CA2046 – セーフティネットとしての公共図書館:米国・英国の取り組み事例から / 土屋深優

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カレントアウェアネス
No.357 2023年9月20日

 

CA2046

 

セーフティネットとしての公共図書館:米国・英国の取り組み事例から

秋草学園短期大学文化表現学科:土屋深優(つちやみゆう)

 

1. はじめに

 公共図書館は、すべての人に開かれた場であり、すべての人に無料で、文化、教育、情報、娯楽へのアクセスを提供することを使命としている(1)。この「すべての人に開かれている」という特性によって、公共図書館は時に社会のセーフティネットとして機能する。現代社会においてセーフティネットとは、何らかの理由によって困窮した人々の生活を保障する制度を指す(2)。国の社会保障としては、例えば年金、生活保護、失業保険などの制度が挙げられる。図書館は一般的にこれらの制度を直接保障する機関ではないが、文化的な生活を支援し、地域コミュニティへの所属を促し、身体的・精神的・金銭的な面から様々な支援を行っている。

 すべての人にサービスを提供するという公共図書館の理念は、多くの人が認識しており、公的サービスとして信頼を寄せている。米英の公共図書館では多様な支援を行う環境が整備されており、公共図書館は無料の原則によって、経済状況を問わず利用することが可能である。これらは、公共図書館がセーフティネットとして機能する理由である。

 本稿では、情報・教育・娯楽の提供に留まらない、米英における利用者支援の事例を紹介する。

 

2. 従来から行われてきた取り組み

 公共図書館でこれまで提供されてきた障害者支援や移民のためのサービスは、セーフティネットとして機能してきた実例の一つである。障害者サービスとして提供される点字、録音、DAISY資料、対面朗読サービス、配本サービスは、障害者が自立した社会生活を送るための重要な役割を担っている。移民に対する支援は、言語習得支援、異文化理解の促進、地域の教育、保育、福祉サービスへの仲介などが挙げられる(3)。これらは移住先での生活を支え、言語的・文化的な障壁を可能な限り取り除こうとするものである。

 上記のようなサービスは、すべての人々に図書館サービスを提供するという理念のもとで行われ、社会的包摂に貢献するサービスとして展開されてきたといえる。すべての資料・情報に無料で、公平にアクセスできること自体が、教育システム外に置かれ情報の入手が困難な人々の学習を保障している。近年の欧米諸国における延滞料廃止の議論(E2516E2535参照)も、金銭的な負担なく情報や資料を利用できるようにすることが必要だと提唱されたことがきっかけとなっている。

 

3. 場所の提供

 2020年に映画『パブリック 図書館の奇跡』が日本でも公開された。『パブリック 図書館の奇跡』は米国を舞台としており、大寒波の夜に、ホームレスの人々が公共図書館を避難場所として占拠し、図書館員と共に一晩を過ごす様子を描いている。

 映画でも描かれたように、公共図書館におけるホームレス支援、またホームレスの人々に限らず、困窮する地域住民への暖かい場所と食料の提供が図書館の役割として広まりつつある。米国では、1980年代のニューヨーク公共図書館の取り組みをはじめとし(CA659参照)、現代においてもホームレスの人々へ向けたサービスを行っている。米英の多くの公共図書館は暖かく、トイレを利用でき、安全で、警察からの干渉を受けない場であり、他の公的支援につながる窓口として機能している(4)。食料の配布も多くの図書館で行われている。コロナ禍においては、インターネット環境へのアクセスができない人々に向け、メッセージボードによるオフラインでの情報提供を行い、支援団体とホームレスの人々を仲介することで、困難に直面した利用者を支援する例も見られた(5)

