E2742 – オランダ国立図書館が建設する新書庫について

カレントアウェアネス-E

No.489 2024.10.17

 

 E2742

オランダ国立図書館が建設する新書庫について

収集書誌部資料保存課・廣川明日菜(ひろかわあすな)

 

  オランダ国立図書館(Koninklijke Bibliotheek:KB)は、現在新たな書庫の建設を進めている。2028年に稼働予定であるこの書庫には、従来とは異なる構造とシステムが導入される。本稿ではその特徴を紹介したい。

●新書庫建設の経緯と概要

  KBは1798年に設立され、数回の移設を経て1982年に北海沿岸の都市・ハーグの現施設へ移転したが、収蔵スペースのひっ迫と老朽化に加え、近年の海面上昇に伴う地下書庫の水害リスク、また運用にかかるコストなども大きな課題となっていた。これらの諸問題を抜本的に解決するために、KBは書庫の一新を決めた。

  新書庫は現在地から10キロほど離れた郊外に建設予定である。また、海抜が低い国土を有するオランダならではの対策として、土台部分には高さ2メートルのマウンドが設けられる。資料は全て新書庫に移され、書庫機能のみが分離する形となるが、本館はサービス拠点として引き続きハーグに残り、こちらも2030年頃に新施設を建設予定である。

●自動書庫システムと酸素低減システムの導入

  数百万点に及ぶ蔵書を効率的かつコンパクトに保管するため、新書庫には大規模な自動書庫システムが導入される。資料は約22万個のコンテナに収められ、請求があると自動クレーンがコンテナを取り出し、ベルトコンベアで運び出される仕組みである。また、酸素低減システムの導入により、火災や虫菌害の発生リスクの低減に加え、資料の酸化劣化の抑制が可能となる。紙に含まれるセルロースが酸素と化合することで変質・分解を起こす現象を「酸化」と呼び、これが進行すると紙が脆弱化する要因となるが、酸素濃度を低く保つことで酸化速度を比較的緩やかにすることができる。これらのシステムは英国図書館(BL)の書庫(E1010 参照)をはじめ、各国の図書館でも導入例がある。

●持続可能な空調管理システム-気候エネルギーを活用した温湿度制御

  一般に、図書館資料の保管環境はできるだけ低温低湿で急激な変動が少ないことが望ましい。その前提に基づき、多くの図書館が空調機を稼働して保存に適した温湿度の維持に努めているが、その運用には膨大なコストを伴う。これに対する策として、KBは空調設備を利用する従来の方式に代わり、気候エネルギーを活用する構造を採用した。

  厚さ1メートルのコンクリートを外壁に用い、高い気密性・断熱性を有する構造とすることで、外気からの即時的な影響を遮断しつつ、書庫内の温湿度は外気温に応じて極めて緩やかに変化する仕組みになっている。シミュレーションによれば、書庫内の温度は冬季から夏季にかけて12℃から18℃に推移し、相対湿度は年間を通して45%から55%の範囲で安定する。空調機でコントロールしている現書庫の環境(温度18±1℃、相対湿度50%±5%を目標とする)と比較すると、温度については年間で差が生じることになるが、低温かつ長期的で緩やかな変動であり、資料への影響は少ないとの予測である。なお、新書庫のモデルとなったスイス共同保存図書館(Kooperative Speicherbibliothek Schweiz)でも同様の構造が活用され、2016年の開館以降その安全性が実証されている。

●おわりに

  これらの構造・システムの導入により、保管に要するスペースの大幅な圧縮が可能となり、また空調管理に伴う電力消費量や二酸化炭素排出量も格段に減少する見込みである。日本国内においても、政府により地球温暖化対策として「2050年カーボンニュートラル」が宣言され、消費エネルギーを抑えた施設運用が各機関に求められる中、持続可能性を重視したKBの事例は次世代型の書庫として参考となる部分も多い。一方、この特徴的な温湿度制御方法が適切に機能するには、気候帯や立地条件に拠るところが大きい。気候の変化が激しく高温多湿な日本での実用を目指すには、環境に即したより慎重な検証が求められるだろう。

  KBの計画では2025年に施設が完成した後、2年をかけて資料を移し、2028年までには正式に運用が開始される予定である。新書庫がシミュレーションどおりに機能することを期待し、今後の動向にも注目したい。

Ref:
“KB to build innovative new book repository”. KB. 2022-05-17.
https://www.kb.nl/en/news/kb-build-innovative-new-book-repository
“The new book repository: sustainable and safe”. KB.
https://www.kb.nl/en/about-us/subjects/new-book-repository/sustainable-safe
“First sketches presented of the KB’s new book repository”. KB. 2023-05-25.
https://www.kb.nl/en/news/first-sketches-presented-kbs-new-book-repository
“Frequently asked questions about our new repository”. KB.
https://www.kb.nl/en/about-us/subjects/new-book-repository/faq
Boersma, F.; Martens, M.; Ankersmit, B.; Stappers, M. A Robotic Storage Facility for the Dutch National Library Collections. Studies in Conservation. 2022, 67(sup1), p. 32-39.
https://doi.org/10.1080/00393630.2022.2045420
英国図書館の新書庫が公式オープン. カレントアウェアネス-E. 2010, (164), E1010.
https://current.ndl.go.jp/e1010