カレントアウェアネス
No.365 2025年09月20日
CA2089
高等学校における情報科教育:多様な情報資源の活用に着目して
麗澤大学:中園長新(なかぞのながよし)
1. はじめに:情報科の概要
情報科は、1999年の学習指導要領改訂で高等学校に新設された若い教科である。情報科には、原則としてすべての学科において開設される共通教科(1)としての情報科と、主として専門学科において開設される専門教科の情報科があるが、本稿は紙幅の都合上、共通教科情報科のみを取り上げる。
共通教科情報科は当初は複数科目から選択必履修する形態であり、選択した履修科目によって学習内容に若干の差異が見られたが、2018年改訂(2022年度入学生から実施)の学習指導要領から必履修科目が「情報Ⅰ」に統合され、原則としてすべての高校生が同じ内容を学ぶことになった。「情報Ⅰ」は次の4つの学習内容で構成される(2)。
(1)情報社会の問題解決
(2)コミュニケーションと情報デザイン
(3)コンピュータとプログラミング
(4)情報通信ネットワークとデータの活用
学習内容が統一されたことにより、高等学校卒業生が身につけている情報活用能力は(現実はともかく制度上は)全員が一定水準を満たしていることになる。こうした状況の中、2025年1月に実施された大学入学共通テストからは試験教科に「情報」が追加され、情報科は受験教科としての側面も併せ持つことになった。初年度の「情報」の共通テストは30万人以上が受験し、大学入試センターが公表した報告書(3)でも高等学校教員や情報教育関連学会から前向きな評価が得られている。個別入試で「情報」を課す大学も増加傾向にあり(4)、今後の高等学校においては、情報科教育がますます重要性を増していくものと期待される。
2. 情報科教育の本質
情報科教育について考える大前提として、情報科は「コンピュータ教育」のための教科ではないことを確認しておきたい。現行の高等学校学習指導要領(平成30年告示)における情報科の目標は、次のとおりである(前半部分のみ抜粋)(5)。
「情報に関する科学的な見方・考え方を働かせ,情報技術を活用して問題の発見・解決を行う学習活動を通して,問題の発見・解決に向けて情報と情報技術を適切かつ効果的に活用し,情報社会に主体的に参画するための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。」
情報科の目標の文言には、コンピュータもICTも登場しない。すなわち、情報科は「情報」そのものの活用を扱う教科であり、コンピュータ等のICT活用はそのための具体的手段に過ぎない。換言すれば、ICT以外の情報資源(たとえば図書館等)も、情報科教育に活用できるということであるし、むしろICTに偏重した情報科教育では不十分であるとも言える。
情報科は、情報活用能力の育成の中核を担う教科として位置づけられる。情報活用能力は「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」の三観点で構成される。情報の仕組みや受信発信のあり方といった実践力を土台とし、その活用・発展として、情報を学問として筋道立てて考察する科学的理解と、情報社会をよく生きるための社会参画の二本柱が位置づけられる。なお、筆者は科学と社会について、社会参画を最終的なゴールと位置づけ、科学は活用・発展であると同時に社会参画の土台でもあるというモデルを提唱している(図1)(6)。

情報活用能力を育成する教育は情報教育と呼ばれるが、情報教育は高等学校情報科だけが担うのではなく、初等中等教育段階におけるすべての校種・教科等で扱うべき教育として学習指導要領の「総則」に位置づけられている。その中で、情報科は情報教育の中核あるいは要の教科として機能する。すなわち、情報教育と情報科教育は、厳密にはその範囲が異なることに留意したい。
3. 情報科教育における多様な情報資源の活用と学校図書館の位置づけ
情報科は情報そのものを学ぶ教科である。確かに現状としてはコンピュータ等のICTを活用した実践が多いが、それは現代において多くの情報がICTを活用して流通しているからである。すなわち、ICT以外の情報資源も同様に、情報科教育での活用が期待される。
ここではその一例として、学校図書館の活用を取り上げたい。学校図書館法によってすべての学校に必置である学校図書館(の所蔵資料)は、学校教育において最も身近な情報資源として捉えることができる。米国では情報リテラシーについて図書館が一定の影響力を持っているのに対し、日本では情報リテラシーと図書館の関係は明確とは言い難い(7)。しかしながら図書館が伝統的に扱ってきた情報リテラシー教育と、情報教育が担う情報活用能力の育成は本質的に通じる点が多く(8)、学校図書館を活用した情報科教育には大きな可能性がある。これまでの実践においても、学校図書館を学びの「場」として位置づけて情報リテラシー教育の一環として図書館利用教育を捉える実践(9)や、学校図書館における図書館教育と情報教育の連携カリキュラムの開発・実践(10)等が報告されてきた。
筆者は情報科の「情報デザイン」分野の授業において、学校図書館の活用を提案している(11)。情報デザインは具体的学習内容として「情報デザインの役割」「情報の抽象化、可視化、構造化」「情報伝達の方法」(12)が挙げられており、芸術的側面だけでなく、情報を構造的に管理するような理論的側面を併せ持つ分野である。
この分野における実践案のひとつとして、図書分類への着目を提案する。図書館では情報資源を分類等の方法で組織化し、大量の資源を管理している。これは「情報デザイン」における「情報の構造化」と対応づけられる。学校図書館で情報科の授業を実践し、図書館資料が日本十進分類法(NDC)等を活用して分類されていることを学ぶことは、図書館教育(図書館利用教育)としての位置づけに加えて、情報科教育における情報の構造化を考える導入としても活用できる。
