E2268 – 英国の機関リポジトリにおけるウェブアクセシビリティ対応

カレントアウェアネス-E

No.392 2020.06.11

 

 E2268

英国の機関リポジトリにおけるウェブアクセシビリティ対応

電子情報部電子情報流通課・横田志帆子(よこたしほこ)

 

  英国では公共部門のウェブサイトに対し,誰もが利用できる形で情報や機能を提供すること,すなわちアクセシビリティへの対応が,2010年に制定された“Equality Act”(平等法)において義務付けられている。2018年に施行された規則で対応期限が示されたことを背景に,大学等の機関リポジトリの運営者コミュニティにおいて議論が活性化している。本稿では,英国の機関リポジトリにおけるウェブ技術のアクセシビリティ,すなわちウェブアクセシビリティ対応に関する検討の経緯と現状を概観する。

●2018年以前:ウェブアクセシビリティとオープンアクセス

  機関リポジトリにおいて提供される論文・記事等のコンテンツが,障害の有無にかかわらず誰でも利用可能であるべきだという議論は,法整備により義務付けられる以前から行われてきた。継続・高等教育機関における教育や研究の促進を目的とした非営利団体Jiscが運営するメーリングリストシステム“JiscMail”では,同分野の様々な課題に関する情報交換が行われており,機関リポジトリに関するメーリングリストはその一つである。そこでは2006年頃から,リポジトリに登録するファイルはどのような形式が望ましいか,アクセシビリティに対応したファイルの作成を研究者や出版者に求めることはリポジトリに文献を登録する妨げになるのではないか,リポジトリ側でも対応を可能にするためには人材育成が必要ではないか等の議論が交わされてきた。

  一方で,2006年頃はオープンアクセス(OA)に関する政府や研究助成機関の取組が注目を集め始めた時期でもあり(E338CA1544参照),ウェブアクセシビリティ対応に係る費用負担の大きさがOAの実現の障壁となり得るとの懸念の声が強く,アクセシビリティに対応しているかどうかにかかわらずPDF形式による登録が維持されてきた。

●2018年以降:法的要請と政府によるガイドライン

  2018年9月に施行されたアクセシビリティに関する規則“The Public Sector Bodies (Websites and Mobile Applications) (No. 2) Accessibility Regulations 2018”は,(1)2018年9月23日以降に公開された公共部門のウェブサイトは2019年9月23日までに,(2)それ以外の公共部門のウェブサイトは2020年9月23日までに,(3)モバイルアプリケーションは2021年6月23日までに,アクセシビリティに対応することを求める内容であった。

  その後,2019年5月には内閣府に置かれた政府デジタルサービスが“Make your website or app accessible and publish an accessibility statement”と題したガイドラインを公表した。そこでは公共部門のウェブサイトまたはアプリの担当者に向けて,アクセシビリティに対応するための最善の方法が次の四段階で記されている。第一に,アクセシビリティ上の問題点の有無を確認し,第二に,問題を解決するための合理的な計画を立て,第三に,ウェブサイトまたはアプリ上のアクセシビリティの取組を表明するアクセシビリティステートメントを公開し,最後に,新たに追加するコンテンツや要素についてアクセシビリティに対応するとしている。各段階の方法について,おおよその費用や問合せ窓口も含めて詳細に記述されており,実用的なガイドラインとなっている。

●2020年9月の対応期限に向けて

  具体的な期限が示されたことを受けて,先述の“JiscMail”におけるウェブアクセシビリティ対応に関する議論が再び活性化しつつあり,2018年9月にはウェブアクセシビリティに関するメーリングリストが立ち上げられた。そこで交わされている議論には,以下のようなトピックが含まれている。

  • 紙をスキャンしたPDFファイルのアクセシビリティ品質基準
  • Adobe InDesignで作成したPDFファイルのアクセシビリティ対応方法
  • アクセシブルでないPDFファイルのHTMLやEPUB3形式への一括変換と法的課題
  • 研究助成機関である英国研究・イノベーション機構(UKRI)に対し,選考基準にアクセシビリティ対応を含めるべきという意見を提出することの是非

  その他,Jiscが主催するオンラインセッションでは,COVID-19感染拡大の影響でウェブアクセシビリティ対応に遅れが生じている機関に対し情報交換・質疑応答の機会を提供している。

  ウェブアクセシビリティ実現のための専門的知識や費用の確保は依然として大きな課題であり,各機関はこの課題に協同して取り組むべく知識を共有し,助成団体等の関係機関に向けて情報発信を行おうとしている。英国に限らず,ウェブ利用者の多様化に伴い誰もがアクセスできる形で情報を提供することが一層重要性を増す中で,機関リポジトリにおける議論および取組の方向性から学ぶ点は多いだろう。

Ref:
“The Public Sector Bodies (Websites and Mobile Applications) (No. 2) Accessibility Regulations 2018”. The National Archives.
http://www.legislation.gov.uk/uksi/2018/952/contents/made
Government Digital Service. “Make your website or app accessible and publish an accessibility statement”.
https://www.gov.uk/guidance/make-your-website-or-app-accessible-and-publish-an-accessibility-statement
“JISC-REPOSITORIES Home Page”. JiscMail.
https://www.jiscmail.ac.uk/cgi-bin/webadmin?A0=JISC-REPOSITORIES
“DIGITALACCESSIBILITYREGULATIONS Home Page”. JiscMail.
https://www.jiscmail.ac.uk/cgi-bin/webadmin?A0=DIGITALACCESSIBILITYREGULATIONS
オープンアクセスに関する研究助成機関の新方針(英国). カレントアウェアネス-E. 2005, (60), E338.
https://current.ndl.go.jp/e338
筑木一郎. 動向レビュー:英米両国議会における学術情報のオープンアクセス化勧告. カレントアウェアネス. 2004, (282), CA1544. p.15-19.
https://doi.org/10.11501/287122