E2536 – 欧州連合理事会採択のオープンサイエンスに関する政策指針

カレントアウェアネス-E

No.443 2022.09.15

 

 E2536

欧州連合理事会採択のオープンサイエンスに関する政策指針

国立情報学研究所・池田貴儀(いけだきよし)

 

  2022年6月,欧州連合(EU)理事会は,オープンサイエンス政策の推進を目的とした指針“Research assessment and implementation of Open Science”(以下「本指針」)を採択した。本指針は32の項目からなり,1)研究評価システムの改革,2)学術出版および科学コミュニケーションに対するアプローチとキャパシティ,3)学術出版の多言語主義の推進,の3つの柱で構成される。そしてこれらについて欧州研究領域(European Research Area:ERA)全体で共同行動を取ることが提案されている。本稿では,ERAについて概説した後,本指針について紹介する。

  ERAとは,欧州委員会の提案のもとEU理事会の承認で2000年に設立された,欧州全域における研究者の交流,研究成果や知識・技術の自由な流通を目指し,各国がより効果的に連携できるようにする構想で,オープンサイエンス,研究評価,研究者のキャリア開発を促進している。2020年12月の“New ERA”に関するEU理事会の結論では,書誌多様性や多言語主義をERAにおけるオープンサイエンスの関連要素と位置付けている。また,2021年5月のERAの深化に関するEU理事会の結論では,現在の報酬や評価制度は定量的指標に基づいているとし,研究者の才能を評価するより多様性に配慮した定性的評価の必要性を指摘している。2021年11月の欧州における研究およびイノベーションのための協定に関するEU理事会の勧告では,ERAの投資の基礎である「最高のアイデアを持った最高の研究者が資金支援を得ることができる」という卓越性の原則を研究評価システムに適用し,研究成果の品質向上を目指し,また,品質に応じた報酬を与え,欧州全域におけるオープンサイエンスを支援する行動をERAの優先事項として定めた。

  次に本指針について3つの柱の観点から紹介していく。

●研究評価システムの改革

  研究評価システムの改革には,欧州における研究およびイノベーションのための協定に従い,品質と報酬を含む新たなアプローチが求められる。そのためにも,各国の協調的な取り組み(指針4)や各国の事情や各研究分野の特性を考慮した調整(指針5)に加え,研究者自身が中核となり研究評価の新しいアプローチとオープンサイエンスの実践に積極的な役割を担うことが期待されている(指針7)。

  また,研究評価システムの進化に向け,研究機関の自律性と科学研究の自由,国や学問分野の多様性を尊重し,国際的な取り組みの整合性を考慮しながら6つの点を重視することが提言された。主なものとして,定性的な研究評価指標の強化とそれによる定量的評価指標とのバランス改善,研究データやソフトウェアの利便性向上,あらゆる研究・イノベーション活動の考慮などである(指針8,11)。そして,研究評価システムの改革は,研究職の魅力向上の重要な要素と位置づけられた(指針16)。

●学術出版および科学コミュニケーションに対するアプローチとキャパシティ

  学術出版および科学コミュニケーションは,知識の発展と普及,公的助成の適切な使用に関わる問題である。指針では,公的助成による研究成果やデータへのアクセスを可能にし,研究インフラの管理面での負担の軽減に取り組むことを欧州委員会に依頼している(指針17)。また,出版社との契約における公正で平等な条件の確保(指針19),欧州委員会と加盟国による,学術出版の費用の監視と,出版社との不透明な契約に対する具体的な措置(指針23),EU理事会によるオープンアクセス出版プラットフォーム設立の推奨(指針21),著者や所属機関による知的財産権の保持と出版ビジネスモデルのバランス改善(指針22)など,学術出版の体制強化の必要性も強調された(指針20)。一方で,オープン査読(CA2001参照)やプレプリントの早期公開の有用性と困難性に触れながらそれらを欧州委員会や大学出版局等が推進していく必要性にも言及している(指針24)。

●研究成果の認知度向上のための多言語主義の推進

  オープンサイエンスの目的の一つは研究成果の普及と影響力を高めることにある。英語は科学の共通言語となっているが,市民などへも広く研究成果を普及するために,国や地域レベルでの社会とのコミュニケーションにおける多言語主義の重要性を認め,「学術コミュニケーションにおける多言語使用に関するヘルシンキ提言」などの多言語主義を推進する取り組みを歓迎している(指針27)。また,新型コロナウイルス感染症により,信頼できる最新の研究成果への需要が高まる中,異なる欧州の言語を利用可能にすることは,欧州市民への研究成果の普及にもつながる(指針28)。そして,普及のための複数言語での出版(指針29),人工知能(AI)による半自動翻訳の可能性(指針30)なども踏まえながら欧州委員会と加盟国が自発的に多言語主義を試みることを依頼している(指針31)。

  本指針では2023年末までに進捗状況の報告を欧州委員会に対して求めている(指針32)ことから,2024年以降EU理事会はオープンサイエンスに関してまた新たな指針や提言を示すのではないかと考える。欧州の政策は諸外国や日本の政策にも影響を与える可能性が高いことから,今後もEU理事会やERAの動向を注視していきたい。

Ref:
General Secretariat of the Council. Research Assessment and Implementation of Open Science – Council Conclusions (adopted on 10 June 2022). Council of the European Union, 12p.
https://www.consilium.europa.eu/media/56958/st10126-en22.pdf
General Secretariat of the Council. Council Conclusions on the New European Research Area. Council of the European Union, 2020, 22p.
https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-13567-2020-INIT/en/pdf
General Secretariat of the Council. Deepening the European Research Area: Providing Researchers with Attractive and Sustainable Careers and Working Conditions and Making Brain Circulation a Reality – Council Conclusions (adopted on 28/05/2021). Council of the European Union, 2021, 18p.
https://www.consilium.europa.eu/media/49980/st09138-en21.pdf
European Union. Council Recommendation (EU) 2021/2122 of 26 November 2021 on a Pact for Research and Innovation in Europe. Official Journal of the European Union. 2021, 64, L431.
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=OJ:L:2021:431:TOC
“新欧州研究圏(ERA):グリーン移行・デジタル移行・EU復興を支援する新規計画”. 科学技術振興機構研究開発戦略センター. 2020-12-03.
https://crds.jst.go.jp/dw/20201203/2020120325113/
“European research area (ERA)”. European Commission.
https://ec.europa.eu/info/research-and-innovation/strategy/strategy-2020-2024/our-digital-future/era_en
科学技術振興機構研究開発戦略センター. 科学技術・イノベーション動向報告~EU編~(2015年度版). 2016, x, 108, 1p.
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/OR/CRDS-FY2015-OR-04.pdf
Ron Dekker. 第3回SPARC Japan セミナー2016「科学的知識創成の新たな標準基盤へ向けて : オープンサイエンス再考」 欧州から見たオープンサイエンス. [2017], 14p.
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2016/pdf/20170214_doc2.pdf
学術コミュニケーションにおける多言語使用に関するヘルシンキ提言.
https://www.helsinki-initiative.org/ja
佐藤翔. オープン査読の動向:背景、範囲、その是非. カレントアウェアネス. 2021, (348), CA2001, p. 20-25.
https://doi.org/10.11501/11688293