E2456 – 『渋沢栄一伝記資料』とデジタル化の現在

カレントアウェアネス-E

No.427 2021.12.23

 

 E2456

『渋沢栄一伝記資料』とデジタル化の現在

渋沢栄一記念財団情報資源センター・茂原暢(しげはらとおる)

 

●はじめに

  渋沢栄一(1840年-1931年)にとって2021年は特別な年となった。没後90年であることに加え,NHK大河ドラマ「青天を衝け」によりその人生が約1年間にわたり描かれた。そして彼の記録をまとめた『渋沢栄一伝記資料』は刊行完結から50年を迎えたのである。本稿では『渋沢栄一伝記資料』のデジタル化プロジェクトについて紹介する。

●『渋沢栄一伝記資料』とは

  『渋沢栄一伝記資料』(以下「『伝記資料』」)は,渋沢の伝記が多数書かれたとしても,それらが必ずしも正確さや詳細さにおいて十分ではないとの認識から,伝記を書くための資料を広く収集・編纂した「資料集」である。渋沢栄一記念財団(以下「財団」)の前身となる竜門社の企図により1932年に編纂開始,太平洋戦争による中断を挟み,同社の後継となる渋沢青淵記念財団竜門社より1955年から1971年にかけて刊行された。

  全68巻(本編58巻,別巻10巻),約4万8,000ページという分量は,長命であった渋沢の広域にわたる活動記録が,十分に収集・整理・分類された上で集積されていることの表れである。また,それ故に渋沢の事績だけではなく,幕末から昭和に至る種々の情勢を知ることができるものとなっている。そのため本編には索引巻(第58巻)が用意されているが,大部であるがゆえに必要な情報にたどり着くのが難しいという,いわゆる「情報アクセス」に課題が残されていた。

●デジタル化プロジェクト

  そこで,情報資源センターでは「『伝記資料』を対象に情報アクセスの改善を図ること」「渋沢栄一および日本近代史に関する一大情報源を創造すること」を目的に,2004年より『伝記資料』デジタル化プロジェクトを進めてきた。その内容は『伝記資料』をテキスト化することで全文検索を可能とし,ページ画像とともに全68巻を公開するものである。このプロジェクトは財団のミッションとなり,2016年に「竜門社130年記念事業」としてデジタル版『渋沢栄一伝記資料』を公開し,まず本編第1巻から第57巻までがインターネットを通じて閲覧・検索可能となった。

●別巻での新たなアプローチ

  『伝記資料』は本編と別巻で編纂方針が異なる。本編は渋沢の生涯を3つの時代に分け,官を辞して実業界に入った1873年以降は事項を事業別に分類している。全体を通してそれぞれの事項は「綱文」と呼ばれるサマリーの下に,その典拠となる資料が時系列で抜粋・引用されるという「スレッド」方式をとる。一方で,別巻は渋沢の日記,予定表,書簡,講演・談話,写真などが,資料種別ごとにまるごと収載されている。ところがデジタル版『伝記資料』は本編の構造を再現することに重きを置いているため別巻に対応できない。そこで,別巻公開システムを含むデジタルアーカイブのための新たなプラットフォームを開発することにした。

  このような経緯で2017年に公開したのがデジタル版「実験論語処世談」である。ここでは別巻第6・第7に69編収載されている渋沢の雑誌連載記事「実験論語処世談」(以下「実験論語」)に『伝記資料』からこぼれ落ちた記事等を追加し,本文に記された人名・地名や論語の章句に関する情報を集約・可視化した。『伝記資料』の内容を拡張するとともに,デジタルリソースの活用性を高めたという点においてデジタル版『伝記資料』から一歩進んだ取り組みと言える。

  あわせて2018年より別巻全体のテキストに対しTEI(Text Encoding Initiative;E2372E2400参照)ガイドラインの適用を検討すると同時に,人文情報学領域での活用促進を図っている。2019年度からは東京大学大学院の人文情報学の講座において,別巻第3・第4に収められた渋沢の書簡テキストの活用が行われている。2020年度と2021年度には国立歴史民俗博物館総合資料学奨励研究に採択された研究プロジェクトにテキストとページ画像を提供し,その研究成果として2021年4月に「渋沢栄一ダイアリー」(別巻第1・第2),2021年12月に「渋沢栄一フォトグラフ」(別巻第10)が公開された。いずれもTEIやIIIF(CA1989参照)をベースとしており,「渋沢栄一ダイアリー」ではさまざまな情報の可視化や外部リソースとの連携が行われ,「渋沢栄一フォトグラフ」はユーザーの力を借りてアノテーションを付与する「市民参加型のデジタルアーカイブ」として構築された。

●今後の課題

  今後の課題は以下の3点である。まず68巻全てを公開し,さらに『伝記資料』からこぼれ落ちたリソースを加え拡張していくこと。2点目に,2021年に新たに国文学研究資料館で公開された渋沢栄一の日記など,デジタルアーカイブ同士の連携を強化し,広大なデジタル空間における位置を定めること。3点目にデジタルアーカイブあるいはデジタルリソース・レベルでの活用を推進し,デジタルアーカイブ社会の実現に微力ながらも貢献することである。3点目については,2021年,「順天中学高等学校Global Week」での出張授業や「S×UKILUM連携:第2回 多様な資料の教材化ワークショップ」(図書館総合展)への参加など,教育現場でのニーズを探る機会も得たところである。

●おわりに

  大河ドラマの放映に伴い,デジタル版『伝記資料』と「実験論語」の閲覧数(PV数の合算)が前年比で2倍以上に増加している。一般に大河ドラマは社会に対して大きなインパクトを与えると言われているが,デジタルアーカイブと実社会との結びつきは思いのほか強く,発信者としてだけではなく「インパクトの受け手」という役割も担っていることが明らかとなった。

   2021年,『伝記資料』は刊行完結50年を迎えた。我々は次の50年へ向け,世界中の誰もが渋沢の英知に基づいた新しい「知(インテリジェンス)」を生み出せるよう,デジタルリソースを通じて渋沢と社会とのつながりをさらに強固なものにしていきたい。そしてこれらの記録を通じて,尽未来際,渋沢栄一は生き続けるのである。

Ref:
『渋沢栄一伝記資料』.
https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/biography.html
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』.
https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/
デジタル版「実験論語処世談」.
https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/jikkenrongo/
渋沢栄一ダイアリー.
https://shibusawa-dlab.github.io/app1/
渋沢栄一フォトグラフ.
https://denkiphoto.shibusawa.or.jp/
茂原暢. 渋沢栄一記念財団情報資源センターが公開するデジタルアーカイブについて. びぶろす. 2019, (85・86), p. 25-29.
https://doi.org/10.11501/11456963
鈴木遼香,髙橋美知子. 2020年度NDLデジタルライブラリーカフェ<報告>. カレントアウェアネス-E. 2021, (411), E2372.
https://current.ndl.go.jp/e2372
永崎研宣. 人文学資料デジタル化の国際的な枠組みが日本語ルビを導入. カレントアウェアネス-E. 2021, (416), E2400.
https://current.ndl.go.jp/e2400
永崎研宣. IIIFの概要と主要APIバージョン3.0の公開. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1989, p. 13-16.
https://doi.org/10.11501/11596735