カレントアウェアネス
No.341 2019年9月20日
CA1960
ハゲタカジャーナル問題 : 大学図書館員の視点から
北海道大学北キャンパス図書室:千葉浩之(ちばひろゆき)
1. 日本におけるハゲタカジャーナル問題の表面化
金儲けのみを目的とした粗悪学術誌、いわゆるハゲタカジャーナル(1)の問題は、国際的にはpredatory publishingとして以前より認知され、様々な議論や対応がなされてきた。国内でも既に栗山が主題的に論じている(2)が、2018年の一連の毎日新聞の報道によって広く知られるようになった(3)。とりわけ、過去15年弱の間に日本から5,000本超の論文がハゲタカジャーナルに掲載されたとの調査結果(4)は重く受け止められ、研究者に対して注意を呼びかける動きが見受けられる(5)。
筆者も2018年10月に研究者向けに注意喚起のレクチャーを行った(6)。本稿では、大学図書館員の立場から、この問題の整理を試みる。
2. ハゲタカジャーナルの出現と不透明な実態
ハゲタカジャーナルを論じるうえでオープンアクセス(OA)運動との関係は切り離せない。学術情報、とりわけ学術論文をインターネット上で誰もが無償で利用できるようにするOAには大きく分けてふたつの方法がある。ひとつはグリーンOAで、出版社が定めた期間の経過後に出版社が認めた原稿を著者自身が機関リポジトリなどで公開する。もうひとつがゴールドOAで、論文処理費用(APC)を著者が支払うことで、原稿ではなく出版された論文そのものを公開する。
ゴールドOAのビジネスモデルは究極的には読者を必要としない。これを悪用して、APCによる収益のみを目的とし、査読が不適切ないしは全く行われていないと疑われる学術誌が現れた。研究者を食い物にする様を想起して、これらをハゲタカジャーナルと呼ぶ。実際に米国連邦取引委員会から研究者を欺いたかどで告訴され、裁判所により制裁金の支払いを命じられた出版社もある(7)。
とはいえ、多くの場合、ハゲタカジャーナルの実態は不透明である。毎日新聞の調査に協力した和田が「内通者がいない限り「無査読」を証明することはできない」(8)と指摘するように、根本的には疑惑の域を出ない。また、疑わしいと名指しすることは、当該出版社から苦情や訴訟を受けるリスクを伴うため、明らかにしがたい。
不透明さが残る一方で、ハゲタカジャーナルと疑われる特徴が数多く報告されており(9)、そこから実態を窺い知ることができる。例えば、大量の電子メールによる投稿の呼び掛け、迅速な査読や短期間での掲載の保証、APCや出版プロセスの不明示、作りが雑なウェブサイト、影響力のある学術誌であるかのような誤解を抱かせる指標(10)の表示などである。
なお、ハゲタカジャーナルと単純に低レベルの学術誌との違いは、前者が「虚偽あるいは過剰な宣伝」を行う点にあると和田は指摘している(11)。
3. ハゲタカジャーナルを巡る問題
不注意でそれとは知らずにハゲタカジャーナルへ投稿し、そこに論文が掲載された場合、以下の問題が懸念される。
まずは、不当に高額なAPCの請求といった金銭的なトラブルが起こりうる。また、適切な査読の中で行われうる修正や改善がない状態で論文が出版されてしまう。さらに、こうした出版社がOAを維持するコストを担うとは考えにくく、いつのまにか論文が消える恐れがある。一度論文が消えると、冊子版がないため、消えた論文業績を証明する術がない。
次に、掲載後にハゲタカジャーナルと公になった場合、OAなのでウェブ検索によって掲載論文や著者の特定は容易であり、査読の不備による研究成果への信用低下は避けられない。また、撤回したくてもジャーナル側が応じない恐れがある。その場合、別の健全な学術誌への再投稿は二重投稿という研究不正になりうる。また、騙し取られたAPCの原資が公的資金であれば、著者やその所属組織への社会的な批判も考えられる。
論文の流通面に目を向けると、査読によるチェックが不十分な論文をもとに別の研究が展開される事態は、学術研究全体に悪影響を及ぼす。有料の学術論文データベースはハゲタカジャーナルを収録しないようにしているため、それらを用いた論文検索でアクセスされる可能性は極めて低いが、OAによる伝播は侮れない。既に有名学術誌掲載論文の中にもハゲタカジャーナル掲載論文を引用したものがあると報告されている(12)。
一方で、研究者がハゲタカジャーナルへ投稿する要因は無知や不注意だけとは言い切れない。健全な学術誌への投稿が何度もリジェクトされてきた場合や、論文業績ノルマとして国際誌掲載本数が課される場合においては、研究者はハゲタカジャーナルからの誘いに応じてしまう恐れがある(13)。
4. ハゲタカジャーナルを見分ける方法
