E2112 – 北米の研究図書館におけるラーニングアナリティクスの取組

カレントアウェアネス-E

No.364 2019.02.28

 

 E2112

北米の研究図書館におけるラーニングアナリティクスの取組

 

 2018年9月,北米研究図書館協会(ARL)が“SPEC Kit”第360号を刊行した。“SPEC Kit”は,図書館に関する特定のテーマをめぐり,ARLが自らの加盟館に行った質問調査を報告書としてまとめたシリーズである。第360号ではラーニングアナリティクス(Learning Analytics:LA)がテーマとなっている。

 LAについて,報告書ではSoLAR(Society for Learning Analytics Research)の創設者で米・テキサス大学アーリントン校教授のシーメンス(George Siemens)氏による定義を引用し,「学習及び学習環境の理解と最適化のための,学習者とそのコンテクストに関するデータの測定,収集,分析及び報告」と説明する。図書館評価の観点から,図書館の施設・資源の活用が学業成績とどのように結びついているのかを調べる研究が近年増加しており,それにつれて図書館の管理下にあるデータを用いたLAの取組も拡大傾向にある。所蔵資料の貸出数や電子ジャーナルの利用回数,レファレンスや研究相談の回数など,データの種類は多岐にわたるが,その中には個人識別子を含む情報もあることから,収集・活用に当たってはプライバシーへの配慮が必要となる。報告書ではLAに関するARL加盟館の取組状況を幅広く尋ねているが,特に焦点が当てられているのはデータの取扱いをめぐる倫理的課題である。

 調査は2018年4月30日から6月15日にかけて行われ,ARLの加盟館125館のうち,53館が回答した。質問は計43問あり,(1)学内でのLAの取組状況,(2)データの収集・分析及び保持期間について,(3)学内の他部局とのデータ共有状況,(4)データ保護手段,(5)プライバシーポリシーと関連実務,(6)スタッフへの研修実施を含む実際の運用手順,(7)学内外との連携に大別される。(1)に関する質問では,53館のうち43館が学内でLAの取組が行われていると回答しており(問1),北米の研究大学におけるLAの広がりを示すものとなっている。

 報告書では,調査の結果を踏まえて推奨事項を4点挙げている。1点目は,プライバシー及びデータ管理に関するポリシーの見直しを行うことである。データの保持期間をポリシー等で定めていない館が回答館47館中29館(問9),データ管理計画を定めていない図書館が40館中38館(問27)存在した。プライバシーポリシーを見直す頻度についても各館によるばらつき(問31)がみられた。

 2点目は,データの暗号化・匿名化など,データを取り扱う上でのベストプラクティスを学ぶ研修の充実・拡大である。LAの取組に関し,スタッフ向け文書やガイドラインがない館が44館中33館(問37),スタッフへの研修を行っていない館が43館中7館(問39)存在した。

 3点目は,学内の倫理審査委員会(IRB)のみによらず,図書館でも学生のプライバシーに関するリスク評価のためのベストプラクティスを整備することである。収集したデータはあくまで内部利用に留まる等の理由から,LAの取組についてIRBの承認を経ていない館が40館中12館(問34)存在した。しかし,短期的には内部利用であっても将来的には研究利用の可能性もあること,IRBには一旦収集したデータの潜在的な有害性に目を向けない傾向があることを指摘している。

 4点目は,収集したデータの種類や利用方法を学生に周知することも含め,LAに関する取組の透明性をより高めることである。43館中25館がLAの取組実施について学生に周知していないと回答しており(問33),周知はしてもオプトアウトの選択肢がないという館も存在した。

 報告書からは,ARL加盟館におけるLAの取組に関し,プライバシーに関する点を中心にさまざまな改善の余地があることが明らかになった。日本においても,2016年2月,九州大学基幹教育院にラーニングアナリティクスセンターが設立されるなど,LAの取組が進みつつある。図書館の保持するデータを活用した研究の広がりも予想されるが,その前提として,適切なポリシーに基づいたデータ管理が重要となる。報告書にはARL加盟館11館のプライバシーポリシーや声明,5大学のプライバシーポリシー,8大学のデータセキュリティーポリシーが参考資料として付されており,日本での検討にも資するものと思われる。

関西館図書館協力課・木下雅弘

Ref:
https://www.arl.org/news/arl-news/4613-learning-analytics-spec-kit-360-published-by-arl
https://doi.org/10.29242/spec.360
http://lac.kyushu-u.ac.jp/