E2095 – 第2回 SPARC Japanセミナー2018<報告>

カレントアウェアネス-E

No.361 2019.01.17

 

 E2095

第2回 SPARC Japanセミナー2018<報告>

 

 2018年10月25日に国立情報学研究所(NII)で第2回SPARC Japanセミナー2018(オープンアクセス・サミット2018)「オープンサイエンス時代のクオリティコントロールを見通す」が開かれた。今回のセミナーは2018年10月22日から10月28日まで行われた国際オープンアクセスウィークに合わせて企画された。

 はじめに,SPARC Japanセミナー企画ワーキングメンバーである科学技術振興機構(JST)バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)の八塚茂氏から概要説明があった。今回のテーマは,第1回のセミナー(E2083参照)で焦点を当てたデータ利活用ポリシーやデータのオープン化を担う研究者やライブラリアン等の人材とともに,オープン化を前に進めるために大切なことであると述べられた。

 講演では,F1000(Faculty of 1000)のローレンス(Rebecca Lawrence)氏から,オープンサイエンスにおける研究成果公開の新しい挑戦について,研究論文の評価や新しいオープンアクセス(OA)出版プラットフォームを提供するF1000の取組を交えて紹介があった。ローレンス氏は,現行の出版システムの問題点として,多くの研究が発表されないまま存在すること,新しい発見の共有には時間がかかること,査読システムが不透明であることを指摘した。オープンサイエンスはこのような従来の問題に対応するものであるが,オープンサイエンスでは研究成果のクオリティの保証がなされていないという誤解や,インパクトファクターの高い査読誌への掲載により評価されるという文化が存在している。これらの要因が,研究者のオープンサイエンスへの移行を阻んでいるとし,研究そのものを評価するように考え方を変えていくことが必要であると述べた。F1000では,査読者の情報やコメントが公開される透明性の高いシステムを提供しており,研究成果公開の迅速性とクオリティの保証を兼ね備えたプラットフォームであることが紹介された。最後に,オープンサイエンスに移行するための取組は,既存の研究評価の文化を変えることであり,この取組に日本もぜひ加わってほしいと付け加えた。

 次に情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センターのシーモア(Ben Seymour)氏から,中堅研究者の視点から,研究成果の公開について,自身の経験に基づき報告がなされた。研究者にとっては,研究成果が権威ある(インパクトファクターの高い)査読誌に掲載されることが,自身の評価や研究資金の獲得につながる。そのため,従来とは異なる新しい評価システムへの移行にはとても時間がかかるのではないかとの指摘がなされた。

 続くQ&Aセッションでは,科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の林和弘氏がモデレーターを務め,ローレンス氏,シーモア氏,さらに首都大学東京の栗山正光氏を加え,各講演を受けての質疑応答が行われた。

 その後のセッションでは,NIIの武田英明氏から,物理学・数学分野を中心としたプレプリントサーバーであるarXivとプレプリントサーバーの役割についての報告があった。近年ではarXivをロールモデルとした様々なプレプリントサーバーが出現している。プレプリントサーバーに求められる役割もこれまでの速報性のみならず,OA出版や査読誌との連携等が新たに求められるようになってきており,学術コミュニケーションのエコシステムを支える重要なパートナーになってきたとの指摘があった。

 続いて,情報システム・研究機構ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)の坊農秀雅氏から,生命科学分野のプレプリントサーバーであるBioRxivの活用を中心に報告があった。プレプリントサーバーを活用することにより,研究成果の迅速な公開と先取性が担保できること,BioRxiv等ではDOIが取得できるため研究費申請の際にDOIによる引用が可能であること等が挙げられた。一方で,プレプリントサーバーで公開してしまうと査読誌に投稿できないとの誤解がある(実際には多くの査読誌で投稿が可能である)こと,現状の評価システムでは査読論文しか評価されないという実態があること等が挙げられた。しかしながら,生命科学分野では査読のコストが非常に大きいため,査読によるクオリティの保証がいつまで続けられるか疑問がある。そこで,プレプリントサーバーで研究成果を公開することにより,SNS等を利用した研究者間の議論を醸成できれば,クオリティを保証することも可能ではないかという提言がなされた。

 最後に,パネルモデレーターに林氏を迎え,ローレンス氏,武田氏,坊農氏,栗山氏によりパネルディスカッションが行われた。ローレンス氏からは,若い研究者は現状の評価システムを変更したいという思いが強く,新たな評価システムが求められているとの意見が出された。最後に,研究成果として論文のみならず,研究方法,データ,材料,査読にまで公開範囲が広がることは,オープンサイエンスの進展,すなわちサイエンス全体の発展につながっていくとの期待が寄せられ,議論が締めくくられた。

 以上のように,本セミナーでは,オープンサイエンス時代のクオリティコントロールとして,F1000の新たな取組,研究者によるプレプリントサーバーを活用した研究成果の公開と可能性について述べられた。特に,F1000の取組のように,研究成果に関するあらゆる場面が公開されることが,クオリティを保証する鍵であると感じた。また,オープンサイエンスの進展により,既存の査読誌を中心とした評価システムそのものを変革させるという学術コミュニケーションの新たな可能性が見えてくるようにも思えた。

東京大学医学部・医学系研究科・田口忠祐

Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2018/20181025.html
https://f1000.com/
https://arxiv.org/
https://www.biorxiv.org/
E2083
E1987