カレントアウェアネス
No.364 2025年06月20日
CA2083
国立国会図書館におけるクラウドサービスへのシステム移行
国立国会図書館関西館電子図書館課:木目沢司(きめざわつかさ)*
1. はじめに
国立国会図書館(NDL)では、業務の効率化やサービスの改善・拡充を目的として、多くの情報システムを構築してきた(1)。しかし、限られた予算の中で、新たな業務サービスへの対応や情報セキュリティ上の脅威への対応など、対処しなければならない課題は年々増加している。
情報システムは大まかに、アプリケーションと、サーバやOS等のシステムインフラ環境(以下「インフラ」)から構成される。このうち、インフラは技術革新によりコスト当たりの機能や性能が著しく向上しており、近年普及したクラウドサービスを有効に利用することでシステム費用を大幅に抑えることが可能である。政府においても、2021年3月に策定された「政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針」(2)において、コスト削減や柔軟なリソースの増減が可能といった観点から、クラウドサービスを第一候補として採用する方針が示された。
NDLでは、2024年末までに主要なシステムが稼働するインフラ環境が賃貸借期限を迎えることから、それまでに各システムのリプレースが必要となっていた。この状況を受け、2021年度からクラウドサービスの利用について本格的に検討を開始し、2024年末までに主要なシステムのほとんどをクラウドサービスに移行した。本稿では、その取組の概要と、そこで得られた知見について紹介する。
2. クラウドサービスへの移行(検討段階)
2021年度は、クラウドサービスへの移行方針を検討し、移行対象となるシステムの基準や満たすべき情報セキュリティ要件等を定めた。移行対象とするシステムは、将来の運用経費等も含めて経済合理性があること、24時間365日稼働等、高いサービスレベルが求められるものとした。情報セキュリティ要件については、「政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)」(3)の基準を満たし、かつ当館の情報セキュリティポリシーに沿ったサービスであることを条件とした。
当館の各システムについて、クラウドサービスへの移行費用、移行後の運用費用、技術的な制約を調査し、その結果、移行完了後の運用費用は現行から一定の削減が見込めること、また、移行に必要となるアプリケーションの改修費用についても、各アプリケーションの移行時期を適切に年度ごとに分散して実施することで、捻出可能な水準に収まることが分かった。
クラウドサービスの調達方法は、調達における競争性と経済性の両面の検討を行った結果、次の方針とした。
- クラウドサービスの選定は、現行システムの移行又は新規開発に伴う調達時に、応札希望者からの提案に委ねる。
- 運用保守の段階では、クラウドサービス提供事業者に対して、各システムのクラウドサービス利用料金をまとめて支払うクラウドリセラー(4)を調達し、利用料金の割引を図る。
3. クラウドサービスへの移行(実施段階)
2022年度から、館内のシステム担当者による「システムインフラワーキンググループ(システムインフラWG)」という組織を立ち上げ、クラウドサービスへの移行に関する知識・経験の共有、調達仕様書に共通して記述する事項の策定などを進めながら、各システムのクラウドサービスへの移行を実施した。
3.1 2022年度
(1)国立国会図書館デジタルコレクション
国立国会図書館デジタルコレクションについては、旧システムをそのままクラウドサービスに移行するのではなく、全文検索可能なデジタル化資料の増加や個人向けデジタル化資料送信サービスの開始等、近年急速に拡充したデジタル資料提供サービスの改善を目的として新規開発することとした(E2604参照)。
新規開発に当たっては、ウェブ上で公開する利用者向け機能と館内で使用する業務向け機能に分け、利用者向け機能はクラウドサービス上に、業務向け機能は館内に設置する機器上に構築することとした。コンテンツファイルは館内設置機器のストレージに保存するほか、提供用データとしてクラウドストレージに配置し、さらにクラウドストレージの機能を利用して遠隔地バックアップも行うことで、災害等によるストレー ジの破損に備えることとした(5)。
旧システムでは、利用者向け機能、業務向け機能、そして遠隔バックアップそれぞれに高性能な機器を用いていたが、新システムでは、比較的安価な館内設置機器とクラウドサービスを組み合わせることで費用の削減を実現した。
3.2 2023年度
(1)国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)
NDLサーチは、NDLの蔵書やデジタル資料に加え、全国の図書館の蔵書やデジタルアーカイブを統合検索できる機能を提供しており、それを実現するために膨大な数のメタデータの同定処理を行っている。そのために旧NDLサーチは、複数台のサーバを用いた特別なインフラ構成が必要だった。クラウドサービスに移行するにあたり、この同定処理をその処理実行中のみ1台の高スペックマシンを起動して行う方法に変更した(CA2068参照)。クラウドサービスに最適化した設計で開発したことで、旧システムから大幅なコスト削減に成功した。
(2)レファレンス協同データベース及び国会会議録検索システム等
これらのシステムについては、移行経費の制約のため新規開発は行わず、旧システムとほぼ同様のシステム構成でクラウドサービスへの移行を行った。ただし、CDN(6)を利用してアクセス集中時の負荷を分散するなど、可能な範囲でクラウドサービスが提供する機能を活用した。
3.3 2024年度
(1)業務基盤システム
