E2105 – 第3回SPARC Japanセミナー2018<報告>

カレントアウェアネス-E

No.363 2019.02.14

 

 E2105

第3回SPARC Japanセミナー2018<報告>

 

 2018年11月9日,国立情報学研究所(NII)にて第3回SPARC Japanセミナー2018「オープンアクセスへのロードマップ:The Road to OA2020」が開催された。

 まず冒頭に,一橋大学附属図書館の石山夕記氏から概要説明があった。オープンアクセス(OA)の理念は日本国内でも定着してきたがその進展は遅く,世界中で公表される全学術論文の即時OA化を目指すイニシアティブOA2020の取り組みを参考に,本セミナーを日本における新たなOAモデルの構築に向け具体的行動を起こす契機としたい,と述べられた。

 講演では,最初に独・Max Planck Digital Library(MPDL)のシマー(Ralf Schimmer)氏から,MPDLが主導するOA2020が紹介された。ブダペスト宣言(2002年),ベルリン宣言(2003年;E144参照)から15年を経ても購読料モデルによる学術雑誌価格上昇が続く一方,OA論文は学術論文全体の15%程度に過ぎず,OA出版のビジネスモデルも確立していない。MPDLが2015年にまとめたオープンアクセス白書での試算によると,フルOA誌での論文出版費用は現在の学術雑誌購読費用の半分程度となるため,現状の支出に追加なくOAへ転換でき,さらにOA転換により生じた余剰で新規サービス導入や経費節減も可能となる。また,公表論文全体の80%(うち日本は4%)を占める上位20か国や,世界でも研究力の高い上位100機関程度でOA化が進めば,その規模は急速に拡大するとの見通しも示された。

 OA2020は35の国・地域から関心表明への署名を集め,各地でOA化のための出版社交渉や研究者の声明発表などを展開している。ロードマップ作成や助成機関等との連携,出版社に対するルール作りも課題とされるが,論文処理費用(APC)以外にも共同出資など多様なOAが可能であり,OAへ向けた出版社との契約交渉では「購読」から「出版」費用へ,また「ビッグディール」という集合から個々のジャーナル単位の出版費用への転換が進む,との考えが示された。

 MPDLが属するマックスプランク協会では,所属研究者の公表論文全体の80%を主要20社が占め(うちフルOA誌は5社),フルOA誌以外は“Publish & Read”等,購読料とAPCを相殺するオフセット契約(E1790参照)を拡大し,2020年には購読料モデルの契約をなくす予定である。またドイツでは3大出版社(Elsevier,Wiley,Springer Nature)に対し,プロジェクトDEALとして学長級の研究者が全国規模で交渉を行う。重要な点は,資金が出版社に一方的に流れるのではなく研究者を中心に回っていくシステムの構築だと述べられた。

 続いて,慶應義塾大学三田メディアセンター/大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の市古みどり氏から,国内で電子リソース契約交渉を行うJUSTICEの取り組みに関する紹介があった。大学図書館は電子リソース契約の中止や見直しが増え図書館予算圧迫など購読モデルの限界に直面し,単独では効果的な解決策もない。そこで,JUSTICEではこれまで具体的なOAモデル導入へ向けた活動として,論文公表実態調査,OA2020関心表明への署名,Berlin13への参加,OA2020 Transformationワークショップの開催,本SPARC Japanセミナー共催などを実施した。今後ロードマップ策定やオフセットモデル導入に向け,OAや出版に関するデータの収集分析の他,オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR)等のグリーンOA関連機関とも連携し関係者の理解と合意形成が必要だとした。

 最後に東北大学副学長/附属図書館長の大隅典子氏からは,日本でOAが進まない状況に対する問題提起がなされた。東北大学の研究状況や大学刊行の英文総合医学雑誌“The Tohoku Journal of Experimental Medicine”(TJEM)がOA化により世界的に高い評価を得た事例などが紹介された。しかし大学のOA方針策定後も東北大学機関リポジトリ(TOUR)への学術雑誌掲載論文の搭載が進んでいない。その背景には,大学間の競争激化で業務多忙な研究者がリポジトリ登録などに消極的なことや,OAに関する理解や情報が十分でなくOA誌に対して「ハゲタカ」ジャーナルではないかとの警戒感が強いことも挙げられる。大手出版社パッケージや高インパクトファクター(IF)ジャーナルのAPC支出をめぐる大学間の格差拡大という状況もあるため,新たな研究評価のあり方も必要ではないかと指摘された。

 講演に続き,NIIオープンサイエンス基盤研究センターの尾城孝一氏をモデレーターとしてパネルディスカッションが行われた。OAは利用・引用が容易でコスト面でもOA誌への投稿は有効とのパネリストの意見や,OA2020モデルの大規模出版社への優位性・OA出版への段階的転換の難しさ・OA化による出版コスト抑制の限界に関する質問が出た。パッケージ解体とジャーナル単位の契約により,出版社への購読料集中が解消し資金の流れが明確で自由になれば,中小出版社にも新たな商機が生じることが指摘された。また,自然科学系研究の出版費用の透明化・節減により人文社会科学系研究への再配分も可能との展望が示され,研究型大学等を中心としたオフセット契約のパイロット的小規模交渉や協議に対し出版社側の協力も求められた。

 今や,OA2020をめぐる世界的動向に共鳴しつつ,図書館が研究者と連携しOA拡大に向け具体的な活動に乗り出す時期が来たと言えるのではないだろうか。

明治大学学術・社会連携部図書館総務事務室・西脇亜由子

Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2018/20181109.html
https://www.mpg.de/10398752/new-initiative-to-boost-open-access
https://www.budapestopenaccessinitiative.org/read
https://openaccess.mpg.de/Berlin-Declaration
https://oa2020.org/wp-content/uploads/pdfs/MPDL_OA-Transition_White_Paper.pdf
https://www.projekt-deal.de/about-deal/
https://twitter.com/oa2020ini/status/763661900597104640
https://oa2020.org/b13-conference/
http://www.journal.med.tohoku.ac.jp/
E144
E1790