カレントアウェアネス
No.356 2023年6月20日
CA2043
動向レビュー
オープンサイエンスをモニタリングする機関向けダッシュボードとその提供指標:OpenAIREを例として
元国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター/筑波大学人間総合科学学術院情報学学位プログラム:池谷瑠絵(いけやるえ)
1. はじめに
近年、世界的にオープンサイエンスが推進されている。オープンサイエンスとは、ユネスコの定義によると、「多言語の科学知識を誰もが自由に利用・アクセス・再利用できるようにし、科学と社会の利益のために共同研究と情報の共有を増進させ、科学知識の創造、評価、伝達のプロセスを従来の科学界を超えて社会貢献活動に関するすべての人に開放するための様々な運動と実践を統合した包括的な概念(1)」(E2485参照)であり、21世紀のICTの急速な発展を背景に、データ公開や協働によって既存の垣根を越えようとする新しい科学の在り方である。
オープンサイエンス政策は、米国、欧州等さまざまな国と地域で進められており、米国国立衛生研究所(NIH)(2)をはじめとする資金提供を行う研究所や、欧州連合(EU)の研究・技術開発フレームワーク・プログラム(Framework Programmes for Research and Technological Development)であるHorizon Europe(3)等の資金助成プログラムも、研究者に対して、論文や研究データ等の研究成果物の公開を強く要請するようになってきた。そして近年、このようなオープンサイエンス施策の下に公開された研究成果物を収集して、進捗状況がひと目でわかる画面・機能で提供するダッシュボードが発達してきており、資金提供者や大学等の機関向けに提供されている。
本稿では、オープンサイエンスをモニタリングするダッシュボードとして先駆的であり、また代表的なものとしてEUのOpenAIRE(4)を取り上げ、特に大学等の機関向けのダッシュボードに注目して、その提供指標を中心に紹介する。その際、研究評価という、オープンサイエンスのもう一つの側面についても少々考察したい。
2. なぜモニタリングなのか
オープンサイエンスに限らず一般に活動を推進するには、活動について具体的な目標を定め、目標がどれだけ達成されたかについて把握する必要がある。
EUにおけるオープンサイエンスのモニタリングは、オープンサイエンスの実践を支援し、推進することを目的としている(5)。この目的の下で、モニタリングの具体的な対象として、EU全体にわたるオープンサイエンスの政策や規程(policies)、実践(practices)、影響力(impact)が挙げられる。モニタリングにもとづいてオープンサイエンス政策と実践の隔たりを把握して、政策へ迅速に反映することが目指されており、欧州・国・機関という3つのレベルで、モニタリングを反映したオープンサイエンス進展への取り組みが必要であるとしている。また、国ごとのオープンサイエンス政策の実装状況や、実践のユースケース等をマップで示した“EOSC Observatory”(6)が、ウェブサイト上で公開されている。
このようにEUのオープンサイエンスのモニタリングの枠組みは、3つのモニタリング対象(政策や規程・実践・影響力)と、3つの活動主体(欧州・国・機関)で構成されており、その関係は表1のようになっている。また、このうちの「実践」についてEUは、かねてより「FAIR原則にもとづくデータ公開」等、8本の柱を示してきた(7)。その中には、「研究の質や影響力を測る新しい研究評価指標の開発」と、「研究者のオープンサイエンス実践を実績として認める研究者評価の構築」があることから、モニタリングに際しても、政策要請や規定の遵守、公開に加え、社会への影響力を測る新しい指標の採用と研究評価改革が対象になると考えられる。
モニタリング 対象 活動主体 |
政策や規程 | 実践 | 影響力 |
欧州 | - | - | 未定 |
国 | オープンサイエンス政策 資金配分戦略 |
進捗把握 事例 資金配分実施 |
未定 |
機関 | 資金提供機関による方針策定 研究機関による方針策定 |
成果指標 | 未定 |
3. モニタリングのためのダッシュボード
ところで、これまで「ダッシュボード」という語を定義せずに使用してきたが、ここで改めて取り上げたい。ダッシュボードとは、そもそもは馬車の泥よけに由来し、車等の操縦席の前面に設置される計器類の集合体を指す語である(9)が、前章の“EOSC Observatory”のようなウェブサイト上のツールも、一般に「ダッシュボード」と呼ぶことがある。近年は企業経営における重要業績評価指標(KPI)の達成や監視サービスでの異常検知等の目的で、情報源となるシステムからデータを抽出してグラフ、マップ、アラート等を表示させる画面としてのダッシュボードが、社会のさまざまな領域で広く使われている。フュー(Stephen Few)氏の定義によれば「一画面に集約・整理され、ひと目で情報を把握できる」機能・画面である(10)。また、「データ、プロセス、視点の3つが統合」されている点が重要な特質であり(11)、人間がひと目で情報を把握するためには、視覚性に優れていることも要件になる(12)。
