E2534 – すべての人に情報を:アジア・オセアニアの図書館とSDGs

カレントアウェアネス-E

No.443 2022.09.15

 

 E2534

すべての人に情報を:アジア・オセアニアの図書館とSDGs

アジア経済研究所学術情報センター・小林磨理恵(こばやしまりえ)

 

●図書館とSDGs

  持続可能な開発目標(SDGs;CA1964参照)とは,2015年に国際連合(UN)サミットで採択された,持続可能でよりよい世界を目指すための国際目標で,17の目標と169のターゲットから構成されている。SDGsの達成に向けて,図書館はどのように貢献できるだろうか。図書館と最も関係する課題は,目標16(平和と公正をすべての人に)のうち,ターゲット16.10「国内法規及び国際協定に従い,情報への公共アクセスを確保し,基本的自由を保障する。」であろう。つまり,「すべての人に情報を」提供するために,図書館は主導的な役割を担うことができる。

  ターゲット16.10がSDGsに盛り込まれた背景には,国際図書館連盟(IFLA)による働きかけがあった。IFLAはSDGsにおける図書館の意義を主張し,その取り組みを支援している。本稿では,その一環として2022年6月に公開された“SDG Stories from Asia and Oceania”(以下「ブックレット」)を中心に,アジア・オセアニア地域の図書館が,持続可能な社会の実現に向けてどのように取り組んでいるかを紹介したい。

●「誰一人取り残さない」ストーリー

  ブックレットは,IFLAのアジア・オセアニア地域部会によるものである。西アジア,中央アジア,南アジア,東南アジア,北東アジア,オセアニアを対象に,各地域1つ以上,計20の図書館のSDGsに関するストーリーが収録されている。情報アクセスの確保に限らず,求職者の技能訓練,女性への起業支援,文化遺産の保護など,各館の取り組みは多岐にわたっている。そこには,「誰一人取り残さない」というSDGsのスローガンが通底しているようにみえる。

  実践の具体例をみてみよう。例えば,インドのNGOであるランガナータン社会福祉・図書館開発協会(RSSWLD)は,広く情報を届けることを使命として,刑務所に図書室を設置してきた。図書館学を専門とする研究者が,受刑者のニーズを調査したうえで選書をしている。図書室の設置によって,彼ら,彼女らは好んで本を読むようになり,識字能力が向上した。さらに,自ら詩や物語を編む者も現れたという。

  フィリピン国立図書館(NLP)は,マニラのリサール公園に隣接している。その公園は,ストリートチルドレンや非就学児の「家」のような存在である。そこに週2回以上,同館の司書が「ブックカート」と共に訪れ,物語の読み聞かせを行っている。子どもは,自分で本を読んだり借りたりできるほか,食事や衛生用品なども受け取ることができる。ブックカートをきっかけに,学校に通い始めた子どももいるそうだ。

●図書館は環境保全に貢献できるか

  SDGsは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)で掲げられた貧困や教育等の社会開発目標を継承しながら,環境に関する目標を充実化させている。20のストーリーのなかでは,タイのランシット大学図書館の実践が,環境保全に力点を置いている。同館は,2020年のIFLAグリーンライブラリー賞(E2080参照)も受賞している。

  環境を重視する背景には,何があるのだろうか。ランシット大学図書館による「図書館と持続可能な環境管理についての報告書」によれば,同館は2016年以降,タイ図書館協会(TLA)の「グリーンライブラリー基準」やタイ天然資源・環境省の「グリーンオフィス基準」に準拠したほか,SDGs達成に向けた同館の取り組みを,目標ごとに明らかにした。また,紙,水,電気などの節約に努め,毎年その使用量を記録している。その結果,各資源の使用量削減に成功した。さらに,大学外の学校や地域コミュニティとも連携しながら,環境保全に向けた知識を広く共有している。IFLAグリーンライブラリー賞の受賞においては,ランシット大学が私立大学でありながら,地域社会への情報提供を重視している点も高く評価されたようだ。

●日本の図書館への示唆

  ランシット大学図書館の実践から学びうるのは,国レベルや国際レベルの基準を図書館運営の柱に組み入れ,自己点検を徹底すると共に,その実践を外部に向けて効果的に可視化している点である。そうすることで,これまでの実践をより深めることにも成功している。

  ブックレットに,残念ながら,日本の図書館のストーリーは含まれなかった。しかし日本の図書館でも,SDGsに関する取り組みは様々になされているはずである。まずはSDGs達成に向けて,自館はどこに注力すべきかを明らかにし,これまでの実践を自己評価することから始めてはどうだろうか。その際,コロナ禍で,「すべての人に情報を」届ける使命を疎かにしていないかを検証することも,一つの論点になるだろう。

Ref:
IFLA. すべての人にアクセスとチャンスを:国連2030アジェンダに図書館はどう貢献するのか. 2017.
https://repository.ifla.org/handle/123456789/286
“SDG Stories from Asia and Oceania”. IFLA. 2022-06-06.
https://www.ifla.org/news/sdg-stories-from-asia-and-oceania/
IFLA Asia and Oceania Section Standing Committee. SDG Stories from Asia and Oceania. 2021, 22p.
https://repository.ifla.org/handle/123456789/1761
Lison, Barbara. Libraries and the UN-SDGs : IFLA Supporting the Libraries to Achieve the UN-Sustainable Development Goals. 57p.
https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/20220324_Presentation_material_en.pdf
“IFLA Green Library Award 2020 Winners Announced”. IFLA. 2022-03-19.
https://www.ifla.org/news/ifla-green-library-award-2020-winners-announced/
Rangsit University Library. Library and Sustainable Environment Management Report: Proposal for IFLA Green Library Award 2020. 49p.
https://cdn.ifla.org/wp-content/uploads/files/assets/environmental-sustainability-and-libraries/documents/thailand_univlibrsustenvmanagemreport2020.pdf
武田和也. 優れたグリーンライブラリーを称えるGreen Library Award. カレントアウェアネス-E. 2018, (358), E2080.
https://current.ndl.go.jp/e2080
中村穂佳. SDGsと図書館 ―国内の取組から―. カレントアウェアネス. 2019, (342), CA1964, p. 6-8.
https://doi.org/10.11501/11423546