E2632 – JCR2022にみるジャーナル・インパクトファクターと研究評価

カレントアウェアネス-E

No.465 2023.10.05

 

 E2632

JCR2022にみるジャーナル・インパクトファクターと研究評価

東京農業大学学術情報課程・棚橋佳子(たなはしよしこ)

 

  2023年6月28日、Clarivate社が、学術ジャーナルの引用統計年刊レポートであるJournal Citation Reportsの2023年版(JCR2022)をリリースした。大きな変更点が2点あり、1点目はジャーナル・インパクトファクターの拡張付与、2点目はその数値表記における小数点以下3桁から1桁への変更である。本稿では変更の背景と今後について概観する。

●変更の概要

  JCR2022から、ジャーナル・インパクトファクター(以下「JIF」)の付与が、引用索引データベースであるWeb of Science Core Collection(以下「WoSCC」)に収録されているすべてのジャーナルに拡張された。これまでは、WoSCCのうち、自然科学分野のScience Citation Index Expanded(以下「SCIE」)と社会科学分野のSocial Science Citation Index(以下「SSCI」)の収録誌のみにJIFが付与されていた。今回の変更により、芸術・人文科学分野のArts and Humanities Citation Index(以下「AHCI」)と、WoSCC引用インパクトの収録基準には達していないが重要な全分野のジャーナルを対象とするEmerging Sources Citation Index(以下「ESCI」)の収録誌に、新規にJIFが付与され、そのジャーナル数はWoSCCに収録されている約2万1,500誌のうち、9,136誌にものぼる。日本で出版されるジャーナルでは97誌(AHCI 4誌、ESCI 93誌)にJIFが付与された。また、JIFの小数点以下の桁数が3桁から1桁に変更された。

●変更の背景

  科学的エビデンスに基づく研究評価システムが模索される中、定量的指標の不適切な評価実践を避けるため、2010年代に、専門家集団から研究評価に対する提言が出された。研究評価にJIFを使うことに警鐘を鳴らしたものとして、2012年の「研究評価に関するサンフランシスコ宣言」(DORA;CA2005E2561参照)と2015年の「研究計量に関するライデン声明」がある。

  DORAでは、JIFはそもそも図書館員が購入すべきジャーナルを判断する際の補助ツールであり、論文に示された研究内容の科学的品質を測るためのものではないとして、学術機関、研究補助金助成機関、出版社、研究者等それぞれに向けて、JIFの扱いに対し注意勧告を行った。またDORAはJIFの計算に用いられるデータは不透明であると指摘した。これに対応して、Clarivate社はJCR2017から、JIFの計算に用いられた論文情報と引用情報を明示するようになった。

  また、ライデン声明は、JIFの小数点以下3桁表示のわずかな差でジャーナルを評価する意味はなく、誤った精緻性を避けるべきである、と強く求めていた。Clarivate社が、JIFの小数点以下3桁を1桁の表記に変更することで、ライデン声明の提言に応えたことになる。

●変更がもたらすインパクトと今後の予定

  今回の変更は、JIFの分野内での相対的な位置を表す指標である“JIF quartiles”(JIF四分位)に影響を及ぼす。JIF四分位とは、分野の中でJIFが上位25%であるジャーナルをQ1とし、Q2(25%より大きく50%以下)、Q3(50%より大きく75%以下)、Q4(75%より大きく100%以下)と4つに割り当て、当該ジャーナルがどのような位置にあるかを示す指標であり、JIFを用いてジャーナルを比較分析する際に利用される。今年のJCR2022までは、JIF分野ランキングはSCIEとSSCIのみで提供されてきたが、来年のJCR2023からは、JIF分野ランキングとJIF四分位がAHCIとESCIの収録誌にも割り当てられる予定である。

  JIFの小数点以下の桁数が1桁表示になると、これまでの3桁表示に比べて多くの同順位ジャーナルが存在するようになり、JIF四分位分布が不ぞろいになる。Clarivate社はJIFが同位である場合の事例を検証し、その一例として昆虫学においてJIF小数点以下桁数の3桁と1桁の場合を、それぞれ四分位に割り当てた結果を公表している。この表記変更は、JIFの数値が上下することで一喜一憂する風潮を改め、定量的指標の適切な利用を促すことが期待される。JIFにおいて同位のジャーナルが増えるので、単一指標のみに頼るのでなく、JIF四分位や他の指標と共にバランス良く用いてジャーナルを多面的に評価することが推奨される。

●段階的なアプローチ

  Clarivate社はJIFに関わる変更について、段階的なアプローチを取っている。JCR2020ではAHCIとESCIに収録されるジャーナルを加え、各分野にどのようなジャーナルが分類されているかを明らかにした。JCR2022では、AHCIとESCIにJIFが付与され、来年のJCR2023では、JIF分野ランキングが一元化される。Clarivate社は、こうした変更がそれぞれどのようにJIFの分野ジャーナルランキングに個別に影響するか、透明性を持ってデータ比較ができるように意図している。今後、JIF付与の拡大がJCR上のジャーナルランキングにどのように影響し、各分野のJIF四分位の変化として反映されるか、データを比較分析して見極めていくことが必要である。特にESCIに収録誌が多い分野があるため、ESCIの一元化によって母集団数が増えることになるSSCIの分野ランキングについては、変更前後のJIF四分位に留意したい。

●さいごに

  今回の変更は、JIFという単一の指標に過剰に依存する傾向を是正し、JIFによる不適切な研究評価の見直しを促すという意義がある。ジャーナルの動向をみるJIFランキングが大きく揺れ動く訳ではないが、引用のされにくい分野や小規模学会誌も含めて、取りこぼしなく引用分析ができるようになった。ESCI収録誌でJIFが明示されて分野内の位置をアピールできる学会誌も出てきている。今後も、JIF関連の引用分析は分野ごとの学術動向を知るには有効な手段の一つである。変更による影響をそれぞれの分野で確認しながら、日頃の学術動向・引用分析に生かされたい。

Ref:
“Clarivate announces changes to the 2023 Journal Citation Reports”. Clarivate. 2022-07-26.
https://clarivate.com/news/clarivate-announces-changes-to-the-2023-journal-citation-reports/
“First time Journal Citation Reports inclusion list 2023”. Clarivate.
https://clarivate.com/first-time-journal-citation-reports-inclusion-list-2023/
“Mapping the path to future changes in the Journal Citation Reports”. Clarivate. 2023-03-07.
https://clarivate.com/blog/mapping-the-path-to-future-changes-in-the-journal-citation-reports/
“A primer on ties in the JCR”. Clarivate. 2023-04-20.
https://clarivate.com/blog/a-primer-on-ties-in-the-jcr/
Adams, Jonathan; McVeigh, Marie; Pendlebury, David; Szomszor, Martin. Profiles, not metrics. Clarivate Analytics, 2019, 9p.
https://clarivate.com/webofsciencegroup/wp-content/uploads/sites/2/dlm_uploads/2019/07/WOS_ISI_Report_ProfilesNotMetrics_008.pdf
棚橋佳子. ジャーナル・インパクトファクターの基礎知識:ライデン声明以降のJIF. 樹村房, 2022, 147p.
標葉隆馬. 欧州における「研究評価の改革に関する合意」とその展開. カレントアウェアネス-E. 2022, (438), E2561.
https://current.ndl.go.jp/e2561
林隆之, 佐々木結. DORAから「責任ある研究評価」へ:研究評価指標の新たな展開. カレントアウェアネス. 2021, (349), CA2005, p. 12-16.
https://doi.org/10.11501/11727159