E2465 - 大学図書館とWikipediaの連携がもたらすものは?<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.428 2022.01.13

 

 E2465

大学図書館とWikipediaの連携がもたらすものは?<文献紹介>

北海道大学附属図書館・川村路代(かわむらみちよ)

 

Bridges, L.M.; Pun, R.; Arteaga, R.A. ed. Wikipedia and Academic Libraries: A Global Project. Maize Books, 2021. ISBN 978-1-60785-672-6.

  近年,オンライン百科事典Wikipediaを教育に活用する試みが展開されており,2017年には国際図書館連盟(IFLA)により大学・研究図書館とWikipediaの連携に関する報告書が発行された(E1922参照)。さらに2021年9月,世界各国の大学図書館員等がWikipediaおよびその姉妹プロジェクトとのコラボレーションについて報告した単行書“Wikipedia and Academic Libraries: A Global Project”(以下「本書」)が,米・ミシガン大学のMichigan Publishingにより出版されたので紹介したい。本書はオープンアクセスで公開されているほか,2021年10月に印刷版も刊行されている。

  本書は4つの節と19の章から構成される。第1節「教室での実践的応用」,第2節「教室外での実践的応用」では,授業内外でWikipediaの編集に取り組んだ例(E1118E1345参照)が述べられている。第3節「ウィキペディアン・イン・レジデンス」では,大学に籍を置くウィキペディアンとの協働の様子が紹介されている。第4節「Wikipediaの姉妹プロジェクト」では,Wikidata,WikisourceといったWikipedia以外のプロジェクトの活用例が取り上げられている。

  各章でとりわけ言及されているのは,エディタソンの事例である。日本ではウィキペディアタウン(CA1847参照)が知られているが,エディタソンとは,コンテンツの質向上のため,新規記事の作成や既存記事への追記,画像のアップロード,出典となる情報源の追加を共同で行う実践である。例えば米・テンプル大学では,授業を通じて98人の学生が約60件のWikipediaの記事を編集し,680もの参考文献を追加したという。

  学生はWikipediaを編集する過程で,情報リテラシー,ライティング,批判的思考,学問的誠実性,デジタル・シチズンシップ等のスキルを獲得する。なぜならWikipediaには「検証可能性」「中立的な観点」「独自研究は載せない」等の方針があり,編集の際には情報の検索や批判的な精査,あらゆる観点からの公平な描写,情報源の適切な要約や言い換え,出典の記載等が求められるためである。学生に対する効果としてはほかに,多様な学術リソースへアクセス可能な自らの情報環境を再認識する点や,授業の成果がWikipediaの記事として多くの人に利用され,情報の消費者から生産者となることに意義や責任感を見いだす点が挙げられている。

  大学図書館員のエディタソンにおける役割には,プログラムの構築や編集すべきページのリストアップのほか,Wikipediaの理念や編集ルール,資料の探し方,情報リテラシーの基本的な考え方についての指導がある。教員やウィキペディアン,学生サポーターらとのゴールの共有や継続的なコミュニケーションが必要となるが,これらのコラボレーションは大学図書館が従来実施してきたセミナーと比べ,学生の学習効果を高めることが示されている。その他,エディタソンに取り組んだ結果,学生の学習ニーズや,自館のリソースの不十分な点についての洞察を得られるといった副次的な利点にも触れられていた。

  エディタソンのテーマは,国や地域の人物,図書館が持つ特別コレクション,医療・健康情報など多岐にわたる。中でもジェンダーやセクシュアリティの問題や,特定の地理・言語・人種等に焦点が当てられる場合が多い。というのも,ボランティアたる編集者(その大多数は男性である)の関心がコンテンツに反映されやすい構造も一因となり,女性やマイノリティに関する記事が少ない,もしくは内容が偏りがちであるという課題をWikipediaは抱えている。日本でも神奈川県立図書館や大阪市立中央図書館等でジェンダーギャップの改善を目的としたエディタソンの開催事例があるが,世界最大の百科事典における情報の欠落やバイアスに注意を向け,知識の公平性を促進することも,図書館がWikipediaと関わる社会的役割と言えるであろう。

  このほか,学術論文の書誌情報あるいは図書館の目録データをWikidataに作成する試み(E1517E1570参照)や,Wikisourceを用いて図書館員が共同でデジタルコンテンツのデータ整備を行った例も,データやコレクションの発見可能性や利便性を高めるアプローチとして興味深い。

   Wikipediaは誰でも編集できるという理由により記述の信憑性が疑問視される向きもあったが,教育ツールととらえた場合,そのオープンな特性はむしろ強みとなることを本書は教えてくれる。大学図書館とWikipediaの連携は,図書館の持つリソースの活用,学生への教育,Wikipediaのコンテンツの充実,そして知識や情報の不平等の解消といった観点で,双方にとって,さらには社会にとって有益となるだろう。日本国内での取り組みの広がりにも期待したい。

Ref:
Bridges, L.M.; Pun, R.; Arteaga, R.A. ed. Wikipedia and Academic Libraries: A Global Project. Maize Books, 2021. 336p.
https://doi.org/10.3998/mpub.11778416
Bridges, Laurie. “Uplifting Global Voices: A Reflection on Publishing an Edited Book on Academic Libraries and Wikipedia”. Diff. 2021-10-15.
https://diff.wikimedia.org/2021/10/15/uplifting-global-voices-a-reflection-on-publishing-an-edited-book-on-academic-libraries-and-wikipedia/
Opportunities for Academic and Research Libraries and Wikipedia. IFLA, 2016, 12p.
https://cdn.ifla.org/wp-content/uploads/files/assets/hq/topics/info-society/iflawikipediaopportunitiesforacademicandresearchlibraries.pdf
“Wikipedian in Residence”. WIKIMEDIA OUTREACH. 2021-10-31.
https://outreach.wikimedia.org/wiki/Wikipedian_in_Residence
“Wikipedia:No original research”. Wikipedia. 2021-12-31.
https://en.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:No_original_research
“WikiGap in Kanagawa(オンライン)を開催しました”. 神奈川県立の図書館. 2021-03-20.
https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/publications/public-relations/shishonodeban/2021/03/wikigap-in-kanagawa.html
“[終了報告]【中央】WikiGapエディタソン 2019 in 大阪 10月14日”. 大阪市立図書館. 2019-10-14.
https://www.oml.city.osaka.lg.jp/index.php?key=jod8qbknk-510#_510
武田和也. 図書館とWikipediaの連携がもたらす社会への効果. カレントアウェアネス-E. 2017, (326), E1922.
https://current.ndl.go.jp/e1922
大学の授業でWikipediaの記事を充実させる取組み(米国). カレントアウェアネス-E. 2010, (183), E1118.
https://current.ndl.go.jp/e1118
菊池信彦. カタルーニャ州の公共図書館とWikipediaが記事入力で協力. カレントアウェアネス-E. 2012, (224), E1345.
https://current.ndl.go.jp/e1345
石橋恵. 図書館データとWikipediaをつなぐVIAFbot. カレントアウェアネス-E. 2013, (251), E1517.
https://current.ndl.go.jp/e1517
篠田麻美. RLUK Hack Day:図書館資源のLOD化がもたらすものは?. カレントアウェアネス-E. 2014, (260), E1570.
https://current.ndl.go.jp/e1570
依田紀久. 図書館とウィキペディアのこれからの関係は?. カレントアウェアネス-E. 2014, (253), E1528.
https://current.ndl.go.jp/e1528
是住久美子. ライブラリアンによるWikipedia Townへの支援. カレントアウェアネス. 2015, (324), CA1847, p. 2-4.
http://doi.org/10.11501/9396322