CA2047 – グループ討議を中心としたオンライン研修の事例報告:国立情報学研究所「大学図書館員のためのIT総合研修」 / 服部綾乃, 松野 渉

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カレントアウェアネス
No.357 2023年9月20日

 

CA2047

 

グループ討議を中心としたオンライン研修の事例報告
:国立情報学研究所「大学図書館員のためのIT総合研修」

国立情報学研究所:服部綾乃(はっとりあやの)
国立情報学研究所:松野 渉(まつのわたる)

 

1. はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大防止のため、2020年度から2022年度にかけて、多くのイベントがオンライン開催にシフトした(1)。国立情報学研究所(NII)教育研修事業(2)においても同様に、集合形式で開催してきた研修をオンラインでの開催へと切り替えた。

 本稿では、その中でもグループ討議を中心とした研修である大学図書館員のためのIT総合研修(3)について、オンライン開催にあたってどのような工夫をしたのか、どのような教育効果(意識・行動の変化)があったのか、今後どのような課題があるのかを報告する。

 

2. 研修の概要・目的

2.1 研修の概要

 本研修は、受講者が学術情報システムを総合的に担う基幹的人材として、将来にわたって学術情報流通基盤整備をめぐる諸課題の解決に向けた実践的な取組みができるようになることを到達目標に2019年度から開始した。これまで表1にある3テーマで、年度ごとに実施してきている。

 

表1 実施年度別テーマ
実施年度 テーマ
2019年度 学術情報システムを支えるデータベースの理解と実践
2020年度 Web APIを使ったデータの入手とその整備
2021年度 Webコンテンツ公開方法の理解と実践
2022年度 2019年度と同テーマで実施。
2023年度 2020年度と同テーマで実施。

 

 本研修の受講者数、講師及びファシリテーター数は表2のとおりである。

 

表2 本研修の受講者・講師及びファシリテーター数
実施年度 受講者数 講師及びファシリテーター数
2019年度 26人 2人+若干名
2020年度 21人 6人
2021年度 22人 5人
2022年度 23人 5人

 

 一連のカリキュラムの中には受講者に実際に手を動かす作業を課すものもある。SQL(リレーショナルデータベースのデータについて取得・登録等を行うためのプログラミング言語)のクエリを書くことでデータベースから任意のデータを取り出す方法や、HTMLを用いたウェブページの作成方法等、実際の課題の内容は研修のテーマによって様々である。

 

2.2 研修の目的

 一般的に、平時の大学図書館の業務の中で、図書館システムとそれを支える種々の技術について、グループで時間を取って討議する機会は少ないと思われる。本研修では、そうした討議に時間をかけ、また講師・ファシリテーターから助言を適宜受けることによって図書館システムとそれに付随する技術の入口の部分に関する理解を深めてもらう。つまり、本研修の主目的は、システムに関する技術的な能力の習得ではなく、システムに関する苦手意識や抵抗感を減らすことである。

 今日、大学図書館における業務システムの開発・改修は、システムベンダーが担当するケースが大半を占めている。本来、そうしたシステムの開発・改修に関するシステムベンダーへの発注については、図書館職員による詳細な仕様の検討、それを受けた丁寧な仕様書の作成、及びシステムベンダーとの緊密な対話・連携が欠かせない。しかし、実際には十分な仕様の検討やシステムベンダーとの対話がなされないままシステムの発注・納品に至り、現場の業務とフィットしないシステムがやむなく用いられている例が少なくない。その要因の一つとして、ITやシステムに関する知識・自信の不足を背景としたシステムベンダーとのコミュニケーションに対する苦手意識が挙げられるのではないだろうか。

 本研修を通して、図書館システムに関する知識を深め、実際の作業を通して図書館システムに関連する技術の初歩の部分を習得することにより、こうしたシステム関連業務に対する図書館員自身の意識の改革を図るのが本研修の主眼と言える。

 

3. 研修の詳細

 本研修は、2020年度から完全オンラインで開催することになった。同じくNIIが主催・共催している目録システム書誌作成研修(4)、大学図書館職員短期研修(5)もグループ討議が多く含まれる研修であるが、オンラインでのグループ討議のノウハウの蓄積がないとして、2020年度の開催は中止した。本研修はITに関する研修ということで、オンライン開催との親和性が高いと判断し、継続することとした。