ハゲタカジャーナルと疑われる学術誌やその出版社については、これまでジェフリー・ビール(Jefrey Beall)によるリスト(いわゆるBeall’s List)が公開されており、見分ける手がかりになっていた。このリストは2017年1月に削除された(14)が、現在は匿名の有志が更新している(15)。また、機関向けの有料サービスだが、Cabell’s International社もハゲタカジャーナルと疑われる学術誌のリストを提供している(16)。
逆に、健全な学術誌ないしは出版社を把握する方法もある。Directory of Open Access Journals(DOAJ:OA学術誌要覧)(17)には厳しい審査基準を通ったOA学術誌が収録されている。また、出版社がCommittee on Publication Ethics(COPE:出版規範委員会)(18)やOpen Access Scholarly Publishers Association(OASPA:OA学術出版社協会)(19)に所属しているか否かも判断材料となる。さらに、Quality Open Access Market(QOAM)(20)のように著者による評価を集め、数値化する試みもある。
また、有料の学術論文データベース、例えば、Web of ScienceやScopusはその品質を保つために収録学術誌の選定基準があり、これらへの収録有無も拠り所となる(21)。ただし、これらのデータベース提供元でさえハゲタカジャーナルを完全に除外することは難しく、収録学術誌の見直しが定期的になされている(22)。例 えば、Oncotarget誌は2015年7月からBeall’s Listに掲載(23)されつつもWeb of Scienceに収録されていた。同誌は2016年版(2017年6月更新)までJournal Impact Factor(JIF)が腫瘍学分野で上位25%に入る有力誌だった(24)が、2018年の9巻4号を最後にWeb of Scienceでの収録が中止され(25)、2017年版以降のJIFの対象外になった(26)。同様に、Scopusも問題のある学術誌の収録を中止することがあり、それらのリストを公開している(27)。
実際にはこれらの方法だけでなく、先述のハゲタカジャーナルの特徴から、研究者自身の目で、ないしは同僚や、場合によっては大学図書館員とともに、判断する必要があるだろう。学術出版業界の有志によるキャンペーンサイト“Think. Check. Submit.”(28)も参考になる。
5. ハゲタカジャーナル問題と大学図書館
研究成果の発表先の選択は「学問の自由」に関わるため、ハゲタカジャーナル問題は第一義的には研究者が対処するものと見なされる。
とはいえ、研究者支援の観点から大学図書館による情報提供や注意喚起は可能である。さらに、ハゲタカジャーナル掲載論文の流通までを視野に入れたとき、学術情報流通に関わる立場から大学図書館は無関心ではいられまい。実態が不透明で容易に見分けられない問題であるからこそ、高次元の情報リテラシー教育として大学図書館から研究者へ働きかける必要があると考える。
(1) この文脈での「predatory」の邦訳としては「粗悪」「捕食」「悪徳」などが挙げられる。本稿では一般に定着し、報道などでも広く使われている「ハゲタカ」を採用した。
(2) 栗山正光. ハゲタカオープンアクセス出版社への警戒. 情報管理. 2015, 58(2), p. 92-99.
https://doi.org/10.1241/johokanri.58.92, (参照 2019-08-20).
(3) 一連の報道を担当した鳥井真平記者は2019年度の科学ジャーナリスト賞を受賞した。
日本科学技術ジャーナリスト会議. “科学ジャーナリスト賞の2019年度の贈呈作品決まる”. 2019-04-25.
https://jastj.jp/info/190425/, (参照 2019-08-20).
(4) 鳥井真平. 粗悪学術誌 日本から5000本 東大や阪大 論文投稿 業績水増しか. 毎日新聞. 2018-09-03, 朝刊[東京], p.26.
(5) 具体的な事例としては以下が挙げられる。
柴山昌彦文部科学大臣による記者会見での言及
文部科学省. “柴山昌彦文部科学大臣記者会見録(平成30年12月25日)”. 2018-12-25.
http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1412183.htm, (参照 2019-08-20).
大学による注意喚起(京都大学の事例)
京都大学図書館機構. “論文投稿の際は粗悪学術誌ハゲタカジャーナルにご注意ください!”. 2019-02-04.
https://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/uploads/20190117_predatoryjournals_warning.pdf, (参照 2019-08-20).
