E2267 – 英国図書館が進める音声記録の保存事業

カレントアウェアネス-E

No.392 2020.06.11

 

 E2267

英国図書館が進める音声記録の保存事業

利用者サービス部音楽映像資料課・鈴木三智子(すずきみちこ)

 

●事業の概要

  英国図書館(BL)では2015年に,録音資料の保存のために我々に残されているのはあと15年ほどである,という報告がなされた(E1753参照)。それを受けて同館では音声記録の保存プロジェクト“Save our Sounds”を発足し,その一環として,“Unlocking Our Sound Heritage”(UOSH)を2017年から開始した。UOSHの目的は,記録媒体の物理的劣化や旧式化により再生できなくなるおそれがある音声記録50万点を保存することである。BLが地域のハブ機関である国内10機関と連携して希少なコレクションをデジタル化・目録化し,その音源を誰もが自由に聴くことができるウェブサイトを開設する計画である。対象となる音源は録音の歴史が始まった1880年代からの多彩な音声記録であり,媒体はろう管,アナログレコード,オープンリール,カセットテープ等幅広い。なお,この事業は国営宝くじ文化遺産基金(The National Lottery Heritage Fund)からの助成金930万ポンドや,慈善団体や個人からの寄附を受けて運営されている。

  以下では,各地域のハブ機関の取組を紹介する。

●各連携機関の取組

(1)ウェールズ国立図書館
  ウェールズ域内の連携機関と協力し,対象とする音源は5,000点である。文化や伝統が豊かなウェールズでは地域独特のオーラルヒストリーや方言調査,詩,大衆・民俗音楽等の音声記録を保存している。また,事業のなかで,19世紀後半から20世紀初頭の幼少期の思い出が語られたインタビュー音源を発掘した。今は廃れてしまった当時の風習等についての記録は次世代に語り継ぐべき国の文化遺産と捉え,同館の公式ブログでも詳しく紹介している。

(2)北アイルランド国立美術館
  北アイルランド域内で連携し,対象音源は5,000点である。内容は民話,言語,伝統音楽や歌のほか工芸,産業,交通機関に関するもの等多岐に及ぶ。なお,スタッフはUOSHのTシャツを着てデジタル保存についての情報発信等を行っている。そのほか,デジタル保存した音声記録からインスピレーションを得て,昔の民話を新たな創造的工夫を加えて再解釈した短編映画が制作された。

(3)スコットランド国立図書館
  スコットランド域内16機関と連携し対象音源は5,000点である。スコットランドのバラッドやフェア島に生息するパフィン(ニシツノメドリ)といった野生動物の音声,オーラルヒストリーのインタビュー等について,ボランティアの協力を得てデジタル化を実施した。デジタル保存した音源は同館内で利用可能であり,また,一部をウェブサイト“Scotland’s Sounds”で公開している。

(4)レスター大学
  イングランド中央部の保存事業はレスター大学が中心となって取り組んでいる。最初にデジタル化を完了した音源は,BBCラジオレスター支局で1979年から10年間放送され大人気を博した考古学番組である。考古学者により制作された100以上のプログラムのうち,98もの音源をデジタル保存した。同大学のブログではこの番組について詳解している。

(5)ザ・キープ(The keep)
  歴史的文書のアーカイブセンターである同機関は,南東イングランドの中心としてケント大学等と連携しデジタル保存を進めている。内容は,2000年に発生したルイスの洪水の記憶,1970年代のBBCラジオブライトン支局の録音,サウサンプトンのオーラルヒストリー・インタビュー,1940年代の農村生活の記憶,鳥やハチ等の森の音,製糸工場の音源等である。

(6)ブリストル・カルチャー(Bristol Culture)
  ブリストル市議会が運営する同機関は,南西イングランドの音源5,000点を対象としている。内容はセント・ポールズ・カーニバルの音楽演奏,ブリストル・チャンネルTV局のジングル,そして,ブリストルの博物館や文書館が管理する大英帝国・英連邦コレクションに含まれる豊富なオーラルヒストリーの音声記録等である。また,デジタル保存した音源の一部をウェブサイトで公開している。

(7)アーカイブズ+(Archives+)
  マンチェスターでアーカイブズ機関の連携事業体として活動するアーカイブズ+は,北西イングランドの連携機関と協力し,カセット,オープンリール,光ディスク等に収録の1万5,000点を対象としている。内容はリバプールの船員,港湾労働者,サッカーファンのオーラルヒストリーから,ランカシャーの工場や病院の労働者,登山者の話,移民の話等多岐にわたる。

(8)ロンドン市公文書館
  ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンと協力し二人の学生が10週間デジタル化を行った。対象とした音源は1986年にThe Dulwich Societyが録音したコレクションで,第二次世界大戦の戦前・戦中の地域の記憶,交通機関や商店の変化等について,住民にインタビューしたものである。

(9)ノーフォーク・レコードオフィス
  東部イングランドの連携機関と協力し,対象音源は5,000点である。音源をこの事業の広報等に活用しており,地域でウォーキングツアーやランチタイムのトークイベントを開催し,参加者が歴史的な音声記録に触れる機会を設けている。

(10)タイン・アンド・ウィア文書館・博物館
  対象音源は5,000点である。内容は北東イングランドおよびヨークシャー地域の豊かな歴史を表す伝統・大衆音楽,ワールドミュージック,演劇や詩の朗読,オーラルヒストリー,地域のラジオ音源に野生動物の音声記録等である。

  上述のように英国では各地域のハブ機関が貴重な音の歴史を後世に残す取組を行っており,今後の進展が注目される。

Ref:
“Save our Sounds”. British Library.
https://www.bl.uk/projects/save-our-sounds
“Unlocking Our Sound Heritage”. British Library.
https://www.bl.uk/projects/unlocking-our-sound-heritage
“Unlocking our Sound Heritage”. British Library.
https://www.bl.uk/press-releases/2017/april/major-funding-boost-for-unlocking-our-sound-heritage
“Unlocking Our Sound Heritage hubs digitise 10,000 recordings”. British Library. 2019-12-10.
https://blogs.bl.uk/sound-and-vision/2019/12/unlocking-our-sound-heritage-hubs-digitise-10000-recordings.html
“Protecting the Story of Wales”. National Library of Wales. 2019-04-26.
https://blog.library.wales/protecting-the-story-of-wales/
“Scotland’s Sounds”.
https://scotlands-sounds.nls.uk/
Colin Hyde. “Digging Out the Past – the legacy of Alan McWhirr”. Library Special Collections. 2019-01-13.
https://staffblogs.le.ac.uk/specialcollections/2019/06/13/digging-out-the-past-the-legacy-of-alan-mcwhirr/
“Directory of UK Sound Collections”. British Library. 2016-04-29.
https://www.bl.uk/projects/uk-sound-directory
Adam Tovell, James Knight. “National Audit of UK Sound Collections”. British Library. 2015-10.
http://www.bl.uk/britishlibrary/~/media/subjects images/sound/national audit of uk sound collections – final report.pdf
奥村さやか. 英国全域の録音資料を明らかにする試み‐BLが調査報告. カレントアウェアネス-E. 2015, (295), E1753.
https://current.ndl.go.jp/e1753