 研修では表3のオンラインツールを使用した。各ツールについては、研修当日のトラブルや戸惑いを防ぐために、研修前に事前接続確認や練習の時間を設けた。しかし、当日のネットワーク・PC環境により、途中でWebexの再接続をする受講者も例年数名発生している。

 

表3 本研修で使用したオンラインツール
実施年度 ツール
2020年度~2022年度共通 オンライン会議システム(Webex)、チャットツール(Slack)
2022年度のみ 2022年度のみ オンラインホワイトボードツール(Miro)、Googleドライブ

 

 ITに関する研修のオンライン化に伴うメリットとして、受講者用PC数の制限からの解放、自機関で保有するデータを研修で使用できることが挙げられる。集合研修では運営元の所有するPC数によっては、受講者1人1台を確保できないことがあり、実習の際に実際に手を動かす受講者が限定されてしまうことがあるが、そのPC数の制限から解放され、受講者全員が実習を行うことができる。また、研修に自機関のネットワーク内から接続する受講者の場合、図書館システム等からデータを抽出して他のデータと連携させる等、研修後の実地に近い形で実習を行うこともできる。

 2020年度にオンライン研修の計画を進めていくなかで、デメリットとして、受講者同士の交流が生まれにくいこと、グループ討議の滑り出しがスムーズにいかないこと、ファシリテーターが実習・討議の進捗を把握しにくいことが予想された。そこで、受講者全体、またグループに分かれた際(Webexのブレイクアウトセッション機能使用)に、自己紹介の時間を設けた。加えて、個人実習の進捗を把握するため、都度Slack上で作業完了時にリアクションしてもらったり、質問を投稿してもらったりした。想定通りに動かなかった場合のSQL文のチェック等はSlack上で行うことで問題はなかったが、ローカル環境に依存する問題(アプリケーションインストールやアプリケーション間連携のエラー等)をオンラインでサポートするのは難しく、特に2021年度は全体の進行に影響を及ぼすことがあった。そのため、2022年度は実習の合間に頻繁に小休止を入れることで、つまづいた受講者のサポート時間を確保した。

 グループ討議のはじめでは、ファシリテーターが各グループを巡回して討議を見守った。また、集合研修とは異なり、他のグループの討議状況が伺えないことから、自分たちの討議の方向性がずれていないか不安という意見があったので、2日目に中間報告とその後の各グループでのフィードバック時間を設けた。これらの試みは概ね奏功したと判断し、2021年度以降も同様の形式としている。加えて、2022年度は受講者全体で使用するホワイトボードツールMiroを導入して、他のグループの討議状況も把握できるようにした。Miroのほか、Googleドライブの導入は、ファシリテーターが討議の進捗状況を把握することにも役立っている。

 

4. 研修の教育効果

 2023年4月から5月にかけて、2020年度から2022年度の受講者63名にフォローアップアンケートを行い、33件の回答を得た(回答率52.4%)。

 研修受講後にITに関する意識は変化したかという問いには、苦手意識がなくなった(約24%)、苦手意識が少しなくなった(約58%)、変化はなかった(約18%)との回答があり、大部分の受講者について、苦手意識の変化が見られた。

 受講後に自館内等でITに関する勉強会・講習会等を開催したかという問いに対しては、講師を担当した(約3%)、開催してみたい(約29%)、なにもしなかった(約23%)という回答があった。研修内容が受講後にどのように役立ったかという問い(自由記述)には、実際にAPIを使いデータを取得するツールの作成に取り組んだ、SQLで何ができるのかが想像しやすくなったので業者への作業の依頼がスムーズになった、実習で作成したSQLツールを応用して業務に使用した、といった意見があり、具体的な行動の変化も見られた。

 

5. 今後の課題

 本研修には今後の継続的な開催や、内容のより一層の充実に向け、いくつかの課題がある。

 

