カレントアウェアネス-E
No.504 2025.07.03
E2802
早稲田大学における学術書のオープンアクセス化の試み
早稲田大学図書館・ティムソン ジョウナス
●はじめに
早稲田大学では2024年度、オープンアクセス(OA)加速化事業の一環として、学術書のOAに取り組んだ。本稿ではその概要を紹介する。
●オープンアクセスの対象分野とは?
文部科学省のOA加速化事業の公募ページには、事業概要として「オープンサイエンスは、論文のオープンアクセスと研究データのオープン化・共有化(オープンデータ)を含む、研究成果の共有・公開を推進し、研究活動の加速化や新たな知識の創造等を促す取組」とある。同事業が、2023年5月の「G7科学技術大臣コミュニケ」および2024年2月の内閣府による「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」(以下「基本方針」)を契機としていることから、自然科学分野を主眼に事業構想を立てた大学関係者が多かったのではないか。
しかしながら、人文・社会科学も、オープンサイエンスにおいて重要な役割を占めることに異論はないだろう。
早稲田大学は、自然科学分野での成果もさることながら、人文・社会科学においても研究の蓄積がある大学である。同事業に関わるにあたり、自然科学分野だけではなく、人文・社会科学分野において何ができるかということは、一つの検討課題となっていた。
●人文・社会科学における研究成果の意義とその課題
近年の国内外の研究で、人文・社会科学の研究が、様々な社会課題の解決に寄与し得ることが分かっている。この傾向は、COVID-19のパンデミックに際しても証明されたところである。人文・社会科学の研究成果をオープンにすることは、一般市民の「知へのアクセス」を促し、その文化的・社会的素養を涵養させるのみならず、政策決定に携わる立場の人々に対しても、有益な知見を提供し、彼らの意思決定に貢献することを可能とする。
人文・社会科学の研究者にとって、特に重要視される研究成果は、一つのトピックについて、広く深く議論することが可能な単行書(学術書)だといわれている。ただし、早稲田大学のみならず、日本国内で生みだされる人文・社会科学の研究成果の流通を考えたとき、それらの多くは紙媒体・少部数・日本語中心で流通しており、読者や社会への還元に限界があるという課題がある。
●人文・社会科学における研究成果(学術書)のオープン化
前述したような課題に対し、学術書のOAは有効な解決策となる。OA論文は、非OA論文に比べてその閲覧数が増加するといわれているが、これは書籍についても同様の傾向が報告されている。先述の内閣府による基本方針においては、学術書は対象外となっているが、例えば英国研究・イノベーション機構(UKRI)のOAポリシーの中には単行書(monograph)が含まれており、学術書のOAも、OA推進における取組の一つとして無視できないだろう。
こうしたことを踏まえ、早稲田大学では、人文・社会科学分野の研究成果のOA化に取り組むことを決定した。
●早稲田大学における学術書OAのプロセス
学術書のOA化については、既に京都大学や筑波大学においてリポジトリを活用した前例がある。早稲田大学においても同様に、学術書をリポジトリに登録することを前提とした。
新たに学術書をOAで刊行するのか、既刊書をOA化するのか、という検討課題があったが、図書館が学術書出版の経験やノウハウを持っているわけではない。そこで、早稲田大学では、株式会社早稲田大学出版部の協力を得て、同社による既刊書のOA化に取り組むこととなった。
対象とするコンテンツについては、今後、公的資金による助成を受けた研究成果は即時OAが義務づけられることを踏まえ、パイロットケースとして、文部科学省のグローバルCOEプログラムに採択された「演劇・映像の国際的教育研究拠点」プログラムの成果として刊行された書籍を選定した。
早稲田大学出版部には、各著者へのOA化の打診、各種権利処理のサポート、原稿データの提供といったプロセスにおいて、多大なる協力を得た。また、原稿データをリポジトリ掲載用のPDFにするプロセスにおいては、株式会社早稲田大学アカデミックソリューションにも協力を得た。
結果として、計5点の学術書をOA化することができ(2025年6月現在、5点中1点のみ一部OA)、公的助成を受けた研究成果を幅広い読者に対して届けることが可能となった。しかし、単に学術書をリポジトリに登録するだけでは、幅広い読者に訴求しない。そのため、LibGuides(E1410参照)を用いた学術書OAのページを図書館ウェブサイト内に作成したり、OA加速化事業を受けて立ち上げた「早稲田オープンアクセスポータル」内でお知らせを掲出したりし、精力的な広報を展開した。その結果、各タイトルとも、リポジトリでの公開後、短期間で国内外から多くのアクセスを集めた。
●今後の課題