学協会による注意喚起(日本医学会の事例)
日本医学会. “悪徳雑誌への注意喚起について”. 2019-03-08.
http://jams.med.or.jp/jamje/attention_vicejournal.pdf, (参照 2019-08-20).
(6) 当該レクチャーの資料は以下で公開している。
北海道大学北キャンパス図書室. “午後の講座 : オープンアクセスとハゲタカジャーナル”. 北海道大学学術成果コレクションHUSCAP.
http://hdl.handle.net/2115/71762, (参照 2019-08-20).
(7) Federal Trade Commission. “Court Rules in FTC’s Favor Against Predatory Academic Publisher OMICS Group; Imposes $50.1 Million Judgment against Defendants That Made False Claims and Hid Publishing Fees”. 2019-04-03.
https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2019/04/court-rules-ftcs-favor-against-predatory-academic-publisher-omics, (accessed 2019-08-20).
(8) 和田俊和. 粗悪学術誌/国際会議について -傍らの濁流-. 情報処理. 2019, 60(2), p. 104-108.
(9) 例えば、以下の文献群において、ハゲタカジャーナルと疑わる特徴が表ないしは箇条書きで示されている。
Eriksson, Stefan; Helgesson, Gert. The false academy: predatory publishing in science and bioethics. Medicine, Health Care and Philosophy. 2017, 20(2), p. 163-170.
https://doi.org/10.1007/s11019-016-9740-3, (accessed 2019-08-20).
Berger, Monica. “Everything You Ever Wanted to Know About Predatory Publishing but Were Afraid to Ask”. ACRL 2017, Baltimore, Maryland, 2017-03-22/25.
https://academicworks.cuny.edu/ny_pubs/141/, (accessed 2019-08-20).
Richtig, G. et al. Problems and challenges of predatory journals. Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology. 2018, 32(9), p. 1441-1449.
https://doi.org/10.1111/jdv.15039, (accessed 2019-08-20).
Shamseer, Larissa et al. Potential predatory and legitimate biomedical journals: can you tell the difference? A cross-sectional comparison. BMC Medicine. 2017, 15, 28.
https://doi.org/10.1186/s12916-017-0785-9, (accessed 2019-08-20).
最後に挙げた文献において示された特徴を邦訳し、加筆したものとして以下の記事が挙げられる。
粥川準二. “「捕食ジャーナル」で誰が論文を発表しているのか?(後編)”. エナゴ学術英語アカデミー. 2018-08-30.
https://www.enago.jp/academy/predatory-journal-2_201710/, (参照 2019-08-20).
(10) 影響力のある学術誌に付与される評価指標としては、Clarivate Analytics社のJournal Impact Factorが有名だが、OMICS International社は名称が同じで、算出元が異なる指標を掲げている。
Open Access Journals Impact Factor. OMICS International.
https://www.omicsonline.org/open-access-journals-impact-factors.php, (accessed 2019-08-20).
また、名称が紛らわしいものとして、Scientific Journal Impact FactorやGlobal Impact Factorなどが挙げられる。
Gutierrez, Fredy R.S. et al. Spurious alternative impact factors: The scale of the problem from an academic perspective. Bioessays. 2015, 37(5), p. 474-476.
https://doi.org/10.1002/bies.201500011, (accessed 2019-08-20). 上記記事について、以下のブログで日本語で紹介されている。
Wiley-JAPAN. “<記事紹介> ニセモノの「インパクトファクター」にご注意 / 怪しい業者の手口と見分け方”. ワイリー・サイエンスカフェ. 2015-04-10.
http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=31921, (参照 2019-08-20).
(11)和田. 前掲.
(12) Ross-White, Amanda et al. Predatory publications in evidence syntheses. Journal of the Medical Library Association. 2019, 107(1), p. 57-61.
http://jmla.mlanet.org/ojs/jmla/article/view/491, (accessed 2019-08-20). この文献で用いられたデータをもとにした分析として以下がある
佐藤翔. 連載, オープンサイエンスのいま:ハゲタカOA論文の4割は一度は引用されている. 情報の科学と技術. 2019, 69(4), p. 171-172.
https://doi.org/10.18919/jkg.69.4_171, (参照 2019-08-20).
(13) 研究者がハゲタカジャーナルに投稿する要因を分析したものとして以下の記事が挙げられる。
Clark, Alexander M. et al. Five (bad) reasons to publish your research in predatory journals. Journal of Advanced Nursing. 2017, 73(11). p. 2499-2501.
https://doi.org/10.1111/jan.13090, (accessed 2019-08-20).
