CA2059 – オスロ大学図書館のデジタルサービス / マグヌスセン矢部直美

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カレントアウェアネス
No.359 2024年3月20日

 

CA2059

 

オスロ大学図書館のデジタルサービス

オスロ大学図書館(University of Oslo Library):マグヌスセン矢部直美(やべなおみ)

 

1. はじめに

 近年、学術全般で使われるようになったデジタル手法は実に幅広い。例えば、様々なプログラムを使い大量のテキストや数値データを基に言語の変化や文学表現の推移を分析したり、古い時代のテキストにある地名や古地図に見られる地名を地図上で重ねて現在と比較したりといった研究が挙げられる。これらはオープンサイエンスの動きとも綿密に繋がっており、将来に向けて学術活動を行う上で、研究者も研究を享受する側も避けて通ることのできないものである。ここでは、オスロ大学(ノルウェー)の図書館で近年発足したデジタル関係学術サービスについて報告する。

 

2. オスロ大学図書館DSC

 オスロ大学のDigital Scholarship Centre(1)(DSC)は2年間のプロジェクト期間を経て、2022年6月、正式にオスロ大学図書館内に発足した。かねてより大学内での情報技術への理解や浸透度には大変大きな差があり、将来に向けて新たな研究の可能性に対応するためには、研究データの扱いと新たな情報技術、プログラムなどの具体的に必要な知識を、学問領域の枠を超えて日々の研究で使える状態に持っていく必要性が認識されていた。DSCは、他大学のモデルを参考にして、これらの新たな学術上の必要を支えるために設置された。オープン記念イベントには学長も参加し、学部を横断したこれからの学内デジタル研究支援のハブとしての期待が述べられた。

 拠点としてDSCを冠した一室を人文社会学図書館内に設けたが、活動は同館内だけに留まらない。学内外のデジタル手法を支援し広げる様々な活動ネットワークに繋がっており、DSC提供のワークショップのコースもキャンパス内の各所で行っている。デジタル手法は既に医学、理学では当然の手法として学生にも早い段階から取り入れられるケースが多い。現在は社会学部でも大規模統計資料を扱うことが多く、学部生の授業にも早い時期から導入されている。DSCは支援対象を人文学部、社会学部のみでなく、学内全般としている。時には大学の枠を超えてデジタル手法のサポートを提供し、専門に関わらず同じコースに参加することが可能である。また、デジタル手法の情報のハブとしてDSC以外で提供される関連コースなどについてまとめて周知することもその任務としている。

 DSCが人文社会学図書館に設置された背景には、人文学領域内でデジタル手法の浸透に大変大きな差があることが関係している。デジタルヒューマニティーズ(DH)は言葉としては既に長らく使われているものの、現在でも直接DHに関わっていない人にとって、今一つ実態が分かりにくいのはノルウェーに限ったことではなかろう。学内でも人文学領域においては、言語学、音楽学、考古学、パピルス学、宗教学、中東研究などで様々なデジタル手法を用いた研究やワークショップが地道に行われてきたのだが、関係者以外にはそれがあまり知られていない。DSCでは2023年10月24日に“Digital Humanities in Norway – Looking back, and taking a (big?) step forward?”(2)と題したハイブリッドの会議が行われた。会議は大学内のDH手法を研究に用いているリサーチネットワークDigital Humanities Research Networkの10周年を記念するものでもあったが、協賛としてノルウェー国内の研究者によるDH推進団体DHKO(3)も名を連ねた。過去10年間にオスロ大学内でDHに携わっていた若手研究者の多くは本学を離れて様々な場で活躍しており、徐々にネットワークを広げている。今回のDSC正式発足は、こうした学内外のDH関係の活動を広く共有し、興味のある学生や研究者に情報を届けるとともに関与を促し、専門分野を超えた更なる研究ネットワークを広げることも目的としている。

 そもそもDHの推進は欧州全体の方針としてのオープンサイエンスと切り離すことができない。これは、もともと欧州連合(EU)の研究資金助成プログラムHorizon Europe(4)が背景にある(5)。将来に向けて欧州での学術を発展させるための要素として、オープンサイエンスもその政策の一つとして挙げられている。それに沿って大学自体もノルウェー政府の方針もオープンサイエンスの基盤としてのDH推進に力を入れているわけである。医学や自然科学ではかなり浸透しているデジタル手法も、人文学、社会学になるとまだまだ広がりにはムラがあるが、DHなくしてオープンサイエンスの基盤の構築は困難である。政府からも高等教育でのオープンサイエンスの推進が明記された(6)のに加えて、近年世界的な課題となっている人工知能(AI)対策も含めて、学問基盤となる研究データをデジタル化し、オープンサイエンスへ対応し、方針の策定、デジタルリテラシーの育成を強く進める必然性は増すばかりである。そして、政府もこれらの対策に対する学術活動に資金を積極的に提供している。

