある。こうした限界を克服するには,定量的指標への過度の依存傾向を脱し,従来の研究評価からほとんど排除されてきた社会的インパクトの結果や経過を適切に評価に組み込む必要がある。新しい試みの一つが,提言でも言及されている「生産的相互作用」という考え方である。これは,学術界・産業界・行政・NPO・市民などの多様なアクターが結びつきながら社会的インパクトが形成される過程を評価しようとするというものである。

  資源配分は提言4,評価設計は提言5で取り上げている。今日,欧州14か国で「研究成果に基づく資源配分」が行われているが,研究成果の向上につながるというエビデンスは示されていない。また,論文生産数に強く相関するのは予算や人員であり,日本の「研究力の低下」の根本的原因も,国立大学法人化以降の予算と人員の削減にある。大学の研究力を定量的指標で測り,「選択と集中」原理に基づいて大学を差異化し,予算配分にメリハリをつけても効果は薄い。4つの国際文書でも,評価の透明性と公正性を確保するために制度設計上の「熟慮」が求められており,その上で「責任ある研究評価・測定」などの見直しの方向性が示されている。

  提言6は,科学者コミュニティの責務を改めて明言した。研究活動は公的資金に多くを負う。したがって,研究の意義と評価結果をわかりやすく市民社会に説明する義務がある。定量的指標に代わり,研究の多様性を活かした評価手法を開発する責務は,科学者コミュニティの側にある。

●図書館への期待-市民社会による研究利用の可視化

  定性的評価の信頼度を高めるためには,評価結果を検証できるデータシステムの構築が不可欠である。その核として期待されるのは,予算配分者からも研究者の所属機関からも独立している,あらゆる学術分野を包摂して人や情報が集結する機関であろう。

  特に,図書館は学術界と市民社会をつなぐ「生産的相互作用」の拠点となり得る。書籍や論文などの研究成果が,地域の活性化や文化の伝承,災害対策,社会問題解決のために,市民や行政によって研究がどのように活用されているのか。社会的インパクトを可視化することは,「総合知」に基づく社会変革型のイノベーション創出に寄与するだけでなく,市民のさまざまな活動をエンパワメントすることにもつながる。図書館の今後の取り組みに大いに期待したい。

Ref:
日本学術会議. 提言 学術の振興に寄与する研究評価を目指して-望ましい研究評価に向けた課題と展望-. 2021, 95p.
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-t312-1.pdf
日本学術会議第一部人文・社会科学の役割とその振興に関する分科会. 提言 学術の総合的発展をめざして―人文・社会科学からの提言―. 2017, 38p.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t242-2.pdf
日本学術会議研究にかかわる「評価システム」の在り方検討委員会. 対外報告 我が国における研究評価の現状とその在り方について. 2008, 21p.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t51-3.pdf
日本学術会議研究にかかわる「評価システム」の在り方検討委員会. 提言 我が国の研究評価システムの在り方 ~研究者を育成・支援する評価システムへの転換~. 2012, 46p.
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t163-1.pdf
林隆之, 佐々木結. DORAから「責任ある研究評価」へ:研究評価指標の新たな展開. カレントアウェアネス. 2021, (349), CA2005, p. 12-16.
https://doi.org/10.11501/11727159