カレントアウェアネス
No.365 2025年09月20日
CA2090
国立国会図書館「アジア資料書誌作成セミナー」の取組
国立国会図書館関西館アジア情報課:大西啓子(おおにしけいこ)
1. はじめに
国立国会図書館(NDL)関西館アジア情報課では、2023年度以降、図書館職員等を対象に、アジア言語資料の書誌作成スキルの向上及び他機関との共有を目的とする「アジア資料書誌作成セミナー」(1)(以下「書誌作成セミナー」)をオンラインで開催している。
本稿では、アジア諸言語(特に中国語・朝鮮語以外のアジア言語)資料の書誌作成の課題に触れながら、書誌作成セミナーの開催に至る経緯を紹介する。また、その概要を説明し、課題と今後について展望する。
2. 経緯
2.1 アジア諸言語資料に特有の課題
図書館資料にたどり着くための重要な手段が書誌データである。アジア諸言語資料の場合、この書誌データ作成において日本語資料や欧米言語資料とは少し異なる事情がある。
アジア諸言語の書誌作成では、目録規則に関する知識に加えて、多様な言語・文字の知識が必要となる。ラテン文字ではない独自の文字を用いて表記される言語の場合は、書誌データには原綴りの情報に加えて、米国議会図書館(LC)及び米国図書館協会(ALA)が承認した翻字表(ALA-LC翻字表(2))に従ってローマ字翻字形を入力する場合が多く、言語ごとの翻字規則の知識も必要となる。欧米言語資料に比べてWorldCat等からのコピーカタロギングで対応できる資料は少なく、コピーできる書誌データがある場合にもデータの確認や情報の追加には語学や翻字の知識が必要となる。日本において、これらの知識を持って書誌作成を行える人的資源は限られており、語学の専門知識を持つ大学院生等を非常勤職員として雇用して書誌作成を行っている図書館もあるが、そのような対応を取れない機関もある。担当職員に人事異動がある機関も多く、アジア諸言語の書誌作成に関する知識の共有やスキルの継承が課題となっている(3)。
2.2 知識の共有を求める声
関西館が開館した2002年度以降、アジア情報課では、アジア資料・情報に携わる図書館職員・研究者等を対象とする「アジア情報研修」(4)を毎年開催している。その参加者に対して研修後に実施するアンケートでは、早くから特殊言語の整理に関する研修を期待する声が寄せられていた(5)。
また、2000年代には、日本国内の他のアジア言語資料所蔵機関において、アジア言語資料の収集・整理に関する図書館間の交流・連携強化を目的とする研究事業が立ち上がり、アジア情報課も継続的に参加することとなった。その一つが、東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室が2007年度に開始した「アラビア文字図書DB連絡会」(2006年度は「アラビア文字図書DB連絡会準備会議」、2011年度以降は「アラビア文字資料司書連絡会」)(6)である。連絡会にはアラビア文字資料を所蔵する主要な大学・研究機関の担当職員が参加し、アラビア文字資料の整理等に関する実務的な情報交換が行われた。2007年度に同資料室が実施した「日本におけるアラビア文字資料の所蔵及び整理状況の調査」のアンケート作案にも連絡会の参加機関の担当職員が協力した(7)。
もう一つは、東南アジア資料に関わる図書館(室)が中心となって2007年度に開始した「東南アジア逐次刊行物プロジェクト」(8)である。東南アジア研究のための図書館資源の共有化を目的としてコア・ジャーナルの選定、国内所蔵調査、『東南アジア研究逐次刊行物総合目録』(9)の刊行、同目録のデータベース化(10)等が行われた。アジア情報課では、これらの研究事業への参加・協力を通して、アジア諸言語の書誌作成における課題や各機関の実務担当者との情報交換の重要性への認識を深めていった。
NDL主催の研修の実現に向けての契機となったのは、2014年度にアジア情報課が開催した「アジア情報関係機関懇談会」(以下「懇談会」)において、NDLに対してアジア諸言語の書誌作成ノウハウの提供を望む意見があったことである(11)。続く2015年度の懇談会でも、アジア諸言語の書誌作成に困難を抱えている図書館が多いという指摘(12)があり、アジア情報課ではアジア諸言語の書誌作成をテーマとする研修の検討を具体的に始めることとなった。
2.3 書誌作成勉強会
このような経緯で、アジア情報課では2016年度にアジア言語資料を所蔵する近隣の複数の大学図書館・公共図書館の協力を得て、各機関の職員を対象とした書誌作成勉強会(以下「勉強会」)を開始した。対象機関を限定したこの勉強会は2022年度まで継続し、ベトナム語、インドネシア語、ヒンディー語、ペルシア語、アラビア語、ビルマ語、朝鮮語の7言語を対象として書誌作成のための基礎知識に関する講義、情報交換等を行った。