OpenAIREでは、オープンサイエンスをモニタリングする欧州・国・機関向けのダッシュボードをそれぞれ提供している。表2にその提供状況を示した。「資金提供機関」向けのダッシュボードは表1の「欧州」、「大学等の機関」と「データ提供者」向けは表1の「機関」にそれぞれ対応している。国レベルのものは連携して共同開発される等、形態が異なるため表には記していない。
年月 対象 |
2018/10 | 2019/01 | 2019/03-05 | 2021/03 | 2022/01 |
資金提供機関 | Funder Monitoring Dashboard | Funder Dashboard |
Funder /Project Dashboard | MONITOR | OPENSCIENCE OBSERVATORY |
MONITOR | OPENSCIENCE OBSERVATORY MONITOR | Funders |
大学等の機関 | - | - | - | - | MONITOR Research Initiatives / Research Institutions |
データ提供者 | Content provider Dashboard | Content Provider Dashboard | Content Provider Dashboard | Provide Dashboard | Content Provider Dashboard |
研究コミュニティ | Dashboard for Research Communities | Research Community Dashboard | Research Community Dashboard | Research Community Dashboard | Research Community Dashboard |
研究者 | EXPLORE | EXPLORE | EXPLORE | EXPLORE | EXPLORE |
4. オープンサイエンスのモニタリング指標
では、このようなダッシュボードにおいて具体的にどのようなものがオープンサイエンスのモニタリング指標として求められてくるだろうか。大学や研究機関における具体的なオープンサイエンスの実践に関するEUの調査「オープンサイエンスモニタープロジェクト」の最終リポートでは、①オープンアクセス(OA)(OAポリシー、グリーン・ゴールドOA)、②オープンデータ(オープンデータポリシー、データリポジトリ、オープンデータに関する研究者の意向)、③協働(コードの公開、オルトメトリクス、装置・ツールの共有、市民科学)等がモニタリングするべき趨勢として挙げられている(14)。これらはそれぞれ、2章で示したEUのオープンサイエンスのモニタリング枠組みにおける3つのモニタリング対象(政策や規程・実践・影響力)との対応関係が見られる。また2021年のScience Europeのブリーフィングペーパー(E2424参照)ではOAのモニタリングについて報告しているが、その中でも、指標の詳細はモニタリングの目的や期間等といった各機関の関心によって異なると結論づけられている(15)。
次に、OA以外のオープンサイエンスの実践として、研究評価や社会への影響力の測り方(2章参照)についてふれたい。「研究評価に関するサンフランシスコ宣言」(DORA)(16)やライデン声明(17)に代表される国際的な研究評価改革の議論を経て、責任ある研究指標(Responsible research metrics)(18)の考えが示されてきたことは、周知の通りである(E2561、CA2005参照)。機関向けに研究評価指標を提供するツールとしては、Web of Science(WoS)から提供されるInCites(19)と、Scopusから提供されるSciVal(20)が代表的であり、国内外を問わず大学等で広く使われてきた。しかし、WoSの主要指標であるインパクトファクターが、上掲のDORAとそれに続く世界的な研究評価指標の議論の中で批判を受けてきた経緯もあり、また、2章でみてきたEUの実践目標に照らすと、今後は研究データやコードをはじめとする幅広いOA成果物の公開と、オープンサイエンス実践の研究者評価への反映等が課題となるであろう。こうした課題への取り組みは、商用サービスを含めた機関向けのモニタリングを通じて実装されていくことが予想される。EUのOpenAIREの活動と対比させると、日本においては、CiNii Research(21)が同様の役割を担うことが可能性として考えられる。
