E2535 – 英国の公共図書館における延滞料廃止に関する議論

カレントアウェアネス-E

No.443 2022.09.15

 

 E2535

英国の公共図書館における延滞料廃止に関する議論

筑波大学大学院人間総合科学学術院・土屋深優(つちやみゆう)

 

  2022年6月に英国の図書館関連チャリティ団体であるLibraries Connectedが,英国の公共図書館における延滞料の廃止に関する調査レポートを公開した。同レポートは2022年3月に行われたワークショップでの議論とオンラインでのアンケート調査をもとに,現在の英国における延滞料の動向と現場からの意見をまとめたものである。

  英国では,1964年に制定された「公共図書館・博物館法」第8条において,印刷資料を閲覧・貸出することに料金を課してはならないが,資料の予約,延滞,破損について料金を徴収することを妨げないと規定されている。そのため,大多数の図書館が延滞に対して料金を課している。

  Libraries Connectedのレポートによると,ワークショップおよびオンライン調査で明らかになった延滞料廃止の主な利点は以下の通りである。

  • 図書館利用の障壁をなくし,包摂的なサービスを提供できる
  • 延滞料を管理する負担の削減
  • 延滞料の支払い負担が返却を妨げている状態の改善

  一方,問題点としては以下の点が主に挙げられた。

  • 収入の減少によるサービスの削減
  • 資料の未返却や,資料購入費減額による資料数の減少
  • 次の資料利用者が長く待つことになる

  特に収入の問題は,ワークショップおよびオンライン調査ともに,延滞料廃止の大きな障害として認識されていた。2018年-2019年のCIPFAStatsの図書館統計によると,英国全体の公共図書館における延滞料の収入は年間768万596ポンド(約12億4,000万円)に上る。これは自治体の予算を除いた図書館の収入のうち,9.4%にあたる金額である。近年自治体からの予算が減額される中,延滞料は図書館にとって貴重な収入源であり,代替財源を探すことが難しい。特に,主にボランティアによって運営される公共図書館(コミュニティ図書館)においては,自治体からの財政的支援を受けられないことも多く,収入の問題がより大きいことを懸念する声もあった。

  一方で,延滞料の廃止には,延滞料を支払うことが難しいため貸出を控える,もしくは借りた資料を返すことができないといった状況の改善が期待されている。特に低収入の家庭にとって延滞料の廃止は影響が大きいとの意見もある。

  しかし,延滞料を廃止した際の利点・問題点についての研究は不十分であり,レポートの調査に参加した図書館からも,「廃止を決断するにはエビデンスが不足している」との声があった。特に,利用者数・貸出数の増加,資料の未返却や延滞の増加についてはエビデンスを示すことが求められている。延滞料廃止について,オンライン調査では33%が検討中,40%が今後検討する可能性があると回答しており,検討に必要なエビデンスの提供は急務である。

  同レポートは,オンライン調査において延滞料を廃止したと回答した16館に延滞料廃止の影響を尋ねている。コレクションについて,7館は影響がなかったと回答し,1館は延滞が増加したと回答した。また,貸出数について,2館は利用者が1回の訪問でより多く資料を借りるようになったと回答した。しかし,どちらの調査でも「COVID-19の影響がある」「影響を測定するには期間が短い」として「その他」もしくは「わからない」を選択した館も多い。そのためレポートではCOVID-19パンデミックによって延滞料廃止の影響を正確に測定することは難しく,正常な運営状態での長期的な調査が必要だと述べており,エビデンスの提示には至らなかった。

  ワークショップでは,延滞料をすでに廃止している図書館から「利用者のうち,子どもとその親,若者といった特定のカテゴリの利用者のみ延滞料を廃止する」という段階的な廃止方法や「延滞料を廃止する代わりに,資料を紛失した際の過料を増額する」といった資料の未返却を減らすための対応も共有された。

  公共図書館の,すべての人に開かれ,教育,文化,娯楽を無料で提供するという包摂的な役割を果たす上で,延滞料に関する議論は避けることができない。米国では延滞料の廃止(E2516参照)だけでなく子ども向けに本を読むことで延滞料を免除する制度,延滞料を支払う代わりに食料品を寄付するキャンペーンなど,様々な試験的取り組みが行われている。今後,より詳細な調査によるエビデンスの提供,すでに延滞料の廃止や代替手段の提供を導入した図書館の経験を共有することで,延滞料廃止を検討する館も増加するだろう。今後の動向にも注目したい。

Ref:
“Library fine survey: results and summary report revealed”. Libraries Connected. 2022-06-13.
https://www.librariesconnected.org.uk/news/library-fine-survey-results-and-summary-report-revealed
Libraries Connected. Library Fine Survey Summary Report. Ver. 2, 2022, 12p.
https://www.librariesconnected.org.uk/sites/default/files/Library%20Fines%20Survey%20Summary%20Report.pdf
“Public Libraries and Museums Act 1964”. legislation.gov.uk.
https://www.legislation.gov.uk/ukpga/1964/75/enacted
CIPFAstats. Public Library Statistics : 2019-20 Estimates and 2018-19 Actuals. 2020, 117p.
“For and against library fines”. The Guardian. 2008-08-18.
https://www.theguardian.com/books/booksblog/2008/aug/18/forandagainstlibraryfines.
Saulny, Susan; Fitzsimmons, Emma Graves. “New and Creative Leniency for Overdue Library Books”. The New York Times. 2009-12-28.
https://www.nytimes.com/2009/12/29/us/29library.html
“Read Down Your Fees”. Queens Public Library.
https://www.queenslibrary.org/programs-activities/teens/read-down-your-fees
吉村雄太. 米国における延滞料廃止の動向:ニューヨークの事例を中心に. カレントアウェアネス-E. 2022, (439), E2516.
https://current.ndl.go.jp/e2516