アジア情報課が勉強会を実施した7年の間には、書誌作成に関する研修について状況の変化があった。まず、2017年度に東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門(U-PARL)が主催する「アジア資料目録作成ワークショップ」(13)が開始され、国内において、参加機関を限定しないアジア諸言語の書誌作成に関する研修の機会が創出された。このワークショップは、組織や機関の枠を越えて研究者とライブラリアンが協働する場を設け、多言語目録作成のノウハウや課題を広く共有することを目指して開催され、アジア言語の専門知識を持つ研究者等による講義が提供された。
もう一つの変化は、2020年度以降、オンラインで開催される研修が増えたことである。NDLの勉強会も2016年度から2019年度まではアジア情報課職員が各機関に出張して集合形式で実施したが、2020年度以降は新型コロナウイルス感染拡大防止のためオンライン開催(またはハイブリッド開催)となった。
3. 書誌作成セミナー
2022年度のNDLの懇談会は「アジア資料の書誌作成スキルの共有と継承」をテーマとして開催され、参加機関からは実務担当者のネットワークの構築を期待する意見が出された(14)。これを受けてアジア情報課は、2023年度から勉強会の名称を書誌作成セミナーと変更し、対象機関を限定せず広く参加者を募集するオンライン形式の研修として実施することとした。
2023年度の書誌作成セミナーは「タイ語・初級編」(15)、2024年度は「ベトナム語・初級編」(16)と題して開催し、アジア情報課から各言語の書誌作成のための基本的な知識についての講義を行ったあと、質疑応答を通して参加者間の情報交換を図った。講義では、文字とその入力方法、翻字の際の注意点、書誌作成に有用なオンライン辞書や翻字ツールの使い方の説明のほか、書誌情報源から書誌事項を読み取る演習を行った。参加者から事前に受け付けた質問を基にコピーカタロギングや出版情報の入手方法についての情報交換も行った。対象機関を限定せず参加者を募集する形式としたことで、全国の図書館等から参加があり、終了後に実施したアンケートでは、他のアジア言語を対象として引き続き開催を希望する声が多く寄せられた。2025年度の書誌作成セミナーは「ビルマ語・初級編」として10月22日に開催予定である(17)。各種図書館に所属し、書誌作成を担当する方を主な対象としているが、広くビルマ語資料の書誌作成に関心をお持ちの方にご参加いただきたい。
4. おわりに
アジア情報課が実施している書誌作成セミナーは、これまでにアジア情報研修、懇談会、勉強会等を通してアジア情報課に寄せられた図書館職員等の声を受けて実現したものである。現在は、アジア情報課職員による基礎的な内容の講義を中心に構成しているが、今後は、よりスキルの継承が難しい応用的な事例、例えば言語の判別が難しい資料、判読の難しい書体、翻字の揺れ、現地の出版文化に関する知識が求められるケース等、経験の蓄積が必要な事例に関する情報交換ができる実務担当者のネットワークの構築が課題となると思われる。アジア各国における書誌データの整備状況や出版動向の把握も必要になるだろう。そのためにはアジア諸言語の目録作成に携わる各機関の実務担当者やアジア諸言語資料に関する専門知識を持つ研究者等との協力・連携が欠かせない。書誌作成セミナーが一つの結節点となり、アジア諸言語の書誌作成に関する知識の共有・継承が進展することを期待する。
(1)“アジア資料書誌作成セミナー”. リサーチ・ナビ.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/asia/seminar, (参照 2025-06-17).
(2)“ALA LC Romanization Tables”. LC.
https://www.loc.gov/catdir/cpso/roman.html, (accessed 2025-06-17).
(3)アジア諸言語の書誌作成の事情・課題を紹介した論考として
以下がある。
徳原靖浩. イスラーム地域研究資料の収集・整理・利用の課題と展望. 情報の科学と技術. 2016, 66(1), p. 8-13.
https://doi.org/10.18919/jkg.66.1_8, (参照 2025-06-17).
小林磨理恵. “ビルマ語資料をめぐる諸問題──文字、翻字、そして書誌”. アジア経済研究所. 2023-04.
https://www.ide.go.jp/Japanese/Library/Column/2023/0427.html, (参照 2025-06-17).