 英国では2022年の冬、ウォーム・バンク(Warm Bank)と呼ばれる取り組みが広がった。これは寒波と燃料費の高騰を背景とし、人々が集まる公共図書館や教会などが暖を取る場所と温かい飲み物を提供し、一日を過ごせるようにする取り組みである。公共図書館では読書をしたり、館内のアクティビティに参加したりすることで長時間過ごすことができる。いくつかの図書館では、温かい飲み物の提供のほかにも、ボードゲームを設置することで、より居心地のよい空間を提供した(6)。また、公共図書館は場所だけでなく、食料品、衣料品、衛生用品の寄付と配布の窓口にもなっている(7)。開かれた場である公共図書館は、普段から人々が多様な目的をもって出入りするため、食料品や衣料品の寄付を受け取る人々も差別的な目線を向けられにくい。米国・英国におけるこれらの取り組みは、ホームレスの人々だけでなく、経済的に困窮し、光熱費や十分な食料、衣類を確保できない人々にとって生命線となるものである。

 

4. サービスの提供

 更に、近年はICTに関する支援及びメンタルヘルスに関する支援も必要不可欠である。現代のデジタル社会において、ICT機器とネットワークへのアクセスは、情報を得たり、職に就いたり、他者とコミュニケーションを取ったりする上で欠かせないインフラとなっている。ICTに関する支援としては、英国では99%の公共図書館にWi-Fiが整備され、インターネットへのアクセスを提供している(8)。多くの公共図書館にはコンピュータも設置されており、デジタル機器を持たない人々も図書館で利用することができる。米国では低所得者やホームレスの人々向けにスマートフォンの貸出プログラムを行う図書館も登場した(9)。利用者は図書館でインターネット環境へのアクセスの手段を確保すると共にICT機器の利用方法や情報リテラシーを学ぶことができる。

 メンタルヘルスに関する支援としては、自分に自信を持つためのワークショップやアンガーマネジメント講座、英国で始まった「本の処方箋」(Books on Prescription;CA2023参照)が挙げられる。「本の処方箋」は、読書によって精神の安定を図ることを目的として、医者やカウンセラーが、気持ちが上向きになる図書館の本のリストを処方箋として提供する取り組みである。図書館員に向けた研修も行われており(10)、発達状態や精神の多様性への理解や、精神疾患を持つ利用者への対応方法を学ぶことができる。例えば、英国の高学年の子ども及び教育図書館員協会(ASCEL)は、自閉症の人が利用しやすい図書館を構築するためのガイドラインとトレーニング教材を公開した(11)

 コロナ禍の英国においては、ロックダウン中に図書館員は利用者に電話で困りごとがないか尋ね、会話の相手となって孤立感の低減を図った事例が見られ、図書館員の傾聴力や共感性が図書館業務以外の場面でも役に立つとされた(E2358参照)。図書館員は自身の図書館員としての能力を活用して利用者と会話をすることで、利用者の不安感や孤独感を和らげ、利用者の持つ深刻なニーズを聞き取り、ニーズに沿ったサービスを提供することができる。

 

5. さいごに

 上記のように、米英の公共図書館は多様な社会的困難に対して支援を提供している。社会的に排除され、セーフティネットを必要としている人々は、多くの場合、複数の困難を抱えていると考えられ、公共図書館は複数の社会的困難を抱えた人々に対して一か所で支援を行うことができると考えられる。しかし、公共図書館の職員は万能ではなく、予算も限られており、公共図書館サービスもすべての社会問題に対応することはできない。公共図書館はすべての人に無料で、文化、教育、情報、娯楽へのアクセスを提供するという使命を果たしつつ、地域コミュニティの拠点として、困難を抱えた人々と適切な公的サービスや支援団体をつなげる窓口としての役割が期待されているのではないだろうか。図書館員は、利用者のニーズに沿った図書館サービスを提供すると同時に、図書館外の適切な支援につなげる役割を担う。図書館員だけでなく、仲介者として図書館においてソーシャルワーカーを雇用する事例も増加している(12)

 対して、日本の公共図書館ではホームレスの人々のみを対象とするサービスではなく、生活において何かしらの困りごとを抱えている利用者を対象として、外部団体と連携したサービスが展開されている(CA1809参照)。2010年からの「図書館海援隊」プロジェクト(13)による困窮者支援は、課題解決型支援サービスとして発展し、多くの公共図書館において、健康や就労に関する資料・情報提供、相談会を開催することで利用者の支援を行っている(CA1937参照)。

