E2542 – IAPによるハゲタカジャーナル・学会についての調査報告書

カレントアウェアネス-E

No.444 2022.09.29

 

 E2542

IAPによるハゲタカジャーナル・学会についての調査報告書

名古屋大学附属図書館・大平司(おおひらつかさ)

 

  2022年3月,140以上の科学アカデミー等が加盟している世界的な国際学術団体InterAcademy Partnership(IAP)が,いわゆるハゲタカジャーナル・学会(predatory journals and conferences)に関する調査報告書“Combatting Predatory Academic Journals and Conferences”(以下「報告書」)を公開した。

  本報告書は,2020年に設置されたIAPの国際ワーキンググループによる2年間の研究プロジェクトの結果として作成された。その目的は,学術的なコミュニティがハゲタカジャーナル・学会(CA1960参照)についての認識・理解を促進し,それらへの対応方法を提示することである。

  本稿では本報告書の内容が集約されている第6章の結論と推奨事項を中心に紹介する。

●ハゲタカ行為(predatory practices)の定義

  学術を食い物にするハゲタカ行為は巧妙さ・複雑さを増しており,その性質や悪質さの程度は幅広く,流動的であり,従来の定義は不適切である。そのため,本報告書ではそれぞれのハゲタカ行為を指標として,ハゲタカジャーナル・学会をその危険度によるスペクトラムの中で包括的に捉える。この捉え方を元に,欧米地域や英語に優位な学術出版のシステムの偏りを最小化し,適切な対策を行うことが不可欠である。

●ハゲタカ行為に対する認識や理解

  研究コミュニティによるハゲタカジャーナル・学会やその影響に対する認識と理解が乏しい。大学院生からキャリアを積んだ研究者,監督者,指導者,図書館員まで,あらゆる段階の研究者に対して,ハゲタカ行為による被害やそれらを回避する方法に的を絞った研修資料などを提供することが急がれる。

●ハゲタカジャーナルの巧妙化

  一部のハゲタカジャーナルが主要な索引サービスや文献データベースに掲載される場合があるなど,ハゲタカジャーナルと質の保たれたジャーナルの判別が難しくなっている。その判別のためには,ハゲタカ行為の特徴を認識し,上述の偏りを最小化した学術システムの普及が求められる。

●研究者への影響

  最新の推計では,ハゲタカジャーナルは1万5,500誌以上にのぼり,ハゲタカ学会に至ってはその開催件数が通常の学会の開催件数を上回っている可能性が指摘されている。本報告書の調査結果の推定では,世界で120万人以上の研究者がハゲタカジャーナルへの掲載経験もしくはハゲタカ学会への参加経験があることになり,数十億米ドルの研究予算が損失を受けたことになる。

●研究文化におけるリスク

  研究者の中には,キャリアアップや周囲からのプレッシャーのため,意図的にハゲタカジャーナル・学会を利用する者もいる。このように,ハゲタカ行為が個人や機関の研究評価を有利にするための行動として位置づけられ,研究文化に根付きつつある。その防止には,ハゲタカ行為による影響を正確に捉えるためのさらなる調査研究が必要である。

●学術研究成果の収益化・商業化によるハゲタカ行為の助長

  学術出版システムが最も簡単に商業的利益を上げる方法は,ジャーナル全体の採択率を上げ,かつ査読コストを削減することである。これはオープンアクセス化のための著者の支払いモデルの悪用につながり,ひいては研究や研究に基づく政策立案の完全性を損なうとともに,それらに対する市民からの信頼の喪失を招く恐れがある。

●現代の研究評価制度によるハゲタカ行為の助長

  量的指標を優先する研究評価制度が研究者と研究機関に成果発表へのプレッシャーを与え,ハゲタカジャーナル・学会を利用する誘因を生み出している。研究ガバナンス機関は研究評価の制度や実務を改善し,効果的かつ公平で目的に適したものにする責務がある。

●査読システムの欠陥の悪用

  研究者による査読(CA1829CA1961CA2001参照)は透明性が低く,その負担と比べて報酬や評価がほとんどない。このことが査読の質の低下や引き受ける研究者の減少を引き起こしている。その結果,査読の需要が供給を上回り,ハゲタカジャーナル・学会の誘因が強化されることになる。査読の透明性を高め,引き受けた研究者への評価がなされれば,ハゲタカ行為を大幅に抑制できる。

  以上が本報告書のエッセンスであるが,ハゲタカ行為の定義や実施された調査,今後推奨される取り組みの詳細については,ぜひ報告書原本を参照されたい。研究コミュニティによるハゲタカジャーナル・学会への理解が深まり,それらへの対処の進展が期待される。

Ref:
“World academies call for concerted action to combat predatory journals and conferences”. IAP. 2022-03-11.
https://www.interacademies.org/news/world-academies-call-concerted-action-combat-predatory-journals-and-conferences
“Combatting Predatory Academic Journals and Conferences”. IAP.
https://www.interacademies.org/project/predatorypublishing
IAP. Combatting Predatory Academic Journals and Conferences. 2022, 125p.
https://www.interacademies.org/sites/default/files/2022-03/1.%20Full%20report%20-%20English%20FINAL.pdf
“Cabells’ Predatory Reports Passes 15,000 Predatory Journals Listed”. Society for Scholarly Publishing. 2021-09-01.
https://www.sspnet.org/community/news/cabells-predatory-reports-passes-15000-predatory-journals-listed/
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https://doi.org/10.1038/d41586-021-02906-8
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https://doi.org/10.11501/11688293