カレントアウェアネス
No.337 2018年9月20日
CA1932
オーテピア高知図書館:県と市の合築による一体型図書館
筑波大学図書館情報メディア系:小泉公乃(こいずみ まさのり)
はじめに
2018年7月24日、高知県高知市において新図書館等複合施設「オーテピア」(1)が開館した。オーテピアは、(1)オーテピア高知図書館(表1)、(2)オーテピア高知声と点字の図書館、(3)高知みらい科学館の3つの施設からなる複合施設である。その中核的施設であるオーテピア高知図書館は、高知県立図書館と高知市民図書館による合築(がっちく)の図書館であり、県と市の図書館を1つの建物内で共同経営するという日本ではこれまでにない取り組みである。筆者は、このオーテピア高知図書館を対象として、建築における初期段階の2016年2月から現在にわたって観察調査とインタビュー調査を組み合わせたエスノグラフィーを行ってきた。それ以前については、資料調査を基礎にインタビュー調査を行った。表2は,合築前の高知県立図書館と市民図書館の基本情報である。
表1 オーテピア高知図書館の概要(2)
施設名 | オーテピア高知図書館 |
開館日 | 2018年7月24日 |
延床面積 | 17,780.72㎡ |
収蔵能力 | 約205万冊(うち開架約34万冊) |
表2 合築前の高知県立図書館と高知市民図書館の状況(3)
施設名 | 高知県立図書館 | 高知市民図書館(本館) |
建築年度 | 1973年 | 1967年 新館は1991年建築 |
延床面積 | 3,896.17㎡ | 3,740.80㎡ (旧本館) |
蔵書冊数 | 約85万5,800冊 | 約51万9,800冊 (分館・分室を含め約108万冊) |
閲覧席数 | 203席 | 148席 |
1. 開館までの道のり
このオーテピア高知図書館のプロジェクトが本格的に動き始めたのは、新図書館基本構想検討委員会が設置された2010年度であるが、それぞれが単独で将来の図書館整備や経営のあり方について検討していた時期を含めれば、おおよそ1995年にまで遡る長期的なプロジェクトとなる(表3)(図)。
表3 オーテピア高知図書館が開館するまでの主な出来事
年月 | 出来事 |
1995年3月 | 「新高知県立図書館整備構想」を発表(移転予定先:シキボウ跡地) |
1999年4月 | 「新しい時代の市民図書館 : 図書館の長期構想」(高知市民図書館) |
2000年6月 | 高知市新図書館構想検討委員会を設置 |
2002年5月 | 「高知市新図書館構想検討委員会報告書 |
2004年12月 |
高知進化型図書館を考える会から図書館と商業施設の併設を検討することの提言
(移転予定先:はりまや橋交差点とでん西武[高知西武]跡地)
|
2005年9月 | 「駅前複合施設構想」(移転予定先:JR高知駅南側の県所有地) |
2007年1月 | 県知事と市長の会談で知事が図書館施設の複合化を提案し、県市の実務者レベルによる検討を開始することを市長が了承 |
2008年1月 | 高知市長が高知県知事に追手前小学校跡地を整備先とした合築を提案 (現在の新図書館所在地) |
2010年10月 | 新図書館基本構想検討委員会を設置 (構想ができるまでに検討委員会を8回開催) |
2011年3月(県)/4月(市) | 「新図書館(高知県立図書館、高知市民図書館本館)基本構想」 |
2011年7月 | 「新図書館等複合施設整備基本計画」 |
2013年11月 | 東日本大震災の影響をうけ建築主体工事の入札が不調 |
2014年5月 | 建築主体工事の入札・落札 |
2014年7月 | 新図書館等複合施設(オーテピア)の建築工事の開始 |
2015年3月 | 免震装置の偽装問題 |
2015年6月 | 新図書館情報システムの暫定稼働の開始 |
2017年1月 | 「《平成29年度~平成33年度》オーテピア高知図書館サービス計画~これからの高知を生きる人たちに力と喜びをもたらす図書館~」 |
2018年2月 | 組織体制の確立 |
2018年7月 | 7月24日に開館 |
図 新図書館の候補地
※Google社の地図を基に筆者が場所を追記
このように新館建設計画が長期化した背景には、県の財政難や候補地の他施設との競合など、図書館単独では解決が困難な多くの障壁があった。したがって、その原因を高知県と市の図書館関係者の見識不足と安易に判断するのは誤りである。合築に対する評価はわかれるとしても、「新図書館(高知県立図書館、高知市民図書館本館)基本構想」(2011年)(5)や「≪平成29年度~平成33年度≫オーテピア高知図書館サービス計画~これからの高知を生きる人たちに力と喜びをもたらす図書館~」(2017年)(6)をみれば、多少の不十分さはあってもよく検討されてきていることがわかる。さらに新館建設の議論が巻き起こっては滞る現象は国際的にもみられることに鑑みれば(7)、それだけで公共図書館の新館建設はその地域のあらゆる人々にとって大きな影響を与え、図書館の理念だけでは具現化しないことが理解できよう。しかも県と市による合築となればなおさらである。
