カレントアウェアネス-E
No.439 2022.07.21
E2516
米国における延滞料廃止の動向:ニューヨークの事例を中心に
利用者サービス部人文課・吉村雄太(よしむらゆうた)
●はじめに
2021年10月,米・ニューヨーク公共図書館(NYPL),ブルックリン公共図書館(BPL),クイーンズ公共図書館(QPL)の3館が,延滞料を廃止することを発表した。
米国の図書館では返却期限までに資料を返却しない場合に,延滞料が課される場合がある。しかし昨今,そうした制度を廃止する動きが広がりつつある。本稿ではニューヨーク市の公共図書館の事例を中心に,米国の図書館における延滞料廃止の動向を紹介する。
●ニューヨーク市の図書館の延滞料廃止
NYPL,BPL,QPLそれぞれに多少の違いはあるものの,延滞料廃止に関して今回行われた施策は主に次の4点である。
- いかなる年齢のニューヨーク市民も延滞した資料に対して延滞料を支払う必要はない。
- これまで15ドル以上の延滞料を課された図書館利用者のカードは利用停止としていたが,そのような運用は廃止とする。
- 資料を紛失した場合は依然として賠償金を支払う必要がある。約1か月間延滞のあった場合に,資料は紛失したものとみなされる。しかしその場合であっても,資料を返却した場合は,賠償金を支払う必要はない。
- もし利用者が賠償金を払わなければならない場合,当該利用者の利用者カードで追加の資料を借りることはできなくなる。しかしコンピューター,電子書籍,その他のデジタルサービスにアクセスすることは可能である。
このような措置がとられた背景には,特に貧困層や学生の利用率を上げようという意図がある。
NYPLのプレスリリースによると,NYPLの分館のうち,世帯収入の中央値が5万ドル以下の貧困地区(high-need communities)にある分館では,他の分館に比べ6倍もの利用者が利用停止にされていたという。
またこうした傾向は17歳以下の利用者において顕著であり,2017年にニューヨーク市全域に対して行われた調査では,利用停止を受けた青少年の利用者カード保有者のうち80%は低所得地域に属するものだった。つまり,図書館を必要とするはずの貧困層と若年層の利用を延滞料が妨げているということが明らかになった。こうした状況を受けて,3館では2017年の10月に17歳までの利用者に限り,その時点の延滞料を免除し,アカウントの利用停止を解除する措置を行った。
この2017年の措置は一度きりの措置として行われ,対象も若年層に限られていた。しかし今回の延滞料廃止は永続的な措置であり,対象も全利用者にまで広げられた点で,問題の抜本的な解決を目指したものだということができる。
また今回延滞料廃止に踏み切った理由の一つとして新型コロナウイルス感染症の影響も挙げられる。パンデミックによってニューヨーク市がロックダウンした際,3館は休館を余儀なくされた。これに伴い利用者の資料返却が困難となったため,3館では2020年3月時点で既に延滞料を一時的に停止する措置を行っていた。それが一時的な措置ではなく,今回延滞料制度そのものを見直し,完全に撤廃することに方針転換したという形だ。
NYPL館長のマークス(Anthony W. Marx)氏は「パンデミック下において,最も傷つきやすい人々があまりにも頻繁に置き去りにされていることがこれまで以上に明らかになった」という旨の発言をし,今回の廃止に至った経緯を説明している。
2022年3月31日付でThe New York Times紙が報じた内容によると,3館では延滞料廃止後,図書館の利用者が9%から15%増加したという。またNYPLでは2万1,000点以上,BPLでは5万1,000点以上,QPLでは1万6,000点以上もの延滞資料と紛失資料が返却された。
利用者数の増加と延滞資料の回収という観点から,3館の取組は一定の効果を上げつつあるということができるだろう。
●他館の動向,パンデミックの影響
延滞料廃止の動きはニューヨーク市内に限るものではない。2021年7月に延滞料を廃止したボストン公共図書館など,延滞料を廃止する図書館は米国内で増加している。また米国内に留まらず,英国ではマンチェスター公共図書館が2022年4月1日をもって延滞料を廃止し,カナダのトロント公共図書館も2022年6月1日をもって延滞料の廃止を宣言している。
こうした図書館もNYPL,BPL,QPLの場合と同様,パンデミック下の一時的な措置から段階的に撤廃に至ったケースが多い。前述のボストン公共図書館やトロント公共図書館も2020年3月の時点で一時的に延滞料を停止しており,その後制度自体を撤廃したという経緯がある。
2019年に廃止を行ったシカゴ公共図書館など,米国ではパンデミック以前から延滞料廃止に取り組む図書館もあったが,一部に限られていた。しかしパンデミック下に延滞料制度を停止せざるをえない状況に置かれたことで,これを機に制度そのものの撤廃に取り組む図書館が増加したと考えられる。
●おわりに
米国で最大規模を誇るニューヨーク市内の公共図書館3館がより公平な利用を実現するという目標を掲げ,延滞料を廃止し,実際に利用者数の増加と延滞資料の回収という成果を挙げつつあることの影響は大きい。今後の動向に引き続き注目したい。
Ref:
“One Fine Day: New York City’s Three Public Library Systems Eliminate Late Fines”. NYPL. 2021-10-05.
https://www.nypl.org/press/press-release/october-5-2021/one-fine-day-new-york-citys-three-public-library-systems
“New York City Public Libraries Announce Citywide Fine Forgiveness for all Youth”. NYPL. 2017-10-19.
https://www.nypl.org/press/press-release/october-19-2017/new-york-city-public-libraries-announce-citywide-fine
Cherelus, Gina. “The Library Ends Late Fees, and the Treasures Roll In”. The New York Times. 2022-04-01.
https://www.nytimes.com/2022/03/31/nyregion/nyc-library-fines-books-returned.html
“Mayor Janey, Boston Public Library Announce Permanent Elimination of Late Fines”. BPL. 2021-04-14.
https://www.bpl.org/news/mayor-janey-boston-public-library-announce-permanent-elimination-of-late-fines/
“The library is now fine free”. Manchester Public Library.
https://www.manchesterlibraryia.org/fine-free
“Charges and fines”. Manchester City Council.
https://www.manchester.gov.uk/info/200062/libraries/524/charges_and_fines/2
“Toronto Public Library Ends Late Fines for All”. Toronto Public Library. 2022-03-31.
https://torontopubliclibrary.typepad.com/news_releases/2022/03/toronto-public-library-ends-late-fines-for-all.html