CA2070 – 動向レビュー:ラーニングコモンズの評価方法を考える / 岩﨑千晶

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カレントアウェアネス
No.361 2024年9月20日

 

CA2070
動向レビュー

 

ラーニングコモンズの評価方法を考える

関西大学教育推進部:岩﨑千晶(いわさきちあき)

 

1. ラーニングコモンズの評価方法を考える際の前提

 評価をする際は、その評価が誰の、何のためのものであるのかを考える必要がある。ラーニングコモンズ(LC)の場合は、学習者の協働的で、自律的な学びを支える目的で設置されることが多い。そのため本稿では、LCの評価の方法は「学習者の学びをより深める、より学べるようにする」という、学習者の学習活動の改善につながるという立場で評価方法を考える。形式的に決まった項目を確認するだけにとどまり「評価を行っているが、学習の改善につながらない」という評価のための評価にならないようにする必要がある。

 また評価に万能なツールはない。すべての現象を測ることは難しい。評価をする際は確認したい点を絞って、それができているのか、どうしたら改善点をよりよくできるのかを考え、形成的にすすめる必要がある。LCの何を評価したいのか、そのために何を見る必要があるのかという評価の観点を焦点化することが評価方法を検討する前提として必要である。とりわけLCの評価は複雑で多様である可能性が高い。教室で行われる学びに関しては、教員が学習目標をあらかじめ設定し、その目標をどう測るのかについて評価方法もシラバスで提示している。そのため、その効果を比較的測りやすい。一方、LCでの学びは、授業外における学習者の自律的な学習を育むことを目指して作られている場合が多く、各学習者が設定する達成目標は多岐にわたる。加えてLCで学習支援を提供している場合は、学習者の学びのプロセスに学習支援に携わるスタッフも関わる。授業でもティーチングアシスタントといった学生スタッフが関わる場合もあるが、LCではそこで共に学ぶ友人や、学習支援を提供しているスタッフ、事務職員等、複数の立場の人が教室での学びより多く関わる可能性がある。それぞれの要素による影響を考慮する必要があるため、分析することが難しくなる。評価は標準化とセットになっているため(1)、複雑な要因が入り込む中でLCの何がどう貢献しているのかを明示する評価は複雑で多様にならざるを得ない。

 各大学によって様々な目的で設置されたLCを評価するためには、多様な評価方法があり、評価結果が数値のみで表現されるものではなく、学習者による語り、学習の様子を撮影した写真やビデオ、学習の成果を文章で提示することも評価結果に含まれることを認識いただきたい。多様な学びが生成されるLCでの成果を数値のみで提示するには限界がある。数値にこだわると本来、見たいもの、知りたいことの現状を把握できない可能性がある。これらが本稿でのLCの評価を考える際の前提となる。

 

2. ラーニングコモンズの評価に関する現状

 LC評価の現状については、日本のLCの評価について文献レビューをした筆者らによる調査報告(2)と、Blummer & KentonのLCについて英語で記述された文献レビューによるもの(3)などがある。

 前者では、LCの評価を扱っている文献66件に対して、評価の目的、評価方法、評価項目を分析している。評価の目的は、①LCの全体的な利用動向や効果と課題を把握し、LCの機能を明らかにすること、②学習者をタイプ別にみて、LCの利用やニーズの差異を明らかにすること、③LC利用と学習成果の関連性を明示すること、④設計の視点からより快適に学べるエリアを選定すること、⑤特定の指標の達成を明らかにすること、⑥複数大学のLCの動向を探り改善策を提案することを目的とした6つに分けられていた。中でも①LCの全体的な利用動向を把握し、その機能を明らかにしようとする評価は半数を超え、最も多かった。

 評価方法は、アンケート調査といった定量的なデータを基にした統計分析手法を用いた量的な調査、定性的なデータを基に科学的な手順で分類した質的な調査、並びにこれらを混合したミックス法で実施されており、量的調査が約7割を占めていた。量的なデータは質問紙調査が最も多く、次いで観察調査、エリア予約記録等が挙げられた。質的なデータとしては、ヒアリング調査が最も多く、次いで参与観察、フォトサーベイ等が挙げられた。

 質問紙調査は、利用目的、利用頻度、利用内容、人数、利用エリア、利用機器、学習支援利用等が評価項目として用いられていた。ヒアリング調査は、利用頻度、利用内容、利用による効果、LCへの要望、満足度、学習上の問題点等であった。他にも、学習スタイルに着目し、LC利用が及ぼす学生への影響や効果等を問う項目、クリエイティブな学びを好む群がどのような什器導入を希望するのかといった、各大学が学生の利用状況に合わせた支援の提供や環境改善をしようとする項目も挙げられた。いずれも、評価目的に応じた評価項目を組込んだ調査をしていたことが提示されている(4)

