CA2075 – 気候変動時代における図書館・文書館資料の環境管理:持続可能な資料保存へ / 竹内秀樹

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カレントアウェアネス
No.362 2024年12月20日

 

CA2075

 

気候変動時代における図書館・文書館資料の環境管理:持続可能な資料保存へ

収集書誌部:竹内秀樹(たけうちひでき)

 

1.ISO規格の改訂

 ISO11799「文書館・図書館資料の保管要件」(E138参照)が2024年9月に改訂された(1)。2015年以来9年ぶり2度目の改訂である(2)(3)。この国際規格は、文書館・図書館資料の長期保存のための書庫の要件を規定したものである。書庫の立地、建築、設備、備品、セキュリティ、リスク管理、環境監視などの要件が定められている。温湿度管理の具体的な要件は過去2つの版と同様に規格本文ではなく、参考情報として附属書の中に示されている。今回の改訂により、項目が細分化され、本文の記述も詳細化された。内容面から見た改訂のポイントは、「長期保存における持続可能性」に言及したことであろう。本文冒頭部に「持続可能性」を新たに立項し、全体を貫く考え方を提示している。

 この項では、蔵書を良好な状態に維持するための運用コスト、エネルギー消費、炭素排出量を最小限に抑えることが長期保存にとって不可欠であり、生態系や環境の破壊を止めなければ、蔵書保存の取組そのものの基盤が危うくなるとの基本認識が示されている。近年の研究によれば環境条件(温湿度)の一定範囲内での季節変動は多くの資料にとってその寿命に影響を与えるものではなく許容されていることを引用した上で、そうした変動を許容し、必要に応じて保存容器などにより小さな保存環境を整えれば、資料の寿命に大きな影響を与えることなく、書庫のエネルギー消費を削減し、長期的な持続可能性を改善できるとしている(4)

 今回の改訂では、前版(第2版:2015年)以降に発行された関連規格等の内容を取り込むことが意図された。環境管理に係る要件は、ISO/TR19815「文書館・図書館コレクションの環境管理」(5)の内容が反映されている。この技術報告書(Technical Report:TR)(6)は2018年に発行され、文書館・図書館資料の環境管理に係る近年の議論やガイドラインの変化に関する情報を提供している。特に、気候変動問題やエネルギー問題を踏まえた環境管理の在り方について、この間の研究・議論の成果を取りまとめている。

 このTRでは、持続可能な長期保存を実現するために、これまで資料保存で常識とされてきた思考様式を転換する必要性が指摘されている。大量のエネルギー消費を前提とした環境管理はもはや現実的でないとの認識の下、最適な保存環境を、「エネルギー消費を最小限に抑えながら、コレクションの最良の保存を実現する、長期にわたって持続可能な環境」と再定義している。また、あらゆる蔵書、あらゆる状況に適合する単一の環境基準は存在しない、としている。なぜなら、環境基準は、蔵書の保存ニーズ、組織の状況や保有資源、地域の気候に合わせて調整されるべきものであり、そうした検討を経て個々の蔵書・組織にとって最適な保存環境が導き出されるからである。また、持続可能な保存環境は、一度整えれば終わりではなく、継続的にモニターし補正しながら維持しなければならない。

 環境管理の歴史を振り返ると、一定の温湿度条件を通年で維持するという厳格な環境管理が有効であるとの認識が広まったのは1970年代ごろのことである(7)。ギャリー・トムソンの著書 (8)が大きな影響を与えたという。また、比較的安価なエネルギー価格の下、空調設備とデータロガーなどの環境測定装置の普及がこれを後押しした。空調を用いて厳格な環境管理を行うアクティブコントロールはエネルギーの大量消費により可能となったものである。しかし、それを実行できるのは現実には一定の経済力のある国に限られ、地球環境問題への危機意識の高まりとともに、問い直されることとなった。例えば、1998年に刊行された国際図書館連盟(IFLA)の資料保存原則(9)では、「「理想的な」温度と湿度の値を保つためにこれまで多くの試みが行われてきた。しかし現在では、特に大幅な温度変化がある地域において、莫大な費用をかけて建物や書庫内の温度を年間通して一定の状態に保つような方法は、現実的でないと考えられている。」とされている。このように持続可能な環境管理の問題は、地球環境問題が深刻化する中で20世紀の終わりごろから長らく議論され研究されてきたものである。日本でも早くから稲葉政満は、「年間を通しての一定の恒温恒湿条件というのは再考すべきであると考えている。」と指摘していた(10)。こうした研究や議論の長年の蓄積を経て、順次、文化財保存団体のガイドライン等に反映され、今回国際規格にも反映され、世界の共通認識となってきたのである。