また、図書の多くはその装丁に工夫を凝らしている。学校図書館の蔵書の表紙を「鑑賞する」ことにより、その書籍の表紙が何を意図し、何を伝えようとしているのか読み取ることができる。限られた紙面に必要な情報をどのように盛り込むのか、これは情報デザインにおける「情報デザインの役割」に対応し、デザインの理論的側面と芸術的側面の両面を意識した演習となることが期待される。
4. おわりに
近年の情報科教育は、AI活用をはじめとした先端技術に注目することも多くなっている(13)。それは変化し続ける情報社会を学習対象とする情報科の本質を考えれば当然必要な動向であり、むしろ推進すべき変革である。その一方で、ICT以外のさまざまな伝統的な情報資源もまた、新しい時代を創っていく原動力になるはずである。ICTを中心とした現代だからこそ、AI等の先端技術と同様に、書籍をはじめとした伝統的な情報資源の重要性に目を向けていくことが求められる。それは単なる懐古的な視点に留まるものではない。複数の情報資源を比較検討し、適切な情報の表現方法を考察することは、メディアの特性や違いを意識したり、複数の情報源からの情報を比較・統合したりといった、情報活用の実践力に直結する。これは情報科教育が育成を目指す、情報活用能力の中核に位置づく重要な要素のひとつである。
高等学校情報科は、他教科と比較してまだ知名度が低いと感じる。大学入学共通テストで出題された際も、インターネット等では「情報科の存在を初めて知った」という趣旨の発言も複数見られた。「パソコンスキルを入試で問う必要はない」というような、情報教育の本質を誤解した発言も飛び交っている。高等学校における情報科教育は、情報教育の中核である。まずは情報科教育が多様な情報資源を活用することで本質的な学びを実践し、学校現場から社会全体に向かって、情報教育の本質やその重要性を発信していくことが必要である。
(1)1999年改訂の学習指導要領までは、共通教科は「普通教科」と呼ばれていた。本稿ではこれらを区別せず「共通教科」と表記している。
(2)文部科学省. 高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説情報編. 開隆堂, 2019, 265p.
(3)“令和7年度大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書”. 大学入試センター.
https://www.dnc.ac.jp/kyotsu/hyouka/r7_hyouka/, (参照 2025-07-07).
(4)“2025年春 教科「情報」による個別学力検査・一般入試を実施する大学”. キミのミライ発見.
https://www.wakuwaku-catch.net/nyushi240801, (参照 2025-07-07).
(5)文部科学省. 前掲.
(6)中園長新. 情報科の学習指導要領からみた情報活用能力の構成. 情報処理学会研究報告. 2022, 2022-CE-165(6), p. 1-8.
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/records/218200, (参照 2025-07-07).
(7)米谷優子, 北克一. 情報リテラシーの育成と学校図書館. 大阪市立大学学術情報総合センター紀要. 2004, 5, p. 13-20.
https://ocu-omu.repo.nii.ac.jp/records/2016402, (参照 2025-07-07).
(8)情報活用能力という用語が初めて登場したのは1986年の臨時教育審議会第二次答申(教育改革に関する第二次答申)であったが、そこでは「情報活用能力(情報リテラシー―情報および情報手段を主体的に選択し活用していくための個人の基礎的な資質)」と記載されており、情報活用能力と情報リテラシーが同一視されていた。
(9)庭井史絵. 学校教育のなかで図書館を活用するために:中学校図書館での実践を振り返って. コンピュータ&エデュケーション. 2020, 48, p. 31-36.
https://doi.org/10.14949/konpyutariyoukyouiku.48.31, (参照 2025-07-07).
(10)塩谷京子. 図書館教育と情報教育の連携カリキュラムの開発と実践. 学習情報研究. 2009, 2009年11月号, p. 10-13.
(11)中園長新. 高等学校情報科で学校図書館を活用するためのモデルカリキュラムの試作.情報処理学会研究報告. 2021, 2021-CE-159(26), p. 1-8.
https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/records/209993, (参照 2025-07-07).
(12)文部科学省が情報科教員の研修用に作成した「高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材」の記述に基づく。
“高等学校情報科「情報Ⅰ」教員研修用教材(本編)”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1416756.htm, (参照 2025-07-07).
(13)椋本哲也. 教育における生成AI活用:生成AI研究校の取組みから. 情報処理. 2025, 66(5), p. 219-223.
https://doi.org/10.20729/0002001739, (参照 2025-07-07).
[受理:2025-08-07]
中園長新. 高等学校における情報科教育:多様な情報資源の活用に着目して. カレントアウェアネス. 2025, (365), CA2089, p. 8-10.
https://current.ndl.go.jp/ca2089
DOI:
https://doi.org/10.11501/14491364
Nakazono Nagayoshi
Informatics Education in High Schools: Focusing on the Utilization of Various Information Resources