 さらに、設計の視点から各エリアの活動を把握できる観察調査を行っている際は、評価項目として利用者の位置(エリア別)、利用人数、利用行動、使用機器、利用時間が活用されていた。また学習に関する評価項目もあった。例えば、「読書、書く、話す」等の行為の種類とその数を把握することが行われていた。

 Blummer & Kentonは分析対象とした106件の論文のうち、評価について記載されていた25件の文献を取り上げ、LCが学習をどう支援するのかを把握することを目的とした調査や、LCの利用状況、ICTや学習支援のサービスが学習者のニーズに応えているのか等について調査されている例を提示している(5)。評価方法には量的な調査、質的な調査、混合法が含まれること、評価方法としてアンケート調査、インタビュー調査、参与観察など様々な方法が採用されていることが示された。これらは日本の現状と同様であると言える。

 調査の方法として、量的な調査を行うのか、質的な調査を行うのかは、何を明らかにしたいのかといった目標によって決まる。

 

3. ラーニングコモンズの評価方法の紹介

 実際に評価をする際、どのような評価の項目や方法があるのかに関する事例を提示する。各大学の状況や評価の目的に応じて適切な評価方法を選択してほしい。

 

3.1 学校図書館評価基準

 LCは図書館に設置されることが多く、図書館における評価方法も参考になる(6)。学校図書館評価基準は2008年に全国学校図書館協議会によって設置されており、基本理念、施設と環境、サービス、運営、教育指導・援助、協力体制・コミュニケーション等の14項目から構成されている。これらの評価項目をLCの状況に置き換えて利用する方法もあり得るだろう。例えば基本理念は「LCの理念を全教職員が理解し、担当者が運営に反映させている」、施設と環境は「学生、教職員が利用しやすい動線上の位置にある」、協力体制・コミュニケーションは「LCに関する事項を定期的に会議で提示し、共通理解を図っている」といった評価の項目が考えられる。

 ただし、これらは各項目ができているか、できていないのかを確認するチェックリスト形式になっている。どの程度達成できているのかを判断するには各大学の状況を文章で追記する必要があるだろう。また「教育指導・援助」では「各教科・領域の年間学習指導計画に学校図書館活用の指導計画を盛り込んでいる」と、正課との連携を前提とした項目になっている。正課外に利用されることが多く、学習者の主体的な学びを育むLCでは活用しにくい部分があるため、学習について評価したい場合は「初年次教育においてLCの学習支援を活用する計画を盛り込んでいる」等といった項目を採用する必要がある。

 

3.2 Learning Space Rating System(LSRS)

 Learning Space Rating System(LSRS)は授業で使用する教室等といった学習環境を評価する方法として開発された(7)。その後、教室にとどまらず、LCの評価方法としても活用することができるよう多田・浦田により拡張版LSRSが開発された(8)。拡張版では学習者の多様なニーズや学習スタイル、並びに、学びを支援する取り組みの評価ができるようになっている。

 具体的には「キャンパス文脈との統合」「プラニングとデザインのプロセス」「サポートと運用」「環境の質の評価」「レイアウトと家具」「テクノロジーとツール」「インクルージョン」「スタッフによる支援」「インフォーマルな交流の促進」「DX(デジタル・トランスフォーメーション)への対応」といった10セクションから構成されている。例えば「レイアウトと家具」では「参加者の交流を促進するためにスペースのバランスを整える」といった項目がある。「サポートと運用」では「学習者、インストラクター、およびスタッフが、学習スペースの特徴についてオリエンテーションとトレーニングを受けることができる」といった具合である。またコロナ禍以後、オンラインでの学習環境についても配慮がされつつある。「テクノロジーとツール」では「複数の離れた場所にいる個人やグループが、活動に確実に、活動時に参加することができる」という評価項目が設定されており、オンライン支援も評価したい場合、参考になる。

 

3.3 デザイン思考

 デザイン思考は、社会構成主義アプローチに根付いた評価方法で、学習者がLCを利用している現状を分析して、そこから何が達成されているのか、課題はどこにあるのかを明らかにする方法である(9)。学校図書館評価基準やLSRSのように行動主義的アプローチに基づきあらかじめ評価目標を設定して、それが達成できているかどうかという立場とは異なっている。デザイン思考では実際に学習者が活用している様子を観察したり、インタビュー調査をしたりして、その結果を基にリデザインをしていく(10)。例えばスタンフォード大学のd.schoolが提唱するデザイン思考のためのプロセスは「Empathize(共感する) → Define(問題をみつける) → Ideate(アイデアを出す) → Prototype(実際にモノを作る) → Test(試行する)」となっている。