 これからの公共図書館は、公的・私的を問わず、多様な組織や専門家と連携し、サービスを提供することで、セーフティネットとしての役割を果たしていくことが求められるだろう。

 


(1)クーンツ, クリスティー; グビン, バーバラ編. IFLA公共図書館サービスガイドライン. 第2版. 山本順一監訳. 日本図書館協会, 2016, p. 16-40.
https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/1057/2/ifla-publication-series-147-ja.pdf, (参照 2023-07-23).

(2)現代用語の基礎知識2022. 自由国民社, 2021, p. 325.

(3)“Welcoming Refugees to the UK (and to Libraries)”. CILIP. 2015-09-30.
https://www.cilip.org.uk/news/482799/Welcoming-Refugees-to-the-UK-and-to-Libraries.htm, (accessed 2023-07-24).

(4)Ryan, MacKenzie. “Why US libraries are on the frontlines of the homelessness crisis”. The Guardian. 2023-01-24.
https://www.theguardian.com/us-news/2023/jan/24/us-libraries-homeless-crisis-social-workers, (accessed 2023-07-09).

(5)Ostman, Sarah. “Serving Patrons Experiencing Homelessness in a COVID-19 Shutdown”. Programming Librarian. 2020-03-17.
https://programminglibrarian.org/articles/serving-patrons-experiencing-homelessness-covid-19-shutdown, (accessed 2023-07-09).

(6)Libraries Connected. Supporting the vulnerable this winter:briefing note. 2022, 6p.
https://www.librariesconnected.org.uk/sites/default/files/Libraries%20Connected%20briefing%20note%20-%20supporting%20the%20vulnerable%20this%20winter.pdf, (accessed 2023-07-24).

(7)Libraries Connected. Libraries and the cost of living crisis:briefing note. 2022.
https://www.librariesconnected.org.uk/sites/default/files/cost%20of%20living%20crisis%20briefing%20note%20final.pdf, (accessed 2023-07-10).

(8)Arts Council England. The Libraries Taskforce Closure Report. p. 15. https://www.artscouncil.org.uk/sites/default/files/download-file/The_Libraries_Taskforce_Closure_Report.pdf, .

(9)Las Vegas-Clark County Library District. “Las Vegas-Clark County Library District Launches Barrier-Busting Cell Phone Lending Initiative”. PR newswire. 2022-04-21.
https://www.prnewswire.com/news-releases/las-vegas-clark-county-library-district-launches-barrier-busting-cell-phone-lending-initiative-301530658.html, (accessed 2023-07-10).

(10)Aycock, Anthony. “How Libraries Became Refuges for People With Mental Illness”. Slate. 2022-09-22.
https://slate.com/technology/2022/09/libraries-mental-health-support.html, (accessed 2023-07-10).

(11)“Autism Friendly Libraries”. The Association of Senior Children’s and Education Librarians. 2016-06-10.
http://www.ascel.org.uk/news/autism-friendly-libraries, (accessed 2023-07-10).

(12)Schencker, Lisa. “Libraries hire social workers to help homeless patrons”. Los Angeles Times. 2018-10-27.
https://www.latimes.com/nation/la-na-chicago-library-homeless-20181027-story.html, (accessed 2023-07-24).

(13)文部科学省「図書館・公民館海援隊」プロジェクト.
https://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/kaientai/1288450.htm, (参照 2023-07-24).

 

[受理:2023-08-10]

 


土屋深優. セーフティネットとしての公共図書館:米国・英国の取り組み事例から. カレントアウェアネス. 2023, (357), CA2046, p. 8-10.
https://current.ndl.go.jp/ca2046
DOI:
https://doi.org/10.11501/12996499


Tsuchiya Miyu
Public Libraries as Social Safety Nets: Initiatives in the United States and the United Kingdom