E2269 – 地域の拠点としての図書館施設:国立国会図書館の調査研究

カレントアウェアネス-E

No.392 2020.06.11

 

 E2269

地域の拠点としての図書館施設:国立国会図書館の調査研究

関西館図書館協力課調査情報係

 

  国立国会図書館(NDL)では,2002年度から,図書館協力事業の一環として,図書館及び図書館情報学に関する調査研究(E1781参照)を実施している。これは,調査研究の成果を報告書等の形式を通じて広く図書館界で共有することにより,公共図書館・大学図書館等の各種図書館との協力関係の基盤整備や,各種図書館の業務改善に資することを目的としている。

  2019年度の調査研究では,地域の拠点としての図書館施設をテーマとし,地域における今後の図書館の役割と図書館施設のあり方をより明確に捉えることを目指した。このテーマを選んだのは,まちづくりや地域コミュニティの形成・再生等を目的に掲げた図書館の新設・更新が増加しており,図書館施設のあり方に重要な変化が見られるためである。インターネットによる情報入手の容易化をはじめとした社会状況の変化に対応するため,図書館施設はこれまでの“Space for media”(資料・情報のための施設)から,地域の拠点となる“Space as a media”(市民活動の道具としての施設)の方向へと進みつつあるように思われる。

  調査研究の実施に当たっては,NDL関西館図書館協力課が企画および全体調整を行い,外部の調査機関に委託した。受託者は,植松貞夫氏(筑波大学名誉教授,日本図書館協会図書館施設委員会委員長)を研究主幹とし,中井孝幸氏(愛知工業大学工学部教授,同委員会委員),柳瀬寛夫氏(株式会社岡田新一設計事務所代表取締役社長,同委員会委員)からなる研究会を組織して調査研究を行った。国内の公立図書館5館を対象とした事例調査と,図書館施設に関する文献調査を実施し,その成果を全3章と付録資料からなる報告書「地域の拠点形成を意図した図書館の施設と機能」にとりまとめた。

  事例調査では,調査対象館の視察や関係者へのインタビュー等を通じ,施設整備の経緯や意図,施設を活かしたサービス例,その施設が拠点形成に果たしている機能について整理と考察を行った。調査対象館は,気仙沼図書館(宮城県),大和市立図書館(神奈川県),田原市中央図書館(愛知県),瀬戸内市民図書館(岡山県)および伊万里市民図書館(佐賀県)とした。選定基準は報告書の「2.1 調査対象館選定の考え方」に示しているが,基準の一つに挙げた「日本図書館協会建築賞ないしそれにごく近い質的水準を有する建築であること」について付言したい。日本図書館協会建築賞(CA1941参照)では施設(器)とサービス(中身)が調和し,いずれにおいても優れていることを重視しているが,本調査研究でも優れたサービスを可能としている図書館施設のあり方に注目した。サービスを支える施設の多様なあり方を考察するべく,調査対象館が立地する地域や地方公共団体の規模が偏らないよう配慮した。さらに,長期的なサービス実施状況を踏まえた施設評価も重要と考えたことから,近年の建築例だけでなく開館から一定年数が経過した館も対象に含めることとした。

  報告書のまとめでは,事例調査で得られた知見や図書館施設整備のポイントを整理した。知見の一例を挙げれば,「フリースペース」の設置と活用が複数の館で見られたことである。用途を限定せず柔軟な利用ができる空間が,利用者の多様なニーズを満たす受け皿として機能している。得られた知見を踏まえて,地域の拠点となる図書館施設を整備する際には,二つの考え方を出発点にできると結論付けた。一つ目は,地域の拠点となる図書館施設のあり方は一様ではなく,環境の変化に応じて不断に模索し改良していくべきものであるという考え方,二つ目は,施設整備に際しては市民と関係者が「良き協働体制」を形成し,両者が図書館の将来像について共通認識を持つことが重要という考え方である。

  文献調査では,建築分野における図書館研究の動向,図書館建築に関する先行研究,近年新築又は改築を行った公共図書館,過去の日本図書館協会建築賞受賞館に関する調査を実施し,その成果を整理して報告書の付録資料とした。

  報告書の作成に当たっては,図書館施設に関する専門的知見を有さない読者にも分かりやすい内容とすることを目指し,平易な記述や写真・図表の活用を旨とした。報告書は2020年3月に刊行し,国内外の図書館等に配布するとともに,5月にはカレントアウェアネス・ポータルおよび国立国会図書館デジタルコレクションにおいて電子版を公開した。現在,新型コロナウイルス感染症の影響により多くの図書館が来館サービスの休止・制限を余儀なくされているが,このことにより図書館施設が地域の拠点として果たしてきた役割の大きさがこれまでになく再認識されているようにも思われる。今後の図書館施設を考える際の参考資料として,この報告書をご活用いただければ幸いである。

Ref:
国立国会図書館図書館協力課. 地域の拠点形成を意図した図書館の施設と機能. 国立国会図書館. 2020, 163p., (図書館調査研究リポート, 18).
https://doi.org/10.11501/11488787
関西館図書館協力課調査情報係. 図書館及び図書館情報学に関する調査研究とは. カレントアウェアネス-E. 2016, (300), E1781.
https://current.ndl.go.jp/e1781
植松貞夫. 日本図書館協会建築賞について. カレントアウェアネス. 2018, (338), CA1941, p. 10-11.
https://doi.org/10.11501/11203357