 Empathize(共感する)では、学習者に対して「LCにもとめるものや課題に感じていること」等についてヒアリングをしたり、参与観察をしたりする。対話を通して、なぜそのような意見が出てくるのか、なぜそれが必要なのかについて彼らの意見を理解し、彼らに共感する。Define(問題をみつける)では、前段階での調査結果を基に、問題を焦点化させる。どの点に問題があるのか、その観点を見出すには学校図書館評価基準やLSRSで提示されている項目も役立つだろう。Ideate(アイデアを出す)では、問題を解決するためのアイデアを出し合う。Prototype(実際にモノを作る)では、最終的な学習環境をデザインするにあたり、試行モデルを作成し、どのような効果と課題が導出されたのかを明らかにする。さらに、試行モデルを利用した学習者からフィードバックを得る。その結果を基に学習環境を作り上げる。最後に、Test(試行する)では、学習者が当事者意識を持てるように、彼らと対話しながら、新しい学習環境の観察と試行をし、よりよい学習環境を作り上げる。

 

4. ラーニングコモンズの評価に関するまとめと今後の展望

 LCの評価は大学の状況に応じて適切なものを組み合わせて利用する必要がある。また今後、オンライン化がますます進みLCを含む学習環境は変化するだろう。そうした状況に合わせた評価の方法を考えていくことも重要になる。その際、学習者の学びを深めるためのリデザインを重視し、評価のための評価にならないように心掛ける必要がある。評価結果を判断する立場の教職員は数値による結果を重視するだけではなく、LCでは多様な学びを支えているという前提を理解し、ヒアリングや参与観察等、多様な方法での評価結果をLCのリデザインの判断材料として受け取ることができる態度を育む必要がある。また教職員のみで評価をするのではなく、LCを利用する学生、LCでの学びを支える立場である学生スタッフ等、様々な立場のメンバーで対話を経ながら評価をし続ける必要があるであろう。

 

(1)Gergen, Kenneth J.; Gill, Scherto, R. 何のためのテスト? : 評価で変わる学校と学び. 東村知子, 鮫島輝美訳. ナカニシヤ出版, 2023, 223p.

(2)岩﨑千晶, 川面きよ, 村上正行. わが国におけるラーニングコモンズの評価動向に関する考察.日本教育工学会論文誌. 2018,42, p. 157-160.
https://doi.org/10.15077/jjet.S42085, (参照 2024-07-16).

(3)Blummer, Barbara; Kenton, Jeffrey M. Learning Commons in Academic Libraries: Discussing Themes in the Literature from 2001 to the Present. NEW REVIEW OF ACADEMIC LIBRARIANSHIP. 2017, 23, p. 329–352.
https://doi.org/10.1080/13614533.2017.1366925, (accessed 2024-07-16).

(4)岩﨑ほか. 前掲.

(5)Blummer; Kenton. op. cit.

(6)岩﨑ほか. 前掲.

(7)2024年に公開予定の以下の文献による。
浦田悠. “学びを支える学習環境のデザイン:育むべき能力の育成を設定した学習環境をデザインする場合”. 学習環境デザインブック. 大学教育学会課題研究「ニューノーマル時代における学習環境デザインモデルの構築」グループ編著. 三恵社, 2024, p. 8.

(8)多田泰紘, 浦田悠. “拡張版LSRSを用いた学習環境の評価”. 学習環境デザインブック. 大学教育学会課題研究「ニューノーマル時代における学習環境デザインモデルの構築」グループ編著. 三恵社, 2024,p. 50-59.

(9)岩﨑千晶. “学びを支える学習環境のデザイン:社会構成主義に基づく学習環境のデザイン”. 学習環境デザインブック. 大学教育学会課題研究「ニューノーマル時代における学習環境デザインモデルの構築」グループ編著. 三恵社, 2024, p. 9-11.

(10)Basye, D.; Grant, P.; Hausman, S.; Johnston, T. Get Active: Reimagining Learning Spaces for Student Success. International Society for Technology in Education, 2015, 172p.

[受理:2024-08-22]

 


岩﨑千晶. 動向レビュー:ラーニングコモンズの評価方法を考える. カレントアウェアネス. 2024, (361), CA2066, p. 14-16.
https://current.ndl.go.jp/ca2070
DOI:
https://doi.org/10.11501/13744618


Iwasaki Chiaki
Considering how to evaluate learning commons