カレントアウェアネス-E
No.368 2019.05.16
E2132
第4回SPARC Japanセミナー2018<報告>
2019年1月29日に,国立情報学研究所(NII)において第4回SPARC Japanセミナー2018が「人文社会系分野におけるオープンサイエンス~その課題解決に向けて~」とのテーマで開催された。
はじめに,情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)の鈴木親彦氏より,今回のセミナーの概要に関する説明が行われた。人文社会系分野の研究成果は学術書として商業出版で公開されることも多く,機関リポジトリへの登載といったオープン化とは必ずしも相性が良くないというのが現状である。オープンサイエンスの定着に向けて,改めて人文社会系分野の置かれている状況を具体的に確認して,課題を共有するというのがセミナーの趣旨である,とのことであった。
最初の講演は,日本学術振興会の前田幸男氏によるものであった。社会科学の調査データや数量統計データは,人文学におけるその当時の人物の手による地図や古文書と同様に,その時代の社会状況を記録した重要なデータであり,これらのデータをきちんと保存し,公開していくことは重要な活動であるとの指摘がなされた。また国際発信については,英語を用いて国際的に共有する努力が必要である,という見解が示された。
日本学術振興会で,2018年度に開始された「人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業」では,日本学術振興会を中核機関として,4つの拠点機関(研究機関)が指定されている。各拠点機関ではデータを長期的に保存・共有するための仕組みや,データやメタデータの英語化などを担当するほか,日本学術振興会では,各拠点機関が収集したデータのカタログを連結し,可視化する役目を担う。研究者は,データの発信や共有をタスクの一部として考えていない場合も多く,今後は各拠点機関にデータのアーカイブをする専門家,データの利用を促進する専門家などを配置していくことが必要であろう,とのことであった。
続いて,京都大学学術研究支援室の天野絵里子氏より,日本の学術書をオープンアクセス(OA)化することの意義と課題について,報告が行われた。海外において,大学以上の高等教育レベルで日本語を学習している人々は100万人前後いることから,日本語の学術書をOAにすることで,これら潜在的な読者がアクセスできる機会が増えるとし,絶版になり,もはや利益を生まない学術書なども積極的にOAにしてほしい,との意見が示された。
また,OAを学術書で実現する方法として,著者がOA化のための費用(BPC)を支払うことでOA化するという,著者支払い型OAというものがある。また大学主導の出版という形態や著者主導の出版という概念もある。その他,コストシェアリングという形で,図書館による少額の共同出資でBPCを肩代わりする仕組みなども誕生している,との紹介があった(CA1907参照)。
続いて京都大学東南アジア地域研究研究所の設楽成実氏の講演があった。地域研究分野における,日本と海外の学術雑誌に関して比較すると,海外ではデジタル化は進んでいるものの,商業出版社での出版が中心となっていることから,コンテンツへのアクセスは多くが購読者に限られる状況であるという。一方,日本の学術雑誌では,採算という概念はあまり持ち込まれない傾向があり,OA化など広く社会に研究成果を還元するというシステムに繋がっている,との見解が述べられた。
そして,東南アジア地域研究研究所における英文の学術雑誌“Southeast Asian Studies”の出版に当たっては,東南アジア諸国からのアクセス確保を加味し,出版社を通さず自力でのOA出版を選択したことが紹介された。その上で知名度の向上を目指すべく,体制の整備や広報活動の強化,雑誌独自のドメインの取得や海外の学術データベースへの登録といったインフラの整備に注力してきたが,インフラに関しては雑誌の製作者や研究者にとっては,十分な事情が分からず難しい面があるため,図書館などの専門家によるサポートがあることが望ましい,とのことであった。
また研究成果を広く社会に還元していくためには,公開されている情報の信頼性をどう提示するかを考える必要があり,学術雑誌の投稿規程なども,OA公開した論文と同一のサイト上で,公開を進めていくことが望ましい,との提言が示された。
パネルディスカッションでは,3人の講演者に加え,筑波大学学術情報部の中原由美子氏が加わり,図書館の機関リポジトリが,OA出版についてどういった役割を果たすことができるかという話題を中心に,活発な討論が行われた。人文社会系分野の学術書の読者には研究者だけでなく市民がいることから,クラウドファンディングを通じて,OA出版の資金を募るという方法があるのでは,との意見も提起された。
最後にNII学術基盤推進部の江川和子氏から,人文社会系分野のインフラの装いは変わりつつあり,今後もインフラ構築を進めていくことが期待される,との挨拶があった。
このように今回のセミナーは,日本における人文社会系分野の学術出版の現況を踏まえた上で,世界的なOAの潮流にどう対応していくべきなのかを改めて考えさせるものであった。
佛教大学図書館・飯野勝則
Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2018/20190129.html
https://www.jsps.go.jp/j-di/index.html
https://englishkyoto-seas.org/
E2083
E2095
E2105
CA1907