 

2.持続可能性を追求する国立図書館の新書庫

 「持続可能な長期保存」の考え方を取り入れた新しい書庫建設が行われている。国立図書館の事例をいくつか簡単に紹介したい。

 

・オランダ国立図書館(KB)(11) (12) (13)E2742参照)

 ハーグ本館の書庫が2025年に満架となるため、新書庫をハーグ郊外に建設している。2028年までに全面稼働の予定である。新書庫は、外界の気候の影響を極力受けないよう高い気密性・断熱性を持たせた建物とし、空調設備を用いず、書庫内の緩やかな温湿度変化は許容するなど、書庫内の環境管理にほとんど人工エネルギーを使わない、パッシブコントロール(14)を全面的に取り入れた書庫である。資料を高密度に収蔵し出納を機械化した自動書庫システム(Automated Storage and Retrieval System:ASRS)の採用により無人化した書庫内で、酸素低減システムを併用し、資料の酸化劣化の抑制、火災・虫菌害のリスクを低減する。電力源として太陽光を利用する。

 

・英国図書館(BL)(15) (16)

 2009年にボストンスパで稼働させた書庫(E1010参照)においてASRSと酸素低減システムを採用しているが、現在更に新たな書庫を同じ敷地内に建設中で2026年半ばに稼働予定である。2009年稼働の書庫と同様に、高気密な建物内でASRSと酸素低減システムを用い、温湿度の緩やかな変動は許容し、パッシブコントロールを導入する。また、再生可能エネルギー源として太陽光と地中熱を利用し、炭素排出量を減少させる。なお、BLはサステナビリティ・マネジャーというポストを置き、館全体の温室効果ガス排出量を算定・開示し、排出量削減を積極的に進めている。施設の拡張と排出量削減をどう両立させるかが今後の課題だという。

 

・フランス国立図書館(BnF)(17)

 北部の都市アミアンに新書庫(アミアン保存センター)の建設を計画しており、2029年稼働予定である。ASRSと酸素低減システムを導入し、空調は用いない書庫である。建設中のBLボストンスパの新書庫を設計したカーモディ・グローク社が設計を受託した。

 フランスでは国立文書館も新館(ピエールフィット館)をパリ郊外に建設し2013 年に竣工した。その環境管理を吉川也志保が報告しており参考になる(18) (19)

 

・カナダ国立図書館・公文書館(LAC)(20) (21) (22)E2335参照)

 本館のあるオタワと川を挟んで対岸に位置するケベック州ガティノー市に保存センターを設置している。同センターの隣地に新しい保存書庫(Gatineau 2)を増築し2022年に竣工した。この保存書庫も、外界の気候の影響を極力受けないよう高い気密性・断熱性を持たせた建物で、コンクリートの建物の内側に2メートルの緩衝帯を設けてもう一つの建物が入っている二重構造(building within a building)となっている。ASRSを導入し、書庫内は無人である。書庫は6つの収蔵空間に分かれ、資料群ごとに適した温湿度管理を行っている。6つの空間のうち5つは紙資料の収蔵に充て、温度10℃、相対湿度40%に維持されている。残り1つは映像フィルム、マイクロフィルム等を収蔵し、温度6℃、相対湿度30%に維持されている。これらの環境条件は500年の保存期間を想定して導出されている。この書庫はアクティブコントロールとパッシブコントロールの併用事例である。空調の電力はケベック州の水力発電でまかなわれ、地中熱も利用するなど、再生可能エネルギーを使用している。建物・設備の省エネルギー設計と再生可能エネルギーの使用により、温室効果ガス排出の実質ゼロを実現している。

 

