E2316 – University Journals:出版を大学や研究者に取り戻す挑戦

カレントアウェアネス-E

No.401 2020.10.29

 

 E2316

University Journals:出版を大学や研究者に取り戻す挑戦

京都大学東南アジア地域研究研究所・設樂成実(したらなるみ)

 

   「学術雑誌の危機」が問題になり久しい。大手出版社による市場の寡占化が進み,雑誌の価格が高騰を続け研究成果へのアクセスに不均衡が生じている。大学図書館のコンソーシアムによる価格交渉やオープンアクセス(OA)ジャーナルの刊行など様々な手が打たれているが,論文掲載料など新たな問題も生じ,いまだ根本的な解決には至っていない。こうした状況に風穴を開けようと,欧州4か国から13大学が協力し,機関リポジトリをもとにしたOA出版のためのプラットフォームの運用に向けたプロジェクト, University Journalsが進んでいる。本稿では,このプロジェクトについて,主に季刊誌“LIBER QUARTERLY”の第30巻に掲載されたオランダ・ライデン大学図書館のSaskia Woutersen-Windhouwer氏らの論文の要約を行いながら以下に紹介する。

   現在,学術出版は,ほとんど研究者や大学の手を離れ学術出版社の手に渡っている。出版社は,何を,どのような契約のもとで,どの雑誌で出版するのかといったことから,出版コスト,出版時期に至るまで決定している。多くの場合出版社が著作権をもつため,著者は研究成果を自由に広く共有することができないという問題も生じ,OAを妨げている。一方で,研究者は研究資金提供者からOAの形で論文を掲載し著作権を保持するよう求められることが増え,前述のような学術出版における問題がより顕在化している。そこで大学が協力し, 機関リポジトリを活用し,従来のジャーナルシステムに代わる効率的,高品質,持続可能なOA出版システムをつくろうというUniversity Journalsの構想が生まれた。機関リポジトリは,本来OAの形で学術成果を保存・公開する場として有効なのだが,魅力やアクセス性が劣るとの理由で研究者の間で利用度が低い。そこで,University Journalsでは,分野や大学ごとの学術誌のような外観,認知度,発信力を備えたプラットフォームを用意することで,研究者による機関リポジトリの積極的利用を目指している。これは, いわば大学図書館が核となりオープンサイエンスを実現し, 出版を研究者や大学の手に取り戻す挑戦なのだ。

   投稿から公開までのプロセスは以下のようになる。1)投稿は,機関リポジトリ上のリソースをUniversity Journalsに転送する形で行われる。また,直接University Journalsに投稿することも可能である(この場合,University Journalsでの承認後に機関リポジトリで公開することも可能である)。分野は問わず,従来の学術出版では受け付けられなかった様々なタイプの研究成果(レポート,データ等)の投稿が可能である。2)著者の所属大学において各大学が定めた基準に則り品質保証(quality assurance)を受ける(CA1829CA1961参照)。基本的には健全な科学(sound science)であるかの審査であり学術上の新規性やインパクトは問われない。これにより査読の抱える問題(査読者を見つけるのが難しい,審査が不透明,時間がかかる等)の解決を目指す。審査内容は投稿された成果物のタイプや分野等により異なり,著者等が希望する場合には外部の査読を受けることもできる。どのような審査が行われたかは,公開時にバッジ等で表示され,著者の希望により出版前・後の査読内容の公開も可能である。3)承認されると,DOIをつけ、オープンコンテンツライセンスのもと公開される。投稿から公開までは数日から数週間と短く,分野や大学ごとに出版され,国際的サーチエンジンによりインデックスが作成されて検索可能となる。著者は無料で出版を行うことができ,著作権は大学もしくは著者が持つ。

   University Journalsは,参加大学からなるコンソーシアムにより運営され,理事会が戦略,予算や雇用に関する決定を行う。プラットフォームの管理,運用,マーケティング等は中央チームが担当するが,ほとんどの仕事や責任は参加大学に分散されその規模は小さい。投稿の審査にかかる作業は,各大学の編集者やアドミニストレーターがそれぞれの大学ごとの基準で行う。費用は,参加大学が負担し,資金提供機関や政府などが負担することもある。退会した場合, コンテンツはUniversity Journalsのプラットフォームにそのまま残るが,各大学は他所でも公開することができる。

   以上が簡単な紹介となる。助成を受けた研究の論文の即時OA化を掲げるPlan Sや,研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)に準拠し,オープンサイエンスの実現を追求するUniversity Journalsの試みは高く評価される。また,国際ジャーナルから紀要への回帰も思わせ興味深い。ただ,Woutersen-Windhouwer氏らは,University Journalsは「時代遅れのインパクトファクターを超えた評価を著者に与える」というが,筆者は研究者にとってインパクトファクターの存在はまだまだ大きいと感じており,この取組の成功は既存の価値観をどこまで転換できるかにもかかっているように思われる。なお,本稿執筆時点では,まだ技術インフラの整備中とのことで開始されていない。公開が楽しみだ。

Ref:
University Journals.
https://universityjournals.eu/
Woutersen-Windhouwer, Saskia, et al. UNIVERSITY JOURNALS. Consolidating institutional repositories in a digital, free, open access publication platform for all scholarly output. LIBER QUARTERLY. 2020, 30(1), p. 1-15.
http://doi.org/10.18352/lq.10323
“About University Journals”. University Journals.
https://universityjournals.eu/index.php/about-university-journals/
University Journals Memorandum, University of Amsterdam. 2018, 5p.
https://www.universityjournals.eu/Memorandum University Journals.pdf
Plan S.
https://www.coalition-s.org/
“研究評価に関するサンフランシスコ宣言”. DORA.
https://sfdora.org/read/jp/
佐藤翔. 査読をめぐる新たな問題. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1829, p. 9-13.
https://doi.org/10.11501/8752502
松野渉. 岐路に立つ査読と、その変化に踏み込むPublons. カレントアウェアネス. 2019, (341), CA1961, p.15-19.
https://doi.org/10.11501/11359094