 DSCのウェブサイトを見ても分かるように、ここで提供されているサービスは、オープンアクセス(OA)、オープンで再利用可能な研究データの準備・理解・推進、研究データ管理(RDM)支援、RDMに関する情報交換の場であるData Managers Networkを通じた、デジタル手法の背景となる基本情報リテラシーの推進、大量の研究論文調査(システマティック・レビュー)の支援、データ可視化支援、テキストマイニング支援、論文を書く上でのレファレンスマネジメントツールの提供など、多岐にわたる。利用者の必要に応じた具体的なデジタル手法のプログラムが提供される。DSCでサービス提供に関わっているのは図書館内の人材だけではない。大学全体からそれぞれのスキルを持った研究者や学生も特定の訓練を受けてインストラクターになって参加している。また、これまで関わってきた人材がオスロ大学を離れて他の研究機関に移った場合でも、本人が希望すればこれらの活動に関わり続けられるようになっている。関わっている研究者も個人的な関心や、スキル、情報の交換やアップデートが可能であり、何よりもデジタル手法に興味を持っている人達と繋がることで、自らの将来の研究にも役立つネットワークになっている。参加者は学内全体から集まってきているが、やはり理系や医学系の背景を持つ人が多い。彼らは、すでにあるプログラムを使った経験はあるものの、継続して使っていなかったために情報をアップデートすること、あるいは更なるスキルアップを求めて参加している。これまでDH経験がまったくない、教育学や人文学の背景を持つ参加者の中には、初級コースを繰り返し受講する人もいる。

 学内全般の情報技術システムを管理しているIT部門でも様々な情報セキュリティーに関するコースを提供しており、DSCと密に情報交換している。IT部門では各種デジタル手法やプログラムを、必要とされる保護措置を学内基準に設定して提供しており、プログラムの技術的トラブル支援に重きを置いている。DSCは各種の情報の入り口・導入に重きを置いている点で棲み分けをしているといえる。

 正式発足から1年半が経過したが、DSCは活発に活動し続けている。2024年1月には2023年に引き続き5日にわたるDHワークショップ“Digital Scholarship Days 2024”(7)を関連機関と共同で催した。プログラミング言語Rとその統合開発環境RStudioの導入、基本的なSQL紹介、博士課程向けのデータマネジメント、プログラミング言語Pythonの導入、自動テキスト認識プログラムTranskribusの紹介等、28のコースを提供した(8)

 

3. 資料登録及びデジタル化サービス

 オスロ大学図書館は、DSCに加えて大学全体に向けた新たなデジタルサービス(9)を、2023年11月末に同じく人文社会学図書館内で開始した。これは、現在日本の多くの学術図書館でも導入しているEx Libris社のディスカバリサービスPrimoなどのカタログシステムには適さない、図書館内外の特別コレクションのデジタル化(10)を支援するものである。Alvin(11)というスウェーデンのウプサラ大学、ヨーテボリ大学、ルンド大学が中心となって開発してきたプラットフォームに本学も利用メンバーとして加わっている。これは写真や手記資料などのアーカイブ資料や貴重古書、3Dの博物館資料のデジタル化データなどの登録を可能とするものである。デジタル化することが望まれているがその適切なデータ保管場所がない場合に提供されるもので、スキャナーから直接Alvinに接続できるワーキングスペースを同館内に用意し、データの登録や利用指導、援助を行っている。発足に当たっては図書館だけでなく大学内の学術資料を扱う部門であるMuseum of University History(MUV)(12)とも協力体制を整えている。図書館では、申し込みサイト(13)からの学生や研究者からの申請を受けて、登録を希望する資料を基準に照らして検討し、基準に合った資料のAlvinへの登録とデジタル化をサポートしている。登録にあたっては、例えば研究プロジェクト内での位置づけ、経費、予算の確保などに関する提案も行っている。場合によっては学外資料も登録の対象となりえる。Alvinに登録されるもの全てがすぐにOAにできる条件が整っているとは限らないが、将来条件が整えばオープンにできる可能性がある。

 Alvin開始を記念した催しでは、Alvinが過去の資料のデジタル化とメタデータ登録を支援するのに対し、現行の研究データの管理を支援する新サービスとして、DataverseNO(14)の導入も紹介された。これはオープンデータのリポジトリである。学内で必ずしも管理に適切なサーバー等がなかったり、プロジェクト終了後のデータアクセスを保証する必要がある場合に必要な枠組みを提供するものだ。ノルウェー国内の多くの高等教育機関や研究機関が参加している。日本ではJ-STAGE Dataなどのシステムがあるためにあまり普及していないようだが、Dataverse(15)自体は国際的なシステムであり、世界中の多くの研究機関が参加している。