 以上の事例は欧米地域のものであり、日本とは気候条件が異なるため、そのまま適用できるわけではない。神庭信幸(23)は、博物館資料の環境管理について、「日本のように1年を通じて寒暖の差が激しく、かつ黴などが発生しやすい高湿度の時期が長く続く地域では、温度調整と除加湿による湿度調整に対して空調を使ったアクティブコントロールは必要不可欠である。その際に、24時間空調の必要性があるか、間欠空調で間に合うかの判断は、施設の気密性や断熱性、そしてパッシブコントロールの能力に依存する。」と述べている。パッシブコントロールとアクティブコントロールを組み合わせて、より効果的に安定した環境を実現する考え方である。また、ISO/TR19815は、持続可能な長期保存の優れた実践事例の一つとして、宮内庁書陵部の自然換気書庫(24)を紹介している。この書庫はパッシブコントロールを基本としつつ、湿度コントロールの補助として除湿機を用いた環境管理を行っている。環境管理に普遍的な単一の最適解はない。各機関の保存ニーズを踏まえて、日本の気候に合った、日本流の適用の仕方に知恵を絞り、持続可能な長期保存をいかに実現するかが問われている(25)。その際、建築家、保存科学者等の外部専門家との連携の必要性をISO11799が指摘している。

 なお、持続可能な長期保存をめぐる動きは、図書館・文書館だけでなく、博物館・美術館等も含む文化財保存機関に共通するものである(26)

 

(1)ISO11799:2024. Information and documentation — Document storage requirements for archive and library materials.

(2)ISO11799:2015. Information and documentation — Document storage requirements for archive and library materials.

(3)ISO11799:2003. Information and documentation — Document storage requirements for archive and library materials.

(4)一定範囲内での温湿度の変動を許容するとは、管理する変動幅を広くとるということである。エネルギー消費量を減少させることが目的化して、保存上のリスクを高めることは避けなければならない。また、図書館・文書館には様々な媒体があり、媒体によっては厳しい環境条件を要する資料もあり、あらゆる資料に適用できるものではない。

(5)  ISO/TR19815:2018. Information and documentation — Management of the environmental conditions for archive and library collections.

(6) 技術報告書は調査データなどを参考文書として発行するものであり、国際規格のような規範性を持つものではない。

(7)Joffrion, Elizabeth et al. Advancing Preservation for Archives and Manuscripts. Society of American Archivists, 2020, 227p., (Archival Fundamentals Series III, v. 5).
この文献は資料保存の持続可能性について有益な視野を与えてくれる好著である。

(8)トムソン, ギャリー. 博物館の環境管理.東京芸術大学美術学部保存科学教室訳. 雄山閣出版, 1988,220p.
原著(The Museum Environment)の初版は1978年刊行、第2版が1986年に刊行されている。

(9)Adcock, Edward P. ed. IFLA principles for the care and handling of library material. International Federation of Library Associations and Institutions, 1998, 72p., (International Preservation Issues, no. 1).
https://www.ifla.org/wp-content/uploads/2019/05/assets/pac/ipi/ipi1-en.pdf, (accessed 2024-10-08).
(邦訳)エドワード・P.アドコック編. 木部徹監修. IFLA図書館資料の予防的保存対策の原則. 国立国会図書館訳. 日本図書館協会, 2003, 155p., (シリーズ本を残す, 9).
https://www.jla.or.jp/committees/hozon/tabid/117/Default.aspx, (参照 2024-10-08).

(10)稲葉政満.図書館・文書館における環境管理.日本図書館協会, 2001,71p., (シリーズ本を残す, 8).
稲葉は、「夏季の冷房はモノの保存によいが、冬季の暖房は劣化速度を増加させる。閲覧環境とのバランス、(中略)結露の問題などを考慮するならば、収蔵庫の温度は低ければよいことにはならないが、冬季の暖房はしない、あるいは低めに抑えるのが望ましい。温度を低く保てば虫害の抑制にもつながる。温度の設定値は年間一定条件にこだわる必要はない。年間一定条件にこだわり高めの値を設定する方が問題である。」(p. 3)と指摘している。

(11)“The new book repository: sustainable and safe”. KB.
https://www.kb.nl/en/about-us/subjects/new-book-repository/sustainable-safe, (accessed 2024-10-08).

(12)“The new book repository”. KB.
https://www.kb.nl/en/about-us/projects/new-book-repository, (accessed 2024-10-08).