2. 開館までの障壁
オーテピア高知図書館のプロジェクトにおいては、どのような障壁があったのか。主には、(1)都道府県立図書館と市区町村立図書館の役割・専門性と組織の在り方、(2)立地の選定、(3)想定外の入札不調と免震ゴム偽装問題、(4)県と市の合意形成プロセスと図書館文化の相違にあると考えられる。
第一の都道府県立図書館と市区町村立図書館の役割・専門性については、最も議論になった点であろう。これまで図書館界においても、都道府県立図書館と市区町村立図書館の機能と役割分担や今後の在り方について議論がされてきている(CA1871参照)。今回、合築されることによる、それぞれの機能と役割の機能不全や組織の混乱が生じると地域住民や地方議員から指摘されてきている(8)(9)。これに対する解決策を模索するために、職員は一体型図書館を構築後も直営経営を保ち、組織を完全に統合することなく各機能と役割を明確に再定義し、図書館員の研修を増やすことで解決を試みている。
第二の立地については、表3からもわかるように、二転三転してきている。立地の選定では、その立地が持つ背景はもちろんであるが、理想的な図書館の機能や役割(知識や情報の観点)と地域の賑わい(経済の観点)のいずれを優先すべきかという論点が基礎になっていた。例えば、追手前小学校敷地に新図書館を設置すれば、他候補地に比べると敷地が狭く駐車場等の問題は生じやすいが、中心地の賑わいは期待できる等である。つまり、地域経済の行き詰まりがみられる中で、それが図書館の理念と照らしたときに副次的要素だとしても新図書館建築は同時に地域経済への貢献も強く期待されることになるわけである。
第三の想定外の入札不調と免震ゴム偽装問題は、東日本大震災による工事費の高騰によって入札が不調となってしまったことと(10)、性能基準を満たさない免震装置を製造・販売していた企業の製品の使用を予定していたことが入札後に判明したことである(11)。偽装問題を受け開館時期を1年程度遅らせることになったが、この期間に職員研修を数多く実施したりすることでさらなるサービスの充実を図った。
第四には、意思決定者が県と市の2つであることから、その合意形成に多くの時間を費やしてきたことがあげられる。これは単純に2つの組織における意思決定プロセスの相違にも起因しているが、県立図書館と市民図書館という2つの組織が積み重ねてきた文化とルールの擦り合わせの作業とも深く関係している。例えば、県知事と市長によって合築が決められた後、各図書館の現場は混沌とし、組織間のコミュニケーションも円滑ではなかった。さらにそれぞれ背負ってきた歴史と理念から相互に譲ることのできない場面も多く生じてきている。しかしながら、ある職員のメッセージの中に「対立から連携へ」というものがあった(12)。つまり、最初はそれぞれの組織間で互いのサービス提供方法や規則について理解をすることが難しかったが、県と市の定例会議や担当者間の打合せで議論を重ねる中でそれぞれがどのような理由でそのような主張をするのかを理解していったわけである。また、このときの状況について、高知県立図書館長の渡辺憲弘氏は「それぞれのやり方が正しいと思っているわけだから、簡単にどちらかに合わせればいいとはならない。よりよいものがあって初めて両者とも納得するようになる」と表現している(13)。ここから筆者が感じ取ったのは、今回の合築は単純な県と市の既存サービスの寄せ集めの作業ではなく、異なる2つの組織が合わさったことによって新しいものを生み出そうとする力がそこに生じていたということである。そしてこの協調と創造の基盤には、異なった組織に属している以前に図書館員という専門職としての意識をもち、住民が第一であるという共通認識があったと考えられる。
まとめ
オーテピア高知図書館の真価は開館後に問われることになる。図書館の理念、首長と自治体の方針、地域の人々の思いなどが交錯するなかで同館は具現化されていった。理想をいえば、確かに県と市がそれぞれ単独で図書館を建設した方が図書館の専門領域は明確になり、合計の延床面積はより大きくなっていた可能性も否定できない。しかし調査の過程で明らかになったのは、現状の高知県と高知市の財政状況と利害関係者の調整を考慮すると、合築でなければ高知県高知市に大規模な新図書館を建設するのは難しかったということである。同館は、日本で初めての県立図書館と市立図書館の合築であるだけに、開館後も様々な課題を乗り越えていくことになるだろう。しかし、筆者は高知県立図書館長の「よりよいもの」というメッセージに期待したい。
(1)オーテピア.
