E2266 – 台湾における公共貸与権の試行導入

カレントアウェアネス-E

No.392 2020.06.11

 

 E2266

台湾における公共貸与権の試行導入

関西館アジア情報課・丹治美玲(たんじみれい)

 

   2019年12月31日に,台湾の教育部および文化部は記者会見を開き,公共貸与権の試行導入計画を発表した。公共貸与権(Public Lending Right;CA1579参照)は,「公共貸出権」「公貸権」ともいい,「図書館の貸出しに着目して何らかの金銭を作家に支給する制度」である。欧州を中心に30以上の国・地域で導入されているが,東アジアでは初の試みである。

   台湾では,2003年には公共貸与権に関する研究が行われていたことが確認できるが,公共貸与権という概念が台湾のメディアに登場したのは2008年と言われる。文化部は,2012 年頃から公共貸与権に関する検討を進めており,2017 年度には公共貸与権に関する委託調査を実施し,2018年に調査報告書を公開した。試行導入計画は,この調査結果も踏まえてまとめられている。なお,この調査報告書はウェブサイト上で公開されている。

   試行は,国立公共資訊図書館および国立台湾図書館で実施される。試行期間は2020年1月1日から2022年12月31日までの3年間である。公共貸与権が適用される範囲は,台湾人,台湾の法令に基づいて登記された法人または民間団体が,国家言語(国家言語発展法第3条に基づく,台湾のすべてのエスニック・グループが使用する自然言語および台湾手話をさす)または,外国語で創作し,台湾で出版されISBNが付与されている紙の図書である。

   試行では,両館での年間の資料貸出数が補償金計算の基準となる。貸出延長数はカウントされない。補償金は1回の貸出し当たり新台幣3元(本稿執筆時点で日本円約10円に相当)であるが,年間で30元以下の場合は支払われない。ただし,単年で30元に達しなかった場合でも,試行期間中であれば翌年以降と合算され,試行終了後には,それまでの累計額が全額支払われる。2020年の補償金の予算として1,000万元が計上されており,また試行期間中は教育部が図書館の予算とは別枠で予算を確保するため,両館の図書購入費への影響は生じないとされている。補償対象は作者と出版者であり,補償金は,作者70パーセント,出版者30パーセントの比率で配分される。作者には,著者のほか,絵本の作画者,編著者,改編者,口述者なども含まれ,複数の場合は等分される。死亡した人物や解散した団体には支払われず,政府機関や公立学校は支払い対象外である。教育部の統計によれば,両館で補償金の適用対象となる資料は125万冊とのことである。

   両館は対象年の翌年の2月に補償対象の資料リストを公開し,補償金の支払いを望む作者および出版者は4月までに登録を行う。両館は登録内容を審査し,有資格者と認めたものに対して,5月以降に支払いが行われる。

   試行開始に伴う報道では,出版業界の人物の,創作活動を促進する効果はあるが,実際に利益を得られる者はごく一部に限られるとする見解なども示されている。また,立法院法制局は,社会的関心度の高いテーマについて調査研究を行う「議題研析」の一つに公共貸与権を取り上げており,ウェブサイトでは以下の2点の政策提案が公開されている(2020年1月30日最終更新)。

  • 補償金が一律であるため,貸出回数の多い通俗小説等の作者や出版者が利益を得ることになり,文化的な創作の振興という目的が達せられるか不明である。図書の種類に応じた補償金を設定し,台湾の人々の文化的素養の向上を図ることを提案する。
  • 補償金が図書の販売価格によらず一律であるため,高価で質が高い図書の出版が促進されない。販売価格に応じた補償金を設定することを提案する。

   台湾には,公共貸与権を権利として認める現行法令は存在しない。立法院委員の蘇巧慧氏と張廖萬堅氏は,2019年5月の記者会見で,図書館法を改正し公共貸与権に関する内容を追加する方向で検討を進めていることを明らかにした。一方,中華民国図書館学会理事長で,国立台湾師範大学図書情報学研究所教授兼図書館長の柯皓仁氏は,同じく2019年5月に発表した記事で,「公共貸与権に関するIFLAの立場」(E318参照)に反することから,図書館法に公共貸与権に関する条項を設けるのではなく,公共貸与権に関する特別法を制定することが望ましい,と述べている。

   公共貸与権は,将来的には,台湾の公共図書館全体での導入が目指されており,今回の試行の結果は今後の参考にされる予定である。

Ref:
“國立公共圖書館試辦「公共出借權」計畫”. 教育部. 2019-12-31.
https://www.edu.tw/News_Content.aspx?n=4F8ED5441E33EA7B&s=F90C95DCDB7FFF69
“國立公共圖書館109年起試辦「公共出借權」”. 教育部. 2019-12-31.
https://www.moe.gov.tw/News_Content.aspx?n=9E7AC85F1954DDA8&s=89AFF7F347DC425E
邱炯友, 曾玲莉. 公共出借權之演進與發展 臺北市立圖書館館訊. 2003, 21(1), p. 1-19.
http://www-ws.gov.taipei/001/Upload/public/Attachment/033014354345.pdf
文化部. 101年圖書出版產業調查報告.
http://mocfile.moc.gov.tw/mochistory/images/Yearbook/2012survey/home.html
“推動臺灣出版品公共出借權之法制作業、實施機制及其效益評估”. 政府研究資訊系統.
https://www.grb.gov.tw/search/planDetail?id=12247997
“東亞第一「公共出借權」2020在台啟動,借1本書政府補助作者、出版社3元. The News Lens. 2020-01-01.
https://www.thenewslens.com/article/118624
“公共出借權問題研析”. 立法院. 2020-01-30.
https://www.ly.gov.tw/Pages/Detail.aspx?nodeid=6590&pid=191606
柯皓仁. 「公共出借權」的美麗與哀愁. 聯合新聞網. 2019-05-08.
https://web.archive.org/web/20200227233624/https://udn.com/news/story/7339/3800473
公貸権に関するIFLAの立場. カレントアウェアネス-E. 2005, (57), E318.
https://current.ndl.go.jp/e318
南亮一. 動向レビュー:公共貸与権をめぐる国際動向. カレントアウェアネス. 2005, (286), CA1579.
https://current.ndl.go.jp/ca1579