 

4. さいごに

 オスロ大学図書館内に近年設置された各種デジタル関係サービスについて紹介してきた。DSCの提供するコースの参加者及び対象は学内外の主に若手の研究者や修士学生が中心であり、広い分野から参加がある。一度学んだプログラムでも常に使う機会がないとアップデートがあったり詳細を忘れてしまうことがあるだろう。DSCで提供されている比較的敷居の低いコースに参加することで、情報をリフレッシュできる。繰り返しの参加も可能である。また、AlvinやDataverseNOといったプラットフォームは資料やデータへの長期的アクセスを確保しようというものである。これらはすべて、将来に向けて学術活動をより持続可能な状態、またオープンサイエンスに向けて発展させるために必要なものである。

 世界・社会の在り方がデジタル化によって大きく揺れ動く時代において、大学は既存の学問領域を超える、将来への発展を見据えた対応が迫られている。大学図書館は学術や研究を大きな枠で捉えることができるため、未知の学問領域を含めた全体を俯瞰しやすい立場にあるだろう。加えて、大学図書館が研究データを含め情報をより広く提供することは、図書館がこれまで常に確かな知識や情報を利用者に提供し支援するという役割を果たしてきたことから見ても、妥当であるといえるだろう。学術デジタル手法支援に関わることは、従来情報リテラシーに関わってきた図書館の役目とみることは自然ではなかろうか。

 

(1)“Digital Scholarship Centre”. University of Oslo Library.
https://www.ub.uio.no/english/libraries/dsc/index.html, (accessed 2024-01-22).

(2)“Digital Humanities in Norway – Looking back, and taking a step forward?”. University of Oslo Library. 2023-08-21.
https://www.ub.uio.no/english/courses-events/events/uhs/2023/digital-humanities-in-norway.html, (accessed 2024-01-22).

(3)DHKO.
https://dhko.no/index, (accessed 2024-01-22).

(4)“Horizon Europe”. European Commission.
https://research-and-innovation.ec.europa.eu/funding/funding-opportunities/funding-programmes-and-open-calls/horizon-europe_en, (accessed 2024-01-22).

(5)ノルウェー自体はEUに加盟していないが、EUの動きには、多くの分野で連動しているのが実態である。

(6)Horizon Europeの基になるHorizon 2020については、2017年のノルウェー政府の文書において、EUの学術研究とイノベーションに対してノルウェーの位置を確かにするものとして言及している。
“Norske posisjoner på FP9”. Regjeringen.no. 2017-10-13.
https://www.regjeringen.no/no/sub/eos-notatbasen/notatene/2017/sep/norske-posisjoner-pa-fp9/id2575674/, (accessed 2024-01-22).

(7)“Digital Scholarship Days 2024”. University of Oslo Library. 2023-11-30.
https://www.ub.uio.no/english/courses-events/events/dsc/2024/digital-scholarship-days/00-mainpage.html, (accessed 2024-01-22).

(8)Ibid.

(9)“Lansering av UBs nye digitaliseringstjenester”. Universitetsbiblioteket. 2023-10-16.
https://www.ub.uio.no/kurs-arrangement/arrangementer/ub-felles/2023/lansering-spesialsamlinger-og-digitalisering.html, (accessed 2024-01-22).

(10)“Digitalisering og spesialsamlinger”. Universitetsbiblioteket.
https://www.ub.uio.no/bruk/digitalisering/, (accessed 2024-01-22).

(11)ALVIN.
https://www.alvin-portal.org/alvin/home.jsf?dswid=-689, (accessed 2024-01-22).

(12) Museum of University History.
https://www.muv.uio.no/english/index.html, (acccessed 2024-02-13).

(13)“Digitaliseringstjenester”. Universitetsbiblioteket.
https://www.ub.uio.no/bruk/digitalisering/digitaliseringstjenester/index.html, (accessed 2024-01-22).

(14)“DataverseNO”. University of Oslo Library. 2022-09-29.
https://www.ub.uio.no/english/writing-publishing/data-archiving/dataverse-uio.html, (accessed 2024-01-22).

(15)The Dataverse Project.
https://dataverse.org/, (accessed 2024-01-22).

[受理:2024-02-13]


マグヌスセン矢部直美. オスロ大学図書館のデジタルサービス. カレントアウェアネス. 2024, (359), CA2059, p. 11-13.
https://current.ndl.go.jp/ca2059
DOI:
https://doi.org/10.11501/13391592


Naomi Yabe Magnussen
Digital services at University of Oslo Library