業務基盤システムは、NDLにおける資料の収集・整理・利用提供を担う基幹システムである。移行経費の制約により、旧システムとほぼ同様のシステム構成でクラウドサービスに移行することとしたが、連携する他システムも多かったため、システム利用部門も含めた全館的なプロジェクトとして移行作業を進めた。データ移行など慎重を要する作業もあったが、おおむね問題なく移行を完了した。
(2)国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)、カレントアウェアネス・ポータル、Web NDL Authorities
これらのシステムも移行経費の制約から旧システムと同様の構成のままクラウドサービスに移行したが、特に問題なく移行を完了した。
4. 移行結果の評価
(1)コストについて
クラウドサービスのコストについては、2024年度の移行が完了して間もないため、現時点での評価ということになるが、おおむね目標としていたコスト削減は達成できたと考えられる。特にクラウドサービス上で新規に開発を行った国立国会図書館デジタルコレクションやNDLサーチでは、コスト削減効果が顕著であることが分かった。
また、クラウドサービスへの移行により、今後はインフラ更改に伴う移行作業が不要となり、一時的な経費の高騰を避けられることも期待している。
ただし、クラウドサービスでは、アクセス数の増加やシステム改修時のアプリケーション開発事業者の設定ミスなどにより利用料が急に高騰する場合があるため、監視体制を整え料金の異常を早期に検知できるように運用することが求められる。そこでシステムインフラWGでは、クラウドサービスに関する仕様書にコスト管理に関する要件を追加することにした。
クラウドサービスでは、新たな料金節約プランや、より低価格なサービスがリリースされている。定期的にそうしたプランの採用や安価なサービスに乗り換えていくことで、コストの抑制を行っていく努力も必要である。
(2)運用について
クラウドサービスでは性能が不足した場合でもリソースを追加することが容易であり、それ自体は運用時の安心材料である。ただし、前述のようにコスト管理を徹底しなければ、インフラ費用の予算を超過する恐れがあり、十分な注意が必要である。
(3)セキュリティについて
クラウドサービスは様々なセキュリティ機能を提供しており、それらを適切に使用することで、セキュリティ対策を強化することができる。クラウドサービスでは、「責任共有モデル」という考え方があり、クラウドサービス提供事業者は、提供するクラウドサービス自体のセキュリティに責任を負う一方、クラウドサービスの利用における設定やアカウント管理については、クラウドサービスを利用する側が責任を持つこととされている。そのため、クラウドサービスを利用する際には、システムを安全に保つため、様々な設定を正しく行い、維持することが重要である。当館でもクラウドサービス移行時に脆弱性診断を実施したが、今後も継続的にセキュリティ監査等を実施してセキュリティ対策を万全なものとしていきたい。
5. おわりに
NDLにおけるクラウドサービスへの移行について概観した。インフラコストの削減という当初の目的は今のところ達成している。しかし、当館のサービスは量的にも質的にも拡大し続けており、それに伴いシステムが必要とするインフラリソースも増加し続けている。
さらに今後は、生成AI等新たな技術を活用したシステムの構築も必要となることが想定される。その費用を確保するためにも、引き続きインフラコスト削減への取組を継続していく必要があると考えている。
(1)木目沢司. 国立国会図書館電子情報部におけるシステム整備の成果―電子情報部発足10周年にあたって―. 情報の科学と技術. 2022, (72) 2, p. 67-73.
https://doi.org/10.18919/jkg.72.2_67, (参照 2025-03-24).
(2)各府省情報化統括責任者(CIO)連絡会議. 政府情報システムにおけるクラウドサービスの利用に係る基本方針. 2021, 16p.
https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/cloud_policy_20210330.pdf, (参照 2025-03-24).
(3)ISMAP – 政府情報システムのためのセキュリティ評価制度.
https://www.ismap.go.jp/csm, (参照 2025-03-24).
(4)クラウドサービス提供事業者から請求されるクラウドサービス利用料の支払いを代行する業者。複数のシステムで使用するクラウドサービスの料金をまとめて支払うことで割引を受けられる場合がある。また、通常はドル建てやクレジッ トカード払いに限定されているクラウドサービスでも、日本円や請求書払いで支払いが可能になる。
(5)北島顕正. 「国立国会図書館デジタルコレクション」における資料の保存と利用. デジタルアーカイブ学会誌. 2025, 9 (1), p. 20-24.
(6)Content Delivery Network。Web サイトのコンテンツを地理的に分散されたサーバ群にキャッシュし、CDNが利用者に最も近いサーバから配信することで、コンテンツの表示速度を向上させ、大量アクセス時の負荷を軽減できる。
[受理:2025-05-19]
木目沢司. 国立国会図書館におけるクラウドサービスへのシステム移行. カレントアウェアネス. 2025, (364), CA2083, p. 10-12.
https://current.ndl.go.jp/ca2083
DOI:
https://doi.org/10.11501/14434608
Kimezawa Tsukasa
System Migration to Cloud Services at the National Diet Library