上記記事について、以下のブログで日本語で紹介されている。
Wiley-JAPAN. “<記事紹介> なぜ研究者は「ハゲタカジャーナル」で論文を出版してしまうのか”. ワイリー・サイエンスカフェ. 2016-08-24.
http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=34736, (参照 2019-08-20).
(14) Chawla, Dalmeet Singh. “Mystery as controversial list of predatory publishers disappears”. Science. 2017-01-17.
https://doi.org/10.1126/science.aal0625, (accessed 2019-08-20).
(15) BEALL’S LIST OF PREDATORY JOURNALS AND PUBLISHERS. 2019-08-18.
https://beallslist.weebly.com, (accessed 2019-08-20).
(16) 同社では疑わしい学術誌のリスト(The Journal Blacklist)に加え、健全な学術誌のリスト(The Journal Whitelist)も提供している。
Cabell’s International.
https://www2.cabells.com, (accessed 2019-08-20).
(17) Directory of Open Access Journals.
https://doaj.org, (accessed 2019-08-20).
(18) “Promoting integrity in research and its publication”. Committee on Publication Ethics.
https://publicationethics.org, (accessed 2019-08-20).
(19) Open Access Scholarly Publishers Association.
https://oaspa.org, (accessed 2019-08-20).
(20) Quality Open Access Market.
https://www.qoam.eu, (accessed 2019-08-20).
(21) 両データベースの収録学術誌は、以下のURLにて公開されている。
Web of Science. “Master Journal List”. Clarivate Analytics.
http://mjl.clarivate.com, (accessed 2019-08-20).
Scopus. “収録誌”. Elsevier.
https://www.scopus.com/sources, (accessed 2019-08-20).
(22) 中止理由は様々あり、収録中止の事実だけでは当該学術誌をハゲタカジャーナルと断定することはできない。
(23) “Oncotarget’s Peer Review is Highly Questionable”. Scholarly Open Access.
https://web.archive.org/web/20160420033752/https://scholarlyoa.com/2016/04/19/oncotargets-peer-review-is-highly-questionable/, (accessed 2019-08-20).
(24) Journal Citation Reports.
https://jcr.clarivate.com/, (accessed 2019-08-20).
(25) Web of Science.
https://webofknowledge.com/WOS, (accessed 2019-08-20).
(26) “Indexing company praises cancer journal, then kicks it out”. Retraction Watch. 2018-01-19.
https://retractionwatch.com/2018/01/19/indexing-company-praises-cancer-journal-kicks/, (accessed 2019-08-20).
また、注(24)で示したJournal Citation ReportsのOncotarget誌のJournal Profileから、2017年版以降はJIFが付与されていないことを確認できる。
(27) 下記ウェブページ下部にある“Discontinued sources from Scopus …”からエクセルファイルでダウンロードできる。
Scopus. Content-Looking for something else?. Elsevier.
https://www.elsevier.com/solutions/scopus/how-scopus-works/content, (accessed 2019-08-20).
(28) このサイトでは、学術誌が急増している現状を踏まえて信頼できる学術誌へ論文を投稿するためのチェックリストを提供している。
“Think. Check. Submit”.
https://thinkchecksubmit.org, (accessed 2019-08-20).
Ref:
佐藤翔. かたつむりは電子図書館の夢を見るか LRG編(第9回)粗悪学術誌「ハゲタカ」は、なぜ生まれたのか?その原因と対策について考えてみた。. LRG. 2019, (26), p. 136-147.
佐藤翔. 連載, オープンサイエンスのいま: 日本の医学博士論文に潜む7.5%のハゲタカOA. 情報の科学と技術. 2018, 68(10), p. 511-512.
https://doi.org/10.18919/jkg.68.10_511, (参照 2019-08-20).
佐藤翔. 動向レビュー 査読をめぐる新たな問題. カレントアウェアネス. 2014, (321), p. 9-13.
https://current.ndl.go.jp/ca1829, (参照 2019-08-20).
[受理:2019-08-20]
千葉浩之. ハゲタカジャーナル問題 : 大学図書館員の視点から. カレントアウェアネス. 2019, (341), CA1960, p. 12-14.
https://current.ndl.go.jp/ca1960
DOI:
https://doi.org/10.11501/11359093
Chiba Hiroyuki
Problems of Predatory Journals : from the Perspective of University Librarians
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