5. OpenAIREの大学等の機関向けダッシュボード提供指標
さて、OpenAIREでは、表2で示したように大学等の機関向けダッシュボード(Institutional Dashborad)とデータ提供者向けダッシュボード(Content Provider Dashboard)を提供していた。本章ではこのうち大学等の機関向けダッシュボードの提供指標について、主なものを表3に示した。これは筆者らが2022年6月から9月に調査を行ったもので、表3の「区分」行にダッシュボード上の階層メニューを示し、「指標」行に各メニューの下に配置される指標群を示している。
このダッシュボードでは、現在、ダッシュボード利用機関における、主にHorizon Europeプログラムの成果や、成果物のOA状況が確認できるようになっている。メニューには資金(Funding)、成果(Research Output)、オープンサイエンス(Open Science)、協働(Collaborations)、影響力(Impact)の項目が並んでいる。各メニューの主な提供指標は、プロジェクト参加数と獲得資金額、論文・データセット・ソフトウェア・その他成果物の生産数、OA率とメタデータ付与数、論文ダウンロード数等であるが、対象期間やプロジェクトの絞り込みによって詳細が示される指標も併せて提供されている。
また、現在「影響力」メニューの下に新たな指標を「準備中」であると表示していることから、今後は指標の一層の拡充が期待される。
区分 | 指標 | 区分 | 指標 | 区分 | 指標 |
資金 | 研究プロジェクト参加者数 | オープンサイエンス | OA論文数(年次推移) | 協働 | 複数資金による成果数 |
H2020*研究プロジェクト参加者数 | OA種別論文数(年次推移) | 影響力 | 論文ダウンロード数(年次推移) | ||
H2020研究プロジェクト獲得資金額 | OA論文数上位15資金提供機関 | 要旨付論文ダウンロード数 | |||
H2020研究プロジェクト獲得資金額上位15件 | OA種別論文数上位15ジャーナル | 論文あたり平均ダウンロード数(年次推移) | |||
H2020研究プログラム参加者数上位15件 | グリーンOA論文数上位15リポジトリ | 論文ダウンロード数上位15ジャーナル | |||
H2020研究プログラム獲得資金額上位15件 | APCs/ジャーナル種別OA論文数 | ||||
成果 | 研究成果物数(種別**ごと、年次推移ほか) | APCs/ジャーナル種別OA論文数上位15ジャーナル | |||
研究成果物数上位15成果提供元(リポジトリなど) | PID付与論文数(種別比、年次推移) | ||||
研究成果物数上位15成果生産プロジェクト | 著作権(CC)ライセンス付与論文数(年次推移) | ||||
査読付き論文数(タイプ別) | ORCID iD付与論文数(年次推移) | ||||
査読付き論文数上位15成果生産出版社 | 要旨付論文数(年次推移) | ||||
資金による成果論文の献辞付与率 |
**種別:論文、データセット、ソフトウェア、その他
出典:OpenAIRE MONITOR dashboard(22)をもとに筆者作成
6. おわりに
本稿では、近年世界的に推進されるオープンサイエンスのモニタリングについて、OpenAIREが大学や研究機関向けに提供しているダッシュボードを例にして紹介した。オープンサイエンス政策の進展は欧州にとどまらず、ユネスコはもちろんのこと、米国では2023年を連邦政府全体でオープンサイエンス政策を推進する「オープンサイエンス年」と決定する等、世界的な潮流となっている。2013年のG8科学大臣会合の共同声明において、研究データのオープン化が合意されて以来、オープンサイエンスの推進が課題となっている日本においても、同様のモニタリングが論点となってくることが予想される。今後も引き続きダッシュボードの動向に注目していきたい。
(1)UNESCO. UNESCO Recommendation on Open Science. 2021, 34p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000379949, (accessed 2023-04-10).
(2)“View RFI Feedback”. NIH.
https://publicaccess.nih.gov/comments.htm, (accessed 2023-04-10).
(3)“Open access”. European Commision.
https://research-and-innovation.ec.europa.eu/strategy/strategy-2020-2024/our-digital-future/open-science/open-access_en, (accessed 2023-04-10).
