E1922 – 図書館とWikipediaの連携がもたらす社会への効果

カレントアウェアネス-E

No.326 2017.06.08

 

 E1922

図書館とWikipediaの連携がもたらす社会への効果

 

    第17回図書館総合展(2015年)のフォーラムに関連して実施されたアンケート「図書館員が選んだレファレンスツール2015」の「インターネット情報源・DBの部」の8位(29票)にWikipediaが選ばれたことに見られるように,レファレンス業務の「取っ掛かり」としてWikipediaは欠かせないものとなってきていると言えるだろう。

    2017年1月,国際図書館連盟(IFLA)は,図書館とWikipedia等を運営するウィキメディアコミュニティとの連携が社会にもたらす効果をまとめた報告書を発表した。大学・研究図書館向けと公共図書館向けの2種類が作成されており,IFLAでは,インターネット上で多くのコンテンツが作成されるようになった時代の,図書館の実践的・政策的課題への対応を検討する作業の出発点としても位置付けている。

    報告書では,まず,インターネットが台頭した現代社会において,国際連合(UN)の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(E1763参照)や,IFLAの「情報へのアクセスと開発に関するリヨン宣言」が描く,情報への平等なアクセスに基づいた持続可能な社会の「開発」を実現させるためには,図書館は,可能な限り幅広いオンライン資源を活用し,社会に関わっていく必要があると指摘する。そして,「無料であらゆる知識を共有する」という,図書館の使命とも合致するミッションを掲げ,「中立的な観点」という編集方針を担保するために,図書館が所蔵しているような質が高い情報源を必要としているWikipediaとの連携は,共通するミッションへの相乗効果をもたらし,社会により良い効果を与えるとする。

    そして,報告書では,複数のプロジェクトを通じて多様な情報を生み出しているウィキメディアコミュニティとの連携による成功事例や,今後提携することで社会を改善に導くことができる機会についてまとめているので,いくつか紹介したい。

    一つには,情報インフラの整備が困難な地域での情報アクセス改善にもたらす効果である。世界では,開発途上国や難民キャンプ等において,Wikipediaをオフラインで提供する取組が行われており,図書館がウィキペディアン(Wikipediaの編集者)の記事編集を支援することで,情報アクセスの不平等解消への効果が期待できると指摘する。また,Wikipediaでは280以上の言語で発信可能なことから,オリジナル記事の執筆はもちろん,英語などの国際共通語から翻訳して,少数言語で情報発信することも可能である。それは,移民・難民に必要な情報を記事化することで,世界中からその生活を支援できることを意味している。

    また,迅速に情報を公開できるWikipediaとの連携も利点としてあげられている。エボラ出血熱が流行した際に,Wikipediaが同地域での唯一のオンライン情報として最も活用されたことからもうかがえるように,伝染病の急速な拡大や自然災害発生時に,大学・研究図書館がウィキペディアンに専門性の高い学術情報を提供することで,被害拡大の防止に一役買うこともできる。その他,大学・研究図書館が,オンライン上での専門性の高い情報の普及を促すために,Wikipediaの編集イベントであるエディタソンを開催している事例も紹介されている。

    報告書では,学界や大手出版社では研究や出版の対象とされにくい,地域の文化資源の記録化や,少数言語での情報発信にもたらす効果についても指摘する。例えば,公共図書館等が,所蔵する地域資料をもとにエディタソンを開催したり(E1345参照),読書会活動に絡めて地元の作家に関する記事を編集する“Wiki reading club”を主催したりすることは,地域情報の発信に大きな効果をもたらしている。また,地域の歴史的建造物の写真を,Wikimedia Commonsに投稿する“Wiki Loves Monuments”等の活動との連携や,デジタル化した地域資料のWikimedia Commonsを通じた公開は,地域資料の利活用を促している。

    地元の観光局とも連携し,地域情報に関するWikipediaの記事を編集・翻訳し,モバイル端末の設定言語を基準に適切な言語のWikipediaの記事を提供するQRペディアを用いて,地域内にQRコードを貼付した事例は,外国人旅行客(インバウンド)の誘致による地域の活性化を支援することに繋がるだろう。図書館が電子化公開した古地図をジオリファレンスし,現在の地図と重ねあわせてWikimedia Commonsに登録した事例は,近年流行している,古地図を手にして地域を散策するイベントで活用できそうである。報告書では,地域社会の諸活動との繋がりを求めている図書館にとって,このような効果を持つウィキメディアコミュニティとの連携は,追加予算なしで,地域社会へのアウトリーチを可能とするものだと指摘している。

    その他,Wikipediaの編集を通じた学生の調査能力・情報リテラシーの涵養(E1118参照),Wikidataを活用した多様な識別子の同期(E1517参照)や資料情報のLinked Open Data(LOD)化(E1570参照)への対応,デジタルヒューマニティーズ等のデジタル研究に必要なデータやプラットフォームの提供等,両者の連携により,現代の図書館が直面する課題を解決した事例も紹介されている。

    報告書では,今後の課題として,図書館員側に対して,ウィキメディア運動の理念,Wikipediaの編集方針,Wikipediaの著作権に関する指針への理解を深めることや,Wikipediaへの永続的な引用を保証するため,図書館が公開したオンライン情報源の固定URL化を求める一方,ウィキメディアコミュニティ側にも,図書館との連携の効果を示すことができる指標の作成を要請している。日本の図書館でも,近年,連携イベントが開催されるようになったが(CA1847E1877E1710参照),今後の連携の動きやその社会への効果については,今後も注目していきたい。

関西館図書館協力課・武田和也

Ref:
http://www.nichigai.co.jp/cgi-bin/ref2015_result.cgi#2
http://www.ifla.org/node/11131
http://www.ifla.org/files/assets/hq/topics/info-society/iflawikipediaopportunitiesforacademicandresearchlibraries.pdf
http://www.ifla.org/files/assets/hq/topics/info-society/iflawikipediaandpubliclibraries.pdf
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/about/doukou/page23_000779.html
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/ifla/lyon-declaration_jp.html
http://doi.org/10.1241/johokanri.55.2
http://doi.org/10.1241/johokanri.57.928
E1763
E1345
E1118
E1517
E1570
E1877
E1710
E1528
CA1847