5.1 グループ討議におけるサポート体制

 まず、研修をオンラインで開催することにより生じた課題が挙げられる。大きな課題として、グループでの議論が盛り上がりにくい点、議論に乗り遅れた受講者をファシリテーターが察知しにくい点等がある。これらは、先述の通り、カリキュラムの工夫によるサポート時間の十分な確保や、Miro、Googleドライブといったオンラインツールの導入により、ある程度まで解消したと考えられるが、集合研修と同等、もしくはそれ以上のサポート体制を目指し、今後も工夫が必要である。

 

5.2 カジュアルな交流と講師の発見・育成

 受講者同士や講師と受講者との「つながり」を形成・維持しにくい点も課題と言える。本研修はオンライン開催に移行後も、研修終了後に自由参加の懇親会を開き、受講者同士や講師との交流の場を設けている。しかしオンライン開催以降、受講者の参加は例年少なく、集合研修で実施していた頃のような、休憩時間や研修後のカジュアルな交流が生まれているとは言い難い。

 また、研修そのものを維持していく上で、新しい講師の発見・育成は不可欠だが、これについても課題が生じている。現在、本研修で使用している資料は毎年度、担当講師による丁寧な改訂がなされており、研修の質保証の一端を担っている。しかしながら、講師・ファシリテーターの陣容は現在固定化されており、資料の改訂も含めた本研修の運営は強く属人化されている状態である。集合研修で実施されていた際には、先述の「カジュアルな交流」やグループワークの中で、ITスキルの高い受講者や、主導的な役割を発揮する受講者を見出し、次年度以降の同研修に講師として加わってもらえるよう依頼してきたという経緯がある。しかし、研修の形式がオンラインに変わったことにより研修内でのコミュニケーションが質・量ともに変化し、こうしたある種の「勧誘」が著しく困難になっている。この観点からも、受講者同士や講師・ファシリテーターを含めた交流の活発化は喫緊の課題と考えられる。

 

5.3 フォローアップアンケートの継続

 本研修における開催形式を問わない課題の一つに、研修自体の評価が不足していることが挙げられる。2023年度に2020年度から2022年度の受講者に対するフォローアップアンケートを実施したのは先述の通りであるが、今後も研修を受けたことによって受講者の意識・行動に変化がみられたのかに関する継続的なフォローアップアンケートの実施について検討する必要がある。

 

6. おわりに

 ここまで本研修の目的、詳細、教育効果、今後の課題について述べてきた。

 本研修は大学等職員を対象としたグループ討議を含むオンライン研修として確立されつつあるが、しかしそれをもって単純にオンライン研修が集合研修より優れている、全ての研修はオンライン研修で開催すべきとは考えていない。

 様々な研修を2019年度以前の集合研修に戻すのか、オンライン研修のまま実施すべきかは、研修のテーマ、受講者層、受講者が準備できる環境等を考慮して判断されるべきである。その上で、オンライン研修の実施を選択する場合は、本稿がその一助となれば幸いである。

 


(1)総務省. “第3節 新型コロナウイルス感染症が社会にもたらす影響”. 令和2年版 情報通信白書. 2020, p. 138-166.
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/pdf/n2300000.pdf, (参照 2023-06-29).

(2)国立情報学研究所教育研修事業.
https://contents.nii.ac.jp/hrd/, (参照 2023-06-29).

(3)“大学図書館員のためのIT総合研修”. 国立情報学研究所教育研修事業.
https://contents.nii.ac.jp/hrd/it, (参照 2023-06-29).

(4)“目録システム書誌作成研修”. 国立情報学研究所教育研修事業.
https://contents.nii.ac.jp/hrd/cat_biblio, (参照 2023-06-29).

(5)“大学図書館職員短期研修”. 国立情報学研究所教育研修事業.
https://contents.nii.ac.jp/hrd/librarian, (参照 2023-06-29).

 

[受理 : 2023-07-27]

 


服部綾乃, 松野 渉. グループ討議を中心としたオンライン研修の事例報告:国立情報学研究所「大学図書館員のための IT 総合研修」. カレントアウェアネス. 2023, (357), CA2047, p. 11-13.
https://current.ndl.go.jp/ca2047
DOI:
https://doi.org/10.11501/12996500


Hattori Ayano
Matsuno Wataru
Report on Online Training Focusing on Group Discussions: NII’s Case Study


クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際

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