(4)“アジア情報研修”. リサーチ・ナビ.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/asia/asia_workshop, (参照 2025-06-17).
(5)アジア情報研修を終えて. アジア情報室通報. 2003, 1(2), p. 16-17.
https://doi.org/10.11501/3489462, (参照 2025-06-17).
(6)“アラビア文字資料司書連絡会”. 東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室.
http://tbias.jp/acttype/shishoren, (参照 2025-06-17).
徳原. 前掲.
(7)柳谷あゆみ編. 日本におけるアラビア文字資料の所蔵及び整理状況の調査. NIHUプログラム「イスラーム地域研究」東洋文庫拠点東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室, 2009, 66p.
なお、同報告書及びその付録については以下のページからダウンロードすることも可能である。
“報告書「日本におけるアラビア文字資料の所蔵及び整理状況の調査」刊行”. 東洋文庫研究部イスラーム地域研究資料室.
http://tbias.jp/reports/20090331, (参照 2025-06-17).
(8)このプロジェクトの活動・成果等を紹介した論考として以下がある。
北村由美, 青柳英治, 小笠原綾. 東南アジアにおける学術情報の共有化-現状と今後の可能性-. 専門図書館. 2008, (231), p. 27-34.
高橋宗生. 東南アジア研究のコア・ジャーナル. アジ研ワールド・トレンド. 2011, (189), p. 60.
https://doi.org/10.20561/00046160, (参照 2025-06-17).
矢野正隆. 地域研究資料の収集とコアジャーナル (特集 アジア地域研究と雑誌 –「コア・ジャーナル」を語る). アジ研ワールド・トレンド. 2012, (198), p. 16-19.
https://doi.org/10.20561/00045961, (参照 2025-06-17).
石井美千子. 東南アジア逐次刊行物プロジェクトの活動と成果. アジ研ワールド・トレンド. 2013, (213), p. 43.
https://doi.org/10.20561/00045631, (参照 2025-06-17).
(9)東南アジア研究逐次刊行物総合目録.東南アジア逐次刊行物プロジェクト, 2009, 17, 481p.
(10)「東南アジア逐次刊行物データベース」ポータルサイト.
https://sealib.cseas.kyoto-u.ac.jp, (参照 2025-06-17).
(11)冨田圭一郎.多文化共生施策と図書館の多文化サービス:平成26年度アジア情報関係機関懇談会概要報告. アジア情報室通報. 2015, 13(2), p. 2-4.
https://doi.org/10.11501/9419822, (参照 2025-06-17).
アジア情報関係機関懇談会は、国内のアジア情報関係機関間の交流を図り、国全体としてのアジア情報資源の充実とアジア情報の流通促進に資することを目的として、2001年度から開催しているものである。
“アジア情報関係機関懇談会”. リサーチ・ナビ.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/asia/asia_meeting, (参照 2025-06-17).
(12)渡邉斉志. アジア資料・情報の領域におけるリソースシェアリングの課題:平成27年度アジア情報関係機関懇談会概要報告. アジア情報室通報. 2016, 14(2), p. 2-4.
https://doi.org/10.11501/10114462, (参照 2025-06-17).
(13)“アジア資料目録作成ワークショップ”. U-PARL.
https://u-parl.lib.u-tokyo.ac.jp/japanese/cat_event_jp/cataloging_seminar_jp, (参照 2025-06-17).
(14)黒木大志郎. 令和4年度アジア情報関係機関懇談会 概要報告. アジア情報室通報. 2023, 21(2), p. 11-12.
https://doi.org/10.11501/12905333, (参照 2025-06-17).
(15)令和5年度アジア情報室開催イベント終了報告. アジア情報室通報. 2024, 22(1), p. 16-17.
https://doi.org/10.11501/13540233, (参照 2025-06-17).
(16)おしらせ 令和6年度アジア情報室開催イベント終了報告. アジア情報室通報. 2025, 23(1), p. 20.
https://doi.org/10.11501/14133007, (参照 2025-06-17).
(17)“令和7年度アジア資料書誌作成セミナー―ビルマ語・初級編―”. リサーチ・ナビ.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/asia/guidance_asianseminar2025, (参照 2025-07-22).
[受理:2025-08-12]
大西啓子. 国立国会図書館「アジア資料書誌作成セミナー」の取組. カレントアウェアネス. 2025, (365), CA2090, p. 11-13.
https://current.ndl.go.jp/ca2090
DOI:
https://doi.org/10.11501/14491365
Onishi Keiko
The National Diet Library’s Asian Materials Cataloging Seminar