今回は演劇研究を対象としたパイロット・プロジェクトにとどまったが、人文・社会科学の研究成果が市民の文化的素養の涵養や、政策決定に貢献し得ることを考慮すれば、今後も幅広い分野で取り組む必要がある。今回のように、既刊分はもちろんであるが、公的資金による助成を受けた人文・社会科学の研究成果として出される新刊のOA化も視野に入れていきたい。
なお、国外からの反応もあったことから、日本の人文・社会科学の研究成果にも一定のニーズがあるということを再確認することができた。これを踏まえ、今後は、AI翻訳を意識した原稿のOCR処理や英文抄録の機械可読メタデータ化、各種データベースへの書誌登録といったことも検討している。
もっとも、今回の学術書OAプロジェクトが実施できたのは、OA加速化事業によるところが大きい。当事業の補助金終了後において、当プロジェクトを継続して推進していくために、人的・物的・財政的リソースをどのように確保していくのかということを考えていく必要があるのは、言うまでもない。
Ref: “オープンアクセス加速化事業の公募開始について”. 文部科学省. 2024-03-26. https://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/1421775_00008.htm 内閣府. G7科学技術大臣コミュニケ(仮訳). 2023, 9p. https://www8.cao.go.jp/cstp/kokusaiteki/g7_2023/230513_g7_kariyaku.pdf 統合イノベーション戦略推進会議. 学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針. 2024, 3p. https://www8.cao.go.jp/cstp/oa_240216.pdf 加藤泰史, 松塚ゆかり編. 人文学・社会科学の社会的インパクト. 法政大学出版局. 2023, 364p. “Accelerating Open Access (OA) Research in the UK”. Taylor & Francis. https://insights.taylorandfrancis.com/research-impact/accelerating-open-access-uk/ Wang, X.; Liu, C.; Mao, W.; Fang, Z. The open access advantage considering citation, article usage and social media attention. Scientometrics. 2015, 103, p. 555–564. https://doi.org/10.1007/s11192-015-1547-0 Neylon, C. et al. More readers in more places: the benefits of open access for scholarly books. Insights. 2021, Vol. 34, Article 27. https://doi.org/10.1629/uksg.558 “UK Research and Innovation open access policy”. UK Research and Innovation. 2023-11-15. https://www.ukri.org/publications/ukri-open-access-policy/uk-research-and-innovation-open-access-policy/ “京都大学学術出版会発行の研究書”. 京都大学リポジトリ. https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/49762 つくばリポジトリ. https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=100&sort=custom_sort&search_type=2&q=1534 “グローバルCOEプログラム 演劇・映像の国際的教育研究拠点”. 早稲田大学演劇博物館. https://prj-gcoe-enpaku.w.waseda.jp/index.html “早稲田大学 学術書オープンアクセス化プロジェクト”. 早稲田大学図書館. https://waseda-jp.libguides.com/oa_monograph “早稲田大学における学術書のオープンアクセス化のお知らせ”. 早稲田オープンアクセスポータル. 2025-04-01. https://wasedaopenaccess.w.waseda.jp/news/monograph-oa-at-waseda/ 天野絵里子. つながるLibGuides:パスファインダーを超えて. カレントアウェアネス-E. 2013, (234), E1410. https://current.ndl.go.jp/e1410