(4)OpenAIRE.
https://www.openaire.eu/, (accessed 2023-04-10).
(5)European Commision. Opinion paper on monitoring open science. 2022, 7p.
https://data.europa.eu/doi/10.2777/382490, (accessed 2023-04-10).
(6)“National contributions 2021”. EOSC Observatory.
https://eoscobservatory.eosc-portal.eu/eoscreadiness/, (accessed 2023-04-10).
(7)European Commision. OPEN SCIENCE. 2019.
https://research-and-innovation.ec.europa.eu/system/files/2019-12/ec_rtd_factsheet-open-science_2019.pdf, (accessed 2023-04-10).
(8)UNESCO. Working Group on Open Science Monitoring. online meeting, 2022.
(9)“Dashboard”. Merriam-Webster.
https://www.merriam-webster.com/dictionary/dashboard, (accessed 2023-04-10).
(10)Few, Stephen. Information Dashboard Design: The Effective Visual Communication of Data. O’Reilly. 2006, p. 223.
(11)Pauwels, Koen; Ambler, Tim; Clark, Bruce H.; LaPointe, Pat; Reibstein, David; Skiera, Bernd; Wierenga, Berend; Wiesel, Thorsten. Dashboards as a Service: Why, What, How, and What Research Is Needed?. Journal of Service Research. 2009, 12, p. 175-189.
https://doi.org/10.1177/1094670509344213, (accessed 2023-04-21).
(12)松田岳士, 渡辺雄貴. 教学IR,ラーニング・アナリティクス,教育工学. 日本教育工学会論文誌. 2017, 41, p. 199-208.
https://doi.org/10.15077/jjet.42028, (参照 2023-04-21).
(13)池谷瑠絵, 大波純一, 金沢輝一, 高久雅生, 山地一禎. 海外学術情報基盤のダッシュボード比較分析. 情報知識学会誌. 2022, 32, p. 218-228.
https://doi.org/10.2964/jsik_2022_013, (参照 2023-04-21).
(14)EU. OPEN SCIENCE MONITOR STUDY ON OPEN SCIENCE: MONITORING TRENDS AND DRIVERS. European Commision. 2019, 73p.
https://research-and-innovation.ec.europa.eu/system/files/2020-01/ec_rtd_open_science_monitor_final-report.pdf, (accessed 2023-04-10).
(15)Science Europe. OPEN ACCESS MONITORING Guidelines and Recommendations for Research Organisations and Funders. 2021, 22p.
https://www.scienceeurope.org/media/cqllmhzo/se-oamonitoring-briefing-paper-2021.pdf, (accessed 2023-04-10).
(16)“San Francisco Declaration on Research Assessment”. DORA.
https://sfdora.org/read/, (accessed 2023-04-10).
(17)Hicks, Diana; Wouters, Paul; Waltman, Ludo; Rijcke, Sarah de; Rafols, Ismael. Bibliometrics: The Leiden Manifesto for research metrics. Nature. 2015, 520, p. 429-431.
https://doi.org/10.1038/520429a, (accessed 2023-04-21).
(18)Moher, David et al. The Hong Kong Principles for assessing researchers: Fostering research integrity. PLoS Biology. 2020, 18: e3000737.
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3000737, (accessed 2023-04-10).
(19)InCites.
https://incites.clarivate.com/, (accessed 2023-04-10).
(20)SciVal.
https://www.scival.com/landing, (accessed 2023-04-10).
(21)CiNii Research.
https://cir.nii.ac.jp/, (参照 2023-04-10).
(22)OpenAIRE MONITOR dashboard.
https://monitor.openaire.eu/, (accessed 2023-05-15).
[受理:2023-05-18]
池谷瑠絵. オープンサイエンスをモニタリングする機関向けダッシュボードとその提供指標:OpenAIREを例として. カレントアウェアネス. 2023, (356), CA2043, p. 11-14.
https://current.ndl.go.jp/ca2043
DOI:
https://doi.org/10.11501/12894519
Ikeya Rue
Dashboards and Metrics for Institutions Monitoring Open Science: Using OpenAIRE as an Example