E1845 – 第1回SPARC Japanセミナー2016<報告>

カレントアウェアネス-E

No.312 2016.10.06

 

 E1845

第1回SPARC Japanセミナー2016<報告>

 

 2016年9月9日,国立情報学研究所(NII)において第1回SPARC Japanセミナー2016「オープンアクセスへの道」が開催された。

  NIIの漆谷重雄氏による開会挨拶に続き,同じくNIIの蔵川圭氏より,オープンアクセス(OA)のあり方と今後の戦略についての議論という今回のセミナーの趣旨説明がなされた。続いては大学改革支援・学位授与機構の土屋俊氏がOAのあるべき姿について述べた。グリーンOA(E1287参照)には出版社の査読体制を前提としつつも出版社の利益追求については否定しているという矛盾があり,ゴールドOAは出版社の主導と公的資金助成機関の支援によりビジネスモデルとして確立されつつある,というのが土屋氏の論であった。最後に,学術誌を媒体とする現行の学術情報流通の持続可能性について疑念が示された。

   大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)/東京大学附属図書館の尾城孝一氏からは,OA化の進展がデータとともに示された。そして,各国が協調して購読費を論文処理費用(APC)に振り替えれば追加コスト無しにOA化が実現できるという,2015年にベルリンで開催された国際会議Berlin12におけるマックスプランク研究所の提案“Open Access2020”が紹介された。また,JUSTICEは出版社との学術誌の購読費交渉のみならず,APCを含めた交渉をも行う必要に迫られているとの指摘がなされた。さらに,JUSTICEとSPARC Japan運営委員会による調査チームが2015年度から2016年度にかけ,国内研究者の発表論文数,OA論文数,APC支払額などに関し「国内論文公表実態調査」を行っていることが紹介された。調査では,購読費とAPCは国内の大学全体で見るとほぼ同額だが,一部の研究大学ではAPCが購読費を上回るとされた。現状ではハイブリッド誌に掲載されている論文のうちどれがOAであるか特定するのは困難であり,APC支払額の把握は完全でない。またAPCによるOA化が進んでも,OA化されない学術誌の購読費は過渡期の間はかかり続けるという指摘もなされ,調査継続の必要性と国際連携の重要性が示された。

   NIIの安達淳氏はSCOAP3プロジェクトの概要や経緯について述べた。SCOAP3は,欧州原子核研究機構(CERN)による,論文著者がAPCを負担することなく高エネルギー物理学分野の主要学術誌をゴールドOA化するというモデルである。フェーズ1は2016年末までの3年間で,現在はフェーズ2の方向性が定まりつつあるとのことである。不参加国の存在や出版社の脱退といった課題に加え,日本の拠出額はSCOAP3における要望額よりも少なく,対応を迫られている。SCOAP3継続のためには,科学「先進」国としての国際的な協調や研究助成機関及び研究者の協力と援助が欠かせず,図書館も一定のリーダーシップを取るべきであるとの提言がなされた。

   早稲田大学図書館の荘司雅之氏は,国内の大学図書館におけるOAの取組みについて述べた。大学図書館におけるOAは主に機関リポジトリによって展開されており,リポジトリの数は世界最多である。JAIRO Cloudの発展状況や,大学図書館の学術商業誌に対する姿勢について,機関リポジトリを運営する立場からの言及がなされた。また,既に国内外の複数の大学でOAポリシーが採択されているが,OA推進のためにはOA化が研究者にもたらすメリットを明らかにする必要があるとの指摘がなされた。

   情報・システム研究機構ライフサイエンス統合データベースセンターの坊農秀雅氏からは,生命科学分野の研究者による投稿誌選択について自身の経験に基づく紹介があった。OA化により論文の発見可能性が高まるのは研究者にとってメリットであるが,APCは負担である。投稿先としてはまずインパクトファクターが高い学術誌が,次に研究者の業績に繋がるPubMedの収録対象であるゴールドOA誌が選ばれ,研究者はグリーンOAを認知していないとの指摘があった。PubMedへの収録やDOI付与によってグリーンOAの認知度を高めることが可能であり,研究者の自発的な動きは期待できないため,何らかの強制力が必要であるとの提言がなされた。

  各氏からの講演に続き,琉球大学附属図書館の山本和雄氏をモデレーターとしてパネルディスカッションが行われた。SCOAP3やarXiv.orgへの米国の図書館の貢献が好事例として挙げられ,日本の図書館及び図書館員への期待が寄せられた。APCの支払状況を把握するためのメカニズムが求められており,日本学術振興会を中心とした科研費によるOA論文出版を助成するプロジェクトの可能性について述べられた。また,ゴールドOAとグリーンOAは二者択一ではなく,相互補完的な存在となり得るとの指摘もあった。過剰な額のAPC支払によるビジネスモデルへの抑止力としてグリーンOAという手段は有用であり,特に日本の大学における人文系紀要や研究データ公開のためにはグリーンOAの存在意義は大きいとの意見があった。

   研究者の費用負担を減らし,購読費とAPCの二重取り(ダブルディッピング)を防ぐため,購読費のAPCへの振り替えモデルは有効であると思われるが,既存のSCOAP3は特定分野の緊密なコミュニティに依拠している。Open Access2020のような全分野的なイニシアティブが,多くの課題を乗り越えてどのように発展していくのか,また図書館と図書館員が果たすべき役割とは何か,今後の状況を注視したい。

慶應義塾大学メディアセンター本部・森嶋桃子

Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2016/20160909.html
https://openaccess.mpg.de/2128132/Berlin12
https://arxiv.org/
E1287