https://otepia.kochi.jp/, (参照 2018-08-08).
(2)“施設の概要”. オーテピア.
https://otepia.kochi.jp/about.html#about05, (参照 2018-07-25).
“オーテピア高知図書館について”. オーテピア.
https://otepia.kochi.jp/library/outline.html, (参照 2018-07-25).
(3)高知県立図書館. “【平成28年蔵書点数】”. 平成29年度図書館要覧. 2017, p. 39.
http://www.pref.kochi.lg.jp/~lib/youran-toukei/youran_29.pdf, (参照 2018-07-25).
高知市立市民図書館. “5 平成28年度蔵書統計”. 平成29年度図書館要覧. 2017, p. 13.
http://www.city.kochi.kochi.jp/uploaded/life/91675_pdf1.pdf, (参照 2018-07-25).
(4)“新図書館整備課”. 高知県.
http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/312201/, (参照 2018-07-26).
(5)高知県教育委員会. 新図書館(高知県立図書館、高知市民図書館本館)基本構想. 2011, 34p.
http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/312201/files/2011041400306/2011041400306_www_pref_kochi_lg_jp_uploaded_attachment_49112.doc, (参照 2018-08-08).
高知市教育委員会. 新図書館(高知県立図書館、高知市民図書館本館)基本構想. 2011, 24p.
https://otepia.kochi.jp/library/tmp/新図書館(高知県立図書館、高知市民図書館本館)基本構想.pdf, (参照 2018-08-08).
(6)高知県・高知市. 《平成29年度~平成33年度》オーテピア高知図書館サービス計画~これからの高知を生きる人たちに力と喜びをもたらす図書館~. 2017, 52p.
https://otepia.kochi.jp/library/tmp/オーテピア高知図書館サービス計画.pdf, (参照 2018-06-09).
(7)ノルウェーのオスロ公共図書館では、30年以上にわたって新館建設が議論されたうえで建設が開始された。ストックホルム公共図書館では増築計画が2009年に中止された。
(8)高知の図書館を考える県民の会. 追手前小学校敷地に構想されている高知県・高知市一体型図書館はここが問題です.
http://blog.ap.teacup.com/kochinotoshokan/html/ittaigatamondaichirashi.pdf, (参照 2018-06-10).
(9)“拙速な合築ありき禍根残す 共産・江口議員が討論 新風・和田議員「反対のための反対理解できぬ」 高知市議会”. 高知民報. 2010-10-10.
http://jcpkochi.jp/topic/2010/101010eguti.htm, (参照 2018-07-26).
(10)県立図書館:合築問題 新図書館、ようやく落札 入札不調、開館1年遅れに. 毎日新聞. 2014-05-24, 朝刊[高知], p. 20.
(11)“「偽りの代償」 東洋ゴム免震偽装事件・中 「禍根残す新図書館への使用」”. 高知民報. 2015-04-05.
http://jcpkochi.jp/topic/2015/150405toyogomu.html, (参照 2018-06-10).
(12)2017年10月19日、オーテピア高知図書館関係者に筆者が行ったインタビューによる。
(13)2018年6月29日、高知県立図書館館長渡辺憲弘氏に筆者が行ったインタビューによる。
[受理:2018-08-15]
小泉公乃. オーテピア高知図書館:県と市の合築による一体型図書館. カレントアウェアネス. 2018, (337), CA1932, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1932
DOI:
https://doi.org/10.11501/11161995
Koizumi Masanori
Otepia Kochi Library: a Joint Prefectural and City Library