(13)Boersma, Foekje et al. A Robotic Storage Facility for the Dutch National Library Collections. Studies in Conservation. 2022, 67, s32-s39.
https://doi.org/10.1080/00393630.2022.2045420, (accessed 2024-10-08).

(14)パッシブコントロールとは、機械的手法を用いずに環境管理を行う手法のこと。外界の自然エネルギー(日照、風、熱、冷気など)を建築的にコントロールすることで、建物内の環境を整える方法や建材・収蔵備品の素材がもつ特性を活用した環境管理などのこと。これに対して、空調などの機械的手法による環境管理をアクティブコントロールという。

(15)“Transforming our Boston Spa site”. BL.
https://www.bl.uk/about-us/projects/boston-spa-transformed/, (accessed 2024-10-08).

(16)“Behind the Scenes at the British Library: Catherine Ross, Sustainability Manager”. BL Knowledge Matters blog. 2023-10-02.
https://blogs.bl.uk/living-knowledge/2023/10/behind-the-scenes-at-the-british-library-catherine-ross-sustainability-manager.html, (accessed 2024-10-08).

(17)Un nouveau pôle de conservation de la BnF à Amiens et le Conservatoire national de la presse: Le futur de notre mémoire. 2024, 16p.
https://www.bnf.fr/sites/default/files/2024-03/DP_BnF_Amiens_Annonce_Architectes.pdf, (accessed 2024-10-08).

(18)吉川也志保.資料の保存環境の調整について.書物学.2016,9, p. 17-20.

(19)吉川也志保.建築の伝統と革新から見る資料保存:フランス国立図書館・フランス国立文書館の場合.日仏図書館情報研究.2018,43,p. 35-51.

(20)“Preservation storage facility”. Government of Canada.
https://library-archives.canada.ca/eng/corporate/about-us/building-projects/new-preservation-facility/Pages/new-preservation-facility.aspx, (accessed 2024-10-08).

(21)“Welcome to Library and Archives Canada’s preservation storage facility”. YouTube. 2022-12-16.
https://www.youtube.com/watch?v=zB7ExFsJIao, (accessed 2024-10-08).

(22)“CCPPP case study highlights Archives preservation build”. Daily Commercial News. 2024-06-13.
https://canada.constructconnect.com/dcn/news/projects/2024/06/ccppp-case-study-highlights-archives-preservation-build, (accessed 2024-10-08).

(23)神庭信幸.博物館資料の臨床保存学.武蔵野美術大学出版局, 2014,244p.

(24)宮内庁書陵部図書出納課.書陵部における資料の保存管理について.書陵部紀要.2008,59,p. 86-99.
https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Publication/PDF/000/kiyo059a086.pdf, (参照 2024-10-08).

(25)本稿では主に書庫内の温湿度管理とエネルギー消費の観点に焦点を当ててきたが、環境管理ではこのほか光、大気汚染物質、虫菌害、自然災害、防火などの管理も必要である。今回紹介した新書庫は、ASRSと酸素低減システムを使用している。ASRSの書庫は無人であるため照明は限定的で資料が光の影響を受けにくい。酸素低減システムは虫菌害・火災対策にもなる。また、水害対策としてKBの新書庫は高さ2メートルのマウンドの上に建設され、LACの新保存書庫は、1階部分を事務スペースとし書庫をその上部に配置することで、オタワ川近くの立地に起因する水害リスクへ対処している。なお、日本では建築や設備を考える上で地震対策も考慮に入れなければならない。

(26)園田直子編.持続可能な博物館資料の保存を考える.国立民族学博物館調査報告.2022,155,354p.
博物館における持続可能な資料保存については、この文献が理論・実践の両面から優れた研究成果報告書であり参考になる。内外の事例調査報告もあり、2014年にリニューアルオープンした三重県総合博物館における地中熱利用の事例も紹介されている。同館は、博物館施設としてはじめて建築環境総合性能評価システム(CASBEE)の最高評価を受けている。

[受理:2024-10-25]

 


竹内秀樹. 気候変動時代における図書館・文書館資料の環境管理:持続可能な資料保存へ. カレントアウェアネス. 2024, (362), CA2075, p. 10-12.
https://current.ndl.go.jp/ca2075
DOI:
https://doi.org/10.11501/13942640


Takeuchi Hideki
Environmental management of libraries and archives materials in an era of climate change: Towards sustainable preservation